第48話 偽勇者様御一行
【これまでのあらすじ】
魔王が近々復活すると言う予言にしたがい、異世界召喚された女子高生勇者、早瀬 麻美と、その巻き添えとなった担任教師の眞壁 真一。
2人は異世界で知り合った勇者神殿の神官ミント、マッチョエルフのエリチン、シーフのシラクサ、王国女騎士ヴァレリアンと共に、異世界で冒険者として旅を続けている。
そして、ある事件をきっかけに上級魔族のゲインズ・ラモンに、勇者が召喚されている事を知られてしまい、魔族側も異世界に転生をしたと思われる魔王を召喚しようと考え出した。
大陸に冬がやって来た。
特に人界の北部は、城壁山脈からの冷たい風の吹き下ろしのため、かなり寒い。
「そろそろ雪が降るな」
その城壁山脈の麓の村の村長が、灰色の空を見上げつつそう言った。
年齢はまだ四十代前半なのだが、厳しい環境のせいか、十歳は老けて見える。
毎年十一月に入ると曇りの日が増え、中旬ごろから雪が降り始め、月末には村は完全に雪に閉ざされる。
そして長い冬の間、村人達は家に閉じこもって、じっと春まで耐え忍ぶのだった。
人どころか、鳥すら越えられないと言われる城壁山脈。
しかし、その高さと険しさが自然の城壁となり、魔族や魔獣の人界への侵入を防いでいる。
それでも数年に一度、魔獣が出没しては、冒険者や王国の軍隊に討伐されていた。
「今年は貯えもたっぷりあるし、安心して冬ごもりができるな」
村長がそう言って、自分の家に入ろうとした時、村の広場の方で騒ぎが起こった。
「何ごとだ?」
このような田舎で起こるトラブルのほとんどは、痴話げんかだ。
「また、ミッキーが飲んだくれて嫁さんを怒らせたんだろう。しょうがない奴だ」
分かっていても、放ってはおけない。
村人のトラブルを仲裁するのは、村長の重要な役目だからだ。
「どうしたの?」
彼の妻が家から顔を出した。
二十年前は村一番の美人だったのだが、今では村で一番体重のある女性になっている。
まあ、八人も子供を産めば、スタイルなど維持できるわけがないのだが。
「分からんが、何か揉め事らしい。ちょっと仲裁してくる」
「あっ、そう。広場に行くのなら、ミニーからチーズをもらってきて。この間、鹿肉を分けてあげたから、そのお礼にくれるって言ってたの」
「分かった」
村長がそう言って広場に向かうと、その途中で、
「ああっ、ちょうど良かった、村長。今、呼びに行こうとしていたんだ」
嫁さんと痴話げんかを疑われていた村人、ミッキーが駆け寄って来た。
「また嫁さんを怒らせたのか? いい加減にしないと、家から追い出されるぞ」
「違う、違う。今回の騒ぎの原因は俺じゃない」
「なんだと?」
「いいから、早く来てくれよ」
その後、ミッキーに急かされて広場へと向かうと、そこには二十人ほどの村人と、四人の冒険者の姿があった。
「一体どうしたんだ?」
「ああっ、村長」
彼の姿を見た村人達が、ホッとした表情になる。
「あなたが村長かね?」
冒険者達は、老魔術師、老女性治癒魔術師、大柄な格闘家の三人と、金色の鎧を身に着けた銀髪の若い女戦士の四人で、そのうちの老魔術師が村長に声をかけてきた。
「そうですが、あなた達は?」
このような田舎に冒険者が来る時は、魔獣か獣退治、もしくは盗賊討伐のどちらかがほとんどだ。
もし近くに古代遺跡や洞窟があれば、それの捜索という可能性もあったが、この村の付近にそのような物はない。
「我々は勇者様の従者です」
「勇者?!」
「いかにも」
そう言うと、老魔術師が金色の鎧を身に着けた若い女性を両手で指し示す。
彼女は十代後半から二十代前半ぐらいの銀色の髪の美女で、気が強そうな瞳が特徴的だ。
高価そうな鎧を身に着けているためスタイルは分かりづらいが、女性にしては身長が高く、片手剣と小型の盾を身に着けている。
「彼女こそが、人界の救世主、勇者ワルダスカーの子孫にして、その血を色濃く受け継ぎし者、ライディーン・ハモン様です」
「そ、それは……本当ですか?」
村長が恐る恐るそう聞くと、老魔術師は一瞬ムッとした表情になったが、すぐに柔和な笑みを浮かべる。
「まあ、疑われるのも仕方がありません。さあ、ライディーン様、証を」
「分かったわ」
そう言うと若い美女が、鎧と同じ金色の小手を外し、右手の人差し指をスッと頭上にかざす。
そこには古い指輪がはめられている。
「あれこそが勇者の指輪です」
「…………」
そう言われても、このような山奥の村人達は勇者の指輪がどのような物か知らないし、そもそも、そのような代物が存在することすら初耳だった。
「そして、勇者様に仕える、魔族以上の魔力を持つ人間、魔人ガーゼットとは儂のことじゃ」
彼はそう名乗ると、先端に魔石を埋め込んだ杖を掲げる。
「同じく、治癒魔術師アフロダイア」
老女性治癒魔術師が、優しく微笑みつつそう名乗り、
「俺の名はダイモス。自慢じゃないが、王都での格闘大会で優勝したことがある」
そう言うと、身長が百九十センチ近くある筋骨たくましい男が、ファイティングポーズをとる。
「私の名前は、ライディーン・ハモン。偉大な勇者の血脈に連なる者にして、現在の勇者よ!!」
最後は四人で、シャキーンと音が鳴りそうなポーズをとった。
「そ、そうですか……それで、その勇者御一行様が、このような田舎の村に何の御用ですか?」
