第74話 魔王真一の帰還
【これまでのあらすじ】
魔王が近々復活すると言う予言にしたがい、異世界召喚された女子高生勇者、早瀬 麻美と、その巻き添えとなった担任教師の眞壁 真一。
2人は異世界で知り合った勇者神殿の神官ミント、マッチョエルフのエリチン、シーフのシラクサ、王国女騎士ヴァレリアンと共に、異世界で冒険者として旅を続けている。
フラーノの郊外で暮らす魔導書研究家のビーデ・シヨから魔導書探索の依頼を受けた勇者パーティーは、依頼主を連れて魔導書が封印されている遺跡を探索し、ついに目的の魔導書を発見した。
しかしそれは魔道エロ本で、おまけにそれを奪うべく待ち伏せしていた偽勇者パーティーと戦闘になり
勇者パーティーは偽勇者パーティーに圧勝する。
一方、魔界では、魔王召喚の儀式が行われ真一が黒い空間に飲み込まれた。彼が転生魔王だったのだ。
阿左美達は、彼を呼び戻すために、その方法を探し、召喚を無効化できる儀式とナーデヤネーという呪文の事を知り、それを実行するのだった。
フラーノ城塞が大騒ぎになる少し前、ライディーン達は街の南門から外へと脱出していた。
「急いで街から離れるんじゃ」
ガーゼットがそう言いつつ、自分達の武器や装備を隠した林へと入っていく。
「今回はもう駄目かと思ったぞ」
アフロダイアがそう言うと、ダイモスが、
「ああっ、まったくだ」
と答えた。
その時、頭上を何かが飛び越えていった。
ライディーンが顔を上げて空を見上げると、輝く大きな鳥が二人の人間を両足で掴み、フラーノ城塞へと向かっていくのが見えた。
「なんちゃって勇者か……」
そう呟いて、彼女は笑った。
その彼女の右手からは、勇者の指輪がなくなっていた。
阿左美とミントは、ビーデ シヨの屋敷の庭にいた。
庭と言っても、今は一面が雪で埋まっているため、どこからどこまでが庭なのか、まったく分からなかったが。
阿左美は、自分の右手の人差し指にはめている指輪を見つめ、ホェ~と間抜けな表情になっていた。
「それが勇者の指輪ですか?」
隣から同じように指輪を眺めていたミントが、そう尋ねた。
そう、それは勇者の子孫であるライディーンが身につけていた、神鳥ゴットバードを召喚する指輪だった。
それを今は阿左美が身につけている。
ライディーン曰く、これは勇者の血族以外には使えないらしい。
それを言うなら、阿左美は異世界人であり、千年前に魔王を倒した勇者とは血のつながりどころか、何の縁もなかった。
それでも、試しに調べてみたところ、使えることが分かったのだ。
「ゴットバードって、あの気持ち悪い鹿馬にやられたはずだけど」
「その気持ち悪いのを呼び出したのは、あなたですよ」
確かに、あの時、ゴットバードは馬顔の鹿にボコボコにされ、光の粒子となって消えた。
しかし、あれは死んだわけではなかった。
許容量を超えるダメージを受けると、自動的に元の世界に戻って傷を癒やすらしいのだ。
ライディーン曰く、丸一日もあれば、たいていの怪我は完治するらしい。
「それじゃあ、そろそろ時間だね」
阿左美がそう言って、右手を空に突き上げた。
「ほ、本当に大丈夫ですか? なんか、とんでもない物が出てきたりしません?」
「大丈夫だよ、ミントちゃん。これは魔術じゃないから、ただ私の魔力が流れるだけ」
「そうですか。それなら安心ですね」
それで安心されると、何だか複雑な心境になるが、今はそれどころではない。
「出てこい、ゴットバード!!」
阿左美がそう叫ぶと、勇者の紋章が彫られた指輪が光り輝いた。
何もない空間から光が溢れ、炎に包まれたように見える大きな猛禽類が出現する。
その鋭い目が阿左美を見て、戸惑っていた。
