第57話 阿左美の覚醒その2
【これまでのあらすじ】
魔王が近々復活すると言う予言にしたがい、異世界召喚された女子高生勇者、早瀬 麻美と、その巻き添えとなった担任教師の眞壁 真一。
2人は異世界で知り合った勇者神殿の神官ミント、マッチョエルフのエリチン、シーフのシラクサ、王国女騎士ヴァレリアンと共に、異世界で冒険者として旅を続けている。
フラーノの郊外で暮らす魔導書研究家のビーデ・シヨから依頼内容の説明を受けた彼等は、準備を整え、魔導書がある遺跡を目指して出発をする。
57話「雪の中の旅」
明けて翌日の朝、真一達はフラーノの南門が開くのと同時に街を出て、ビーデ シヨの屋敷へ向かった。
そして門の前に着くと、今日はウッドゴーレムではなく、老執事が出迎えてくれる。
「すぐに主が参ります」
彼がそう言うと、防寒着姿のビーデ シヨが屋敷から出て来る。
さらに、彼の後ろには荷物を背負ったウッドゴーレムが付いて来ていた。
どうやら、今日からしばらくの間は門番ではなく、従者として使用するつもりのようだ。
かなり大きな荷物を背負っているのだが、顔がないため、辛いのか余裕なのか、さっぱり分からない。
「うわぁ~、いいなぁ~。私もああいうの欲しい」
さっそく阿左美がそう言う。
当然だが、真一達は自分の荷物は自分で背負っている。
疲れた時は、たまにエリチンに手伝ってもらったりすることがあったが、真一が甘えるなと言って、滅多に許してくれないのだ。
と、言っても、疲れたと言って文句を言うのは阿左美だけだったが。
「フンッ、こんな物、魔術師なら誰でも作れる」
ビーデ シヨはそう言ったが、使うのは簡単でも、作るにはかなりの技術が必要だった。
ただの木や石を動かそうと思ったら、大量の魔力が必要になるからだ。
そのためゴーレムは、人型に作り、心臓部に魔力を増幅する魔石を埋め込んだり、関節が曲がるように組み合わせたりしている。
要は、少ない魔力で動けるように高度な細工がされているということだ。
形ができれば、あとは魔力を流し込み、命令するだけで、ゴーレムは思い通りに動かすことができる。
「では、付いてこい」
魔導書が発見された遺跡までの道順は、ビーデ シヨしか知らない。
そのため、彼が先頭を歩くことになった。
正確には、彼のウッドゴーレムが雪を踏み固めて進み、皆がその後に続いていったのだが。
黙々と雪道をひたすら歩いて行く。
街道を離れると、どこが道だか野原だか、さっぱり分からなくなり、前進速度が一気に遅くなった。
「ビーデさん、目的地の遺跡までどれぐらいかかるのですか?」
真一がそう質問すると、彼が答えた。
「今日中には無理だな。だから途中の村で一泊する」
幸いなことに、今日は天気が良い。
雪が降っていたりすれば、さらに移動速度が遅くなってしまうのだ。
「暑い~」
外気温は氷点下に近いというのに、それでも重い荷物を背負って歩き続けると、汗をかく。
休憩時などにそれを放置すると体温を奪われ、最悪の場合、凍傷になったりするため、こまめに着替えをしなければならなかった。
「よし、ここで昼食にしよう」
屋敷を出発して四時間ほど歩いた時、ビーデ シヨがそう言った。
そこは林の中の広場で、中央を小川が流れていた。
もう少し雪が積もれば、その川も凍るか、雪に埋もれていただろうが、今は貴重な給水場である。
ビーデはウッドゴーレムが背負っている荷物から鍋を取り出すと、それで水を汲んだ。
その間にウッドゴーレムは地面まで雪を掘り、木の枝を敷き詰める。
「見ておれ」
彼はそこに鍋を置くと、魔術を構成して発動した。
木の枝に火が付き、火力がどんどん上がっていく。
かなりの高温のため、鍋一杯の水がわずか三分で沸騰しだした。
「どうだ、なんなら分けてやってもいいぞ」
そう言って彼が振り返ると、
「別に間に合ってますけど」
空中に水がフヨフヨと浮かび、さらに一瞬で沸騰する。
「な、なっ?!」
「先生、先生、早くお湯ちょうだい」
「よし、熱いから皆、カップを下に置け」
そう言われて全員がそれぞれカップを雪に半ばまで突き刺すようにして置くと、そこに正確にお湯が注がれていった。
各人がそこに好きな物を混ぜて、かき混ぜる。
「い、今のはお前がやったのか?」
「お湯を沸かしたことですか?」
「そもそも、なんで水が空中に浮いていたんだ?!」
「う~ん、浮いているというより、空気中から水を取り出しているんで」
「空気中から? 何を言っているんだ?」
眞壁 真一は元の世界では化学の教師だった。
そのため、それを魔術に応用しているのだ。
「先生、先生、前から思っていたんだけど、この世界でも私達の世界の化学が通用するの?」
「まあ、マナ(魔力)が含まれている以外は、ほとんど一緒だからな」
「それって何だか異世界っぽくないよね」
「もし分子や原子が少しでも違ったら、俺とお前はこの世界で生きていけないし、皆の姿もかなり変わっていたはずだぞ」
召喚された途端に窒息したり、有毒な大気を吸って悶絶する自分の姿を想像して、阿左美がブルッと身震いした。
さらに言うと、ミントやシラクサの肌が鱗に覆われていたり、ヴァレリアンの背中に翼が生えていたり、エリチンが痩せて華奢だったり。
「いや、最後のは本来あるべき姿のような気がするが」
「さっきから何を言っているんだ? ぶんし? げんしとは何だ?」
「この世界を構成している根源のようなものですよ」
