第55話 フラーノ城塞
これまでのあらすじ】
魔王が近々復活すると言う予言にしたがい、異世界召喚された女子高生勇者、早瀬 麻美と、その巻き添えとなった担任教師の眞壁 真一。
2人は異世界で知り合った勇者神殿の神官ミント、マッチョエルフのエリチン、シーフのシラクサ、王国女騎士ヴァレリアンと共に、異世界で冒険者として旅を続けている。
フラーノの郊外で暮らす魔導書研究家のビーデ・シヨから依頼内容の説明を受けた彼等は、その準備の為に一度フラーノの街へ戻り、各人ごと情報収集を開始した。
死の谷を塞ぐように作られたフラーノ城塞(通称「門」)は、実は三枚の頑丈な城壁で守られている。
一番北側にある城壁が最も分厚くて頑丈になっており、その上には大型魔獣や飛行タイプの魔獣と戦うための大型弓や投石器が配置されている。
そして、次の城壁の前面には深い堀が掘られ、水が張られていた。
これは、一枚目の城壁を越えた敵をそこで足止めして、上から集中攻撃するための罠で、堀には油を流し込むための溝も掘られていた。
堀が敵で埋め尽くされたら、大量の油を流し込んで火を点けるつもりなのだ。
最後の城壁は、防御用というよりは、兵士達の兵舎や武器庫、食糧庫などが配置されており、城壁の各所にそれらが分散配置されていた。
これは、敵の破壊工作などで一網打尽にされないための措置で、一、二カ所破壊されても戦闘が継続できるようになっている。
ヴァレリアンは、その城壁の上を感心したり驚いたりしながら歩いていた。
「この城壁の高さは五十メートルもあるのだ。ドラゴンの体当たりにも十分に耐えられるし、表面を削って磨き上げているから、身軽な魔物でも登ることができない」
十人いる守備隊長の一人であるガウスが、自分が作ったわけでもないのに、自慢げにそう説明している。
さらに、時々、
「昼間だけではこの城塞の本当の凄さは分からないぞ、そうだ今夜、一緒に食事でもどうだい?」
などと、誘ってくる。
どうやら彼の頭の中では、世の中の女性は逞しい男が大好きで、自分のような男は無条件でモテると信じているようだ。
この城塞内の見学も、おそらくヴァレリアンが男だったら、にべもなく断られていたことだろう。
「一つ伺いたいのですが」
彼女がそう切り出すと、オーバーアクションで振り返りつつ、「なんだい?」と言う。
「最近、魔界の方で何か動きがありませんでしたか?」
「魔界で?」
魔界から人間界に来るには、この死の谷を通るしかない。
その名の通り、巨大な壁となっている城壁山脈は、鳥ですら越えられないほど標高が高いのだ。
もっとも、上級魔族の中には、実体を持たない者や、空間転移ができる者もいたりするのだが。
「う~ん、そうだなぁ。俺がこの城塞に来てからもう五年になるが、一度も魔族や魔獣は見たことがないな」
「そうですか」
近隣の村に現れた偽物勇者の一行や、封印をされた魔導書。単なる偶然か、それとも何かの兆候か。
眞壁 真一は、念には念を入れて情報を集めようとしているが、どうやら魔界とは関係がないようだ。
「ところで、騎士ヴァレリアン」
何度目かの食事の誘いをしようとした時、一人の兵士が息を切らせて駆け寄って来た。
「ほ、報告します!!」
「チッ、何だ?」
良いところを邪魔されて不機嫌になったガウスが、舌打ちをしつつ兵士の方に向き直る。
「フラーノの町の南の森で魔獣が目撃されました!!」
「何だと?!」
それには、ガウスはもちろん、ヴァレリアンも驚いた。
このタイミングで魔獣が城壁山脈の南側に出現したのだから、無理もないだろう。
「そ、それで、どのような奴なのだ?!」
どうやらガウス隊長殿は、ビビッておいでのようだ。腰が少し引けて、声が微かに震えている。
