第35話 創世神話と勇者召喚
【これまでのあらすじ】
魔王復活に備えて異世界に召喚された女子高生勇者の早瀬阿左美と、その巻き添えになった教師の眞壁真一、彼等は、異世界で知り合った仲間達と共に旅を続けている。
魔石鉱山における魔物退治と、死者の神殿の問題を円満に解決した勇者パーティーはアルメシア王国北部最大の街アバトへと到着する。
そこにある愛の神殿からの依頼に興味津々な女性メンバー達だった。
この魔力満ちる世界、アープルには何人かの神がいる。
始祖神ジョブス、そしてその二人の子供である女神アイと男神マック。
この二人の神が、綺麗な物だけで作られた世界と、血なまぐさい戦いばかりの世界という両極端なものを作ったせいで、ブチ切れたジョブス神がその二つを強引にくっつけてしまった。
それが、この世界の創世神話である。
さらにポッド、フォン、パッドという三人の神も増えて、現在は六人の神々がアープルで信仰されていた。
しかし、この神々には、ギリシャ神話のように戦いの神とか美の女神といったような役割分担がなかった。
そもそも、この神々の専属の神殿すらない。
死者の神殿や愛の神殿のように、御利益別に分かれているだけで、そのすべてで六神が祀られているのだった。
「だったら、六神もいらないんじゃないか?」
真一がそう言うと、ミントが両手を合わせつつ答えた。
「それでは、人々の祈りや願いをすべて聞き届けることができません」
「つまり、受付カウンターと同じわけだ」
「まあ、身も蓋もない言い方をすれば、そうなります」
その時、真一が「んっ?」と何かを思い出した。
「ミントさん、勇者神殿には大きな女神像が一体しかなかったが、あれは?」
それを聞いて、阿左美も「そういえば」と頷く。
二人がこの世界に召喚された場所は、大きなドーム型の聖堂だったが、そこにはガンダムより少し小さい女神像が一体しかなかった。
当然だが、その時はこの世界の宗教事情などまったく知らなかったので、気にも留めていなかったが。
「あれは、女神アイ様です」
「何故、勇者神殿にはその女神像だけが祀られていたんだ?」
「実は、千年前の魔王侵攻の際、先代の勇者様をこの世界に召喚したのは、女神アイの神託があったからだと言われています」
「神託?」
「はい。当時、今の勇者神殿が建っている場所には小さな村があり、そこには六神を祀る小さな祠があったそうです。そこで当時の村長が祈りを捧げていたそうです」
~ここから千年前の回想~
「女神様、今この大陸は魔王の軍勢によって滅ぼされようとしています。どうか、どうかお救いください」
当時の村長は、以前は家内安全、健康第一、豊作祈願を願っていた祠に向かって、そう手を合わせていた。
神様達からすれば、いきなりスケールアップしたお願いに、さぞかし戸惑ったことだろう。
しかし、
「どうかお願いいたします。願いを叶えていただければ、ここに神殿を建て、子々孫々、末代まで神々の偉大さを称え続けますから」
そう言ってから、村長はふと考え込み、
「あと、どうしても難しければ、この村だけでもお守りください。最悪、私の家族だけでも結構ですから」
謙虚なのか厚かましいのか、よく分からない祈りを一心不乱に捧げ続ける村長。
その時、彼の前にある祠の中に並べられていた六体の神像のうち、一体が光り輝きだした。
「分かりました。あなたの願いを叶えましょう」
それは、始祖神ジョブスの隣に並ぶ女神アイ像だった。
「うひゃあああ!! 出た、お化けぇえええええ!!」
村長は悲鳴を上げて腰を抜かすと、そう泣き叫んだ。
「こ、こら、私はお化けなどではありません、女神です。女神アイです」
「ひぃいい、神様なんか実在するわけ無いだろう!」
「こいつ、なんか滅茶苦茶腹立つわね!」
「本当に女神様だというなら、サクッと魔王を倒してみろ!」
