第42話 召喚儀式場所
【これまでのあらすじ】
魔王復活に備えて異世界に召喚された女子高生勇者の早瀬阿左美と、その巻き添えになった教師の眞壁真一、彼等は、異世界で知り合った仲間達と共に旅を続けている。
アルメシア王国北部最大の街アバトへと到着した勇者パーティーは、そこにある愛の神殿から、毎日押し掛けて来る邪神の信徒達(実際の所は愛の神殿の被害者達)を追い払う依頼を受けるが、その信徒達は上級魔族の召喚を企んでいた。
その召喚場所を見付ける為、アバトの街の近くにある森を捜索する。
愛の神殿の警護を始めて3日目の朝
真一、阿左美、そしてエリチンの3人は、昨日の遺跡の森へと来ていた。
昨夜、戻ってきたシラクサから報告は聞いている。
結局、邪教の隠れ家を見つけることはできなかったため、仕方がないので、今日も再び捜索をすることにしたのだ。
昨日はエリチンを愛の神殿の警護に残してきたが、今日は夕方までに戻るつもりなので、連れてきている。
森の捜索には、彼のエルフとしての能力が不可欠だったためだ。
その代わり、ミントを街の捜索組に加えている。
「ここがそうだ」
真一がそう言うと、エリチンが前に出た。
「かなり大きな森だな」
「探知はできるか?」
「無論だ。ただし、初めての森だから、時間をかけて移動しながらになる」
「それでも構わん。やってくれ」
それを聞いて、エリチンがゆっくりと森へ近づいていった。
彼は、植物を通じて、それに触れている者の気配を感じることができるのだ。
「茸を採りに来ている人間が3人、薪を拾っている者が7人、あとイチャついているカップルが3組」
「えっ!? カップルどこ? どこ?」
阿左美がはしゃぎながら、森に向かって目を凝らす。
「お前は、何を探しに来たんだ?」
「ヲタクの隠れ家」
「…………」
「まあ、間違ってはいないような気がするが、せめて邪教徒のアジトとか、魔族召喚の儀式場とか言ってやれよ」
「あの人達に、そんな大それたことができるとは思えないんだけど」
「俺もまったく同意見だ。しかし、そういう連中って、個人ではそうだが、グループで、さらに好きなこととなると化けるからな」
「確かに、仕事場や学校では大人しい人が、コミケに行くと弾けまくるもんね」
「……二人は一体、何の話をしているんだ?」
「ああ、すまん。俺達がいた世界にも、同じような連中がいたものでな」
「そうなのか」
そのようなことを言いつつ、真一達は森の中へと入っていった。
街の人達が長い年月をかけて出入りしたことによりできた小道が、森の中には縦横に走っている。
隠れ家というぐらいなので、目立つそれらの道沿いにあるとは思えないが、朽ち果てた遺跡の内部は十分に怪しい。
「遺跡の中には植物が生えていない場所もあるだろう。もし大きな空間があったら教えてくれ」
「分かった」
エリチンが見つけることができるのは、あくまでも植物に触れている者だけなのだ。
この後、昼食を挟み、さらに森の捜索を続けた。
そして、そろそろ愛の神殿に戻らなければならなくなった頃。
「ムッ……」
エリチンが足を止めて、周囲を見回しだした。
「どうしたの?」
彼の後ろを歩いていた阿左美がそう聞く。
「森の各所から侵入者だ」
「侵入者?」
エリチンの前を歩いていた真一が振り返る。
「うむ。あちらこちらから、数人の人間が森に入ってきている」
「木の実や茸を採りに来た人達じゃないのか?」
「全員、足を止めずに一点を目指している」
「数は?」
「最低でも50人」
それを聞いて、真一と阿左美が顔を見合わせ、ゴクッと唾を飲んだ。
アバトの街捜索班のヴァレリアン達は、昨日シラクサが尾行した男達のリーダーの衣料店に来ていた。
もちろん、客を装っており、棚に並べられた服を手に取りつつ、店内の様子を探っていく。
店にはおばさんが一人おり、彼女達に愛想笑いを浮かべつつ、値段の高い商品を勧めてきた。
どうやら、昨日帰宅したリーダーを怒鳴っていたのは、彼女のようだ。
「この店は、一人でやってるの?」
シラクサがさりげなくそう質問すると、彼女は少し不機嫌そうな表情になりつつ、
「旦那は裏でこの服を縫っているわ。あと息子が一人いるんだけど、最近、変な連中と付き合いだして」
「店の手伝いもせずに遊び歩いているのね?」
「そうなんだよ。もういい年なのに、嫁どころか恋人の一人もつくらず、遊び歩いて」
「へぇ~、変な連中って、もしかして悪いことしているんじゃないでしょうね?」
