第33話 阿左美覚醒
【これまでのあらすじ】
魔王復活に備えて異世界に召喚された女子高生勇者の早瀬阿左美と、その巻き添えになった教師の眞壁真一、彼等は、異世界で知り合った仲間達と共に旅を続けている。
魔石鉱山におけるポイズンガスト討伐に成功をした勇者パーティーは、カゲツの街で束の間の休息をとる。
死者の神殿に1週間滞在し、ゾンビ達にスリラーのダンスと演奏を教えると、「あとは自分達だけで練習しろ」と言って、真一達はカゲツの街へと戻って来た。
「なんだかんだ言って、この街にもよく来るな」
鉱山に行くにも死者の神殿に行くにも、必ずこの街を通るので、そう感じるのだが。
「で、先生、これからどうするの?」
1週間みっちりとゾンビ達にダンスをコーチした阿左美がそう言う。
「当初の予定通り、アバトの街を目指そう」
アバトとは、アルメシア王国北部最大の都市だ。
ちなみに、ここからは馬車で7日ほどかかる。
「まさか……また歩くの?」
「いや、今回かなりの報酬を得たからな。乗合馬車で行こう」
これまでは金銭的な理由で徒歩で移動をしてきたが、真一だって別に馬車が嫌いなわけではないのだ。
というわけで、乗合馬車の停留所に行き、アバト行きを探すことにした。
このカゲツの街は街道が交わる交易の中継地のため、東西南北、いたるところから馬車がやって来る。
ちなみに乗合馬車は、朝出発し、夕方には町や村で休むので、今はカゲツの街に続々と到着しているところだ。
「あった、あそこ」
シラクサが指さす先に、アバト行きと書かれた看板があった。
そこには10台の馬車が停まっており、御者達が馬を休ませようとしている。
真一がそこに近づいて行き、隊商のリーダーと料金の交渉を始めた。
ここからアバトの街まで5人分(エリチンは歩くので)の席を確保すると、銀貨150枚かかる。
以前なら聞いた瞬間に、ニコッと笑って「無理だ」と諦めたところだが、今なら余裕で払える。
通常、隊商は複数の馬車、商品などを運ぶ荷馬車と、乗客を乗せる人員用馬車の混成で編成されることが多い。
街から街へ長距離を移動する際、馬車1台だけで行動をすると、野盗に襲われる確率が高くなるため、コンボイを組むのだ。
さらに、治安の悪い地域を移動するときは、その危険度に応じて傭兵や冒険者等を護衛として雇うこともある。
実際、真一達が、勇者神殿の街にある冒険者ギルドで受けた依頼も、隊商の護衛だった。
幸いなことに、この街で乗客が降りていたため、5人分の席は空いていた。
「明日の朝、仕事始めの鐘が鳴ってしばらくしたら出発するから、それまでに来てくれ」
仕事始めの鐘とは、毎朝8時に鳴らされている。
「あと、料金は前金として半分、到着後に残り半分払ってもらうからな」
「分かった、よろしく頼む」
色々と値引き交渉などしたいところだが、止めておく。
「よし、それじゃあ今度は宿屋に部屋を取ろう」
そう言うと、真一達は街の中心部にある宿屋街へと向かった。
「フッ、命が惜しくないのなら、かかって来なさい」
阿左美がそう言うと、ショートソードを抜いて、その刀身でキラッと夕日を反射させた。
「面白い、その挑戦、受けて立とう」
ヴァレリアンが細身の剣、レイピアを顔の前で立て、不敵な笑みを浮かべつつそう答える。
「自分の墓石に刻む遺言は決まったかしら?」
「アザミを討った後で、じっくりと考えるさ」
フフフフ、と二人が低い声で笑い合った。
「二人とも、何をやっているのよ」
ショートボウの弦を調整しつつ、二人の様子を眺めていたシラクサが、呆れながらそう言った。
ここは、カゲツの街の側を流れる川の岸辺で、彼女達は武器を使った戦闘に備えて稽古に来ていたのだった。
