第36話 愛の神殿のエステカ神官長
【これまでのあらすじ】
魔王復活に備えて異世界に召喚された女子高生勇者の早瀬阿左美と、その巻き添えになった教師の眞壁真一、彼等は、異世界で知り合った仲間達と共に旅を続けている。
アルメシア王国北部最大の街アバトへと到着した勇者パーティーは、そこにある愛の神殿からの依頼を受けたのだった。
朝の八時にアバトの街の冒険者ギルドを出ると、約一時間歩いて愛の神殿へ移動した。
「朝だというのに、凄い人だな」
愛の神殿へ通じる道を、大勢の参拝者がゾロゾロと歩いている。
年齢は様々だが、そのうちの八割方は女性だ。
「もしかして、その神殿は男子禁制とか?」
「そのようなことはありません。ただ、女性向けの神殿ではあります」
「だろうな」
真一の質問にミントが答える。
目的地である愛の神殿は、小高い丘の上に建っている。
先日の死者の神殿よりも規模は大きく、塀の代わりに生け垣がぐるりと周囲を囲んでいた。
侵入者を防ぐ防護柵のような設備はないが、これだけ大きな街に近ければ治安も良いから、必要ないのだろう。
そして神殿の建物も、曲線を多用したデザインで、ピンクや白色に塗装されている。
「ラブホみたい」
「早瀬、年頃の女の子は、そういうことは思っていても口にしないものだぞ」
「この愛の神殿では、結婚式も挙げることができるんですよ。あと、カップルだと格安で泊まれる宿泊施設もあります」
ミントがウットリとした表情でそう言った。
どうやら、阿左美の感想もあながち間違いではなかったようだ。
通常、結婚式はその夫婦が暮らす街や村で行うものだが、貴族や金持ちは高い金を払って大勢の招待客を呼び、ここでやりたがるのだった。
確かに愛の神殿で式を挙げれば幸せになれそうだし、大勢の参拝者達からも祝福してもらえる。
「皆、出会いを求めてるんだねぇ~」
シラクサが半ば呆れながらそう言った。
「縁結びか」
「そうそう。愛の神殿も死者の神殿同様、大陸中にあるけど、ここはその中でも一番人気があるの」
それは、この神殿を参拝したら良い男と出会えたとか、結婚できたという人が大勢いる――いや、実際はそうでもないのかもしれないが、そういう噂が流れているのだ。
「まあ、だからこそ異端の信者に狙われているのだろうがな」
そうこうするうちに、愛の神殿の正門前に到着した。
門と言っても門扉は開いており、女性神官が笑顔で出迎えてくれる。
「恋人占いは右手の建物に、恋のおまじないを希望される方は左手、恋愛成就、恋人探しの祈祷をされる方は正面の本殿へお進みください」
「お守りはいかがですか? これさえあれば素敵な出会い、間違いなしですよ!」
「愛の聖水、普段は一本銀貨五枚のところ、本日は特別に四枚で販売中です。意中の人に飲ませれば効果てきめんですよ」
敷地内に入ると、案内の神官と怪しげなグッズの売り子達がおり、参拝者達がそこへ殺到している。
「これは……なんと言うか」
怪しさ全開だなと思ったが、口には出さないでおく。
そして振り返ると、そこにはエリチンしかいなかった。
「早瀬達は?」
「門をくぐるなり、一斉に散って行った」
「……まあ、皆、年頃の女の子だからな」
彼女達が今回の依頼に興味を持った理由の半分は、この愛の神殿に来たかったからだ。
「とりあえず、俺達だけで神殿の責任者に会いに行こう」
「そうだな」
考えてみれば、この二人だけで行動するのはこれが初めてだった。
そして、白衣姿の真一と、巨漢で外套姿のエリチンは、ここでは完全に浮いている。
「何、あの二人?」
「ここは愛の神殿だから」
「ああ~、なるほど。そういう関係なのね」
などといった声が、ヒソヒソと聞こえてきた。
「大声で否定をしたいが、どうせ逆効果なんだろうな」
「言いたい奴らには言わせておけば良い」
ちなみに、実はこの愛の神殿は男女の恋愛に限らず、夫婦、親子、ペットと飼い主などなど、愛情全般をフォローしている。
当然、その中には同性愛も含まれていた。
どこの神殿もそうだが、中央には本殿があり、その周囲にその他諸々の施設が並んでいる。
神殿の雑務全般を行う事務所は、その本殿の裏側にあった。
表が賑やかで綺麗なのに対して、一歩裏に回ると……。
「うわぁ~」
見事にゴチャゴチャとしていた。
祭事などで使う飾り付けや道具が適当に積み上げられ、一目で分かるほど掃除も整理整頓もされていない。
さらに――
「あ~っ、超だりぃ~」
