第52話 魔導書研究家ビーデ・シヨ
【これまでのあらすじ】
魔王が近々復活すると言う予言にしたが、異世界召喚された女子高生勇者、早瀬 麻美と、その巻き添えとなった担任教師の眞壁 真一。
2人は異世界で知り合った勇者神殿の神官ミント、マッチョエルフのエリチン、シーフのシラクサ、王国女騎士ヴァレリアンと共に、異世界で冒険者として旅を続けている。
アバトの街の冒険者ギルドで”魔導書探索”の依頼を受けた勇者パーティーは、人界最北の街フラーノに移動し、そこに住む依頼人に会いに行くのだった。
昨夜はあの後、冒険者ギルドにおいて、三人の村人達から偽物勇者達の情報を聞き、少しその話をしてから休んだ。
そして翌日、真一達は、冒険者ギルドの食堂で朝食をとると、この街に来た本来の目的である魔導書探索の依頼主の元を訪ねることにした。
依頼主ビーデ・シオの住む屋敷は、フラーノの街から少し離れた森の中に建っている。
「何で、安全な城壁の内側じゃなくて、外で暮らしているんだ?」
冒険者ギルドの職員にそう質問をすると、かなりの変わり者で気難しい老人だと教えられた。
要するに、人間嫌いなのだ。
夜明けと同時に開かれた南門から街の外へ出ると、街道沿いに南下していく。
すると交差点があり、森の方へと道が伸びていた。
除雪をされていないため、どこが道なのか、野原なのか見分けがつかないが、森の中に木がない間隙ができているため、そこが道なのだろうと、なんとなく想像する。
「エリチン、先頭を頼む」
「分かった」
普通の人間だと、腰のあたりまで雪に埋もれてしまい、なかなか前に進めない。
しかし、巨漢のマッチョエルフは、人型ブルドーザーのように雪を押しのけ、踏みしめて、普段通りの速度で前進していく。
さらに言うと、彼は植物から様々な情報を得ることができる。
人間では道に迷って遭難をする可能性があったが、森の中を進む限りはエリチンに任せておけば安心だ。
「フム、これは下半身を鍛えるのにもってこいだな」
何故か嬉しそうにそう言うと、エリチンがズンズン進んでいく。
「これは楽でいいな」
「あっ、先生、あそこ見て」
森の中に、広場のような場所があり、そこに三階建ての屋敷があった。
どうやら、あそこがビーデ・シオの屋敷のようだ。
「どうやら侵入者防止の魔術がかけられているようだ。門以外の場所から近付くと、屋敷内に警報が鳴るようになっている」
エリチンがその門の前に到着すると、そう言った。
「なるほど、城壁の外で暮らすなら、それなりの備えはあるということだな」
そう言うと、真一は阿左美の背中を押して先頭に立たせた。
「えっ? な、何で私が?」
「対侵入者用のトラップがあるかもしれないからな」
「ま、また、私を盾にして!!」
「何を言っている。こういう時のために、他のメンバーの倍の飯を食わせているんだろうが」
「ひっどぉ~い!! それだと、私は盾になる以外、役に立っていないみたいじゃない?!」
「みたいじゃなくて、現実にそうだろうが。それとも、他にあるのか?」
そう言われて彼女が眉間に皺を寄せて考え込み、そして俯くと、
「……ごめんなさい、ありません」
と、答えた。
「そ、そんなことありませんよ、アザミ様はいつも明るくて、私は大好きです」
さすがにいたたまれなくなったミントが、慌ててそう言う。
「ミントちゃん、微妙なフォローありがとう」
とりあえず、変わり者という家主を警戒して、皆が武器こそ抜かないまでも身構える。
そして覚悟を決めた阿左美が、屋敷の門をドンドンと叩いた。
すると、屋敷の敷地内の雪の中から、突然、等身大の糸がない操り人形のようなものが姿を現した。
いや、正確には、雪に埋もれていたものが、その場で立ち上がったと言うべきだろうか?
