第6話 エルフの結界
【これまでのあらすじ】
勇者として魔王が復活する直前の世界に召喚された女子高生勇者 早瀬阿左美と、その巻き添えとなった教師 眞壁真一、そして二人の付き添いとして勇者神殿から派遣さることになった神官ミント・アンジー。
3人の冒険の旅の最大の障害は金欠だった。
生きていくために3人は冒険者ギルドで、引きこもりのエルフを森から追い出す依頼を受ける。
農村の朝は、どこの世界でも早い。
炊事の煙が家々の煙突から上がり、子供は井戸から水を汲みに行き、大人の男たちは家畜に餌を与えたり、農作業の準備を始めたりする。
そんな中、異形と言ってもいい格好の男女三人が村の広場に入ってきた。
一人は白い神官服の若い女性で、特におかしくはないのだが、問題は残り二人だ。
見慣れない服装で、旅人にも冒険者にも見えない。
「なに、あの男の人。白い長衣を着ているけど、神官?」
「若い女の方も変わった服を着ているな。でも、顔は可愛い」
勇者神殿の町でもそうだったが、真一と阿左美はここでも浮きまくっている。
「うふふふ、注目の的ってやつね」
「俺には、危ない奴を見る目にしか、感じられないけどな」
「あ、あの正面が村長さんのお宅です」
そして、村人たちに遠巻きに警戒されつつ、村長の家のドアをノックした。
相手を必要以上に警戒させないため、挨拶をするのはミントが担当する。
「誰かね、こんな朝早くに」
白髪の老人がドアを開けて出てきた。
「おおっ、これは神官様。あなたは確か、勇者神殿のミントさんだったかな?」
「はい、ご無沙汰いたしております、村長」
どうやら彼女は、何度かこの村を訪れているようだ。
「何か御用です……か?」
そこまで言って、笑顔が凍りついた。
「あ、あの神官様、お連れの方々は?」
「冒険者ギルドの依頼書を見て参りました」
「で、では、冒険者なのですか?」
そこでファーストコンタクトの衝撃を乗り切ったと判断した真一が、ミントの隣に進み出た。
「初めまして。真壁真一と申します。異国から参りましたので、少々服装が変わっておりますが、怪しい者ではありません」
その証拠に、勇者神殿の神官と一緒にいるでしょう、と言わんばかりに、真一はミントへ視線を向ける。
「は、はあ……そうでしたか。なんにせよ、よ、ようこそおいでくださいました。どうぞお入りください」
まだ完全に警戒を解いたわけではないようだが、それでも家の中へ案内してくれた。
村長の家には、奥さんと息子夫婦が住んでいた。
皆、真一と、特に阿左美の格好を見て驚いている。
「では、さっそく依頼内容の細部について説明をお願いします」
テーブルに着くと、さっそく真一がそう言いつつ、冒険者ギルドから持ってきた依頼書を見せた。
さらに、冒険者であることを示すプレートも見えるように首から下げている。
さすがに、ここまでされれば、村長も信じないわけにはいかない。
「は、はい……そうだ、ちょっと現地を見ていただいた方が」
村長はそう言うと、真一たちを連れて家を出た。
そして、そのまま家の北側にある森へと案内する。
「これは……森というより原生林だな」
それが、真一の第一印象だった。
「うわぁ~、大きい木がいっぱい!」
阿左美も驚いている。
確かに、樹齢数百年という巨木が鬱蒼と生い茂っており、人どころか野生動物すら寄せ付けない雰囲気だ。
「ここには千年前から一人のエルフが住んでおりまして、記録によれば、三百年ぐらい前まではきちんと手入れや管理がされていたそうです」
村長が、自分が生まれる遥か昔の話をする。
「エルフの住む森には、よく結界が張られていると聞きましたが」
そう言ったのはミントだ。
「はい。このまま草を分け入って中に入っても、すぐに道に迷った挙げ句、元の場所に出てきます」
「逆に、どんなに迷っても元の場所に戻れるなら、安心だね」
「発想の転換だな」
阿左美の言葉に、真一が妙な感心を示す。
「実際、昔は村の者が枯れ枝を拾いに入ったり、木の実や山菜を取りに森へ行ったりしていたそうです」
「それで、森のエルフは怒らなかったのですか?」
「木を切り倒したり、勝手に狩りをしたりしなければ大丈夫だったそうです」
木も動物も、あまり数が増え過ぎると森の維持管理に支障を来す。
そのため、ある程度はここに住むエルフも許してくれていたのだろう。
