第30話 沼地の探索
【これまでのあらすじ】
魔王復活に備えて異世界に召喚された女子高生勇者の早瀬阿左美と、その巻き添えになった教師の眞壁真一、彼等は、異世界で知り合った仲間達と共に旅を続けている。
魔石鉱山で魔物により30人の鉱夫と5人の冒険者の命が奪われた。
死者の神殿で元気(?)なゾンビになった彼等から話を聞いた勇者パーティーは、ポイズンガストという魔物の調査のため、沼地へと向かう。
鉱山に着いた翌日、真一達は朝から鉱山のある山を登り、反対側の斜面を下って行った。
昨日言った通り、北側の入口と沼地を調べるためだ。
「先生、お腹減った」
「お前という奴は……」
宿屋を出発して二時間もすると、阿左美が「疲れた」「お腹減った」を交互に言い始めた。
「いくら何でも燃費が悪すぎるぞ」
「働かざる者食うべからずって言うじゃない」
「お前、何か仕事したか?」
「…………」
自分で言っておいて、何も答えられない阿左美。
「働かなくても、最低限の生活は保障されるべきだと思います」
「最低限でいいんだな」
「……」
どんどん墓穴が深く、大きくなっていく。
今のところ、阿左美は戦闘時以外で役に立てるスキルがないのだ。
そうこうするうちに、鉱山の北側の入口に到着した。
鉱山の採掘が始まったばかりの頃に建てられた小屋や家屋が何軒かあり、その近くに頑丈な門がある。
その門の前には、南側と同じく見張りの兵士が二人立っていた。
「あんた等、冒険者か?」
「そうだが」
「昨日、鉱山事務所から連絡は受けている。色々協力してやれってな」
どうやら、鉱山長が手配をしてくれたようだ。
「それは助かる」
さっそく真一達は、鉱山の北入口を塞いでいる門を調べた。
鉱山内で被害が出てから閉じられたらしいが、砦の門のように頑丈だ。
攻城兵器である巨大な槌でもなければ、人間には破れないだろう。
「最近、ここを開けたことは?」
「ないよ。そもそも、この錠前の鍵は事務所で保管されているし」
そう言って警備兵が指さしたのは、閂が抜けないように掛けられた大きな南京錠だった。
それは大人の拳ほどの大きさで、ハンマーで力いっぱい叩いても壊せそうにない。
「なるほどな。そして、あれが沼地か……」
反対側を見ると、そこは見渡す限りの湿地帯だった。
そして、いたるところに沼がある。
真一達は門から離れると、その沼地へと移動して行った。
ぬかるんだ地面に、倒木と苔ばかり。
「いかにも、モンスターが住んでいそうな場所」
阿左美がそう呟いた。
確かにゲームの世界では、こういう場所にはリザードマン(蜥蜴人間)や巨大なワニなどが住んでいて、獲物が通りかかると沼の中から襲い掛かってくるのがお約束だ。
しかし現実は、魔物と戦う以前に、歩くだけで一苦労だった。
「シラクサ、昨日言っていたポイズンガストがいるか分かるか?」
「基本、無色無臭だからなぁ~。晴れた日だと、少し空気が滲んで見えるらしいけど」
今日はあいにく曇り空で、微かに靄が出ている。
昼を過ぎれば靄は消えるかもしれないが、天気の方は、下手をしたらまた雨が降り出すだろう。
「虫の死骸がゴロゴロ転がっていたら、そこにいるはずよ」
そう言われて、真一達は虫の死骸を探し始めた。
しかし、ところどころにそれらしい物は転がっているが、それがガスによって魂を抜かれたものかどうかまでは判別できなかった。
「そもそも、ポイズンガストはどうやって生まれるんだ?」
「こういう場所って、負の魔力が集まりやすいのよ」
真一の問いに、シラクサが答える。
この世界は魔力が満ちている。
当然、それは場所によって性質が変わるのだった。
「よく沼地では動物が迷い込んで死んだりするし、そういった死骸から出るガスに負の魔力が混ざって、ポイズンガストが生まれるって聞いたことがあるけど」
「まさに、この世界ならではだな」
その時、周囲を見回していた真一が、あることに気付いた。
確かに森や草原のように草花はないが、それでも完全に植物が生えていないわけではない。
見た目は不気味だが、木もあれば苔も生えているのだ。
「エリチン、何か感じないか?」
沼地でもダンベルを使った筋トレをしながら歩いていた彼が、「ムゥ?」と唸ってから、周囲の植物を通じて気配を感じ取った。
