第76話 猛吹雪の中の依頼者来訪
【これまでのあらすじ】
魔王が近々復活すると言う予言にしたがい、異世界召喚された女子高生勇者、早瀬 麻美と、その巻き添えとなった担任教師の眞壁 真一。
しかし、実はその復活した魔王とは真一の事だった。
魔界に召喚されそのことを知った真一だったが、魔王としての記憶がないため途方に暮れる。
その後、彼は阿左美たちが行った帰還呪文によって、再び仲間たちの元に無事に戻ることが出来たのだった。
76話「猛吹雪の中の依頼者来訪」
12月15日
城壁山脈を切り裂くように走る死の谷。魔界と人界を繋ぐ唯一のルートであるその谷の、人界側の出口にあたるのがフラーノの街だ。
そこは、谷を吹き抜けてくる強風によって、絶えず吹雪に見舞われていた。
「今日も、外には出られないな」
眞壁真一が、冒険者ギルドの食堂で退屈そうにそう言った。
彼らが魔導書捜索の依頼を受けてこの街に来たのは、今月の初めだった。すでに雪が降り積もり、十分すぎるほど冬だったが、地元の人たちに言わせれば、まだまだ序の口だったらしい。
十二月の半ばになると、魔界から攻撃されているのではないかと疑いたくなるほど、死の谷から強風が吹き込んでくるのだ。
これは毎年のことらしく、この状態が約一か月は続くらしい。
そのおかげで、真一たち勇者パーティーは、この街で足止めされていた。
地元の人たちですら、この状態では家の外へ出ない。
猛吹雪のため、隣の家に行くだけでも遭難することがあるらしいのだ。
「早くこの街から出ておくべきだったね」
シーフのシラクサが、手に持った薪をナイフで削りながらそう言った。
「そうだな」
魔導書捜索に続いて起きた真一召喚事件が解決した後、さっさとこんな寒い場所から離れようと思ったのだが、フラーノの街にある冒険者ギルドの職員から、
「そろそろ冬本番になるから、お金に余裕があるなら、街の外に出るのはやめておいた方がいい」
と忠告を受けていたのだった。
真一は、実は復活した魔王だった。そのため魔界に召喚され、ナーデヤネーの反呪文によって、こちら側へ戻ってくることができた。
しかし、その際、服や荷物(財布を含む)を魔王城に置いてきてしまったため、勇者パーティーは最大の(金欠)危機に陥ったのだった。
ところが、翌朝、冒険者ギルドの真一が宿泊していた部屋に、それらの荷物や財布が届けられた。
運んできたのは、半透明の上級魔族である巨人、ゲインズ・ラモンだった。
荷物は、「忘れ物を届けに来ました」と、まるで昔のジブリ映画のような一文が書かれたメモとともに、テーブルの上に置かれていた。
阿左美たちは驚き、一体何があったのかと真一を問いただしたが、彼もさっぱり分からないと言って誤魔化したのだった。
「そもそも、先生はどこに行っていたの?」
それは、魔導書捜索の依頼主であるビーデ・シヨの屋敷でのことだった。
反呪文が成功し、真一が戻ってきた直後、一行は全員で彼の屋敷に移動したのだ。
当然だが、そこで真一は質問攻めに遭った。
正直なところ、彼はどこまで話してよいものか悩んでいた。
人界にとって魔界は敵国であり、魔王はその総大将である。
千年前には、魔王が率いる魔族軍の侵攻によって、人界は蹂躙され、滅ぼされかけた。
今となっては、長命なエルフ以外に、それを実際に体験した者はいない。しかし、書物や吟遊詩人の歌などを通じて、尾ひれがつきまくった状態で伝承されている。
記憶がないとはいえ、自分が転生した魔王だなどと説明したら、どうなるか。
「ええ~、先生が魔王なの? どうりで、いつも意地悪ばかり言うと思った」
おそらく、阿左美の反応はこの程度だろう。
異世界召喚勇者と転生魔王が同じパーティーにいるというのも、なかなかカオスな状況だが、こういうときの彼女は意外と冷静だ。
おそらく、元の世界でファンタジー系のゲームをやりまくっていたのが、その原因だろう。逆に、あまりにもベタな展開だと、「もうちょっと捻ってよ」とダメ出しをされそうだ。