「そう簡単にできるわけないでしょう。魔族や魔物だって神が作ったものなのだから」
「余計な物を作りやがって。これだから神様は使えないって言うんだよ!」
先ほどまでの狼狽はどこへやら、横を向いて唾をペッと吐く村長。
「決めた。この村、滅ぼす」
「あれぇ~、魔王には手が出せないのに、こんな無力で非力な人間の村は簡単に滅ぼせるんだ。さすがは女神様。これまでたくさんお供え物をしてきたのに。へぇ~、ほぉ~」
どんどん村長の本性が現れていく。
「グヌゥ、こ、これだから人間は……」
女神像がそう言うと、一際輝きが増した。
「ま、眩しい!」
「言っておくけど、私が顕現したら、こんなものじゃ済まないわよ」
そして、その光が収まっていくと、祠の前に一枚の石板が転がっていた。
「なにこれ? まな板の代わりにしろって?」
「文句を言わずに、しっかり見なさい」
「こんなものより、必殺技か何かでサクッとあいつらを吹き飛ばしてくれたらいいのに。本当に神々って勿体ぶるよな。そうだ、神の奇跡とやらで孫娘に金持ちの婿を見つけてよ」
「ごちゃごちゃとうるさいわね」
村長が石板を持ち上げようとする。
それは、どうやって磨いたのか分からないほど表面がツルツルで、さらに生暖かかった。
「うわっ、気持ち悪い。もしかして尻の下に敷いてたの?」
「そんな訳ないでしょうが。神界からそちらの世界に送ったからよ」
「ふぅ~ん。何々? 字が小っちゃくて読めない!」
某ルーペの宣伝のような台詞を吐き捨てる村長。
「やかましい!」
その石板には、異世界から勇者を召喚する方法が刻まれていた。
「なんと、異世界から勇者様を?」
「そう。この世界では魔王が最強ですが、異世界にはそれをしのぐ強者がいます。それを世界の理を越えてこちらへ呼び寄せるのです」
「うわぁ~、わざわざ魔王と戦うために呼び出されるなんて、災難な人だなぁ」
「私ができるのはここまでです」
「もう一声!」
「駄目だって言っとるだろうが!」
「チェッ」
「では、あなた達の幸運を祈っています」
「神様に幸運を祈られちゃったよ」
スゥ~と神像の光が消え、祠が元に戻った。
残されたのは、生暖かい石板を抱えた村長だけ。
「異世界から勇者を召喚ねぇ、胡散臭いなぁ~」
タダでチート技を教わったというのに、ぶつくさ文句を言う村長。
彼は石板の文字を読みながら、自分の家を目指して歩き出した。
「何々、竜の血に金を溶かして、それで魔法陣を描く?! まあ、この辺りは領主をうまくだまらかして揃えさせよう。あと五十人の人間で三日三晩祈りを捧げ、最後に一発ギャグをやる。村人総出でやればなんとかなるな。問題は一発ギャグだな……そうだ、去年の祭りの時に考えた、あのネタを使うか」
重たい石板を抱えながら、読みふける。
「あと……用事が済んだら、召喚した勇者はさっさと元の世界に帰すように……そりゃそうだろう。恩着せがましくいつまでもいられたら迷惑だもんな。で、その方法は?」
その先を読もうとした時、村長が道端の石につまずいてバランスを崩した。
「おおっと!」
思わず石板を庇って抱え込もうとしたが、そのまま転倒したら怪我をしそうだったので、さっさと手放した。
自分はクルッと前回り受け身を取って無傷だったが、宙を舞った石板は地面に叩きつけられ、下半分が砕けてしまった。
「しまった!」
慌てて起き上がってそれを拾い上げるが、どういう仕組みか分からないが、砕けた下半分は粉々になり、文字や絵が読めなくなっている。
「やっちまったぁ~。でも、無くなったのは勇者を帰す部分だけか。なら問題ないな」
こうして、召喚勇者を元の世界に戻す方法は失われたのだった。
残された石板の上半分は、今でも勇者神殿の宝物庫に大切に保管されており、この村長は人界を救った勇者を召喚した偉人として、後に建設された勇者神殿の初代神官長となったのだった。