「愛が欲しいのはこっちだっての」
休憩中の女性神官達が、ウンコ座りして愚痴っている。
「懐かしいな、どこの世界でも同じだ」
元の世界で男女共学の高校教師をしていた真一にとっては、まさに日常の光景だった。
校舎裏などに行けば、よくこうやってサボっている生徒、さらに時々教師もいたものだ。
「失礼」
とりあえず、そう声をかけて近づいていく。
「えっ、あ、あの、ここは一般参拝者は立ち入り禁止ですよ!」
慌てて立ち上がった神官がそう言ってくるが、
「参拝者ではない」
そう言って、冒険者ギルドのスタンプが押された依頼書とプレートを見せる。
「ぼ、冒険者?!」
「ああ。この神殿の依頼を受けてやって来た。神官長にお会いしたい」
「そうでしたか。奥の建物にいます」
「すまない」
そう礼を言うと、神官が指さした二階建ての木造の建物へと入っていく。
建物の中は、外以上にカオスだった。
「この間の鉱山事務所も散らかっていたが、ここまでくるとアートだな」
紙の束や木箱が、絶妙なバランスで積み上げられている。
その間をすり抜けていくと、執務机が並べられ、神官達が事務仕事をしていた。
「冒険者ギルドから来たものだが」
驚かせないように、声をかけてから近づいていく。
「えっ、こ、これはどうも」
この神殿では、客受けがよさそうな外見の神官は外に、そうでない者はこういった裏方仕事に回されるらしい。
要は、外見で仕事が分けられているのだ。
「神官長は?」
「はい、少々お待ちください」
どうやら神官長の部屋は二階にあるようだ。
事務神官が階段を駆け上がっていくと、数分後に駆け戻ってきた。
「どうぞ、こちらです」
そして真一とエリチンを案内する。
「おおっ?!」
そこは、下界(一階)とは別世界だった。
派手な壁紙、高級そうな絨毯、そして高価な家具たち。
その奥に、神官長というよりは高級クラブのママのような、美人だがケバい外見の女性が立っている。
長髪の濃い赤毛を複雑に編み上げ、高そうだが趣味が悪い貴金属で全身を飾ったその女性の名は、エステカ・キッタという。
ひと昔前のハリウッド女優のような濃いアイシャドーと付けまつげ、さらに血を塗ったのかと疑いたくなるほど赤い口紅。
真一の第一印象は、アメリカの人気キャラクターであるベティーちゃんみたい、だった。
そんな彼女の背後の壁には、『純愛も不倫も金の種』と書かれた大きな紙が貼られている。
確かにどちらも愛に違いはないが、ちょっと節操がない。
「これはこれは、冒険者の皆さんって……お二人だけですか?」
外見のイメージ通り、男の下心をくすぐるような声だ。
「ああ、他にも四人いるが、神殿の方の見回りをしている」
「そうですか」
ウフフと含みのある笑みを浮かべつつ、神官長が窓辺に立ち、外に目を向ける。
そこからは本殿の裏側しか見えないが、賑やかな喧騒だけは聞こえてきた。
真一には、彼女にはその参拝者達の声が、チャリンチャリンと金がばらまかれている音に聞こえているのだろうと思えた。
見事に女性達の購買意欲を誘うグッズの数々、さらにリピーターを誘う施設達。
おそらく季節ごとにイベントなどもやっているのだろう。
あの死者の神殿や勇者神殿もそうだったが、どこも商魂逞しく、金に意地汚い。
「依頼書には邪教の信徒に嫌がらせをされていると書かれていたが?」
この手の連中と仕事以外の会話をすると、だいたいろくなことにはならない。
「ええ、そうなのです」
「詳しく教えてもらえないか?」
「良いでしょう」
そう言うと、エステカ神官長は二人に近づいてきた。
良い匂いなのだが、濃度が濃いため息が詰まる。
「私達、愛の神殿は、日々人々に愛の尊さと素晴らしさを教え広めているわ」
「ご立派なことで」
神殿の門から本殿までの光景を見ていなければ、そのことを信じたかもしれないが。
あんなに露骨に金儲けに全力疾走しておいて、愛の尊さも素晴らしさもあったものではない。
「ですが、それゆえに邪なる者達からの恨みを買うこともしばしば」
「その邪なる者達とは?」
魔王を崇拝する邪教の信徒と聞いているが、もしそれが本当だとしたら、愛の神殿などではなく、勇者神殿の方を攻撃するだろう。
「詳しくは分かりません。ただ、ほぼ毎日、神殿前に押しかけては我々の布教活動の妨害をしてきます。幸いなことに、今のところ怪我人などは出ていませんが、その行動は日々過激さを増しています」
