第31話 勇者阿左美ポイズンガスト討伐(笑)
【これまでのあらすじ】
魔王復活に備えて異世界に召喚された女子高生勇者の早瀬阿左美と、その巻き添えになった教師の眞壁真一、彼等は、異世界で知り合った仲間達と共に旅を続けている。
魔石鉱山で魔物により30人の鉱夫と5人の冒険者の命が奪われた。
その調査のため鉱山に向かった真一達は、ポイズンガストと言う魔物が原因では無いかと考え、その討伐をする。
真一達が沼地から山を越えて、鉱山事務所のある山の南側に戻って来たのは、午後3時頃だった。
夕方というにはまだ早いが、天気が悪いため妙に薄暗い。
「宿屋に戻る前に、鉱山長に会いに行くぞ」
彼はそう言うと、門で閉鎖された鉱山入口の横にある平屋の事務所へと入って行った。
「何だ、無事だったのか? 残念でならんよ」
「フンッ、お前達が嫌がることなら、何だって喜んでやるぞ」
さっそく事務員のドワーフとエリチンが憎まれ口を叩き合う。
「鉱山長はいるか?」
傍から見ると大人と子供の喧嘩にしか見えない彼らを放置して、真一が人間の事務員にそう聞いた。
「ああ、いるよ。ちょっと待ってな」
そう言って、奥にある鉱山長の部屋のドアをノックし、冒険者達が戻って来たと伝える。
「入っていいってよ」
室内からの返事を聞き、真一達は奥へと進んで行った。
「何か分かったのかい?」
鉱山長は、書類の山越しに彼らを出迎えてそう言った。
「ああ、退治方法も含めてな」
「ほぅ」
その返事を聞いて、彼女が凄みのある笑みを浮かべた。
嘘やハッタリなど、一目で見抜かれてしまいそうだ。
しかし幸いなことに、真一はそのどちらも口にしていない。
ちなみに、ここへ戻ってくる道中で、仲間達には魔物の正体とその退治方法を簡単に説明してある。
「さっそく明日片付けるから、見届け人になってくれ」
「まさか、鉱山に入るのかい?」
「いいや、そこの門の前でいい」
真一が、鉱山の入口のがある方向を指さしつつそう言う。
「なんだって?」
「見物人を集めてもいいぞ」
余裕の笑みを浮かべつつそう言うと、真一が隣に立っている阿左美の肩をポンと叩いた。
こちらは、なんとも微妙な表情になっている。
翌朝、真一達が宿屋で朝食をとっていると、外が騒がしくなってきた。
原因は分かっている。
「凄い、野次馬が一杯」
パンを齧りつつ窓から外の様子を眺めていたシラクサがそう言う。
「これで失敗したら恥ずかしいわね」
そして、真一と阿左美の方に意地の悪い笑みを浮かべつつ視線を向ける。
彼は平然と食後のお茶を飲んでおり、阿左美はお替わりした腸詰に齧り付いている。
「余裕だな、シンイチ殿、アザミ殿」
ヴァレリアンが、そんな二人以上に緊張した面持ちでそう言った。
「失敗しても、全責任は早瀬に押し付けるつもりだからな」
「ちっ、ちょっと、先生ひっどぉ~い!!」
「こら、食べカスを飛ばすな」
「安心してください、アザミ様、シンイチ様のお考えに失敗や間違いはありません」
ミントが自信たっぷりにそう言う。
何で俺は、この子にこんなに信頼されているんだろう?