「でも、結界が張られているのに、どうやって森に入ったのですか?」
真一がそう質問すると、村長が答える。
「森に入る前に、森のエルフに合図を送っていたそうです」
「合図?」
「はい。儀式的というか、呪文的なもので、それをやれば結界を一時的に解除してくれたとか」
「それは話が早い。それはどうやるのですか?」
「申し訳ありません。もう三百年ほど誰も森に入っていませんでしたので、やり方を覚えている者がいないのです」
村長が渋い顔でそう答えた。
「かなり複雑だったり、手間暇がかかったりしたのかもしれませんね」
ミントがそう言うと、真一が頷いた。
確かに、ちょっと森に入るだけなのに、何時間も儀式をしなければならないとか、生贄が必要だとか言われたら、「だったら別にいいや」となってしまう。
「分かった。きっと一発ギャグをやって、エルフが爆笑しないと解けなかったんだよ」
阿左美がそう言うと、ミントが胸を押さえて「ウッ」と呻いた。
どうやら、勇者召喚儀式のときのことがトラウマになっているようだ。
「フゥ……どのみち今は、結界だけではなく、物理的に森に入れなくなっているというわけですね」
「そうなんです。綺麗に手入れをされた森なら、私らも何も文句は言わないのですが、これだけ荒れると魔物が住み着きそうで」
「それで、管理をしないなら出て行ってほしいと」
「そうです。その代わり、後は私どもで森の管理はします」
それは、森を切り開いて畑にしたり、その材木を売ったりすることも含めてという意味だろう。
「まあ、確かにきちんと手入れをしていれば、諦めもつくけど、放置されているなら、自分たちで使いたいと考えるのは無理もないな」
「へっへっへっ、やっちゃう?」
仮にも勇者として召喚された女子高生が、なんとも悪い表情でそのような台詞を口にする。
「いや、今回は戦いは無しだ」
こちらは武器も防具もないし、戦闘の経験値もゼロだ。
なんせ相手は、千年も一人で森の中に引きこもっているぐらいだ。たかだか平均寿命八十年ちょいの人間ごときでは、その能力は計り知れない。
最初のクエストで、いきなりパーティーが全滅する可能性もあるということだ。
ちなみに、エルフは人間が使う魔力を消費して発動する魔術は使わず、精霊たちの力を借りる精霊魔術というものを使うらしい。
「とりあえず、一度そのエルフに会って説得をしてみよう」
真一がそう言うと、村長が笑顔になった。
「おおっ、そうしていただけますか」
別に彼らもエルフのことを憎んでいるわけではない。
ただ、仕事をしないなら「ちょっとそこどいて」と言っているだけだ。
* * *
「さて、問題は、エルフの結界をどうやって破るかだな」
それができなければ、この森を管理(縄張りに)しているエルフに会うことができない。
村長が家に戻ると、真一たちは森を目の前にして作戦会議を始めた。
「火をつけたらいいと思うんだけど」
ナイスアイデアとばかりに、パチンと指を鳴らして、そのようなことを宣う勇者。
「アザミ様、いくらなんでも、それはギルドに怒られますよ」
「お前、勇者が森に火をつけてエルフを焼き殺したら、それはただの殺人事件だ」
当然、二人からダメ出しをされた。
「じゃあ、どうするの?」
ぷぅと頬を膨らませつつ、阿左美がそう言う。
「……ミントさん、エルフが森に結界を張るのは、人間の侵入を防ぐため?」
「はい。ですから、人間以外の動物は自由に出入りできます」
「では、魔物は?」
「魔物にも結界は有効ですけど、強い魔物は力ずくで結界を破ります。ですが、そういう場合も、警報として機能します」
「……なるほど、力業なら突破できるわけだな」
そう言うと、真一がニヤつと笑い、阿左美の方に顔を向けた。
「ウッ!? なんか、嫌な予感」
「早瀬、先代勇者様からもらった力が早速役立つぞ」
「えっ? アザミ様、そのような素晴らしい力を授かったのですか?」
ミントは、神殿の地下にある勇者の墓地で、ハーブ神官長が阿左美に何をしたのか知らされていなかった。
「ああ、先代の勇者様の兜と鎧に付与されていたもので、物凄い防御力と、治癒能力、あと加速か何かだったな。それをこいつが受け継いだ」
「それは凄いですよ!!」
この世界には、魔力が込められたり、魔術が施されたりしたアイテムや装備がある。
