第50話 最北の街フラーノ
【これまでのあらすじ】
魔王が近々復活すると言う予言にしたが、異世界召喚された女子高生勇者、早瀬 麻美と、その巻き添えとなった担任教師の眞壁 真一。
2人は異世界で知り合った勇者神殿の神官ミント、マッチョエルフのエリチン、シーフのシラクサ、王国女騎士ヴァレリアンと共に、異世界で冒険者として旅を続けている。
アバトの街の冒険者ギルドで”魔導書探索”の依頼を受けた勇者パーティーは、人間界最北の街フラーノを目指すのだった。
アバトの街を出発してから二週間後、真一達は人間界の最北端、フラーノの街に到着した。
すでに冬真っ盛りで、周囲は雪に覆われ、一面真っ白になっている。
旅費は依頼主持ちと聞いているので、彼らは馬車を使ってここまでやって来た。
それも、発熱する魔石暖房を搭載した高級車だ。
とは言っても、魔石も魔力を送らなければ、ただの石である。
定期的に、真一がそれに触れて魔力を補充しなければならなかったが。
普段であれば、お金がもったいないので、基本は徒歩か、乗合の幌付き馬車しか使わない。
しかし、この高級馬車は箱が木製で、座席にはクッションが張られている。
「いや~、快適、快適」
阿左美が窓から雪原を眺めつつ、そう言った。
「こんなのに慣れたら、もう普通の馬車では耐えられないな」
最初は皆、快適な旅に感動していたのだが、二週間も乗り続けていると、それが当たり前になってしまった。
ちなみに、この暖房付き馬車は彼等だけの貸し切りだったが、エリチンだけは相変わらず筋トレをしながら外を歩いている。
「お客さん、着いたよ」
御者がそう言うと、手綱を引いて馬の足を止めた。
そこは、正確にはフラーノの街の入口にある馬車の停留所だった。
外に出る前に、外套を身にまとい、手袋やマフラーを装着した真一達が馬車から降りる。
「さっぶぅ!!」
降りた順番に、口々にそう言う。
阿左美は勇者装備のおかげで、ある程度の暑さ寒さには耐えられるようになっていたが、それでも制服の上に真一に買ってもらった外套を羽織っていた。
「ほぇ~」
その阿左美が間抜けな声をあげる。
その彼女の眼前には、まさに天まで届くような巨大な城壁山脈の岩肌が立ちはだかっている。
彼女が実際に見たことがある山の中で一番高いものは富士山だったが、この城壁山脈の標高は、低い所でもその倍以上ある。
さらにその名の通り、急勾配の断崖絶壁で、山頂付近は雲がかかっていて見えない。
「世界遺産に認定間違いなしだね」
「この世界にそんな物はないだろ」
馬車の停留所の向こうには、高さが二十メートル近くある本物の城壁があった。
ここフラーノの街は、周囲を高い城壁で守られた城塞都市なのだ。
さらに、街を挟んだ馬車の停留所の反対側には、無骨な城が建っている。
あれが、死の谷の人間界側の門なのだろう。
二週間かけて彼等をここまで運んでくれた御者に礼を言うと、真一達は城門をくぐって街へと入って行った。
分かっていたことだが、アバトの街に比べるとかなり規模は小さいし、街の人達が着ている服も、防寒用のため色やデザインは地味だ。
「じゃあ、まずは御飯にしよう!!」
どこに行っても、真っ先にご当地グルメに目が行く阿左美がそう言うと、
「冒険者ギルドに行くのが先だ」
と、真一がそう答えて歩き出した。
いつもは道案内をしてくれるシラクサも、ここには来たことがなかったので、どこに何があるのか分からない。
とりあえず、道行く人に冒険者ギルドの場所を聞いてみると、街の中央を貫くメインストリート沿いに行けば、すぐに分かると言われた。
この街は有事の際には、そのまま城塞として機能できるように、街の規模に比して道幅は広く作られている。
物資を積んだ荷車や、兵士達の移動がスムーズにできるように設計されているのだ。
そのくせ、区画ごとに城壁で区切られ、鋼鉄製の門が取り付けられている。
魔族や魔獣の中には、身体が大きく怪力の者が大勢いる。それらの侵入を許しても、足止めができるように設計をされているのだ。