思わず後ずさる村人達を守るために、かろうじて踏みとどまった村長がそう聞く。
「うむ、実は、この村の近くの森で、凶暴な魔獣が出没していたのじゃ」
「ええっ!! それは初耳です?!」
村長はもちろん、周囲に集まっていた村人達も驚いている。
この村の周辺では、数年前に狼の群れが住み着いて以来、人間や家畜に危害を加えるような危険な生き物は出現していなかった。
ちなみに、その狼の群れは、近くの村と共同して退治している。
「一体、その魔物とは何だったのですか?」
「うむ、黒い影の巨人だった」
「黒い……影の巨人」
「そうじゃ。森の中を、この村を目指してゆっくりと移動をしていたわ」
老治癒魔術師アフロダイアが、声のトーンを落としてそう言う。
「そ、それは……」
「しかし、安心しろよ。俺達が退治してやったからよ」
格闘家ダイモスがバシッと掌を打ち合わせつつ、ニカッと笑った。
「…………」
村長を始め、村人達の表情が微妙になり、お互いに顔を寄せ合ってヒソヒソと囁き合う。
「あ、あのぉ~、それは助かりました」
「そうじゃろう、そうじゃろう。本当に凶暴な魔物だったからのう。あやうくこの村は全滅するところだったぞ」
「そうですよ。私達だから勝てたが、ランクの低い冒険者達だったら、返り討ちにあっていたかも」
「ハッハッハッ、全くだ」
「そこでじゃ、村長よ」
魔人ガーゼットが笑顔のまま村長に近づく。
「な、なんでしょう?」
「本来なら、依頼を受けたわけでもない魔物を退治する義理など、全く無かったのじゃが、義務感というか正義感がワシらを動かしてな。まあ、お節介だったかもしれんが」
「い、いえ、助かりました。ありがとうございます」
「いやいや、礼など無用じゃ。人々の暮らしを守るのも、わしら冒険者の仕事じゃからな」
「そうですか。さすがは勇者様のパーティーです」
「そうじゃろう、そうじゃろう。しかしじゃ、現実問題として、儂らも無償で人助けをしていたのでは旅を続けられん。な、わかるじゃろう?」
急に魔人ガーゼットの目と口が、いやらしく笑う。
「……と、ところで魔物退治でしたら、亡骸の一部を討伐の証としてお持ちのはずですけど、お見せいただけますか?」
これは、魔物退治や盗賊退治の依頼を受けた時のお約束である。
本当にその対象を討伐した証拠として、魔物であれば牙や爪、盗賊であればその装備の一部や、場合によっては生首や指や耳などを依頼主の元に持って帰ることになっている。
「村長、無理を言ってはいかんぞ」
「えっ?」
「相手は黒い影の巨人じゃぞ。倒したら霧散してしまったわい」
「で、では、退治をした場所はどこですか? それほど強い魔物でしたら、さぞかし激しい戦いをされたのでしょう」
「ワシらは平和を愛する勇者とその仲間達じゃぞ。破壊された森をそのままにしておくと思うか? 婆さんの治癒魔術で、森は元通りにしておいたわい」
「…………」
広場をさらに気まずい沈黙が支配していく。
村長と村人達は、例外なく「嘘くせぇ~」という言葉を必死で飲み込んでいた。
「あ、あのぉ~……」
村人達の視線が村長に集中する。そこには強いメッセージが込められている。
あんた、村長だろ。何とかこの詐欺、じゃなくて、集り、じゃなくて、怪しい勇者達を穏便に追い払ってくれ。
それに背中を押される形で、村長が恐る恐る口を開く。
「そ、その魔物は、何かの勘違いとかではなかったのですか?」
それを聞いた瞬間、勇者パーティーのうち、勇者ライディーン以外の三人の表情が豹変した。
「何じゃと、おのれはワシらが嘘をついとる言うんかい?!」
「ワレ、なめとったらブチ殺すぞ!!」
「あ~あ、最悪。あんな危険な魔物を退治してあげたのに、まさか嘘つき呼ばわりとは」
もう、自分達で詐欺師だと自白をしているようなものである。
「言うとくがな、儂らがちょっとその気になれば、こんな村、簡単に滅ぼせるんじゃぞ」
「ガーゼット、俺、さっきの魔物との戦いで暴れたりなかったんだよ」
「逆にワシは、もう魔力が残っていないから、村人が怪我をしても治せんぞ」
彼等は間違いなく、質の悪い集り屋集団だが、困ったことに、それなりの実力は本当にあるようだ。
戦闘力が限りなくゼロに近い村人達では、とても太刀打ちできない。
「さ、最悪だ」
村長がそう呟いた時。
それまで黙っていた勇者ライディーンが口を開いた。
「お待ちなさい」
決して大きな声を張り上げてはいない。しかし、彼女の三人の仲間達は、ハッ!となると口を閉じた。
「すまない。彼等も悪気はないのだ。ただ、命がけで村のために戦ったのに、それを嘘だと言われて激昂してしまったのだ」
「えっ、い、いや、こちらも、あの……」
「本来であれば、強い魔物を退治した場合、報酬は最低でも金貨百枚はくだらない」
「ひ、百枚?!」
それだけあれば、村人全員が丸一年働かずに、それなりの暮らしができる。
「分かっている。そのような大金をいきなり払えるはずがない。だから、今回は半額でいいと思う」
「ええっ?」
村中からお金をかき集めれば、それぐらいなんとかなるだろうが……。
「あと、現物支給もありだ」
そう言う勇者ライディーンの左右で、魔術師と治癒魔術師と格闘家が険しい表情で睨みつけてきている。