宿屋へのチェックインを終えたまでは良かったが、夕食まで時間があったので、暇つぶしも兼ねて出てきたのだ。
「今回は相手がガスだったから出番がなかったけど、ファンタジーの王道と言えば、剣を使った戦いでしょ」
阿左美が片手で器用にショートソードを振り回しつつそう言う。
「ファンタジーの王道が、どういうものか知らないが、備えあれば憂いなしだ」
そう言うと、二人が剣の素振りを始める。
「……へぇ」
シラクサが阿左美の剣さばきを見て、感心した声をあげた。
かなり独特ではあるが、彼女の身のこなしは素人には見えなかったためだ。
実際、阿左美は木剣ではあるが、ヴァレリアンと互角に切り結んだことがある。
「さて、出来た」
他人のことばかり気にしてはいられない。
シラクサはショートボウを左手で構えると、右手で弦を数回弾いて感触を確かめた。
この武器は、弓兵が持つロングボウと違って射程は短く、威力は弱い。
しかし、その代わり小さいため取り回しがしやすく、屋内やダンジョン内での使用に向いていた。
30mほど離れた場所に生えている木の幹に向けて弓を突き出し、右手で矢を添えると、弦を引き絞った。
そして狙いをつけて放つ。
シュッ!!という風切り音のあと、矢が木に突き刺さった。
「うん、良い感じ」
シーフ(盗賊)である彼女の主な仕事は、偵察や敵の攪乱である。
身軽でなければできないため、防具も武器も軽い物を選ばなければならない。
実際、彼女が使う武器は、ダガーと呼ばれる諸刃の短剣と、今使っているショートボウだ。
「あっ、弓だ」
阿左美が近づいてきてそう言った。
「アザミもやってみる?」
「いいの?」
そう言うと、ショートボウと矢を受け取り、何度か弦の張りを確かめる。
「気を付けてよ。たまに指を切るから」
「大丈夫、大丈夫」
そう答えつつ、阿左美がショートボウを構え、矢をつがえて無造作にそれを引くと、パッと指を放した。
「えっ?」
驚くシラクサの視線の先で、彼女が先ほど放った矢に新たな矢がぶつかって弾き飛ばした。
「す、凄い……偶然?!」
「うんにゃ、狙い通りだよ」
「そ、そんな、冗談でしょ?」
「何言ってるの、シラクサちゃん。こんな近くで止まっている的だよ」
「そ、そりゃ、止まってはいるけど」
気が付くと、二人の背後にヴァレリアンとミントも近づいてきて、驚いていた。
「凄いな、アザミは。剣だけではなく弓まで使えるのか?」
「そうなのだよ。私は凄いのだよ」
アッハッハッハッ、と胸を張って笑う阿左美。
「早瀬は頭を使わせたら絶望的だが、体を動かすのは得意だぞ」
そこに真一とエリチンがやって来た。
二人はこの街の冒険者ギルドに寄っていたのだった。
特に期待はしていなかったが、目的地であるアバトの街に向かう途中で受けられる依頼はないかと思ったからだ。
「あっ、先生、何かあった?」
「ああ、報酬は安いが、届け物の依頼がな」
そう言って真一が手紙の束を掲げて見せた。
「アバトの冒険者ギルドまでこれを届けたら、銀貨10枚だ」
かなり安い仕事だが、どうせそこに行く予定なのだから問題はない。
「と、ところでシンイチ、アザミは異世界で戦士としての修行を積んでいたのか?」
「まあ、そう言えなくもないが、学校でやっていたんだよ」
「い、異世界の学校って、凄いのね」
何だか誤解をさせたような気がするが、面倒臭いのでそのままにしておく。
「そう言えば、早瀬」
「なぁに?」
「宿題やったんだろうな?」
「宿題?」
「魔術の構成を覚えておけと言っただろうが」
「ああ~っ、それならもちろんやったよ」
二人の会話を聞いて、ミントが、
