第71話 真実の歴史
【これまでのあらすじ】
魔王が近々復活すると言う予言にしたがい、異世界召喚された女子高生勇者、早瀬 麻美と、その巻き添えとなった担任教師の眞壁 真一。
2人は異世界で知り合った勇者神殿の神官ミント、マッチョエルフのエリチン、シーフのシラクサ、王国女騎士ヴァレリアンと共に、異世界で冒険者として旅を続けている。
フラーノの郊外で暮らす魔導書研究家のビーデ・シヨから魔導書探索の依頼を受けた勇者パーティーは、依頼主を連れて魔導書が封印されている遺跡を探索し、ついに目的の魔導書を発見した。
しかしそれは魔道エロ本で、おまけにそれを奪うべく待ち伏せしていた偽勇者パーティーと戦闘になり
勇者パーティーは偽勇者パーティーに圧勝する。
一方、魔界では、魔王召喚の儀式が行われ真一が黒い空間に飲み込まれた。彼が転生魔王だったのだ。
12月5日
突然、真一が消えた。
「せ、先生!!」
阿左美が彼を追いかけて黒い空間に飛び込もうとするのを、シラクサとミントが慌てて止めた。
「止めないで!!」
「駄目だ、アザミ。あの中がどうなっているか分からないのに!!」
「そうです、アザミ様!!」
「あれは見たことがある。私と先生がこっちの世界に召喚される時に通った壁だよ!!」
「じ、じゃあ、真一様はどこかに召喚された?!」
そう言っている間に、黒い空間は薄れていき、そして消えた。
今まで黒い空間の向こう側にいて、見えなかったライディーン達とエリチンがこちらを向いて、驚いている。
「な、何じゃ今のは?!」
「先生がどこかにさらわれた!!」
「もしかして、元の世界に戻ったのかも」
「そんなズルい!!」
阿左美が黒い空間が消えた場所をウロウロしつつ、そう言う。
「元の世界? 戻った?」
ガーゼット達とビーデ シヨが首を傾げる。
「……じ、実は」
ことここに至って、阿左美は自分が異世界から召喚された勇者だとネタばらしをした。
「昨日までなら、そんな話、絶対に信じなかったな」
「うむ、頭がおかしい可哀想な娘だと思っていたじゃろうな」
「この世界には勇者の子孫がいるのに、わざわざ異世界から召喚するなど、勇者神殿は何を考えているのだ?」
ビーデ シヨ、ガーゼット、ライディーンの順にそう言う。
「仕方がないじゃありませんか。この世界にいる勇者様の子孫は、皆さん当てにならないのですから」
ミントがそう身も蓋も無いことを言う。
「それにしても、まさか異世界からの召喚勇者とは……あのシンイチもそうだったのか?」
「違うよ。先生は私が召喚された時、無理やり巻き込んだの」
「……可哀想に」
「よく考えたら、酷い話よね」
「そんなことより、シンイチ殿は本当に、元の世界に戻られたのか?」
ヴァレリアンがそう言うと、阿左美が、
「それは、分からないけど」
と答えた。
確かにその通りだ。真っ黒な空間に引きずり込まれただけなのだから。
「勇者神殿が召喚の儀式を行った時に、あの黒い壁が現れたのだな」
ビーデ シヨが静かにそう言った。
「うん」
「王都にいた頃、召喚に関する本を読んだことがある」
「ええっ?!」
「簡単な精霊を呼び寄せるものから、異世界の化物を呼び出すものまで色々あったが、確かその中に勇者召喚もあったな」
「はい、魔王を倒した勇者ワルダスカー様は、女神アイの導きによって異世界から召喚をされています」
「おそらく、その時の方法を書き写したものだったのだろう。確か、大量のドラゴンの血液と黄金を溶かして混ぜたもので魔法陣を描き、さらにそこに魔力を注ぎ込み、最後は一発ギャグで発動をする」
「い、一発……ギャグ?」
首を傾げる一同と、顔を真っ赤にして俯くミント。
「何で一発ギャグなのだ?」
ヴァレリアンがそう言うと、阿左美がミントに「何で?」と聞いた。
「く、詳しくは分かりません。ただ、必ずスベるようにと、受けたら駄目だと、何度も神官長様には言われました」
「もし受けたら?」
「儀式は失敗すると」
「それでミントちゃんは見事に滑ったわけだ」
「狙ったわけではありません。結果としてはそうなりましたけど」
