第44話 上級魔族召喚
【これまでのあらすじ】
魔王復活に備えて異世界に召喚された女子高生勇者の早瀬阿左美と、その巻き添えになった教師の眞壁真一、彼等は、異世界で知り合った仲間達と共に旅を続けている。
アルメシア王国北部最大の街アバトへと到着した勇者パーティーは、そこにある愛の神殿から、毎日押し掛けて来る邪神の信徒達(実際の所は愛の神殿の被害者達)を追い払う依頼を受けるが、その信徒達は上級魔族の召喚を企んでいた。
そのアジトを見付け乗り込んで行く勇者パーティー達だったが、目の前で上級魔族ゲインズ・ラモンが召喚されようとしていた。
そこは、学校の体育館のような広いスペースだった。
かまぼこ型の天井までは10mほどの高さがあり、奥行きは30m、幅20m。
イメージとしては、よく王様が配下の者たちや来客と会う謁見の間だ。
真一たちは、そっと顔を覗かせると、広間内の様子を探った。
100人近い男たちが、何重もの円を作って立っている。
ここからでははっきりとは見えないが、その中心では一人の男が両手を掲げて祈りを捧げているようだった。
周囲の男たちは、彼の祈りに合わせて、不気味な呪文を詠唱している。
周囲や天井を見回すと、ここも魔光石のランプがあちらこちらに設置されており、それなりに明るい。
「これは、思ったより本格的ですね。」
儀式などに詳しいミントがそう言った。
「魔族の召喚についてはよく知りませんが、規模的にはお二人を勇者神殿に呼び寄せた時と同等です。」
「この儀式を三日三晩続けるのか?」
「シンイチ様とアザミ様の時はそうでした。ただし、魔族召喚にどれほど時間がかかるかは、やはり分かりません。」
曲がりなりにも、真一と阿左美は異世界から召喚された。
しかし、魔族はこの世界の少し離れた場所にいるだけだ。
もっと簡単に、短時間で召喚できるかもしれない。
「シンイチ、またあの空気を薄くする魔術で、こいつらを失神させたら?」
シラクサが、それが一番楽だと言った。
「さすがに、これだけの人数に対して一度に全員というのは無理だ。」
どんなに頑張っても10人程度が限界だろう。
「先生、ファイヤーボールでドカンとやったらいいんじゃない?」
「こんな密閉空間で、爆発なんか起こしたら、全員爆死か酸欠で死ぬぞ。」
本当にこの召喚勇者は思慮が浅いというか、派手好きというか。
どうも、こいつはいまだにこの異世界をゲームと混同しているようだな。
「じゃあ、どうするの?」
少し拗ねたような表情になりつつ、阿左美がそう言った。
「とりあえず、この呪文の詠唱を止めさせよう。」
「そうですね。もし本物の魔族が出現したりしたら、大変なことになりますから。」
「ミントさん、魔族とはそんなに恐ろしいものなのか?」
「魔族の中でも上級魔族は、本当にヤバいって話だよ。」
真一の問いに答えたのはシラクサだった。
「数は少ないけど、一人で何万もの軍勢を相手に互角に戦ったり、頑丈な城を一撃で吹き飛ばしたりしたって。」
「上級魔族一人でそんなに強いなら、それらを束ねる魔王はどんなに凄かったんだろうな。」
「それはもう桁違いだったみたいだね。今でも大陸中のあちらこちらに、魔王の魔術でできた大きな穴や地割れが残っているし。」
ドラゴン〇ールのスーパー〇イヤ人みたいなものか。
「勇者神殿には、勇者様が書き残した書物が何冊か残されています。」
「ほう、それは経営難になっても売り飛ばされなかったのか?」
勇者神殿では、過去に勇者のミイラを粉にして妙薬として売り飛ばしていた。
「はい。いずれ魔王が復活した時に、その本の知識が役立つだろうと言われて、ギリギリのところで思いとどまったそうです。」
「売るつもりではあったんだな。」
「残念ながら、私ごときではそれらの本に触れることすら許されませんでしたが、もしかしたら、かつて倒された魔王について記されているかもしれません。」
「…………。」
だったら、勇者神殿を出る前に見せてくれたらよかったのに、あのクソ神官長め。
