第67話 魔人ガーゼット
【これまでのあらすじ】
魔王が近々復活すると言う予言にしたがい、異世界召喚された女子高生勇者、早瀬 麻美と、その巻き添えとなった担任教師の眞壁 真一。
2人は異世界で知り合った勇者神殿の神官ミント、マッチョエルフのエリチン、シーフのシラクサ、王国女騎士ヴァレリアンと共に、異世界で冒険者として旅を続けている。
フラーノの郊外で暮らす魔導書研究家のビーデ・シヨから魔導書探索の依頼を受けた勇者パーティーは、依頼主を連れて魔導書が封印されている遺跡を探索し、ついに目的の魔導書を発見した。
しかしそれは魔道エロ本で、おまけにそれを奪うべく待ち伏せしていた偽勇者パーティーと戦闘になる。
その結果、勇者パーティーは偽勇者パーティーに圧勝するのだった。
「お前達は、一体何者なんだ?」
戦いの顛末を安全な場所から眺めていたビーデ シヨが、怯えながらそう言った。
確かに、あらゆる意味で規格外な戦闘だったことは間違いない。
「新人冒険者パーティーです」
「それを信じろと言うのか?」
真一の後ろには、彼のパーティーが全員そろっている。
エリチンもきちんと外套をまとっており、美形なエルフの顔も、マッチョボディーも隠されていた。
ちなみに彼と格闘家ダイモスの戦闘は、ダイモスが土下座をして終わっている。
勇者ライディーン達は、真一達の背後で一塊になって大人しく座っていた。
特に武器を取り上げたりはしていないが、その背後には、阿左美が召喚した馬顔の鹿がいるので、逃げることはできない。
「この間の人間の顔をした牛と言い、あれは何だ?」
「すいません、呼び出した本人にすら分かっていません」
「神鳥ゴッドバードについては、何かの本で読んだことがあったが、それをあんな不気味な生き物が倒すとは……」
実は勇者神殿のミントもかなりショックを受けていた。
勇者にまつわる伝説の召喚獣が、あんな不気味な生き物に一方的にボコられたのだから、無理もないだろう。
「ところで、あいつらはどうしますか?」
真一がそう言いつつ、すっかり落ち込んで大人しくなっているライディーン達を指さした。
「あいつらを倒したのはお前達だ。私は知らん」
「そうですか」
要は、真一達が好きにしてもいいということだ。
「あ、あの、シンイチ殿、少しいいか?」
ヴァレリアンが近付いて来て、彼を呼んだ。
「ん? なんだ?」
「あの者達のことだが」
「何か考えがあるのか?」
「私は、あの勇者の子孫を名乗るライディーンと直接剣を交えたのだが、とても真っすぐで鋭い剣さばきだった」
「だから悪い奴じゃないって?」
「そうは言わない。村人達から金を脅し取っていたわけだし、あの者もそれに加担をしていたわけだから。しかし、更生の機会を与えてもらえないだろうか?」
「そう言われても、俺は裁判官じゃないからな」
この世界では、地位の高い者が揉め事の裁定や、罪人の刑罰を決めている。
村なら村長が、王国なら国王や領主が、今回の場合はフラーノの街が国王の直轄領のため、司法権は国王か、その代行者ということになるだろう。
ただし、罪人が連行されてこなければ裁判のしようがない。要は、見逃すということだ。
勇者ライディーン達には、まだ今のところ賞金はかけられていない。
ようは、フラーノの街まで連行して兵士に突き出しても
「ご苦労」
と、一言労われて終わる可能性が高いと言う事だ。
もしかしたら、彼女達の被害者である村人達から礼金が出るかもしれないが、あまり期待できないだろう。
「そう言えば……」
真一は、項垂れて地面に直接座っている魔人ガーゼットへと近付いて行った。
「あんた達、この近くの村で魔獣退治をしてやったとか言って、礼金を巻き上げていただろう?」
「あ……あれは」
「嘘はつくなよ。後ろにいる神鳥より強い生き物に、襲わせるぞ」