いや、何も考えていないと言った方が正確かもしれない。
問題は、この世界の人間である神官のミント・アンジー、王国騎士のヴァレリアン・ホルセット、シーフのシラクサ・インカラ、そしてマッチョエルフのエリチン・ボデーの方だ。
特に、神官にとって魔王は、自分たちが信仰する神々に仇なす諸悪の根源である。
人界を魔族から守ることを最大の責務としている王国騎士にとっても、それは同じだ。
マッチョエルフは、千年前に本物の勇者と会ったことがあり、彼の頭の中では、かなり美化された思い出となっている。
そもそも、大陸に住む人間たちにとって、魔王は恐怖の代名詞である。幼い子供が言うことを聞かないときには、「悪い子供は魔王にさらわれる」とか「食べられる」とか言い聞かされながら育つのだ。
仲間たちとの絆を信じたいと思う一方で、それが木っ端みじんに吹き飛ぶのではないかという恐怖心もあった。
そのため、彼はひたすらとぼけることにしたのだ。
「悪いが、何も思い出せない。黒い壁に飲み込まれ、次に気が付いたときには、こちらに戻ってきていた」
そう、ひたすら言い続けたのだった。
最終的には、皆が彼の言うことを信じてくれたため、その場は落ち着いた。
しかし、嘘はいつかバレるものだ。
その日までに、真一が転生した魔王だと分かっても、まあ仕方がないかと笑って受け流してくれるような人間関係を築くしかない。
そもそも、転生前の記憶などまったく残っていないのだから、当然、魔王としての自覚もないわけで。
「仲間だと思っていたのに、よくも騙していたな!!」
などと言われて非難されても、苦笑いを浮かべて頭を掻くぐらいしか反応のしようがない。
「おはよぉ~、寒くて目が覚めちゃった」
二階の客室から、異世界召喚女子高生勇者、早瀬阿左美が降りてきた。
伝説の勇者の装備に備え付けられていた特殊なスキルを丸ごと移転した、ブレザーとスカート姿なのは普段どおりである。
「その格好なら、寒さ耐性もかなり上がっているだろうが」
真一がそう言うと、阿左美は「まあ、そうなんだけどね」と軽く受け流した。
彼女がこの世界アープルに異世界召喚されたのは、魔王の復活を勇者神殿の大神官が予言したためだった。
今にして考えると、真一が転生した魔王だったのだから、その予言は多少の誤差はあるものの、間違ってはいなかったことになる。
当初、真一は自分が阿左美の召喚に巻き込まれてこの世界にやって来たと思っていた。だが、どうやら元凶は彼自身の方だったようだ。
「何か面白い依頼はある?」
そう言いつつ、彼女は依頼書が貼り出されている壁へと近づいていった。
アバトのような都会とは違い、田舎なうえに、人間も魔族も外をうろつけないほど厳しい気象条件下では、ろくな依頼など来ない。
実際、フラーノの街の冒険者ギルドには、真一たちのほかには三つのパーティーしかおらず、人数にして十人程度だった。
この地方の冒険者たちは、雪に閉じ込められると分かっているため、ある程度お金が貯まると、暖かい南の方で冬を越すのが一般的なのだった。
逆に言うと、いまだにここにいるということは、暖かい場所でのんびりできるだけのお金を貯められなかったか、雪に閉じ込められるタイムリミットまでに、受けていた依頼を達成できず、足止めを食らっているかのどちらかということだ。
幸いなことに、真一たちは全財産の入った財布が戻ってきたため、一冬ぐらいならのんびりと過ごせるだけの余裕があった。
だが、残念ながら、時間切れで逃げ出せなかっただけだった。
「雪かきに、屋根の雪下ろし、荷物の配送……。これって冒険者の仕事じゃないよね」
「仕方がないだろう。これだけ寒ければ、盗賊も魔物も出ないんだから」
冒険者などと格好をつけてはいるが、現実には何でも屋である。
洞窟に住み着いた魔物の退治や、血も涙もない残虐な盗賊狩りなどという、危険で華々しい依頼はもちろんある。