彼は、近くの植物に触れているものの情報を察知できるのだ。
エルフならではのこの能力を使えば、森の中に身を潜めている敵を簡単に見つけることができる。
「生き物の気配はないが、あの大きな岩の周囲の植物達が苦しんでいるな」
「苦しむ?」
そう言いつつ、彼が指さした方向にある、家ほどの大きさの岩に目を向けた。
どれほど目を凝らしても、何も見えない。
「とりあえず行ってみるか。ミントさんとエリチン、あとヴァレリアンはここに残っていてくれ」
真一がそう言うと、三人が驚いた。
「何故ですか?」
「もし、あそこに魂を吸うガスがいた場合、倒れた俺達をエリチンなら救出できるだろうし、ミントさんの治癒魔術なら回復も可能だろう。あと、もし他の魔物が潜んでいたら、ヴァレリアンが二人を守ってくれ」
「な、なるほど」
「承知した」
「任せてくれ」
彼の説明を聞いて、三人が納得した。
次に、一緒に進む二人に顔を向ける。
「シラクサなら、俺達より周囲の微妙な変化に気付けるだろうし、早瀬は……」
「えっ、私は何?」
「俺に万が一のことがあった時、お前だけこの世界に残していったりしたら、魔王以上の脅威になる」
「ひっどぉ~い!!」
「うるさい。そもそも、お前はその胡散臭いブレザーのおかげで無敵状態だろうが」
真一がそう言うと、先頭を切って歩き出した。
ぬかるんだ地面のせいで、靴はもちろん、ズボンの裾まで泥まみれになっている。
対して、それについて行く阿左美は――
「フギャ!!」
と悲鳴を上げて顔面から転んでも、立ち上がって手で払っただけで、綺麗な状態に戻るのだった。
「まあ、普通のポイズンガストはそんなに強烈じゃないから大丈夫よ」
シラクサがそう言いながら、最後尾をついて行く。
三人は沼を迂回し、膝まで泥につかりながら進み、やっとのことで大きな岩まで辿り着いた。
「何も見えないし、匂いもしないが、確かに嫌な気配を感じるな」
岩を見上げながら、真一がそう言った。
周囲を見回すと、確かにムカデや蛾の死骸が転がっている。
「ふぅ、やっと着いた」
そう言いつつ阿左美が彼に追いつくと、その瞬間――
「せ、先生、なんだか制服が生暖かいんだけど」
「なに?」
驚いて真一が振り返ると、確かに阿左美の身体から、微かではあるが湯気のようなものが立ち上っていた。
「そんなに汗をかいたのか?」
「違うよ、服だよ、服!!」
そう言って彼女が腕を差し出してきたので、真一が恐る恐る触れると、確かに彼女が着ている或祖紅高校のブレザーが熱を放っていた。
「ポイズンガストに反応しているんじゃないの?」
シラクサがそう言った。
「たぶん、そうだとは思うけど」
そうこうするうちに、阿左美のブレザーの発熱が止まった。
「あれ? 元に戻った」
結局、阿左美のブレザーが熱を発していたのは、一分ほどの間だけだった。
「シンイチ殿」
そこへ、エリチンが両肩にミントとヴァレリアンを乗せて近づいてきた。
「もしかして、消えたのか?」
「うむ。岩に張り付いている苔達が、元に戻った」
ミントは別にして、鎧を装備したヴァレリアンは相当重たいはずだが、彼の足取りは普段通りだ。
真一とシラクサが阿左美の方を見た。
「私の勇者パワーが、そのガスを消したというわけね」
「お前じゃない。お前のブレザーがだ」
まあ、それは勇者用の装備であるため、彼女以外の者が着ても効果は発動しないのだが。
「でも驚いたわね。ポイズンガストって、見つけにくいし、退治するのも難しいことで有名なのに」
確かに、無色無臭で触れることもできない相手など、退治する以前に見つけるだけでも一苦労だ。
「きっと私が可愛いからね」
「だから、お前じゃなくてブレザーの特殊効果だと言っているだろうが」
「ところで、シンイチ様」
エリチンの肩から身軽に飛び降りたミントが口を開く。
「何だ?」
「そのポイズンガストは、人の命を奪うほどの力はないのですよね?」
「そうだな」
「では、鉱山の魔物とは無関係なのではありませんか?」
「…………」
どうやら、彼は何かに気付いたようだ。
しかし、確証がない上に、下手をすれば魂を吸い取られかねない。
「よし、一旦宿屋に戻ろう」
彼はそう言うと、封鎖されている鉱山の北入口に目を向けた。