「街の人口は一万人もいないな」
街の大きさと通行人の数から、真一がそう判断をした。
「確か五千人ぐらいのはずよ」
すぐにシラクサがそう教えてくれる。
メインストリートは、街の中心を南北に貫き、南は馬車の停留所、北は死の谷の門(城塞)が、それぞれの終点になっていた。
その中央付近に、冒険者ギルドがあった。
場所が変われば、大きさは変わるが、基本的な構造は同じである。
扉を開けて中に入ると、食堂兼酒場があり、その隣に依頼書が貼られた掲示板が、さらに受付が併設されていた。
これまで使用してきた冒険者ギルドと違うところは、部屋の中央に巨大な暖炉があることだった。
さすがに、これだけの広さを温める発熱の魔石は値段が高すぎて買えなかったのだろう。
さらに、たとえ魔石を手に入れることができても、今度はそれに魔力を送る魔術師が常駐しなければならなくなる。
「すまない。このアバトの街でこの依頼を受けたものだが」
食堂のテーブルに向かって突進しそうになる阿左美の襟首を捕まえると、それを引きずりながら受付へと向かった。
「依頼書はこれだ」
そして、魔導書探索の依頼書をカウンターの上に置く。
「ああっ、やっと来たか」
受付にいた事務員は、髭面のゴツい男だった。
もしかしたら、引退した冒険者が冒険者ギルドに再就職をしたのかもしれない。
「依頼人から、いつになったら冒険者が来るんだって毎日突かれて、大変だったんだ」
そう言いつつ、アバトの冒険者ギルドのスタンプが押された依頼書を確認する。
「模様は本物だな」
偽造防止のため、スタンプは複雑な模様になっているうえに、インクには魔力が混ぜられているらしく、事務員がルーペを取り出してそれを覗き込むと、微かに光を放つ。
「確かにアバトの依頼書だ」
「それは良かった。こんな北の果てまで来て、偽物とか言われたらどうしようかと思った」
「この街の近くに古い屋敷がある。そこに住んでいるビーデという老人が依頼者だ。今から行ったら夜になるから、明日にでも訪ねてくれ」
「やはり夜は危ないの?」
阿左美がそう聞いた。
「あんた達、雪に慣れていないだろう。暗くなったら方向が分からなくなって遭難するぞ」
「そうだな。長旅で疲れたし、今日はこの街でゆっくりするか」
「まずは御飯にしようよ、先生」
「あ~、分かった、分かった」
腹をすかせた阿左美を宥めるために、とりあえず冒険者ギルドで食事をとると、六人は街の市場へ出かけた。
日が少しずつ傾きはじめ、気温がさらに下がっていく。
昼間は食材や日用品を扱っている市場の方が賑わっていたが、今は飲食店や酒場の方に人が多く集まっている。
「さすが北国だな、料理が脂っこい」
ヴァレリアンが胃の辺りを押さえながらそう言う。
「でも、味が濃くて美味しかったぁ」
「早瀬は何を食べてもそれだろうが」
胃もたれを起こしている女騎士より倍の量を食べたというのに、こちらは平然としている阿左美に、真一がそう突っ込む。
小さな街ではあったが、門を守る兵士相手の飲食店が多く、味は濃く量が多い割に値段は安い。
「あっ、あれ美味しそう。先生、買って良い?」
今も、大通りの露店を一軒ずつ覗いて回っている。
「アザミ様は凄いですね。それだけ食べて全然太らないなんて」
この中で一番食が細いミントがそう言って感心した。
「早瀬は無駄な動きが多いから、エネルギー消費が激しいんだ」
「先生、違うよ。まだ育ち盛りなだけ」
「その栄養を少しは頭に回せよ。脳の発育が著しく悪すぎるぞ」
「ひっどぉ~い!!」
街自体が小さいので、ゆっくり歩いても一時間もかからずに一周してしまう。
気が付くと、真一達が馬車で到着した南門へと戻っていた。
ここの門は開閉式ではなく、上下スライド方式になっている。
開けるときは、太い鎖を巻き上げて、重くて頑丈な門を上に持ち上げるのだ。
この方式だと、敵の奇襲を受けた時に、すぐに門を降ろすことができるし、蝶番などがないため、攻城槌などで攻撃をされても破壊されにくい。