「いつ、最悪の事態が発生しても不思議はないと?」
「その通りです」
彼女の説明を要約すると、その邪教の信徒達はほぼ毎日、夕方ごろにやってきては、門の外で騒ぎを起こし、神殿内に押し入ろうとするらしい。
人数は数名の時もあれば五十名近くの時もあり、年齢はまちまちだが全員が男性。
武装はしていないが、暴力的な言動をする者が多数含まれているらしい。
神殿の神官の中には、警備のための武装神官もいるが、人数は十人ほどのため、もし邪教集団が全員武装をして襲撃してきたら、とても防ぐことはできないだろう。
過去にギルドから冒険者達のパーティーが派遣されてきたことがあったが、連中のしつこさに呆れて数日で根を上げてキャンセルしてしまったらしい。
「そこで、あなた達にお願いしたいのは、まずは神殿をその邪教集団から守ること。次に、その詳しい正体を突き止め、彼らから二度と神殿に近づかないという確約を得てもらいたいのです」
「確約? 討伐とかではなく?」
「彼等は魔族ではありません。一時的に誤った信仰に走った、迷える子羊です」
「なるほど。その点に関しては実に宗教っぽいな」
「もちろんです。私達は愛の素晴らしさを世に広め、争いのない世界にしたいと、日々神々に祈りを捧げています」
「……」
彼女の背後の貼り紙を見ていると、どうしてもその言葉を信じることができないが。
「確認したいことがあるのだが」
「何でしょう?」
「その迷惑な男共は邪教、つまり魔族の信徒だと聞いたが、その根拠は何だ?」
今までの話をまとめると、単なる迷惑な男の集団でしかない。
ただ神殿に抗議をしただけでは、邪教の信徒とは断言できないだろう。
「それについては……」
彼女は少しためらってから、声のボリュームを落としてその先を続けた。
「実は、この神殿の信徒に街の古書店の店主がおりまして」
何となく、若い女達を前にして鼻の下を伸ばしているスケベそうなおっさんのイメージが頭に浮かぶ。
「その店主から、情報提供があったのです」
「情報提供?」
「はい。この神殿に毎日押しかけてくる男達のリーダーが、その古書店で一冊の本を購入したそうなのです」
「それが邪教の教典だったとか?」
「それに近い物でした」
そう言うと、エステカ神官長が両腕で自分の身体を抱きしめるようなポーズをとった。
思い出すだけでも恐ろしいと、その表情が語っているが、真一の視線はギュムっと強調された胸に集中している。
こればっかりは未成年である阿左美達には真似ができない、世に言う悩殺ポーズという奴だ。
「それで、その時その男が買った本とは?」
「はい、『子供図鑑・魔族大集合』という禍々しい物でした」
「……」
「ああ~、恐ろしい。その本には分かりやすく図解された魔族の召喚方法まで載っていたとか」
「そんなに簡単に呼び出せる物なのか? そもそも子供図鑑だろ、それ?」
「古書店の店主曰く、元々は魔界で書かれた物だろうということでした」
「な、なるほど。人界で言うところの勇者図鑑のような物か」
「彼らの最終目的は、魔族を呼び出し、この神殿を破壊することなのかもしれません。いいえ、それに収まらず、アバトの街まで滅ぼすつもりかも」
「子供図鑑で呼び出された魔族に滅ぼされたりしたら、さすがにアレだな」
「どうかお願いです。彼らを説得し、そのような恐ろしいことは止めるように説得してください」
「分かった。やってみよう」
ここからさらに実務的な調整に入る。
真一達の宿泊場所と食事は、神殿側が準備をしてくれることになった。
あと、成功報酬の金貨五枚はもちろんとして、功績に応じてさらにプラスアルファーもあり。
「と、言ったところでどうかしら?」
「分かった」
魔物や盗賊と戦うのではないため、危険度は低いだろう。
もっとも、相手がいきなり武器を手に取って襲いかかってくれば話は別だが。
真一とエリチンは神官長の部屋を後にすると、自分達が宿泊する施設に案内をされた。
そこは、ラブホテルではなく、神官達の宿舎の空き部屋だった。
「おいおい、ここって女子寮みたいなものじゃないか」
と真一は驚いたが、女性神官用の立派な建物の隣に、ボロい木造の小屋があった。
この神殿にも、薪割りや糞尿処理のような仕事をするために数人の男が住み込みで働いており、この小屋は彼ら用のものだったのだ。
「まあ、雨風さえしのげれば、文句はない」
半ば諦めの心境になった真一が、それを見てそう呟いた。