「何にせよ、同じ扉が出現したと言うことは、同じ召喚の儀式が行われたということだ。それがこの世界のどこかなのか、はたまた異世界なのかは分からんがな」
「先生……」
肩を落とす阿左美。
「そんなに落ち込まないで下さい、アザミ様」
「無理だよ、ミントちゃん」
「そんなに、シンイチ様のことを……」
「だって、財布持ってたの先生だよ。私達、一文無し」
「……」
さらに空気が重たくなった。
「と、とりあえず、私の屋敷に行こう」
12月5日
「魔王様、入浴の準備が整いました」
イオン モールにそう言われて、真一は湯殿へと向かった。
なにせ、火山地帯のど真ん中にこの城はある。
当然、泉のように広い源泉かけ流しの温泉があった。
「あ~、これは良い」
食事は無理だったが、風呂は気に入った。
ちなみに、
「一人でゆっくりと浸かりたいから」
と、先に言っておいた。
何となく、何人もお付きの者がいて、背中を流したり着替えを手伝ったりしそうな雰囲気だったからだ。
「畏まりました」
手にタオルや石鹸や着替えを持った従者達が一礼をして退出していく。
しかし、イオン モールだけは、そうすることが当たり前のように残っていた。
「あ、あの……」
「私のことはお気になさらずに」
「でも」
「どうぞ、お気になさらずに」
人間風に言えば、絶世の美女に見つめられながら入浴をするというのは、はっきり言って落ち着かなかったが、仕方がない。
魔族のしきたりを知らない以上、あまり我儘を言っては相手を警戒させてしまう。
「こんな非常識な人が魔王様なはずがない!!」
などと言われたら、逃げ場がないのだ。
自分が魔族達の食事の食材にならないためには、線引きする場所を間違ってはならない。
ドーム型の天井を見上げると、黒い獣に跨った魔王の絵が描かれていた。
「あれが魔王様か……」
かなり美化されているため、自分とは全く似ていないが、彼が魔族達にどれだけ愛されていたか、よく分かる。
「イオンさん」
「どうか、イオンとお呼びください」
「では、イオン」
「はい、何でございましょう」
お湯につかっている彼の側に、イオン モールが近付いてきた。
湯気が凄いため、彼女は全身ずぶ濡れになっている。
「イオンにとって、魔王とはどういう存在なんだ?」
「私は、魔界にある大森林で、よく人を惑わせて遊んでいました」
「遭難させていたってことか?」
「もちろん、命まで奪ったりはしませんし、ただ、困って疲れ果てる者を見るのが楽しかったのです。そんなある日、魔王様が森へとやってきました。私はその正体に気付いていたのですが、迷わせようとしました」
「随分と無茶をしたもんだな」
「本当に、怖いもの知らずとはまさにこのことだと思います。そして、あっという間に見破られ、私は魔王様に捕まってしまいました」
「厳しい罰を受けたのか?」
「いいえ。笑いながら『元気な奴だ。こんな田舎じゃなくて俺の城で働け』と言って、魔王城に連れて来て下さいました」
まだ、たいした話は聞けていないが、それでも魔王というのは、凄い奴だと分かる。
圧倒的な力、そしてカリスマ性があり、寛大で器が大きい。
そうでなければ、このようなカオス状態の魔界を統治することなど出来なかっただろう。
人界も人間、エルフ、ドワーフなどが暮らしているが、統一はされていない。
そもそも人界の人間種だけですら、いくつもの王国に分裂している。
北に魔界という共通の敵がいなければ、同種族・異種族による戦争が勃発していたかもしれない。
対して魔界はどうだ?
人界よりもはるかに多い種族、それも外見も性質も全く違う者達が、共存をしている。
まだ魔界の全てを見て回ったわけではないが、魔王城の中を見るだけでも、ここが無法とは逆の状態にあることは分かった。
「教えてくれ。千年前、一体何故、魔界と人界は争うことになったんだ?」
魔王が、力による世界征服や人界の皆殺しなどという野望を持っていたとは、とても思えない。
しかし現実に、千年たった今でも人々は魔界を恐れ、死の谷を必死で守っている。
魔王ボルテッカーは、何を考えて人界に攻め込んだのか?