ちなみに、この街の南側は人界で、死の谷は北側にある。
それでも、南門にも衛兵が何人も立っており、街をグルリと囲んでいる城壁の上にも、等間隔で完全武装の兵士が見張りをしていた。
真一達が通りかかった時、それまで開いたままになっていた城門がゆっくりと降りだした。
鎖を巻き取っている大きなハンドルに、十人以上の兵士が取りついて、ゆっくりと回していく。
上げるときは、重い城門を持ち上げるため力が必要だが、降ろすときもブレーキをかけ続けるため踏ん張らなければならない。
そうしなければ、ロックを外した瞬間に、重たい城門が一気に落下して城門を破壊してしまうのだ。
間違ってその時、下に人がいたら間違いなくペチャンコになる。
その時、外から城門に向けて三人の男達が駆け寄ってきた。
防寒着を重ね着しているため着ぶくれしており、足が遅い。
「止めろ!!」
城門の見張りが大きな声でそう知らせる。
すると、巻き取り器に取りついていた兵士達が、気合を入れて踏ん張った。
「す、すいません」
頑丈な城門が、人が少し屈めば潜れる高さで止まった。
そこを男達が申し訳なさそうに潜り抜けてくる。
「気を付けろよ。あと少し遅かったら、朝まで門の前で待ちぼうけだったぞ」
この城門は夜明けと同時に開かれ、日没と共に閉じられる。
そして夜の間は、たとえ国王がやってきても開けることは禁じられていた。
これは、人界の全ての国の王達が連名で署名をした対魔族条約に記載されている。
魔族の中には人間に変装をしたり、変身ができる者がいるため、それらの侵入を防ぐための措置だった。
ちなみに、街の人間でも城壁の外で働いて遅くなり、閉門に間に合わないことがたまにある。
夏場ならいざ知らず、冬に締め出されたら命にかかわるので、城門の外には木造の建物があり、そこは誰でも自由に使用することができた。
これは、南門の外側にある馬車の停留所に併設されており、普段は御者達の休憩所として利用されている。
「助かりました。ところで、冒険者ギルドはどこにありますか?」
「ギルド? 何か依頼しに来たのか?」
「依頼とは少し違うのですが……」
「まさか、あんた達が冒険者として登録?!」
三人の男達は、護身用のショートソードや狩り用の弓を持っていたが、どこからどう見ても平凡な村人だ。
たまに職を失ったり、悪さをして村を追い出された者が、冒険者になりにやって来ることがあるが、ギルドも馬鹿ではないので、適性がなさそうな者は追い返す。
真一と阿左美は勇者神殿の近くにある冒険者ギルドで登録をすることができたが、あれも神官であるミント・アンジーが同行していなければ、どうなっていたことか。
「滅相もない」
とんでもありませんと、三人が両手と首を左右に振る。
「そうか。どのみち冬の間は、依頼が減るから、冒険者になっても仕事がないだろうがな」
その後、三人は衛兵に道を教えてもらい、街の中へと消えていった。
「何か事件の匂いがする」
阿左美が顎の下に右手をあててそう言った。
「どのみち俺達はクエストの最中だから、関係ないがな」
「でも、変ね」
そう言ったのはシラクサだった。
「何がだ、シラクサ殿?」
ヴァレリアンがそう聞く。
「雪が積もると、この地方の村人達は滅多に街に出てこないのよ。来る時は商売や買い出しの時ぐらいで、基本は家の中でじっとしているの」
確かに積雪期は遠出をするのは危険だ。
自然の脅威はもちろん、普段は人里に近づかない凶暴な動物が、餌を求めて村などへ降りて来たりする。
そのため、雪が降り始める前に食料や暖房用の薪などはたっぷりと蓄えておき、必要最低限の外出以外はしないようにするのだった。
「特に城壁山脈から吹き降ろしてくる吹雪は、アイス系の攻撃魔法並みに強力だからね」
「それは怖いな」
「それでは、あの方々は何をしにこの街まで来られたのでしょう?」
ミントがそう言いつつ、街の中心部に向けて歩いて行く三人の村人の後姿に目を向けた。