真一は心の中で、食えない神官長、ハーブ・パウロに毒づいた。
「今度勇者神殿に戻ったら、絶対に読んでやる。」
「案外、先代勇者のポエムとか絵日記とかだったりして。」
「まあ、早瀬が勇者として召喚されるぐらいだからな。先代も頭が悪かったのかも。」
「ひっどぉ~い!!」
思わずいつもの癖で、阿左美が大きな声で抗議をする。
そして、地下でそのようなことをすれば、とてもよく響く。
「誰だ?!」
当たり前だが、気付かれてしまった。
召喚魔法陣の周囲を取り囲んでいた男たちが、一斉に真一たちの方に顔を向ける。
そして、何人かが目を見張った。
「お、お前たちは、愛の神殿にいた冒険者?!」
そう言ったのは、シラクサたちが尾行をしていた衣料店の息子、昨日のリーダーだ。
「あ、あいつはマッチョだ?!」
まだ外套で体を隠しているエリチンを指差して、何人かの男たちが後ずさる。
さらに、
「あ、あのお方は?!」
「おお、聖なる衣を纏いし聖女様だ!!」
別の男たちがブレザー姿の阿左美を指差し、その場で畏まる。
「前から思っていたんだけど、この人たち、そんなに悪い人じゃないと思うな。」
「早瀬、言っておくが、こいつらが神聖視しているのはお前じゃなくて、制服のほうだからな。」
「ええっ?!」
「きっとミントさんやヴァレリアンがその服を着たら、もっと大騒ぎになるぞ。」
「そ、そんな。ミントちゃんはいざ知らず、ヴァレちゃんはちょっと無理があると思うけど。」
ちなみにミントは18歳、ヴァレリアンは19歳と一つしか歳は違わないが、女騎士の方が雰囲気的に大人びて見える。
あと、阿左美はまだ16歳で、このパーティーの中では一番年齢が低い。
「そうだな。確かに体形的に無理だな。」
これは身長とウエストの細さの問題だ。
「ヌヌヌ、口惜しい。」
「ふ、二人とも、そんなことよりどうするのよ?!」
呑気な口論を続ける二人に、シラクサがそう言う。
「そうだったな。見つかってしまった以上は仕方がない。力ずくで儀式を止めるぞ。」
真一がそう言うと、他のメンバーが武器を手に取り、男たちの方に向き直った。
「ま、まずいぞ、皆、防御陣形だ!!」
誰かがそう言うと、男たちが円陣を組んでさらに密集した。
その中央では、年老いた魔術師が召喚呪文の詠唱を続けている。
「数に物を言わせて反撃してくれたら助かるんだがな。」
もしそうすれば、こちらも問答無用で攻撃ができる。
さすがに命を奪うのはやり過ぎだが、怪我ぐらいさせても、こちらが罪に問われることはないだろう。
しかし、非武装、無抵抗な相手を攻撃すれば、完全にアウトだ。
相手もそのことがよく分かっているので、半端な抵抗はしない。
「先生、私のダッシュ攻撃であの列を崩してもいい?」
「駄目だ。太っている奴は大丈夫かもしれないが、細い奴らは骨折するかもしれん。」
「自分の弱さを武器にするとは、卑怯な。」
ヴァレリアンが忌々しげにそう呟く。
「こうなったらプレッシャーで押し切るしかない。」
真一がそう言うと、目でエリチンに合図を送った。
それを受けた彼が、バッと外套を脱ぎ捨てる。
オゥ?!と男たちが息を飲み、怯えるのが分かった。
ズン、ズン、とそんな彼らに、無意味にポージングをしつつマッチョエルフが近づいていく。
「く、来るな!!」
「ひぃいいいい、筋肉が、筋肉が近づいて来る?!!」
その怯えようは尋常ではない。
まあ、普通の人間でも、エリチンが筋肉をピクピクさせながら近づいてきたら、怖くて逃げ出すだろうが、ここにいる男たちは、精神的にも肉体的にも一般人よりも耐久力が低い。
当然、彼から受けるプレッシャーを前に、その場で踏みとどまることは難しかった。
一人、また一人と、耐え切れずに円陣から逃げ出していく。
「お、おい、逃げるな! これまで何のために必死に耐えてきたんだ?!」
「そうだ、キモい、ウザい、臭い、死ね、と馬鹿にされてきた日々を思い出せ!!」