真一が逆に不安になるぐらいだ。
「失敗など許されん」
そう言ったのは、エリチンだ。
それはもちろん、見物人の中に事務所のドワーフ達が含まれているからだろう。
これで魔物退治に失敗などしたら、
「ほぅら、やっぱりエルフがいるパーティーなんかに任せるからだ」
と、力一杯嫌味を言われることになる。
彼にとって、それは決して許容できない屈辱だった。
「大丈夫だ」
真一がそう言うと、空になった木のカップをテーブルの上に置いて立ち上がった。
「さあ、行くぞ」
そして、宿屋の外へと出て行く。
広場を囲む群衆(見物人達)から、歓声ではなくどよめきが起こった。
それは、宿屋から出てきた冒険者パーティーを見たからだ。
冒険者は、どちらかというと若者が多い。
危険な職業なため、命を落としたり、大きな怪我をして辞める者がけっこういる。
そして、依頼をこなし、経験を積んだ冒険者は、貯めたお金を元手にして転職したり、貴族や金持ちに高い報酬で雇われたりするのだった。
それにしても、真一達のパーティーは若すぎる。
おまけに男が2人に対して女が4人。
普通は半分ずつか、男の方が多いのだ。
最後に、オーガと見間違えるほどのエリチンの巨漢と、阿左美と真一の珍しい服装。
ここで働く鉱夫とその家族達のほとんどは、真一達のことを今初めて見るのだ。
「さあ、お手並み拝見といこうか」
鉱山を封鎖している門の前で、鉱山長が待っていた。
彼女の周囲には、警備兵が10人ほど立っている。
おそらく真一達が鉱山内の魔物退治に失敗をしたときに備えているのだろう。
「ああ、任せておけ」
真一がそう答えると、仲間達をその場に残して、阿左美と二人だけで門へと近づいて行く。
「開けてくれ」
「だ、大丈夫なのか? いきなり魔物が飛び出してきたりしないか?」
門を守る警備兵が、怯えながらそう聞いてきた。
「大丈夫だ」
それに対して、平然とそう返事をする。
それを聞いて、警備兵がもう一度鉱山長に顔を向けた。
彼女が肩をすくめて頷く。
まずは閂が抜けないように固定していた大きな南京錠が外され、続いて太い角材のようなそれが警備兵達によって持ち上げられて外される。
そして、ギギ~ッと不気味な音を立てて、門が開いていった。
警備兵達が走って逃げていくと、そこには大きなトンネルのような鉱山の入口が、ぽっかりと口を開けている。
魔力を流すと発光する魔石の照明があるはずなのだが、今はそれも点いていないため真っ暗だ。
「じゃあ、頼んだよ」
警備兵達よりもはるかに度胸の据わった鉱山長がそう言うと、真一と阿左美の側から離れて行った。
「よし、早瀬。鉱山の入口ギリギリまで近づけ」
「ううっ、何だか不気味だなぁ~」
「これに成功したら、今夜は肉を腹いっぱい食わせてやる」
「任せてください先生。肉のためなら、私、何だってやります」
とても現役女子高生とも勇者とも思えない返事をして、彼女が進んで行った。
その場に残っていた真一が目を閉じ、魔術の構成を始める。
「ほぅ、あの男、武器を持っていないと思ったら、やっぱり魔術師だったんだね」
鉱山長がそう言って目を細める。
そして、驚いた。
「なんて強い魔力なんだい?」
実は彼女は、魔力を感じ取る能力があるのだった。
その特技を使い、地下に眠る魔石の鉱脈を見つけて採掘をしていたのだ。
そして彼女は、その功績で鉱山長になれたと言える。
魔術を使うには、まず頭でその設計図ともいえる構成をイメージする。
そして、そこに魔力を流し込み、最後に発動するのだ。
優秀な魔術師とは、その構成のイメージが正確で、大量の魔力を短い時間で流し込むことができる者のことを言う。
そして偉大な魔術師と呼ばれる人達は、自分でその魔術の設計図である構成を改造したり、新たに考え出したりできる。
真一は、レベル的に言えば、間違いなくその偉大な魔術師であった。
彼は鉱山の入口に立つ阿左美の目の前に、圧縮した空気で壁を作り、その内側、つまり鉱山に入ってすぐの場所の気圧を急激に下げ始めた。
よく超高空を飛行中の航空機の窓が割れたりすると、物凄い勢いで空気が外に吸い出されるのと同じ原理である。
今回は真空とまではいかないが、鉱山入口付近の気圧を下げることによって、内部の空気が吸い寄せられてくる。
ちなみに、鉱山入口に圧縮した空気の壁を作ったのは、鉱山の外の空気まで吸い寄せられたら意味がないからだ。
ゴォオオオオ……と、巨大な通風孔のような音が鉱山内に響き渡り、埃や細かな砂が阿左美の前に吹き付けてくる。
「うわぁ~、真っ白」
阿左美がそう言って、思わず手を伸ばそうとするが、
「触るな。お前のブレザーの能力で魔術が打ち消される」
と、真一に注意をされてしまった。
「……何をやっているんだ?」
「ただ、立っているだけじゃないか?」