それは木を削って作ったもので、女性のようなスタイルをしているが、顔には目も鼻も口もなかった。
「何者じゃ?」
そのくせ、口もないのに、おっさんの声でしゃべったりする。
いや、どうやらこの声は屋敷の人間のもので、それが人形を通じて外に聞こえているようだ。
「先生、攻撃して良い?!」
木製人形に向かって身構えつつ阿左美がそう言った。
「良いわけあるか。すいません、魔導書探索の依頼を受けた冒険者ギルドのパーティーです」
ここは異世界ではあるが、ファンタジーゲームのように、道を歩いているだけで次々とモンスターが出現したりはしない。
そのため、見た目がいかにもそれっぽい人形の出現に、阿左美は興味津々だ。
「やっと来たのか……まあ良い、入れ」
声がそう言うと、門が自動で開いた。
「便利だな」
「これはウッドゴーレムね」
シラクサが、おっさんの声を出す木製人形を珍しそうに眺めつつ、そう言った。
ゴーレムとは魔力によって動く人形で、石でできていればストーンゴーレム、鉄ならアイアンゴーレムなどと呼び分けられている。
当然、重たければ重たいほど、大きければ大きいほど、作るのも動かすのも強い魔力が必要になる。
戦闘用のゴーレムなどは、まさに動く鎧で、剣や槍などで武装までしていたりするし、さらに複数の魔術師が力を合わせて巨大なゴーレムを動かしたりもした。
門を潜り、再び雪をかき分けつつ屋敷の玄関を目指す。
そこに到着すると、扉がゆっくりと開いた。
今度は、自動ではなく人間が開けている。
「寒い中、ようこそおいでくださいました」
そこには、いかにも執事といった格好をした初老の男性が立っていた。
「本物?人間?」
阿左美がそう聞くと、ホッホッホッと笑いつつ、
「はい、私は人間です」
と、答えた。
その声は、門のところにいたゴーレムから聞こえてきたものとは違い、温和で優しいものだった。
「ビーデ・シオ氏にお会いしたいのだが」
彼が家の主とは違うと確信した真一がそう言うと、執事は家の中を指し示し、
「主は居間でお待ちしております」
と言って一礼した。
屋敷の内部は、外見同様古かったが、よく手入れをされており、設置されている家具や調度品も趣味が良く、さらに高級品ばかりだった。
玄関ホールの正面に居間があるらしく、執事がそのドアをノックして室内にいる主に、
「冒険者の皆さまがおいでになりました」
と告げた。
すぐに入室の許可が下り、「どうぞお入りください」と言って執事がそれを開ける。
「おっじゃましま~す」
と、雰囲気ぶち壊しの明るい声で阿左美がドアを潜り、真一達も防寒用の外套を脱ぎつつ、それに続く。
居間はとても明るくて暖かかった。
部屋の四隅を見ると、そこには発熱の魔石による暖房器具が置かれており、天井からは発光の魔石が埋め込まれたシャンデリアがぶら下がっている。
高級なだけの家具と違い、魔石を使ったそれらは定期的に魔力を注入しなければ、何の価値もない。
つまり、この屋敷には、それができる魔術師のような人間がいるか、定期的に通っているということだ。
もしかしたら先ほどの執事かもしれないが、家主自身がやっているのかもしれない。
「ギルドよりも暖かい」
「当たり前だ」
阿左美の感想に、不機嫌そうな声が答えた。
「フンッ、散々待たせて勿体付けおって」
部屋の中央に置かれているソファーセットに、一人の痩せた初老の男性が座っていた。
その態度と格好から、彼がこの屋敷の主だと分かる。
「冒険者ギルドからやって来ました。あなたが依頼主のビーデ・シオさんですか?」
真一がそう尋ねると、フンッと鼻を鳴らしてから頷いた。
それを見て、真一から順番に名乗っていく。
「魔術師に、戦士に騎士に神官、シーフ、そしてエルフ」
一人ずつの顔を見回しつつ、ビーデがそう呟いた。
ちなみに戦士とは阿左美のことである。
さすがに異世界から召喚された勇者とは紹介できなかったからだ。
「若い上に、女ばかりだな」
「平均年齢は二百三歳になりますが」
「そのエルフが一人で引き上げているのだろうが」
