第56話 熊対エリチン
【これまでのあらすじ】
魔王が近々復活すると言う予言にしたがい、異世界召喚された女子高生勇者、早瀬 麻美と、その巻き添えとなった担任教師の眞壁 真一。
2人は異世界で知り合った勇者神殿の神官ミント、マッチョエルフのエリチン、シーフのシラクサ、王国女騎士ヴァレリアンと共に、異世界で冒険者として旅を続けている。
フラーノの郊外で暮らす魔導書研究家のビーデ・シヨから依頼内容の説明を受けた彼等は、その準備の為に一度フラーノの街へ戻り、各人ごと情報収集を開始した。
その最中に、街の南の森でムキムキの魔物が出没したという情報を受け、それはエリチンでは無いかと思ったヴァレリアンが急行する。
「エリチン殿はどこだ?」
フラーノの街の南側にある森に到着すると、ヴァレリアンは魔物と間違われたエリチンを探していた。
体長が二メートルある筋肉の魔獣と聞いて、自分の仲間のことだと信じて疑わないのもどうかと思うが、放っておいたら砦の軍隊が魔物狩りを始めるところだった。
さすがのエリチンも一人で軍隊を相手にすることはできないだろうし、万が一にも軍隊に勝ったりなどしたら、それはそれで大陸中に指名手配をされてしまう。
何としても、そのような事態だけは避けなければならない。
雪の上に残された、薪を拾いに森へ入った街の人の足跡をたどりつつ、森の中を進んで行くと、前方の大きな木の影で何かがモゾモゾと動いているのが見えた。
「エ、エリチン殿?」
相手を驚かせないように、控えめな声で呼びかける。
すると、その影がゆっくりと彼女の前に姿を現した。
「これは……喜ぶべきなのか、それとも失礼を詫びるべきなのか」
そこには白い体毛の熊がいた。
この世界には、真一や阿左美達の世界とよく似た動物がたくさんいる。
馬や牛のような家畜はもちろん、犬や猫に始まり、鳥や魚などが普通に存在していた。
そして、森や海には人間すら捕食してしまう凶暴な肉食動物もいる。
熊や鮫などがその代表だ。
微妙に姿やサイズは違うが、それらはこの世界でも人間に恐れられている。
そして今、ヴァレリアンの前には、真一達の世界とこの世界共通の、人間の天敵がいた。
体長が三メートルほどある真っ白な熊が、肩を揺らしながら彼女の前に進み出てくる。
この熊は冬眠をしない。春から秋にかけては茶色の毛なのだが、冬になるとそれが生え替わり、真っ白になるのだ。
そして、餌が少なくなる冬でも狩りを続ける。
「熊相手に剣は不利だな」
熊と戦うなら、弓か槍が必要だ。
人間より熊の方がリーチが長いし、剣では熊の攻撃を防ぐことは難しい。
熊の方がパワーがあるので、力比べをすれば当然、人間の方が負ける。
つまり、熊のフルスイングの攻撃を剣で受ければ、弾き飛ばされ、最悪の場合、剣ごと叩き潰されてしまう。
もちろん、熊も無傷では済まないだろうが、怪我をすると獣はさらに凶暴化する可能性が高い。
態勢を崩して倒れたところを、そのまま襲われてしまうだろう。
そうならないために、間合いを取って戦える弓や槍が狩りで使われているのだ。
しかし悲しいことに、今のヴァレリアンには剣しかない。それも刀身が細いレイピアだ。
「しかし、騎士たるもの、敵に背を向けたりはしない」
まあ、確かにこの状態で背中を向けたりしたら、それこそ背後から襲われてしまうが。
「我が名は、ヴァレリアン ホルセット、名誉ある王国騎士だ」
律儀に熊に名乗りを上げる彼女。
そんな彼女を警戒しつつ、熊が低く唸り声を上げる。
「どうした、熊。恐れをなしたか? 逃げるなら、背後から切りかかるような真似はせんぞ」
親切にそう忠告してやるが、相手にしてみれば、彼女は冬場の数少ない獲物である。
「よかろう、正々堂々勝負だ」
ヴァレリアンは剣を抜くと、構えた。
熊と彼女の間合いが狭まっていく。
その時、両者の間に、一人のエルフが飛び降りてきた。
一見すると、熊と大差ない巨漢。それはエリチンだった。
フン!! グァアアアア!!
エルフと熊が同時に咆哮し、ガシッと両腕を組み合う。
「エ、エリチン殿?!」
「どうした、お前の力はその程度か?」
女騎士を背後にかばいつつ、エリチンが不敵に笑う。
熊と力比べをするエルフ。
熊の体長は三メートル、体重は五百キロ近くある。対するエリチンは身長二メートル、体重は熊の三分の一以下。
本来なら、一瞬で押し倒されてしまうはずだ。
ガウッ、ガウッ。
熊が余裕の笑みを浮かべつつ、エリチンに対して全体重をかける。
ググッと足が雪に埋まり、上から押し込まれていく。
フッフッフッ、これだけ大きい肉なら、しばらく飯の心配はしなくて済みそうだ。
そう思ったかどうか知らないが、熊がさらに力を込めた、その時。
「何だ、いつになったら本気になるのだ?」
エリチンがそう言って、両腕に力を込めた。
それまで抑え込まれていた手が上へと上がっていき、熊と彼の態勢が入れ替わる。
「アザミに腹いっぱい肉を食べさせてやれるな」
ガァ?!