「はい、薪を集めに森に入っていた街の人間が偶然目撃をしたのですが、体長が二メートル近くある、筋肉の塊のような魔獣だったそうです」
「・・・・・それ、魔獣違う・・・・」
ヴァレリアンの頭に、森の中を筋をトレしながら歩くマッチョエルフの姿が浮かんだ。
眉間に皺を寄せると額に手を当てて、南の方に目を向ける。
「あの~、ガウス殿」
「な、なんだ、ヴァレリアン騎士?」
「もしかしたら見間違いかもしれぬし、この砦を手薄にするわけにもいかないので、それは私が見に行こう」
「何を言う、君を一人で行かせるわけにはいかない」
「いやいや、様子を見に行くだけですから。もし本当に魔獣がいたり、その痕跡を見つけたりしたら、すぐに貴方へ知らせましょう」
自分のパーティー仲間が、城塞の兵士達に包囲されたり、追い回されたりするという事態は、何としても避けたい。
「し、しかし」
「ご安心ください。私も王国騎士です。決して無謀な真似はいたしません」
「そこまで言うなら」
こうしてヴァレリアンは、仲間を助けるとともに、この場から逃げ出すことに成功したのだった。
ミントは、女騎士ヴァレリアンが見学している城塞の側へと来ていた。
そこには戦の神殿があり、神殿には町中の人が訪れる為、様々な情報が集まる。
彼女は真一に言われた通り、その情報収集に来ていたのだった。
神殿と言っても、ここは規模が小さく、彼女が所属している勇者神殿や、アバトの街の愛の神殿に比べると、かなり見劣りする。
もっとも、これは人気がないとか、信者が少ないからではなく、純粋に立地面積が狭いためだった。
城塞都市フラーノの外なら、いくらでも土地があるのだが、城壁内はそうはいかない。
いくら神殿とはいえ、巨大な建物を建てるだけのスペースが確保できなかったのだった。
三階建ての少し立派な建物の屋根には、剣と槍と弓、そして盾が飾られている。
実は、この戦の神殿は勇者神殿と微妙な関係にあった。
戦の神殿は、魔界との戦いも自分達のテリトリーだと考えており、勇者もそこに含まれるべきだと考えていたからだ。
別に勇者を軽んじているわけでも、蔑ろにしているわけでもない。戦う人間の頂点は勇者だということも認識しているし、人類最強の戦士とは勇者のことだとも考えている。
ただ、あくまでも勇者は人間であり、神々と同列に扱っていいはずがないとも考えていた。
そのせいで、昔から事あるごとに意見が対立し、いがみ合ってきたのだった。
正直言って、気が進まなかったが、真一に頼まれたとあっては断れない。
ミントは覚悟を決めると、神殿の扉を開いた。
どこの神殿でも同じだが、建物の中心は神々に祈りを捧げる聖堂である。
正面に始祖神ジョブズの像が立っているが、この神殿に合わせて色々と装飾が施されている。
まず、左手に剣を持ち、右手に討ち取った魔物の生首が掲げられている。
ジョブズ神自身も体のあちらこちらに傷があり、恰好もほとんど半裸だった。
「何ですか・・・・これ」
この世界はキリスト教やイスラム教のように一神教ではないが、ギリシャやローマ神話ほど人数は多くない。
ましてや日本のように八百万の神など、とんでもない話だ。
そのせいか、数少ない神をそれぞれの神殿に応じて色々とアレンジして祀っている。
しかし、だからと言って、これはやり過ぎな気がした。
「誰だ?」
ワイルドな始祖神を前にして呆然と立ち尽くしていた彼女に、一人の神官が声をかけてきた。
振り返ると、いかにも荒くれ者っぽい感じの男が壁にもたれかかっている。
戦の神殿の神官服姿で、左腰には剣を帯びていた。
「失礼しました、私は……」
ミントが名乗ろうとすると、
「おお~っと、当ててやろう。あんた、勇者神殿の神官だな?」
当てるも何も、彼女の神官服を見れば一目瞭然だったが。
「はい、私は勇者神殿の神官、ミント アンジーと申します」