「そう言えば、アザミ様は魔術素養も高かったですね」
と言った。
つまり、魔術師としての素質があるということだ。
ただし、問題があった。
魔術を使うには、魔法の設計図とも言うべき構成を頭の中にイメージできなければならない。
それを正確に、短時間で行える者が優秀な魔術師と呼ばれるのだ。
そして、これが問題だった。
彼女は、それがとてつもなく苦手なのだ。
「試しに発火の魔術を使ってみろ」
真一がそう言いつつ、ミント達を手招きする。
「絶対失敗するから、こっちに避難しろ」
「ば、馬鹿にしてぇ~!!」
阿左美がそう怒りつつ、目を閉じて意識を集中した。
「お約束1、発火どころか大爆発する。お約束2、早瀬が丸焦げになる。お約束3、何も起きない」
そう言ってから、真一が、
「お約束1と思う人?」
ヴァレリアンとエリチンが手を挙げた。
「お約束2と思う人?」
ミントとシラクサが手を挙げた。
「そうか、俺はお約束1だな」
「皆、本当に失礼ね!!」
集中を一時中断して、阿左美が怒鳴る。
「みてなさいよぉ~」
そして頭の中に魔術の構成をイメージし、そこに魔力を注入する。
もし成功すれば、指先に火種が発生するはずだ。
「燃え盛れ、地獄の業火よ! 我が道を阻む敵を焼き尽くせ!!」
「なんだよ、それ」
真一の冷静な突っ込みを無視して、阿左美が右手を川に向かって突き出した。
一応、万が一とんでもない物が放出された時に、彼女なりに備えているのだろう。
しかし……。
「何も出ないですね」
「お約束3だったか」
まさか、一番実害のないお約束になろうとは、予想外にもほどがある。
「お前は、お約束は破らない奴だと信じていたのだがな」
真一達がホッとしつつも、少しがっかりした、その時。
指を突き出した姿で固まっている阿左美の前、つまり川面にボコッと泡が浮き上がった。
さらに、それはどんどん数を増していく。
「川の水が沸騰しているの?」
シラクサが驚きながらそう言った。
「いや、あれは何かが水の中にいるんだ」
しかし、真一はすぐにそれを見抜く。
その直後、水面に何かが浮き上がって来た。
「……マグロ?」
そう、それはマグロの頭だった。
スズキ目、サバ科、マグロ属に分類される硬骨魚類で、暖海性・海洋性の回遊魚。大型肉食魚で、お寿司のネタとして皆大好きな、あのマグロだ。
問題は、ここは異世界で、おまけに川だということである。
さらに言うと、マグロは止まると呼吸ができない。寝る時すら泳ぎ続けるという特殊な魚だ。
それなのに、今、川面から顔を出しているそれは、ピタリと止まっていた。
その理由は、すぐに分かった。
ザバァ~!!とマグロが水しぶきを上げつつジャンプをした。
「…………」
上半身がマグロで、下半身は人間。それも、筋肉質の立派な足が生えている。
バシャバシャとマグロがバタ足で、目の前を泳いで横切って行く。
「先に確認しておくけど、あの生物の名前は?」
真一が仲間達にそう聞いた。
4人が揃って首を横に振る。
どうやら、この世界の生物ではないようだ。
「おい、早瀬」
「は、はい、先生」
気持ち良さそうに泳いでいる逆人魚を呆然と見つめていた阿左美が、恐る恐る振り返る。
「百歩譲って、大爆発したり川が沸騰したりするのは分かるとして、なんであんな不気味な生き物が出て来るんだ?」
「ち、違う、私じゃない」
バシャバシャとバタ足マグロが川を遡っていく。
上流から川を下って来た商船の船乗り達が、
「な、何だあれは?!」
「ま、魔物だ!!」
「何て不気味なんだ?!」
と、それを指さして大騒ぎになった。
「お前以外に考えられないだろうが!!」
「ご、ごめんなさぁ~い!!」