ここ最近、自分を呼び出していた銀髪の女ではなく、先日、ふざけた外見のくせに滅茶苦茶強い生き物を呼び出した女が、そこにいたからだ。
「なによ、その目」
どうやら、不信感が相手に伝わったようだ。
阿左美が腰に手を当てて、頬を膨らませる。
「言っておくけど、召喚したのは私だからね。言うことを聞かないと、またあいつを呼び出すわよ」
それを聞いて、ゴットバードはギクッと全身を震わせると、ペコペコと頭を下げた。
「神鳥の威厳が台無し……」
勇者神殿の神官としては、勇者の従者と言うべき神鳥の情けない姿は、あまり見たくなかったのだ。
「あなたなら、魔王が倒された場所が分かるって言っていたけど、本当?」
そんな彼女を無視して、阿左美がゴットバードに質問した。
彼女達が目指すのは、勇者と魔王が決闘し、魔王が倒された場所だった。
そこは、大気中の魔力が恐ろしいほど濃くなっており、ビーデ シヨ曰く、魔力の特異点らしい。
それがどういうものなのか、阿左美にはさっぱり分からなかったが、とりあえず、そこに行かなければならないのだ。
ゴットバードがバッと両翼を広げた。
どうやら、任せろと言いたいらしい。
「よし、それじゃあ、そこまで私達を連れて行って」
阿左美がそう言うと、ゴットバードが翼を羽ばたかせた。
突風が巻き起こり、雪が舞い上がる。
思わず顔をかばって姿勢を低くしようとした阿左美とミントを、ゴットバードがガシッ!! と捕まえた。
熊ですら一撃で倒せる鋭い爪のついた右脚が阿左美を、左脚がミントを、それぞれその名のとおり、鷲掴みにしていた。
そして、そのまま一気に舞い上がる。
「ヒョエエエエエ!!」
「キャアアアアア!!」
二人の悲鳴と歓声が、どんどん小さくなっていった。
ゴットバードの視線の先には、巨大な壁のような城壁山脈の一部が、鋭い鉈で叩き割られたかのように裂けている場所があった。
あそこが死の谷だ。
バサッ!! と翼を大気に叩きつけると、その巨体からは信じられないほどの速度で加速していく。
「キャアアアアアア! こ、これは駄目、死ぬ! 寒すぎてヒィイイイイ!!」
まあ、こんな雪国の空を高速移動したりしたら、それは寒いだろう。
しかし、ゴットバードは止まらない。
彼(彼女?)は、召喚主には絶対服従する。
しかし、その命令に従う限り、多少の自主裁量はあるのだった。
神鳥の嘴が器用にニヤッと笑っている。
「このぉおおお! 帰ったら焼き鳥だぁあああああ!!」
そう怒鳴る阿左美の足元を、フラーノの街が高速で通り過ぎていく。
死の谷の南側を塞ぐフラーノ城塞の上空もあっという間に通過した。
ここには対魔獣用の大型武器が所狭しと配備されているため、迂闊に近づくと集中攻撃を受ける可能性があった。
その注意をそらすために、ヴァレリアンとシラクサがライディーン達を使って陽動を仕掛けているのだ。
そのフラーノ城塞も、あっという間に背後へと飛び去った。
死の谷は、広いところでも幅が1kmほどしかない。
左右両側を切り立った岩壁に塞がれ、谷底は雪、上空は雲に覆われている。
その谷というより裂け目のような場所を、ゴットバードは滑空するように進んでいった。
自分が左右の脚で掴んでいる二人の人間は、寒すぎて景色を楽しむ余裕などないようだ。
長いようで、飛行時間は短かった。
死の谷に入ってから1分ほど滑空したところで、ゴットバードは谷底に降り立った。
「ミ、ミントちゃん、しっかりして! 寝たら死ぬよ!!」
「あ~、なんて温かいのでしょう……お花畑が……」
勇者装備の特殊効果の付いたブレザーを着ている阿左美と違い、ミントへのダメージは深刻だった。