ワイルド神官がヒュ~と口笛を吹きつつ、肩をすくめて両手を軽く上げる。
「これは、これは、遠路はるばるようこそ」
何故かしら、妙に苛立つ人ですね。
勇者パーティーの中で最も温和で癒し系キャラである彼女の口元が、微かに引きつる。
「で? 何の用だい? 戦の神殿に主旨替えに来たってわけじゃないんだろ?」
「はい、もちろんです」
彼女は、この街やその周辺で、何か気になることがないか調べに来たのだ。
「えっ、違うの?」
きっぱりと否定されて、ワイルド神官が少し傷ついた表情になる。
「はい、少しお話を伺いたかっただけです」
「いいぜ、戦の神殿の素晴らしさを、たっぷりと聞かせてやる」
「それは結構です」
「ええっ?! 少しぐらい聞いてくれても良いだろ」
「そ、それでは、少しだけ」
「本当に素直じゃないな、最初からそう言えば良いのによ。じゃあ、とっておきの秘密を教えてやろう。この神殿は、城塞に魔族が攻めてきた時、すぐに駆けつけることができるように、秘密の通路で繋がっているんだぜ。どうだ、格好良いだろう、俺達はいつでも戦う準備が出来ているんだぜ。」
他人事ながら、そんな重要な事を初対面の相手に軽々しく自慢げに話して良いのだろうか?と心配になってしまう。
「そ、そうですか。ところで、最近、この街や死の谷で、何か変わったことはありませんでしたか?」
「あるぜ」
「えっ? 本当ですか?」
「美しい神官が、俺を訪ねてはるばるやって来た」
ウィンクをしつつそう言うワイルド神官に、ミントは心の底から帰りたいと思った。
「先生、あのお店の人が、何か重要そうな情報を知っていそうだよ」
阿左美がそう言いつつ、何かの肉の串焼きを売っている露店を指さした。
「市場に入るなり、いきなり来たな」
放っておくと一人で駆け出していきそうな彼女の襟首を捕まえる真一。
「く、苦しい!!」
「うるさい。そんなに腹が減っているなら、雪でも食ってろ」
「雪って味がしないし、それに実はけっこう汚いって先生が言ってたじゃない」
「じゃあ、塩か砂糖をかけて食べろ」
「何の解決にもなってないよ、それ」
「ようは、腹に入ればいいんだろ」
「じゃあ、何で市場なんかに来たのよ。私は美味しい料理が食べたいの!!」
そう言ってから、阿左美がハッとなった。
「お前が今するべきことは何だ? ん?」
「えっと、情報収集です」
「よかった。少しは脳みそが残っていたようだな。ついに自分の脳みそまで消化したのかと心配になったぞ」
「ひっどぉ~い!!」
昨日と違い、今日は時間帯が早いため、市場には食材を売っている露店も多く並んでいる。
夕方に近づくにつれ、商品が無くなった店から順番に片付けていくため、露店が減るのだ。
「こういう市場には、街の外から商品を売りに来ている人も混ざっているはずだ」
「なるほど、そういう人達から、周辺の情報を集めるわけね」
「その通りだ」
「じゃあ、あの美味しそうなパンを売っている人から」
「お前は頭の中まで胃袋なのか?」
脳筋ならぬ脳胃だ。
とりあえず、行商人らしい人間から順番に声をかけていく。
最近、変わったことがなかったか? おかしな噂を聞いていないか?
中には、客じゃないならあっちに行けと言う商人もいたが、基本、皆親切に話をしてくれた。
「そう言えば、最近この辺りで、偽物の勇者が出るらしいな」
「偽物?」
その情報はすでに知っていたが、ここは相手に気分よく話してもらうために黙っておく。
「勝手に魔獣を倒しては、討伐料を出せって言うらしい」
「そんなに魔獣が出没しているのか?」
「普段は、数年に一匹出るか出ないかだよ」
「では、自作自演ということか」
「さあ、どうだろうな」
結局のところ、新たな情報は得ることができなかったが、それはそれで異常がないという証拠だ。