しかし基本的に、一品につき一つの魔術しか付与できなかった。
複数の魔術を付与しようとした場合、お互いに干渉し合って効果がなくなったり、全く違う物に変貌したりするからだ。
「それで、何をすればいいの?」
「まずは、行けるところまで森の中を進んでみよう。お前の力を使うかどうかは、その時の状況次第だ」
村長からは、エルフの住処について、おおよその位置を聞いていた。
森の中央にある丘のふもとに洞窟があるらしい。昔はエルフに連絡をすれば結界を解いてくれたので、そこまで歩いて行くことができたと村の古い記録に残っていた。
ただし、それも森がエルフによって整備されていた時代の話なので、数百年前ということになる。
もしかしたら、エルフは森の中の別の場所に引っ越しをしている可能性もあったが、こればっかりは直接行って確かめる以外に方法がなかった。
「早瀬、スマホの充電はまだ残っているか?」
村人から鉈を一本借り、それを振り回して切れ味を確認していた真一がそう言った。
「えっ? 全然いじっていないから、バッテリーはまだ半分くらいあるけど」
「じゃあ、時間を計ってくれ」
そう指示を出すと、そのまま緑の壁のような森へと入って行った。
森の中は、外周の方は草や茨が真一の身長ほどの高さまで密生して歩きづらかったが、しばらく進むと、それが少しずつ低くなってきた。
森の中は木の葉が生い茂っているため、地面まで日の光が届かず、草が成長しづらいのだ。
「歩きにくいが、これなら、まだ方向を維持できるな」
前が見えないほど草が生い茂っていたら、まっすぐ進んでいるつもりでも、いつの間にか蛇行し、気が付いたら全然違う方向に
飛び出してしまうことがある。
もしかしたら、エルフの結界などはなく、本当の原因は道に迷っただけなのではないか? と疑い始めた。
そうこうするうちに、前方が開けてきた。
「広場か?」
そう思って、そこに出てみると、目の前にトリアの村があり、村長が畑を耕していた。
「……」
「あれぇ~?」
彼に続いて森から出てきた阿左美とミントも驚く。
「トトロでもいるかと思ったのに?」
「早瀬、タイムは?」
「えっ? 10分12秒」
「約10分だな」
そう言ってから、真一が周囲を見回すと、今出てきた場所から10メートルほど離れた場所に、さっき自分たちが森へと入って行ったときに作ったトンネルがあった。
そこだけ草や茨が不自然になぎ倒されているので間違いない。
「よし、もう一度入るぞ」
「あの、シンイチ様」
「何だ?」
「今出てきたところから、戻った方が良いのではありませんか?」
「いや、おそらくこの結界は、経路ではなく時間で起動するタイプだろう」
そう言ってから、自分の髪や制服についた葉っぱや蜘蛛の巣を取っている阿左美に、
「早瀬、次は9分50秒になったら、教えろ」
と指示を出した。
「はぁ~い、分かりました」
そして、再度同じ経路を伝って森の中へと入って行く。
一度、真一が鉈で草や細い木を払いつつ進んだので、獣道のようなものができている。
そのおかげで歩く速度が若干速くなった。
「やはりな」
しばらく進んでから、真一がそう呟いた。
先ほど自分たちが進んだ痕跡が、突然途絶えている。
一回目は、ここで結界が発動して森の外縁部に強制転移させられたのだ。
「早瀬、時間は?」
「7分30秒」
「よし、このまま進むぞ」
そこからはまた、道なき道を鉈を振り回し、足で草を踏みつけつつ進んだ。
「先生、9分50秒」
そして、スマホを片手に後をついてきた阿左美がそう言う。
「よし、止まれ。あと、手を繋いで目を閉じろ」
真一がそう指示を出すと、三人は集まって手を繋いだ。
そして、頭の中で10秒数える。
「いいぞ、目を開けろ」
そして、瞼を開くと、そこは森の外縁部で、草木越しに村の民家が見えた。
「錯覚系ではないということか。完全な強制転送だな」
腕を組んでそう言う真一の後ろで、阿左美が「ええ~」と文句を言っている。
「ただし、発動する時間はこれで確定した。10分だ」
「では、その時に何か対処できれば、結界を抜けることができるというわけですね」
「そういうことだな」
どうする? 転送前に近くの木に身体を繋ぎ止めるか? いや、駄目だろう。
結局、俺たちの身体だけ森の外へ飛ばされるはずだ。
では、結界で飛ばす相手をどうやって認識しているのか?