人間の言葉など理解できないだろうが、熊は身の危険を感じ、怯えている。
「さあ、止めだ!!」
エリチンがグッと腰を落とすと、その身体が一回り大きくなった。
そして、熊の身体がゆっくりと持ち上げられる。
「うぉりゃあああああ!!」
熊の身体が宙を舞い、近くにあった木に背中から叩きつけられる。
ズズゥ~ン!! という地響きがして、雪煙が舞い上がる。
「フゥ~」
エリチンが深呼吸をすると、熊はまるで棒で叩かれた子犬のように鳴き叫びながら、そのまま逃げ出してしまった。
「これだけ脅せば、もう人里に近づいたりはしないだろう」
どうやら彼は、本気で熊を阿左美のメインディッシュにするつもりはなかったようだ。
追撃などせずに、肩や腰を回している。
「あ、あの、エリチン殿」
「何だ、女騎士?」
「精霊魔法を使えば、もっと簡単に追い払えたのでは?」
「…………」
熊と力比べをして投げ飛ばしたエルフが、アッ?! と驚いた表情になった。
巨漢のマッチョエルフは、一本ずつ木の幹に触れては、ブツブツと呟いている。
街の人が魔獣と見間違ったのは、先ほどの熊だったのか、それともエリチンだったのか、今となっては分からないが、
「何か情報はつかめたのか?」
彼の邪魔にならないように、遠慮がちにヴァレリアンが声をかけた。
「いいや」
「では、危険はないと?」
「実は、木や精霊達にとって、危機とは落雷や日照りや山火事だからな。人とはかなり感覚が違うのだ」
「なるほど。植物達に危ない者を知らないかと尋ねても、何を怖がるか我々とはまるで違うというわけだな」
「その通りだ。森の木々にしてみれば、木の実を食べるが肥料となる糞をする熊の方が、木を伐採したり、畑を広げるために火を放ったりする人間の方が、よほど危険な存在と言える」
エリチンは植物を通じて、色々な情報を集めることができる。
しかし、それはかなり条件を絞り込まなければ、無意味なものばかりになるのだった。
「街の周りの森をずっと見て回ったが、魔族や魔物の気配はなかったな。もちろん、呪いの類も」
結局のところ、エリチンも異常なしということだ。
ヴァレリアンとエリチンが、フラーノの街の冒険者ギルドへと戻って来た。
あまり街の外でのんびりとしていると、日暮れと同時に南門が閉まるため、余裕を持って行動している。
「シンイチ殿達は、何か情報を得られただろうか?」
「まあ、念のための情報収集だから、何もないに越したことはないだろうが」
冒険者ギルドの看板が見えてきた頃、ちょうど道の反対側から真一達が帰って来た。
ミントも一緒だったが、彼女は阿左美に肩を借りて、フラフラと歩いている。
「ミ、ミント殿、一体どうしたのだ?」
慌ててヴァレリアンも駆け寄って、反対側からミントを支える。
「市場で情報を集めたあと、神殿の前を通りかかったら、そこで燃え尽きていた」
真一がそう説明をした。
「も、燃え尽きて?」
「妙なテンションで、しつこく勧誘をされ続けまして」
「妙なテンション?」
城塞でヴァレリアンを案内してくれた隊長も、正直鬱陶しかったことを思い出す。
「最後は、戦の神殿の神官になるか、俺の女になるか、どちらかを選べと迫られ」
「最低だ……」
阿左美が真顔でドン引きしている。
「眠りの魔術で眠らせて、逃げてきました」
「大人しいミントさんが、同じ神官にそんなことするなんて、よっぽどだったんだな」
「とりあえず、中に入ろう」
冒険者ギルドに入ると、シラクサが先に帰っており、テーブルで温めたミルク酒を飲んでいた。
「あっ、お帰り~」
「全員勢ぞろいだな」
とりあえず、全員でテーブルを囲んで座り、集めた情報を報告し合う。
街や神殿、そして城塞や森など、フラーノとその周辺について様々な認識の共有を図ることができた。
「でも、魔族や魔獣が目撃されたとか、大きな事件があったなんていう情報はなかったな」
あえて言うなら、最近、城壁山脈近くの村で、自称勇者一行が頼まれもしないのに勝手に魔獣を倒して、報酬を脅し取っているという事件ぐらいなものだ。
「今の段階では、ビーデ氏の依頼に怪しいところはないということだな」
「そういうことになるわね」
シラクサも街のあちらこちらで情報収集をしていたが、特に気になるところはなかったようだ。
「とりあえず、魔導書捜索に関しては、信用してもいいと思うな」
「そうか」
新人冒険者パーティーに魔導書捜索という高難度の依頼をし、さらに報酬は高額という、かなり胡散臭い内容ではあったが、依頼者のビーデ シヨも含めて、今のところ怪しいところはない。
もっとも、彼が嘘をついたり騙したりすれば、冒険者ギルドが黙ってはいないが。
この世界では、やられたら倍返しというのは、抑止力としてとても有効なのだ。
「それじゃあ、明日に備えて今日は早く休むとしよう」
真一がそう言うと、この日は解散となった。