「その点は安心よ。そんな度胸はないからね」
どうやら店主は、自分の息子が愛の神殿に嫌がらせをしに行っていることは知らないようだ。
「でも、最近はろくに働かないくせに金遣いが荒くてね。本当に困ったもんだよ」
おそらく、その金は愛の神殿に寄付をされたのだろう。
その時、店の奥のドアが開いて、その息子――昨日のリーダー――が顔を出した。
「ちょっと、出かけてくる。3日ほど帰らないから」
彼は、それだけ言うとすぐにドアを閉じた。
「こら、ちょっと待ちなさい!! どこに行くの?!」
店主が慌ててドアに駆け寄ってそれを開けるが、すでに息子の姿は見えなくなっている。
「まったく、どうしようもないね」
そう言って彼女が店内を振り返ると、3人の女性客の姿が消えていた。
「あ、あれ?」
シラクサを先頭に、今日はヴァレリアンやミントもリーダーを尾行している。
彼が衣料店の店主、つまり母親に出かけると伝えるのを聞いて、3人は慌てて店を飛び出し、彼の後を追ったのだ。
「どこに行くつもりだ?」
ヴァレリアンが小声でそう言った。
「とりあえず、街の外に出るみたいね」
シラクサが目を凝らし、人ごみ越しにリーダーの背中を視認し続けている。
「今日も愛の神殿に行くのでしょうか?」
「私もミントと同じことを考えていた。時間的に、その可能性が高いのではないか?」
「…………」
確かに、日が西に傾きだしている。
今から愛の神殿に向かえば、いつもの時間にたどり着けるだろう。
しかし、シラクサは何か腑に落ちないようだった。
若くて可愛い3人の女性に尾行されているとも知らず、リーダーは街を出ると北に向かいだした。
その進行方向には森が見える。
「神殿と方向が違うわね」
「この方向は、真一様達が調べている森の方ではありませんか?」
「むっ、あれを見ろ」
ヴァレリアンが指をさす方向に目を向けると、他にも何人か男達が北を目指して歩いていた。
「何となく、昨日までと雰囲気が違うわね」
「もしかして、例の儀式をする隠れ家に向かっているのではないか?」
「その可能性が高いような気がする」
森の中では、真一達がエリチンを先頭に、奥へ奥へと進んでいた。
彼を先頭にすると、鬱蒼と生い茂っている草木が自動で左右に分かれて道ができるので、とても楽だったりする。
「エリチンが一緒だと遭難する心配がないから良いね」
「まあ、エルフが森で遭難したりしたら、洒落にならないからな」
彼の後をついていきつつ、阿左美と真一がそう言い合う。
「でも、逆に砂漠とかは苦手なのかな?」
「イメージ的には、エリチンには森よりも荒野の方が似合いそうだがな」
「確かに、バイクに乗ったモヒカン刈り集団をやっつけるの好きそうだもんね」
「いや、別に好きじゃないだろうけど」
そうこうするうちに、森の中心部にある大きな遺跡へと到着した。
「森に入った集団は、この大きな廃墟に入っていった」
「うわぁ~、大きい!!」
確かに、それは崩れた神殿か城のようだった。
一目で廃墟と分かる壁や天井から大きな木が生え、びっしりと蔦に覆われているため、元が何だったのか分からないが、何か重要な施設だったことは間違いない。
「こっちだ」
エリチンがそう言うと、その廃墟に沿って歩き出した。
そして、崩れた柱がお互いを支え合うように倒れている場所で立ち止まる。
確かに、その隙間から中に入れそうだ。
その時、奥から人の気配が近づいてきた。
真一達が慌てて近くの茂みに身を隠す。
すると、どこかで見たことがある外見の男が二人、崩れた柱の間から出てきた。
どうやら見張りらしく、愛の神殿に押し掛けた時は手ぶらだったが、今は槍を持っている。
「あ~、いよいよですな」
「まったくです。この日をどれほど待ち望んでいたことか」
武器を持っているのに弱そうな二人が、おしゃべりを始める。
「やっと吾輩にも可愛い恋人ができるのですな」
「某は、やはり美人なお姉さんが良いです」
「ええ~、それってババアではないですか」
「いやいや、包容力に勝るものはありませんぞ」
そもそも二人は、見張りそっちのけで向かい合って話し込んでいる。
「何で、あの者達は、あのような独特な話し方をするのだ?」
エリチンにそう聞かれた真一は、あれは仲間を識別する鳴き声のようなものだと答えた。
「それより、気になることを言っていたな。いよいよとか、待ち望んでいたとか」
「えっ、もしかして魔族が召喚されちゃうの?」
「阿左美、何で嬉しそうなんだ?」