「そ、そのような物をどこで学んだのだ?」
「ま、まあ、遠い国で」
さすがに自分達は異世界から召喚されたとは説明できない。
まず信じてもらえないだろうし、万が一にも信じられたら、阿左美が異世界からの召喚勇者だとバレるかもしれない。
この近くで偽勇者による被害も出ていることだし、真一達もそれと同類だと思われたら、依頼を破棄される可能性が高かった。
ビーデ シヨがお湯を沸かすために使ったのは発火の魔術、そして次に火力を上げて短時間で鍋を加熱して、お湯を沸かしたのだ。
対して真一は、空気中から水を取り出し、さらにそれを周囲から圧力をかけることによって空中に浮かせつつ、加熱をした。
ただお湯を沸かすだけだというのに、方法がまったく違うということだ。
「こ、この若造……只者ではない」
結果は同じでも、手法がまるで違う。魔術師だからこそ、ビーデ シヨにはそのことがよく分かった。
この後、彼らはさらにパンや干し肉なども温めて食事を終えると、
「そう言えば先生」
後片付けを終えた阿左美がそう切り出した。
「何だ?」
「実は私も魔術の練習をしているんだけど」
と、言い出した。
彼女は魔力自体はかなり高いが、魔術の構成が苦手で、まともに発動しないのだった。
過去には、初心者用の発火の魔術を試したら、人間の手足の生えた鮪が出現し、ちょっとしたパニックになった。
「まだ諦めていなかったのか?」
「諦めるわけないじゃない。せっかくファンタジー世界に来たんだから、私だって魔術が使いたいし」
「ほほぅ、その娘も魔術師か」
二人の会話を聞きつけたビーデ シヨが近付いてきた。
彼は先ほど、自分より若いのに高度な魔術を使った真一に対抗するネタを探していたのだ。
「こいつは、魔力は高いんですけど、頭が悪すぎて、まともに発動しないんですよ」
「ほほぅ、そう言えば冒険者ギルドでは、入会時に全員、魔力の適性を調べられると聞いたことがあるな」
そして、魔術師としての適性がある者には、冊子を無料で配っている。
「よろしい、私が見てやろう」
「本当ですか、やったぁ~!!」
「あの、お心遣いはありがたいのですが、止めておいた方が」
喜ぶ阿左美の隣で、真一が何とか思いとどまらせようとする。
しかし、
「私は、以前は王都の魔術学園で教鞭をとっていたこともある。生徒達の中には魔術適性の低い者も混ざっていたが、儂の指導で……まあ、それなりに何とかなった」
「微妙な言い回し」
「いいから、何か魔術を使ってみろ」
ビーデ シヨが阿左美に向かってそう言った。
「先生より、よっぽど先生っぽい」
「俺だって、はじめの頃は早瀬のことを生徒扱いしていただろうが」
つまり、今は違うということか?
「とりあえず、発火の魔術をやってみろ」
そう言われて阿左美が外套を脱ぐと、それをミントに預けた。
その下には、勇者特性を付与されたブレザーを着ている。
「変わった服だな、どこかの学院の服のようにも見えるが」
「まあ、一応学生には違いありませんから」
阿左美が広場の中央に移動し、バッと両手を頭上に掲げる。
「ハァ~、感じる、感じるわ。魔力が私に集まってくる」
「……あの娘は何を言っているのだ?」
「気にしないで下さい。そして、呆れるか、哀れんでやって下さい」
「クックックッ、我が望むは破壊、そう、根源すら焼き尽くし、すべてを焦土と化す地獄の業火」
「……発火の魔術だろ? そうだろ?」
「あれは精神統一のための儀式のようなものですから」
「我が前に顕現せよ、ヘル ファイア!!」
最後は、両手を前に突き出して、阿左美がそう叫んだ。
「な、なんて、無駄に強い魔力だ?!」
ゴワッと大量の水蒸気が発生し、雪煙が舞い上がる。
そして、真っ白になった視界が少しずつ薄れていく。
完全に視界が戻った時、そこには一頭の立派な牛がいた。
「…………」
いや、正確には、人間の中年男性の頭が付いた牛が。
「モォ~ッ」
妙に生々しい鳴き声が響き渡った。
「早瀬、お前という奴は……」
「き、きっと黒毛和牛ですよ。霜降りの」
「お前は、あれを食べるつもりか?」
ギリシャ神話には、ミノタウロスという化物が出て来る。
牛頭人身の怪物で、クレタ島のミノス王の妻が神の呪いで白い雄牛に欲情して十八禁行為をした結果、生まれたと言われている。
よくアニメやゲームでも、ムキムキマッチョな身体に、角の生えた牛の頭を付けたモンスターとして使われていた。
この場合も、そのミノタウロスのような物が出現していれば、それはそれで驚かれたかもしれない。
しかし、牛身人頭というのは、人間の理性に対して恐怖とは違う感情を芽生えさせるらしい。
「は、発火の魔術だろ?」
「ええっと、そのつもりだったんですけど」
呆然と立ち尽くすビーデ シヨに、阿左美が頭を掻きながらそう答える。
「まあ、こんなところで鮪を出されても困るからな。早瀬にしては空気を読んだな」
「そんなフォローはいらない」
モォ~と、オッサンが牛の物まねをしているようにしか聞こえない声が森の中に響く。
「さて、出発しましょうか」
「ま、待て、あれはどうするんだ?」
「大丈夫です。放っておいても、そのうち消えますから」
「しかし……」
「それとも、連れて行きますか?」
真一にそう言われて、ビーデ シヨが彼と阿左美と牛身人頭を順番に見回す。
そして、フゥと小さく息を吐くと、
「よし、出発だ」
と、何かを切り捨てるように言った。