仲間同士でそう声を掛け合って、何とか円陣を維持しようとする。
目の前に、暑苦しいブーメランパンツ一丁の筋肉エルフが近づいてくると、彼らは目を閉じ、息を止めて踏みとどまった。
しかし、当然、運動不足な彼らの肺活量はすぐに限界に達し、苦しさのあまり膝をついてしまう。
そんな彼らを、エリチンは片手で軽々と持ち上げて、ポイポイと投げ捨てた。
「よし、囲みが破れた!!」
そこから真一たちが突入し、一気に召喚魔法陣へと駆け込んでいった。
「呪文の詠唱を止めろ!!」
円陣の中心、召喚魔法陣の前に立ち、一人で詠唱を続けていた老魔術師に、真一がそう言った。
相手は、ボロボロの灰色のローブを身にまとい、白髪を長く伸ばした、一人で立っているのが不思議なほど痩せた老人だった。
「あと一節で詠唱が終わるというのに、うるさい奴らじゃ。」
彼がそう言いつつ、振り返る。
その姿を見て、予想以上に歳をとっていると感じた。
もうほとんど骸骨状態だ。
おまけに灰色のローブは、もともとは白かったものが、ずっと洗濯をされていなかったために脂と垢で汚れただけだし、その下には何も身に着けていない。
「くっ、臭い!!」
「これは、目に染みる!!」
老魔術師に駆け寄ろうとした阿左美とヴァレリアンが、見えないハンマーで殴られたように、鼻と口を押さえて引き返してくる。
「た、たしかにこれは……。」
綺麗好きなミントは、最初から近づこうとすらしない。
「あんた、最後に風呂に入ったのはいつ?」
シラクサが口呼吸をしながらそう問いただした。
「フンッ、馬鹿にするな。週に一度は川で水浴びをしておるわい!!」
「で、洗濯は?」
「馬鹿もん!! 洗濯などしたら色落ちや風合いが変化するじゃろうが!!」
「ビンテージもののジーンズかよ……。」
「この異臭は体臭というよりは、あのローブが原因みたいね。」
どちらにせよ、女性陣に彼の相手をさせるのは不可能なようだ。
かといって、真一やエリチンも嫌だが。
直接触れたりしたら、かぶれたりじんましんが出そうだ。
「あんたが、こいつらの親玉か?」
それでもパーティーのリーダーである真一は一歩踏み出してそう言った。
「いかにも。」
胸元から手を入れてボリボリとかきつつ、老魔術師がそう答える。
「上級魔族なんか召喚したら、ここにいる全員が皆殺しにされるぞ。いや、それだけでは済まない。アバトの街もどうなることか。」
そう言いつつ真一は、伸びた前髪のせいでほとんど目が見えない老魔術師の表情を読もうとする。
「フォフォフォ、それがどうした?」
「やはりそうか。お前の目的は、最初からアバトの街を滅ぼすことだったんだな?」
それを聞いて、阿左美たちが驚いた。
「えっ? この人たちって、恋人が欲しいっていう願望を魔族を呼び出して叶えてもらうのが目的じゃなかったの?!」
「それは、こいつらを釣るための餌だ。本当の目的は、上級魔族を呼び出すことそのものだったんだよ。」
「な、何だと?! アバトの街には10万もの人が暮らしているんだぞ?!」
「魔王崇拝者、本当に邪教集団だったというわけですね。」
ヴァレリアンとミントがそう言う。
「フォフォフォ、わしらをそんな破滅論者どもと一緒にされては困るの。」
今度は自分の尻をボリボリとかきつつ、老魔術師が不気味にそう答える。
「街を滅ぼすことが目的ではないというのか?」
どういうことだ。もしかして、召喚した魔族を自由に操れる方法でも知っているのか? クソっ、情報が少なすぎる。
「では、一体何のために上級魔族なぞ召喚する?」
「分からんか?」
ニヤッと笑うと、ほとんど歯が抜けた口の中が見える。
「魔族に我々の願望を叶えてもらうためじゃよ。」
彼のその言葉を聞いて、真一は頭の中で思い浮かべていた魔族召喚の理由候補をどんどん絞り込んでいった。
一番質が悪いのは、ただの破壊願望を満たすことで、自分たちもアバトの街も皆殺しになる。
次は、自分の願望を叶えるために、この男たちを騙し、生贄とし、さらに召喚した魔族を自由に操ることができる。