しかし、それらは少数で、ほとんどは荷物運びや人探し、果ては畑仕事の手伝いや隊商の護衛、そして施設や屋敷の警備などが主な収入源になっていた。
「こんな依頼しかないんじゃ、レベルアップができないよ、先生」
「どんな依頼を達成しても、上がるのはお笑いスキルだけだろうが」
「ひっどぉ~い!!」
阿左美は、ぷぅっと可愛らしく頬を膨らませてみせた。
「頑張って雪かきや雪だるま作りのスキルレベルを上げてこい」
「そうだ、私の発火の魔術で――」
「それだけはやめろ。さすがに街中はヤバすぎる」
そのとき、ギルドの入口の扉が開いた。
人間が一人転がり込んでくると同時に、雪が吹き込んできて室温が一気に下がった。
「ぼ、冒険者はいるか?!」
雪まみれの男が、ゼェゼェと肩で息をしながらそう言った。
よく見ると、フラーノの街の北側にある、門と呼ばれる城塞の兵士だった。
この街は、死の谷を吹き抜けてくる強風と、それが運んでくる雪によって、常に吹雪に襲われている。それでも、死の谷を塞ぐように築かれた三枚の巨大な城壁が、盾となってくれていた。
彼は、その城塞に駐屯している兵士だった。鎧は身に着けていないが、兵士用の外套を羽織り、左腰に剣をぶら下げていた。
着ぶくれしているため体型は分かりづらいが、肩幅が広く、いかにもベテラン兵士らしく鼻の下に髭を生やしている。
分厚い手袋をはめた手で身体を叩き、こびりついた雪を払い落としながら、受付カウンターへと近づいていった。
「どうされました? 何か依頼ですか?」
ギルドの職員が受付から出てきて、そう尋ねた。
「あ、ああ、そうだ」
城塞からこの冒険者ギルドまでは、距離にして四百メートルほどしか離れていない。
晴れていれば、ゆっくり歩いても十分もかからずに着くのだが、今は数メートル先も見通せない猛吹雪だ。
よほど体力を消耗したのだろう。その兵士はカウンター近くの椅子に腰を下ろすと、はぁ~と大きく息を吐いた。
「まあ、これでも飲んで」
ギルドの一階は、受付と食堂兼酒場になっている。
客がほとんど来ないため暇そうにしていた年配のウェイトレスが、温かいバター入り牛乳を彼に手渡した。
「すまない」
素直に礼を言って受け取ると、一口すすって一息ついた。
「それで、依頼って何ですか?」
受付の職員がそう尋ねると、真一たちも周囲に集まってきた。
城塞には三千人もの兵士たちが詰めている。
そのため、大抵のことは自分たちで対処できる。冒険者ギルドに依頼をすることなど、滅多にない。
「冒険者の中に、神官はいるか?」
「神官ですか?」
ちょうどそのとき、二階から勇者神殿の神官であるミント・アンジーが降りてきた。
「彼女がそうだが」
真一がそう言って指さすと、状況が飲み込めず、ミントはキョトンとした表情になった。
「じ、実は、砦に魔族が紛れ込んでいるのだ」
「魔族が?!」
魔族と一言で言っても、その種類は多種多様だ。
巨大なドラゴンに始まり、実体のない幽体、見た目は人間にそっくりな者までいる。
正直なところ、実体がある魔族なら、それほど恐ろしくはない。
目に見えるため、強そうなら逃げればいいし、剣や魔術による攻撃も通用する。
もちろん、勝てるかどうかは別の話だが。
人界にとっての最前線基地である門は、実体のある魔族が攻めてきても防げるよう、高さ五十メートルもの巨大な防壁を三重に張り巡らせている。
さらに言えば、実体のない幽体や、実体はあるが目に見えない魔族の侵入を防ぐための結界や、魔術探知などの警報装置も至る所に備え付けられていた。
「フラーノの街ならいざ知らず、城塞に魔族が侵入するなんて、あり得ないでしょう」
ギルドの受付職員がそう言って笑った。
しかし、難しい表情を浮かべたままの兵士を見て、だんだんと声が小さくなっていく。
「本当なんですか?」
最後には、自信なさげにそう尋ねた。
「ああ、実は……」