真一は、それが知りたかった。
「私ごとき浅知恵の者が、魔王様について語るなど恐れ多いことですが」
「構わない。是非教えてくれ」
「分かりました」
イオン モールは姿勢を正すと、昔を思い出すように天井に描かれた魔王の姿を見上げた。
「千年前、人界と魔界を繋ぐ死の谷は、別の名前で呼ばれていました。神の道と」
「神の道?」
「はい。失礼ながら、創生神話はご存知ですか?」
「女神アイと男神マックが、それぞれ美しい世界と争いばかりの世界を作り、始祖神ジョブズが怒って、それを強引に合体させたという奴か?」
「はい、そうです。その合体した世界の境が城壁山脈で、二つの世界が行き来できるように作られたのが、神の道(現在の死の谷)だと言われています。そして千年前、人界と魔界は、そこを通って交流をしていました」
「これだけ文化が違う者同士が交流できたのか?」
「交流と言っても、やり方は色々でしたが」
つまり、平和的なものだけではなかったということだろう。
「人界の者達は、弱い代わりに数が多く、魔界は過酷な環境のため数は少ないが、強い者が多い。これは今も昔も変わりません。そして、人界の者達は魔界を恐れるあまり、時々、魔界征伐と称して攻め込んできました。結果は、まともに戦う前に過酷な環境に堪え切れず、勝手に自滅をしていましたが」
それも分かる。
魔王城から見える範囲だけでも、火山に溶岩にごつごつとした岩山、あと冬が長く、まともな作物など育ちそうにない荒地ばかり。
それでも人種は寿命が短いため、魔界に攻め込んで痛い目に遭っても、すぐに代替わりをしてその恐怖を忘れ、何度も魔界への侵攻を繰り返す。
「ハッキリ言って、私達にとって人種の軍勢と戦うことなど暇つぶしのようなものでした。しかし魔王様は、こう仰いました。『人種は寿命が短い故に必死になって学習をする。一回目より二回目、さらに三回目と回数を重ねるごとに、力を増し、魔界の奥へと軍を進めるようになってきた。このまま同じことを繰り返していれば、千年後には魔界は人界によって滅ぼされるかもしれない』と」
今後千年たてば、もしかしたら産業革命のようなものが起こり、機械文明が栄えるかもしれない。そうなれば魔族との力の差はさらに縮まり、魔界が人界によって滅ぼされるかもしれない。
「そこで魔王様は、人界と魔界が共存をする方法を模索されます。そのためには、まず一度、魔界の力を示す必要があるとお考えになられました。そして千年前に行われたのが、人界侵攻です」
「その前に、人界側から魔界に何度も攻め込んでいたことは知らなかった」
「正直申しまして、それは見事なまでに無残で完璧な敗北でしたから、恥ずかしくて記憶からも記録からも消し去りたかったのでしょう」
もちろん、完璧に消し去ることは出来ないから、大陸中を探せば断片的な魔界侵攻失敗の記録は残っているだろうが。
「人界侵攻は、ある意味、魔王様の予想を越える勢いで進みました。理由はお分かりでしょうか?」
「人界が弱すぎた」
「御明察でございます。当時の人界の者達は、愚かにも人種同士でも争っておりましたので、それなりの軍勢を整えておりましたが、それでも魔族の敵ではありませんでした。そして、魔族達は弱い人界を蹂躙することに興奮し、どんどん攻め進んで行ったのです」
少し人界を懲らしめるだけのつもりが、このままでは滅ぼしてしまいかねない。
そう危惧した魔王様は、何とか魔族の侵攻を止めようとしましたが、なかなか言うことを聞きません。
「人界中に残っている千年前の戦いの跡は、その名残というわけだな」
「そのような時に、人界が苦し紛れに異世界から勇者を召喚しました。魔王様に比べれば、いえ、比べるだけ馬鹿馬鹿しいほど愚かで弱く頭の悪い男でしたが、ほんの少しだけ力は強かったです」
「随分、悪意が籠もっているな……まあ、敬愛する魔王様を倒した仇だしな」
「勇者を旗印にした人界の反撃のおかげで、冷静さを取り戻した魔族達に命じて、魔王様は戦線の縮小を行いました」
「あれは勇者が強かったというより、魔界側が退いたというわけだ」
「しかし、逆に勢いづいた勇者達が、そのまま魔界に攻め込む可能性が高くなりました。それでは同じことの繰り返しで、今回の人界侵攻が無駄になります。そこで魔王様は決断をされます」
「ま、まさか……」
「魔王様は、勇者と密かに会い、神の道(現死の谷)で決闘を行い、自分の命を奪うように伝えられたのです。そうすることでこの凄惨な戦いは終わり、魔王を倒した功労者である勇者が命じれば、人界の軍勢が魔界へ攻め込むことを防ぐことが出来る。あとはお互いに谷の北と南を封鎖し、これ以上の争いを止めようと」
当時のことを思い出したのだろう。イオン モールの瞳に、うっすらと涙が浮かぶ。
「これが千年前の真相です。魔王様は人界と魔界の争いを止めるために、自ら進んで命を差し出されたのです」
まあ、その戦いを始めたのは魔王だったわけだが、少なくとも人界からの無駄で無益な魔界侵攻を止めさせることが出来たのは事実だ。
あと、魔王は自分が転生出来ることを知っていたので、命を投げ出すことが出来たとも言える。
それでも、たいした男だ。
知れば知るほど、考えれば考えるほど、俺とは似ていないな。
まあ、イオン モールは魔王を敬愛している信者のようなものだから、多分に身贔屓なところがあるだろうが。