そして、ナーデヤネーの呪文を唱えることができるのは、彼女だけだ。
阿左美の場合、どのような結果になるかまったく予想がつかないため、呪文の詠唱を固く禁じられていたからだ。
「こら、鳥!! 何とかしなさいよ! あんたのせいでミントちゃんがヤバいことになってるじゃない!!」
言いがかりも甚だしいが、召喚主の命令である。
ゴットバードは、喉を鳴らすような穏やかな声で鳴いた。
戦闘時には彼(彼女?)の嘴からは、恐ろしい破壊力の衝撃波が放たれるが、ほかにもいろいろなものが出るようだ。
真っ青だったミントの顔色がみるみるうちに回復するのと同時に、周囲の雪が解けだした。
「おおっ、やるじゃない、鳥!!」
「あ、あの、アザミ様。仮にも神の使いとか勇者の使徒と呼ばれる神鳥に、その呼び方は……」
かなり回復したミントが、地面の上に立ちつつそう言った。
そこは大きな岩の上だった。
「ここは?」
「まさか?」
二人が視線を足元に落とすと、そこだけひび割れていた。
……人の形に。
「もしかして、ここが?」
二人が同時にゴットバードの方に目を向けると、神鳥は目を閉じて頭を下げた。
「ここが魔王ボルテッカー最期の場所……」
千年前に魔族を率いて人界を侵略し、最後はこの地で勇者との死闘に敗れた魔界の支配者。
この時、阿左美達は知らなかったが、その魔王ボルテッカーは真一の前世であり、彼女達は偶然にも、彼にとって深い縁のある場所を選んでいたのだ。
ミントが、その人型のひび割れにそっと手を当てる。
勇者神殿の神官である彼女にしてみれば、ここは宿敵の墓のような場所である。
「感じます。凄い魔力です。死して千年たっても、これほど強いなんて」
「なかなかやるわね、魔王」
「一応、アザミ様はそのライバルである勇者なのですけど」
千年前に召喚されたのがワルダスカーではなく阿左美だったら、瞬殺されていたか、仲良くなって一緒に遊んでいたか、そのどちらかだろう。
ミントはそんなことを考えて、思わず微笑んでしまった。
何となく、後者になった可能性の方が高いと思ってしまったからだ。
「時間がありません。やります」
ミントがそう言って立ち上がった。
阿左美とゴットバードは、邪魔にならないように岩の端に寄る。
そんな一人と一羽の視線の先で、ミントが左手を胸に当て、右手を空に掲げた。
そして、右手を振り下ろしつつ、澄んだ声で力強くこう言った。
「ナーデヤネー!!」
12月7日
どことなくやつれた真一が、ベッドの上に寝転んでいる。
黒くてシンプルだが肌触りの良い生地の服とズボン、さらに黒い革のブーツと、全身黒ずくめの格好をしている。
イオン モールが言うには、これが魔王の普段着らしい。
「どうやら、魔界の食事は口に合わなかったようですね」
半透明なゲインズ ラモンがそう言った。
彼は時々、真一の元にやって来ては、雑談を交えつつ魔界のことを教えてくれている。
「好き嫌いは駄目だって親には厳しく躾けられたんだがな。それでも、巨大ゴキブリの丸焼きは無理だ」
「あれは魔界では高級料理なんですよ。まあ、私は食べられないから、美味しいかどうかは分からないですけど」
「これだけ厳しい環境だと穀物は育たないだろうし、家畜を育てることも難しいのは分かる。だからって、巨大ゴキブリを養殖するか、普通」
「あなたが何とかすれば良いでしょう」
「それって、豊かな人界を侵略しろって言ってるのか?」
「それも手段の一つだとは思いますが、偉大な魔王様なら、ほかにも何か思いつかれるでしょう」
「あの城壁山脈を吹き飛ばせばいいんだ。そうすれば、魔界側の環境も激変する」
「おおっ、さすがは魔王様。その考えは、さすがに思い浮かびませんでした」