彼がそう言うと、ガーゼットがそっと振り返り、馬顔の鹿を見る。
先ほどの激しい戦闘が嘘のように、今は大人しい。
「あいつは何なんじゃ?」
「俺にも分からない」
「ハァ~、受け取った礼金ならここにある。少し使ってしまったがな」
そう言うと、ガーゼットが外套の懐から財布代わりの革袋を取り出した。
かなり膨らんでいて重そうだ。
村人達は金貨などあまり持っていないため、ほとんどが銅貨で、そのぶん枚数が多いのだろう。
「あんた達ほどの能力があれば、普通に働いても十分に稼げるだろうに、なんでこんな真似をしたんだ?」
おそらく魔術師としては、真一達の雇い主であるビーデ シヨより、彼の方が優秀だろう。
もっとも彼は、自分の魔術師としての限界に気付いたから、魔導書の研究に没頭していったのだが。
「……儂は、トルタロス王国で王宮魔術師をしておった」
それはある意味、魔術師にとって頂点と言うべき公職である。
「なるほど。人にして魔族並みの魔力を持った者というのは、多少盛ってはいるけど、少しは真実だったわけだ」
「微妙な言い回しじゃのう……。言っておくが、魔人という通称は自分で言い出したわけではないぞ」
「分かった、分かった。で、なんで今はこんな田舎で強盗まがいなことをやっているんだ?」
気が付くと、真一以外のメンバーも集まって来て、彼の独白を聞いていた。
ただ、エリチンだけは、先ほどの戦いで傷付いた森の木々を治療して回っている。
「歳のせいじゃよ」
トルタロス王国で最も優秀な魔術師となったガーゼットも、寄る年波には勝てず、複雑な魔術の構成を忘れてしまったり、ちょくちょく失敗をするようになった。
「国王の生誕祭の時、王宮魔術師達でそれを盛り上げようとしたんじゃ」
まあ、花火の代わりに火炎魔法を使ったり、水や風の魔術でマジックショーのようなことをしようとしたのだろう。
一応成功したし、パーティーは大いに盛り上がったのだが、会場のところどころから、こういう声が聞こえてきた。
「昔は、もっと派手だったのに」
「王宮魔術師も老いたな」
「そろそろ代替わりするべきだろう」
極めつけは、それが国王の感想でもあったことだ。
「我が友にして偉大なる魔術師、魔人ガーゼットよ、そろそろ後継者を育ててみてはどうじゃ?」
それは、実質的な戦力外通告のようなものだった。
「儂は、少しでも王宮魔術師を続けるために、才能のある若者は早期にその芽を摘み、国王に決して近づけなかった」
「最低だな、爺さん」
「仕方無いじゃろう。チヤホヤされるのは気持ちが良いんじゃから」
「胸を張って言うことじゃないぞ」
「しかし、奴は儂以上に狡猾じゃった」
ある日、王国の辺境に魔獣が出現した。
すぐに討伐隊が編成され、ガーゼットもそれに加わるように命ぜられる。
正直言って、かなり不安だった。
人間相手なら、魔術は絶大な力を発揮するが、魔獣の中にはそれを無効にしたり、逆に人間以上の魔力を持っている者まで稀にいたからだ。
ガーゼットなど、魔術が使えなければ、偉そうなだけの非力な年寄りでしかない。
今回の魔獣討伐で失敗などしたら、本当に引退をさせられてしまう。
しかし結果として、彼の心配は杞憂に終わることになる。
討伐隊が目的地に到着した時、そこに魔獣の姿はなく、代わりに一人の若い魔術師が待っていたのだ。
「私の名はグレート!! この森に住みついていた魔獣は、私が退治をしました」
それを聞いて皆が驚き、そして喜んだ。
魔獣退治には、犠牲がつきもので、もし戦っていたら彼らにも多くの犠牲者が出ていただろう。
「素晴らしい。それで、魔獣の屍はどこだ?」
討伐隊を指揮していた騎士団長がそう言うと、グレートと名乗った若者は、
「魔獣は実体のない奴でした。ですから、息絶えるとそのまま消滅してしまったのです」
「そ、そうか。それは大変だったな」
実体のない、ガスや霊体の魔獣は、人間にとって最も苦手とする相手だ。