相手は森の住民であるエルフ。ということは……やはり、これしかないか。
そう考えると、真一が、
「もう一度入るぞ」
と言った。
「ええ~っ、先生疲れたぁ~」
「上手くいけば、あと一回で終わる。早瀬は今度は9分たったら教えろ」
そして、三度目のチャレンジが行われた。
2回通った後なので、道はさらに広くなっており、やはり先ほどより先に進めた。
それでも、エルフが住んでいるはずの丘までは、かなり距離があるが。
「先生、9分」
阿左美がそう言うと、真一は周囲を見回した。
そして、人が上に立てるぐらいの大きさの岩を見つけ、
「二人とも、あれの上に登れ」
と指示を出す。
そして、まず自分が岩の上に立つと、阿左美、ミントの順でその上に引っ張り上げた。
三人で立つにはかなり狭かったが、抱き合うようにして何とかバランスを取る。
「周囲の木の枝や草に触るなよ」
「どういうこと?」
「じきに分かる」
そして、10分が過ぎる。
「あれ?」
阿左美がスマホの画面を見つめつつ驚く。
「やはりな。この結界は常時張られているわけじゃない。10分ごとにレーダーのように森の中をサーチしているんだ」
「れーだー?」
聞いたことがない単語に、ミントが首をかしげる。
「先生、レーダーってなに?」
そして阿左美も目を点にして、頭から「?」マークを飛び出させている。
「ちょっと待て。原理は別にして、レーダーが何をする物かぐらい、お前は知っているだろう?」
「ああ、スピード違反の車を取り締まるときに警察が使っているやつだ」
「確かに、それも使っているが……まあいい。要は、この森の中を10分ごとに魔力で走査しているわけだ。そして、その触媒は植物だ」
「なるほど、だから岩の上に上がって、草木に触れるなとおっしゃったわけですね」
ミントが感心しつつそう言った。
「そうだ。この森の中で植物に触れないようにするには、空中に浮くか、岩の上に乗るしかないからな」
「おおっ、さすが先生」
そう言うと、阿左美がピョンと岩の上から飛び降りた。
「ちょっと待て!!」
慌てて真一が手を伸ばして制止しようとしたが、間に合わない。
その彼の目の前で、草の上に着地した直後に阿左美の姿が消えた。
「ええっ!?」
「あの馬鹿、走査の間隔は10分ごとだが、その走査時間までは分からないと言おうとしたのに」
どうやら、10分からだいたい30秒ぐらいは結界の効果が続いていたようだ。
「とりあえず、今から俺が降りるが、もし消えても、ミントさんはここにいるように、すぐに戻って来るから。」
そう言うと、真一がまるで熱湯風呂に入る芸人のように、つま先からゆっくりと地面に降りていく。
しかし、彼は消えるようなことがなかった。
「良かった、もう大丈夫だ」
どうやら、彼の読み通りだったようだ。
「それじゃあ、あの馬鹿が来るまで、休憩をしよう」
「はい。あっ、そうだ。お水どうですか?」
二人で並んで岩に腰掛け、水筒の水を木のコップに注いで飲む。
そして約5分。
「ゼェゼェ、な、なんで私だけ……」
草をかき分けて、阿左美が戻ってきた。
「おお、随分早かったな」
とりあえず、次の走査を同じ岩の上に登って避けると、三人は前進を再開した。
時間が来れば、岩や草木の生えていない場所に退避して走査をかわす。
どれだけ進んでも、引っかかれば強制的に森の外縁部に戻されるため、進めば進むほど、時間に余裕を持って行動するようにした。
おかげで予定より時間がかかったが、何とか昼前に目的の丘へと到着した。