「そういえば、イオンは?」
「魔王様のお口に合う食材を探し求め、走り回っていますよ。本当に優しい子だ」
年齢は約千五百歳だが。
真一がベッドの上で上半身を起こし、ゲインズ ラモンの方を見る。
「何度も聞くが、俺は本当に転生した魔王なのか?」
「間違いありません」
「でも、飯すらまともに食べられないんだぞ」
「私は、飯すらまったく食べません」
「記憶がないんじゃ、ただ魔力が強いだけの人間だろうに」
「それは違います」
「何が違うんだ?」
「実は、ここ数日間、魔界にはささやかですが変化が起こっています。病気になる者が減ったり、暴れ者の魔獣が少し大人しくなったり」
「俺のせいだって言うのか?」
「せいと言うより、影響でしょう。魔王様は、この魔界に存在するだけで、我々を幸せにしてくださるのです」
「本当かよ……」
真一がそう言った時、胸に衝撃が走った。
「どうされました?」
「いや、今、誰かに胸を叩かれたような気が……。あれっ?」
両手を見ると、指先から少しずつ輪郭がぼやけてきている。
「これは?」
「ほほぅ、誰かがナーデヤネーの反呪文を唱えたようですね」
「なんだ、それは?」
「召喚魔術を使った後、その道が完全に閉ざされる前に帰還魔術を発動することを、そう言います」
「それって……?」
「つまり、何者かが魔王様を呼び戻そうとしているということです」
「誰が一体?」
「魔王様と一緒にいた者達ではありませんか?」
「しかし、あいつらにそんな知恵はない……いや、ビーデ シヨかガーゼットか?!」
「この魔術は、発動すると私でも止めることができません」
「そうか、やっとまともな飯が食える」
「まあ、この世界に魔王様が戻っておいでになったと分かっただけで、私は満足ですよ。もう少し人界を楽しんできてください」
「良いのか?」
「人の寿命など、すぐに尽きます。そして、お目覚めになったあなた様の寿命は、我々と同じか、それ以上に長いのです。人界で生きにくくなったら、こちらに戻って来てください」
「そうか、皆にも説明しておいてくれよ」
「畏まりました。魔王様は、その欠けた記憶と知識を取り戻すため、旅に出たと伝えておきましょう」
「すまない。特にイオン モールには、よく礼を言っておいてくれ。世話になったと」
「もちろんです」
ゲインズ ラモンがそう言った後、真一の姿が完全に消えた。
「やれやれ、今も昔も魔王様は、本当に慌ただしいお方だ」
12月7日
ビーデ シヨの屋敷に、エリチンとビーデ シヨ、そして彼のウッドゴーレムが戻って来た。
ドアが元気よく開き、阿左美が駆け出してくる。
「先生!!」
彼女の後ろに、ミント、シラクサ、ヴァレリアンも続く。
「よう、相変わらず元気だな」
ウッドゴーレムに背負われていた真一が、雪の上に降り立った。
「うわっ、何、その悪役っぽい格好は?!」
彼の前に駆け寄ると、阿左美が胡散臭そうな表情になりつつ、そう言った。
「シンイチ様!!」(ミント)
「シンイチ殿!!」(ヴァレリアン)
「よっ、一人でどこ行ってたんだよ?」(シラクサ)
さらにエリチンも加わり、全員が勢ぞろいした。
「心配をかけてすまない。ちょっと魔界に呼ばれていてな」
「ま、魔界?!」
「とりあえず、何か食わせてくれ。腹が減って死にそうだ」
「アハハハ、なんだかアザミみたいだ」
「そういえば、先生」
「何だ、早瀬?」
「お財布は?」
「…………!!!」
真一の顔色が、見る見るうちに青くなっていく。
「あっ……忘れてきた」
第3部「偽勇者となんちゃって勇者」編、最終回です。
次回から第4部「エリチンの里帰り」編が始まります。