いや、操るのではなく、その配下になりたいと申し出るかもしれない。
そうなると、この周囲の男たちも最初から魔族に仕えるつもりでいるという可能性も出てくる。
もっとも、こんな連中を自分の部下にしたがる魔族がいるとも思えないが。
「お前たちの願望とは一体何だ?」
「愚問じゃ。」
老魔術師のその言葉を聞いて、周囲の男たちも皆、不敵に笑った。
つまり、彼らもこの男に賛同し、従っているということだ。
さらに理由候補が絞り込まれる。
「まさかとは思うが……。」
「先生、何か思いついたの?」
「ああ。」
阿左美にそう答えてから、真一が老魔術師を睨みつける。
「お前は、上級魔族を呼び出してアバトの街の住民を生贄に捧げる気だな?」
「…………。」
「何の見返りもなしに上級魔族なんぞ呼び出せるはずがないからな。」
「その通りじゃ。」
老魔術師のその回答を聞いて、阿左美たちが再び驚く。
「10万人もの人を犠牲にして、一体何を望むというのですか?!」
そう言ったのはミントだ。
「分からんか? 若き女神官よ。」
「ええ、分かりません。そもそも上級魔族があなた方の指示に従うとも、願いを叶えるとも限りません。最悪の場合は、あなたたちの命を真っ先に奪い、そのままアバトの街を滅ぼす可能性もあるのですよ!!」
「それがどうした?」
「どうしたって……。」
「見て分からんか?」
「むさ苦しくて臭いってことはよく分かるけど。」
今度はそう答えたのはシラクサだ。
「その通り。だから、どんなに望んでも恋人はおろか、女友達すらできん!!」
「多分、お風呂に入って普通にしていれば、友達ぐらいはできると思うけど。」
「無理じゃよ。」
もしかして、この老魔術師も若い頃、女性から酷い扱いを受けていたのかもしれない。
そのせいで心が屈折し、このような暴挙に出たのかも。
「良いか、よく聞け。」
よく聞けと言いつつ、歯が抜けすぎて発音が悪いので聞き取りにくいが。
「儂はな……。」
そう言うと、老魔術師がバッと両手を広げた。
ローブの内側に籠もっていた異臭が周囲に漏れ出し、女の子たちがウッと呻いて後ずさる。
「年齢=彼女いない年数じゃ!!」
「…………ちなみに、お年は?」
「今日が百歳の誕生日じゃ。」
「…………。」
真一は彼にかける言葉が見つからなかった。
過去に女性たちに酷い振られ方をしたとはいえ、短い間とはいえ恋人と呼べる異性がいたことは事実だ。
おまけに真一はまだ、この老魔術師の4分の1も生きてはいない。
「長い年月、儂は女たちにモテるために、あらゆる手段を尽くしてきた。流行りの髪型にしてみたり、エリートである魔術師になるために必死に勉強や修行をしたり。」
外見も内面も必死になって変えようとしてきたことは分かった。
しかし、大元の人格というか性格が危ないため、その努力が報われなかったのだろう。
「もはや……魔族にでも頼らなければ、どうにもならんのじゃよ。」
周囲を見回すと、男たちもハラハラと涙をこぼしている。
もちろん、彼らはこの老魔術師ほど努力も辛い体験もしていないはずだ。
しかし、自分の将来と彼の今の姿を重ねているのだろう。
「つまり、これまでの話をまとめると、お前たちは上級魔族を呼び出し、自分たちの願望、つまり恋人が欲しいという願いを叶えてもらおうというのか? アバトの街を犠牲にして。」
「いかにも!!」
老魔術師と男たちが声を揃えてそう答えた。
色々深読みしてみたが、何のことはない。一番分かりやすいオチだった。
「さて、それでは最後の詠唱じゃ。」
真一が呆れている間に、老魔術師がくるりと召喚魔法陣の方に向き直り、両腕を広げた。
「我が声に答えよ、魔族ゲインズ・ラモン!!」
「しまった?!」
直後に、童貞の血と涙で描かれた魔法陣が光を放ち出した。
「魔族召喚には一発ギャグはいらないんだね。」
「アザミ様、もうその話題は……。」
驚きつつも冷静に、阿左美とミントがそう言い合っている。