エリチンが一番年上で約千歳、次が真一で二十四歳である。
あと男女比は一対二だ。
「今回の依頼は、レベルフリーということでしたが?」
何か問題がありますか? と視線で問いかける。
「まあ、よかろう。詳しい話をする」
依頼主にそう言われ、全員がソファーに腰かけた。
少し遅れて、ドアがノックされ、先ほど真一達を出迎えた老執事が飲み物を乗せたワゴンを押して入ってきた。
「温かいお飲み物でございます」
それは牛乳にハチミツとハッカを混ぜた、この地方特有のものだった。
全員に飲み物を配り終えた執事が退室すると、ビーデ・シオがテーブルの上に凝った装飾が施された本を置いた。
「これは魔導書だ」
「えっ、我々を待ちきれずに自分で探しに行ったのですか?」
「違う。お前達に探してもらいたいのは、これの対となる本だ」
ビーデ・シオは、実はかなり有名な魔導書の研究家にして収集家であった。
彼自身も魔術師であり、元々は手っ取り早くレベルアップをするために、魔導書を集め始めたのが、そのきっかけだったりする。
「この魔導書は、魔族侵攻以前、つまり千年以上昔に造られたものだ」
「もう古文書レベルだな」
真一達の世界であれば、博物館などで厳重に保管をされるほどの超貴重品だ。
しかし、今目の前にある魔導書は、古そうではあるが、そこまで大切に保管されているようには見えない。
動物の革で作られた表紙には複雑な装飾がされており、その中央には……。
「これは……」
「おっぱいみたい」
言いにくそうにしている真一に代わって、阿左美がズバッとそう言った。
確かに、分厚い革を利用して立体的に見えるそれは、女性の胸の二つのふくらみに見えた。
いや、他の何物にも見えない。
「あ、あの、これは何の魔導書なのですか?」
「うわっ、先生、中が見たいんだ。スケベ」
「まったく、男って皆同じよね」
「シンイチ殿も立派な殿方ということだな」
阿左美に続いて、シラクサやヴァレリアンまでそう言う。
ちなみにミントは、顔を真っ赤にして俯いている。
フンッとまた鼻を鳴らすと、ビーデが無造作にページを捲った。
エリチン以外の全員が思わず息を飲んだが、そこにはエッチな絵などは描かれていなかった。
いや、そもそも文字すら書かれていない。
「白紙?」
「そうだ、九十九ページ全て何も書かれていない」
「何だ、残念」
「何で、女の早瀬が残念がるんだ?」
「でも、魔導書って、結構こういうのがあるって聞いたけど」
シラクサがそう言うと、ビーデが微かに頷き、
「そのシーフの娘の言う通り、特に古い魔導書は文字や絵が劣化をして消えたり、薄くなったりすることがよくある」
それは魔導書の書かれた目的によって違うのだった。
何か強力な魔術の構成や儀式のやり方を記したものであれば、普通の劣化しにくいインクで書かれる。
しかし、魔導書自体に魔術や封印を施した場合、魔力や触媒を混ぜたインクを使うため、長い年月保管されている間に薄くなり、最後は消えてしまうことがよくあるのだった。
つまり、この魔導書は何かを封印しているということだ。
もし開いただけで魔術が発動する類のものだった場合、今この瞬間に大変なことになっていただろうし、一度発動したら終わりならば、もう落書き帳以外に使い道のない代物ということになる。
「それで、この魔導書はどういうものなのですか?」
「実は、長年研究をし続けていたのだが、何か封印を解く鍵ということ以外は、分からなかった」
「鍵? 本なのに?」
「早瀬、お前は黙っていろ」
「……」
「つまり、何かの封印を解いたり、何かを発動したりするために、この魔導書が作られたというわけですね」
「そうだ」
「それを我々に探せと?」
「馬鹿を言うな。そんなことをしたら、一生かかっても見つからん」
確かに、広い大陸のどこにあるかさっぱり分からないし、そもそもこの魔導書は千年以上昔に造られているのだ。その対となる魔導書が、すでに失われている可能性はかなり高かった。
「では、もしかして?」
「その通り。少し前に城壁山脈にある古い遺跡で、隠し部屋が見つけられた」