「だって、リアルでそんなシーンが見られるなんて、ゲーマー冥利に尽きるってものでしょう」
「まあ、確かに、せっかく異世界に来たのに、ファンタジーっぽい物をあまり見ていないからな」
すぐ隣に、ファンタジー世界の住民代表のようなエルフがいるのだが。
「先生もそう思うでしょ。だから召喚は邪魔しないで、出てきた後で倒そうよ」
どのようなゲームでも、ボスキャラが出現するシーンでは攻撃はできない。
それどころか、その後の長口上も大人しく聞くのが、ゲーマーにとっては当たり前の常識だ。
「しかし、本当にあんなつかみどころがない魔物が出てきたら、倒すのが大変だぞ」
「大丈夫、私、先生のこと信じてるから」
「嘘つけ」
瞳をキラキラと輝かせ、拳を握りしめている阿左美に、真一が冷めた表情でそう答える。
「ん? また誰か近づいてきたぞ」
エリチンがそう言うと、真一達が黙って身を低くした。
しばらくして、森の中の道を通って、一人の男が廃墟へと近づいていく。
「あいつは、昨日のリーダーじゃないか?」
「うむ、間違いないな」
茂みの影から様子を探っていた真一とエリチンがそう言う。
「ミントさん達が、あいつの家に行っていたはずだが」
「彼女達なら、すぐそこにいるぞ」
「へっ?」
見ると、男を尾行してきた3人が、真一達に気づいて低い姿勢で近づいてくる。
「あの男の家はどうだったんだ?」
「それを調べていたら、3日ほど家を留守にするとか言って出て行ったのよ」
シラクサがそう答えた。
「それで尾行してきたのか?」
「そうそう」
「どうやら、全員集合らしいな」
「いよいよ召喚の儀式をするんだね」
嬉しそうに阿左美がそう言った。
「それは、まずいのではないか?」
「そのはずなんだが……どうしても、あいつらにそんな大層なことができるとは思えないんだよなぁ~」
真一が、視線を廃墟の方に戻しつつそう言う。
「もしかしたら、黒幕がいるのではありませんか?」
そう言ったのはミントだった。
「黒幕?」
「はい。彼ら自身の魔力適性は、それほど高くはないと思います。しかし、人数が集まれば……」
「なるほど。塵も積もればというやつだな。そして、召喚の儀式を行う魔術師がいれば――」
「はい、魔族召喚は可能です」
確かに、100人近くの人付き合いが苦手そうな、面倒くさそうな男達が見事に統率されている。
それなりにカリスマ性がある人物が指揮統率していなければ、不可能だろう。
「会ってみたいような気もするが」
「どうしたのだ、シンイチ殿?」
エリチンにそう問いかけられたが、真一は黙ったまま考え込んでいる。
魔族を召喚できる魔術師ならば、異世界召喚についても詳しいのではないか? もしそうなら、自分を元の世界に戻す方法を知っているかもしれない。
いや、知らなくても、ヒントぐらいは得られるのではないか?
阿左美はこの世界のことを気に入っているから帰りたがらないかもしれない。それならそれでも良い。自分だけ戻ることができれば。
「何とか中に潜入する方法を探そう」
「おっ? 先生がいつになくやる気になってる」
「俺は仕事では決して手を抜かない」
真一は阿左美にそう言ってから、エリチンの方を見た。
「あそこ以外に、中に入ることができる場所はないか?」
廃墟は鬱蒼とした森に埋もれている。
彼ならば、人間には見つけることができない、隠れた出入り口を見つけられるのではないかと考えたのだ。
彼のその言葉を聞いて、阿左美達が廃墟の方に目を向けた。
確かに、廃墟自体からも何本も太い木が生えているし、壁や天井は一面、草や蔦に覆われている。
「任せてもらおう」
そう答えると、エリチンが目を閉じて意識を集中した。
植物を通じて、廃墟周辺の様子を探っていく。
「エリチンって、本当に便利だよね」
そんな彼を見て、阿左美がそう呟く。
「森の中では、人間はエルフに勝つことはできません。過去には人間とエルフも争ったことがありましたが、たった一人のエルフのために人間の軍勢が破れたこともあるとか」
ミントがそう説明する。
確かに、森を丸ごと燃やしでもしないかぎり、エルフを見つけることなどできないだろうし、そもそも結界を張られたら、森の中に入ることすら難しい。
「あったぞ」
彼が渋い声でそう言った。
「本当か?」
「ああ。ちょうど反対側に、太い木で塞がれた穴がある」
「なるほど、エリチンが木をどかせれば、そこから中に入れるわけだな」
「その通りだ」
では、さっそくとばかりに、真一達は移動を開始した。