ちなみに、神殿の中庭には彼の像が建てられている。
~回想終わり~
「勇者神殿って……建てられた時から、今みたいな感じだったんだな」
ミントの話を聞いた真一が、ハァ~と溜息をつきつつそう言った。
「ながらスマホ注意、みたいな感じ?」
「早瀬にしては、良い例えだ」
「それはそれとして、この依頼だが」
再び全員の視線が、壁に貼られている依頼書に向けられた。
それは、ここアバトの街の側にある愛の神殿からのものだった。
どうやら最近、背神的な連中が連日押しかけてきて、迷惑行為をしているらしい。そいつらを追い払ってほしいという依頼だ。
「愛の神殿に押しかけてくる迷惑な連中?」
「異端の信者達かもしれませんね」
「何だ、それは?」
「人界に神々に対する信仰があるように、魔界にもそれに類するものがあるということです」
なるほど。
つまり、魔界には悪魔信仰のようなものが存在していて、こちらの神殿などに嫌がらせをするのだろう。
「報酬は……金貨五枚か」
警備報酬としてはかなり高い。いや、法外と言ってもいい。
過去にあった牧場や村の警備依頼の場合、一日銀貨五枚程度が相場だった。
愛の神殿の場合は一日いくらではなく、迷惑な連中を追い払うことがミッションクリアの条件だが、それこそ初日でそれができれば超いただきだ。
「……でも、おかしくないか?」
それまで腕を組んで考え込んでいたヴァレリアンが口を開いた。
「確かにな」
そして、それは真一も感じていたようだ。
「これほど好条件の依頼なのに、何故残っていたんだ?」
冒険者ギルドでは、毎朝八時に新しい依頼書が貼り出される。
緊急を要する依頼の場合は、入り次第その都度貼り出されるが、この愛の神殿の依頼は日付が一週間前になっていた。
要は、一週間の間、誰もこの好条件の依頼を受けていないか、もしくは受けたが依頼を達成できず、何度も貼り直されているかのどちらかということだ。
「どうする、先生? 止めておく?」
阿左美がそう言った。
「正直、あまり気が進まないが……」
神殿からの依頼ということで、ミントはかなり受けたそうにしている。
普段、我儘はもちろん、自分の意見すら滅多に口にしない彼女の願いなら、何とかして叶えてあげたいと思うのが男心というものだ。
あと、愛の神殿には縁結びの御利益があるということで、女性陣は仕事抜きで行きたがっているようだし。
「まあ、何事も経験だ。受けてみるか」
真一がそう言うと、四人女性陣の顔がパァ~と明るくなった。
この日は依頼を受けると、ギルドの宿泊施設で一泊し、翌日、愛の神殿に向かうことにした。
「その代わり今日は、俺の装備を整えたいと思う」
そう言うと、真一が汚れてあちこちほつれている自分の白衣を摘まんだ。
「ええ~、だったら私も新しい服が欲しい!」
「お前の勇者装備は汚れも破れもしないだろうが」
頬を膨らませて抗議をする阿左美を、そう言って黙らせる。
確かに彼女のブレザーには、先代勇者の鎧兜の特殊効果が移されており、スカートやカッターシャツ、さらに下着に至るまで、その加護を受けている。
要は、燃やされても破かれても、すぐに元通りになるのだ。
さらに、それは彼女の身体にも及んでいるため、ダッシュ攻撃ができたり、毒消し効果や治癒能力があるのだった。
「なにより、この格好は目立つからな。ジロジロ見られるのもいい加減鬱陶しい」
「私は? 私は先生よりもっと目立っているんだけど!」
「早瀬」
彼が阿左美に向き直ると、フッと優しく微笑んだ。
「お前は、逆コスプレみたいだって喜んでいただろ」
「た、確かにそうだけど、四六時中コスプレしていたら、それはもう普段着と同じだよ!」
この後、「お願いだから私を一人にしないで」と泣きつかれ、もう少し今の装備で行くことになった。