もちろん、空気の壁など誰にも見えないので、野次馬達には二人が鉱山の入口でボォーッと立ち尽くしているようにしか見えない。
「まさか、ビビッてるのか?」
「おいおい、あの男、若い女を前に出して盾にして、情けない奴だ」
「おい、さっさと中に入って魔物退治をしてくれよ!!」
ざわめきが罵声へと変わっていく。
さすがに腹が立ったヴァレリアンが振り返り、彼らを怒鳴りつけようとしたが、それをシラクサが止める。
「どうせ何を言っても無駄だよ」
「しかし、あまりに酷い」
「まあ、いいじゃないの。私達は、あの二人がきちんと魔物退治をするって知っているんだから」
「それは、そうだが」
その時、真一と阿左美の背中を見つめ続けていたミントが、
「来たようです」
と言った。
慌てて二人も視線を戻す。
すると、阿左美の前に靄のような物が集まっていた。
「せ、先生、これ何?」
最新のCG映像のようなそれを指さしつつ、阿左美が気味悪そうにそう言った。
「そいつが魔物だ」
「で、でも、昨日の沼だと何も見えなかったのに」
「空気中の埃や細かい砂のせいだ」
澄んだ空気の中では、無色無臭なガスは見えない。
しかし、細かな塵が充満している場所で高密度なガスが集まったため、その正体が視認できるようになったというわけだ。
「お、おい、何だあれ?」
「雲? ガスか?」
「あいつが魔物の正体か?!」
ついさっきまで真一と阿左美に罵声を浴びせていた野次馬達が、怯えだした。
確かに、見えるようになったガス――ポイズンガストは、まるで生き物のように見えない壁にぶつかって悶えている。
「うわぁ~、臭そう」
阿左美が、自分の目の前にバリアーのように張られている圧縮空気の壁越しに、それを見つめつつそう言う。
「よし、そろそろいいだろう」
そんな彼女に、真一が近づいて行きつつそう声をかける。
「あっ、先生、これどうするの? ファブリーズする?」
「そんな物ないだろう」
「じゃあ……」
「簡単だ」
そう言うと、真一は鉱山の入口を塞いでいた圧縮空気の壁を少しだけ開き、阿左美の肩に手を置くと、そのままポンと前に押した。
「へっ?」
そして、彼女の身体が鉱山の中に入ると、素早く壁を閉じる。
「……え?」
周囲で固唾を飲んで様子を見守っていた野次馬達が、全員間抜けな顔になる。
「ウギャアアアア!! 先生、先生、頭が痛い、耳が痛い、吐き気が半端ない!!!」
静まり返った広場に、阿左美の悲鳴が響き渡る。
「安心しろ。それは減圧症だ」
※減圧症:急激な減圧によって体内に溶け込んでいた窒素などの不活性 ガスが気泡となり、血管や組織内に形成されることで引き起こされる障害。重症の場合は死に至ることもある。
「減圧の魔術は解除したから、すぐ元に戻る」
教え子が悶え苦しむ姿を、腕を組んで冷静に眺める高校教師。
「あ、あの、シンイチ様……これはさすがに……ちょっと」
慌てて彼に近づいて来たミントが、そう言った。
「で、でも見て!!」
シラクサがそう言って、阿左美を指さす。
「おおっ、ガスが消えていく!!」
これはヴァレリアンだ。
確かに、鉱山の入口で不気味に蠢いていたガスが、見る見るうちに薄れていく。
「阿左美のブレザーが浄化しているんだ」
これについては、昨日、沼地で実証済みだ。
減圧によって鉱山中から集められていた埃が薄れていき、そして最後は、四つん這いになってゼェゼェ言っている阿左美の姿がクリアーに見えるようになった。
「早瀬のブレザーは本当に便利だな」
「せ、先生、他にもっと言うことないの?」
最後に、圧縮空気の壁も消す。
「す、すげぇ。これって、どういう魔術なんだ?」
「本当に、これで魔物退治は終わったのか?」
正気に戻った野次馬達が、ヒソヒソと囁き合っている。
「ちょっと説明してくれるかい?」
さすがと言うべきだろうか。
ドン引きしている野次馬達を代表して、鉱山長が真一に近づいて来た。
「何だ?」
「さっきのはポイズンガストだろ? 鉱山に迷い込んでいたのも驚きだけど、あいつらって人を殺せるほど凶悪じゃないはずだけど」
鉱山の北側の沼地にその魔物が出現することは、彼女も知っていた。
しかし、ポイズンガストは虫や小動物にとっては天敵だが、人間ぐらいになると、長時間取り込まれない限り、ほとんど無害なはずだ。
余命いくばくもない老人ならいざ知らず、屈強な鉱夫30人と冒険者5人の命を短時間で奪うなど不可能だ。
「それなんだが、被害が出たのは鉱山の最深部、つまり魔石の採掘現場だったのだろう?」
「あ、ああ、そうだけど」
二人の視線の先では、ミント達が阿左美に駆け寄って介抱している。
放っておいても勇者のブレザーのおかげですぐに回復するのだが、さすがに仲間として放っておけない。