どれだけ大勢の兵士で攻撃をしてもダメージを与えられないし、どれだけ頑丈な防具を身に着けても、相手の攻撃を防ぐことができない。
「では、戦った場所に案内をしてくれ」
騎士団長がそう言うと、グレートは森の奥へ彼らを連れて行った。
すると、木々が折れたり焼け焦げたりしている場所があった。
「ここがそうです。とても厳しい戦いでした」
ここでこんな攻撃をされ、それに対してどうやって反撃をしたかなど、ペラペラと説明をするグレート。
しかし、ガーゼットはもちろん、騎士団もこう思っていた。
「これって、一人で暴れてもできるよな」
と。
しかし、それを口にしたのはガーゼットだけだった。
「これは本当に戦いの跡なのか? お主が一人で暴れたようにしか見えんが」
「何と王宮魔術師殿は、私が嘘を言っていると申されますか? 心外な!!」
怒るグレート。さらに騎士団長が、
「そうですぞ、魔人ガーゼット殿。彼は勇敢にも単身で魔獣に戦いを挑み、これを退治したのです。素晴らしいではないか!!」
「えっ? 何でそれを信じちゃったの、騎士団長は?」
阿左美がそう問いただすと、ガーゼットは、
「もし魔獣が退治されていなければ、広い森の中を探し回らなければならんかった。それこそ何カ月もかけてな。あと、儂は騎士団とは仲が悪かった」
「そもそも、魔獣が出没していなかったという可能性もあったのではありませんか?」
そう聞いたのはミントだった。
勇者神殿にも時々、魔獣退治の依頼が来ることがあった。
勇者と言えば正義の味方。当然、魔獣退治をしてくれるに違いないと考えている人達がけっこういるのだ。
そして、勇者神殿側もそれを無碍に断ることができない。
勇者を祀る神殿が、魔獣相手にビビっているなどと悪評を流されたら、信者が減り、お布施や寄付が集まらなくなるからだ。
しかし、実際に退治に行くと、それは魔獣などではなく、普通の熊や狼などの獣ばかりだったが。
「正直言って分からん。ただ、周辺の村で被害が出ていたことだけは間違いなかった。もしかしたら熊か何かで、グレートが魔術を使って暴れたせいで怯えて逃げ出したのかもしれん」
なにせグレートが魔獣を退治したという怪しい話に、騎士団は乗っかることにしたのだった。
ガーゼットがそれに異を唱えると、嫉妬をしていると嘲笑され、まともに取り合ってはもらえず。
気が付くと、グレートと騎士団だけで、どんどん装飾された魔獣退治の報告書が作成されていった。
どこの国でも、程度の差こそあれ、魔術師と騎士は仲が悪い。
ガーゼットの場合、普段から騎士団のことを「鎧を身に着けた猿」とか「騎士団百人より儂一人の方が遥かに役に立つ」などと好き放題言っていたので、特に嫌われていた。
「おのれ、王都に戻ったら覚えておれよ。王に全て報告をしてやる」
ここでは何を言っても無駄だと感じた彼は、それ以降何も言わず、大人しく王都へと戻った。
すると、
「素晴らしい、グレートよ。お主を王宮魔術師として召し抱えよう!!」
報告書を読んだ国王は、何の質問も説明も求めないまま、そう宣言をしたのだった。
「へ、陛下、お待ちください!!」
慌てたガーゼットがそう言うが、
「ガーゼットよ、長年の忠勤、まことに大儀であった。隠居をしても壮健でな」
と、追い払われてしまったのだった。
どうやら、彼を嫌っていたのは騎士団だけではなかったようだ。
こうして王宮魔術師の地位と「魔人」の称号は、若いグレートという魔術師に受け継がれたのだった。
「今にして思うと、あの魔獣騒ぎそのものが、儂を追い払うための芝居だったのかもしれん」
「まあ、仮にも長年王家に仕えた王宮魔術師を追い出すんだから、それなりのお膳立ては必要だろうな」
真一にそう言われて、ガーゼットはガクッと肩を落とした。
自業自得とは思うが、少しだけ同情をしてしまう。




