第29話 ポイズンガスト
【これまでのあらすじ】
魔王復活に備えて異世界に召喚された女子高生勇者の早瀬阿左美と、その巻き添えになった教師の眞壁真一、彼等は、異世界で知り合った仲間達と共に旅を続けている。
魔石鉱山で魔物により30人の鉱夫と5人の冒険者の命が奪われた。
死者の神殿で元気(?)なゾンビになった彼等から話を聞いた勇者パーティーは、その鉱山へ向かい調査を開始する。
鉱山事務所を出ると、真一達は鉱夫や警備兵達から話を聞いて回った。
鉱夫達がよく集まっている酒場や食堂、さらに食料品などを売っている商店や市場へ行き、自分達は冒険者ギルドから派遣されて来た者だと名乗った後で
「鉱山の魔物について教えて欲しい」
と、言うと
「あんた達が?おいおい、大丈夫かよ」
と、呆れたり胡散臭がったりしつつも色々と教えてくれた。
皆、魔物は怖いが、仕事ができずに困っているのだ。
特に鉱夫達は日給制のため、仕事をしないと収入がなくなってしまい、生活が出来なくなる。
「このまま閉山にでもなったら、俺達、生きていけないよ」
「もうすぐ子供が生まれるんだ。金を稼ぎたいけど、命が惜しい」
「何で王様は騎士団を出してくれないんだ。もう冒険者じゃどうにもならんだろうに」
魔物の正体がドラゴンや魔物の群れなどであれば、当然、正規兵である騎士団が王都や領主から派遣されてくる。
しかし、魔物の正体が分からない上、場所が鉱山の奥であるため、なかなか動こうとはしないのだ。
騎士団は平地において隊列を組んで戦うのは得意だが、狭くて暗い坑道では、逆に重たい鎧や長い槍、剣が邪魔になる。
兵士達も騎士よりはましだが、やはり統制の取れた戦い方ができない以上、地下での戦闘は苦手だ。
迷宮探索や魔物退治のプロである冒険者が、手も足も出ないどころか、正体すらつかめない相手に対して、彼らが尻込みする理由はそれだった。
「魔物なんてとっくに鉱山から逃げ出しているって」
「そもそも魔物なんていないんだよ、あれはガスのせいだ」
「いいや、あれは魔族の呪いだ、この鉱山は呪われているんだ」
色々な話は聞けたが、それは個人の意見や考えでしかなく、根拠や証拠は一切なかった。
「口惜しい」
これほど困っていると言うのに、派遣を渋る騎士団の不甲斐なさに、ヴァレリアンが悔しそうにそう言う。
「仕方がないだろ。どれほど防御力の高い鎧を身に着けても、魂を吸い取られるんじゃ意味がない」
「しかし、民を守らずして何のための騎士か」
「まだ守れないと決まったわけじゃない。まずは俺達で魔物の正体を突き止めよう」
真一たちが宿屋に戻ると、シラクサも戻ってきた。
「あ、シラちゃん、お帰り」
一階の食堂で彼女を出迎えた阿左美がそう言う。
「いやぁ~、寒い、寒い」
シラクサはそう言うと、暖炉の前に移動して雨衣を脱ぐ。
そして、近くの椅子を引き寄せると、それの背もたれに掛けて乾かした。
「どうだった?」
宿屋の主人から温かい飲み物を受け取ったヴァレリアンが、彼女にそれを差し出した。
「ありがとぉ~。いやぁ~、生き返る」
それはハチミツ酒を温めたもので、フゥ~、フゥ~と息を吹きかけて少し冷ました後、口をつける。
「外から鉱山内に魔物が入った可能性もあるから、色々聞いて回ったんだけど、この付近にそんな狂暴な奴はいないって」
「そうか」
真一が椅子に座ったまま、腕と足を組んでそう言った。
確かに、鉱山の周囲は木々が伐採され、魔物どころか野生動物すらほとんどいない。
「……教えてほしいのだが、悪霊やヴァンパイア以外で、生物の魂や生命力を吸い取る魔物はいないのか?」
「魂って言うと大げさだけど」
その手の知識が豊富なシラクサが、少し自慢げに説明を始める。
「ヒルや蚊なんかも、大きな区分で言えば、生物の命を吸っていると言えるわよね」
「確かにそうだが、もし巨大なヒルや蚊、さらにそれらの大群に襲われたなら、亡骸がずいぶん酷いことになっているだろうな」
しかし死者の神殿で見た、鉱夫や冒険者達のゾンビにはほとんど外傷はなかった。
「そう。そもそも血が足りなくて死んだら、魂はそのまま死者の神殿からあの世に行くしね。となると、人間も怪しくなってくる」
「人間?」
「そう。魔術の中には、人の生命力を吸い取るものもあるのよ」
「エナジードレインか」
これもファンタジーもののお約束である。
相手の生命力(HPやMP)などを吸い取って、自身のそれを回復するのだ。
「ただし、同時に複数の相手から吸い取るのは難しいし、そもそも直接、相手と接触する必要があるの」
「だったら駄目だな」
死者の神殿にいるゾンビ達は、自分達を襲った相手は姿も見えず、臭いすらしなかったと言っていた。
「他には?」
「あとは、ポイズンガストね」
「なんだか、それっぽい名前だな」
「でも、実際にはそれほど危ない奴じゃないのよ」
ポイズンガストとは、その名の通りガス状の魔物で、ガスというよりは澱んだ空気と言うべきだろうか。
主に沼地などで自然発生し、広がったり集まったりしながら獲物を待ち伏せる。
一応、魔物扱いされているが、植物に近い存在で、当たり前だが脳はない。
「沼地を歩いていたら、気が付いたらその中というか、範囲に入っていたりするんだけど、主に小さな虫の生命力を吸っているわ」
「人間の魂は?」
「何日もポイズンガストの中にいたら危ないけど、普通は長時間いてもちょっと頭痛がしたり、妙に疲れたりするだけ。なんせ相手はガスだから、すぐにどこかに流れて行っちゃうし」
「なるほど」
「沼地で妙に虫の死骸が転がっていたり、水溜りに浮かんでいたら、あ~、ここら辺にいるのかな?って分かるぐらい」
「……確か、鉱山の北に沼地があるって言っていたな」
確かに、鉱山長はそう言っていた。
その沼地のせいで、鉱山の入口を北側から南側に移転したのだ。
「そこで発生したポイズンガストが鉱山に流れ込んだとは考えられないか?」
「あり得ないことじゃないけど、沼から離れたら一日も持たずに消えるわよ。あと、さっきも説明したとおり、何日もポイズンガストの中にいない限り、そうそう人間が死んだりはしない」
「鉱夫さん達もそうですけど、冒険者さん達も、そんなに同じ場所でじっとしてはいないでしょうし」
ミントがそう言った。
確かに、その通りだ。
さらに言うと、もしそのポイズンガストに魂を吸われたとしても、じわじわと少しずつである。気分が悪くなったり、疲労感が強くなったりすれば、その場から移動するだろう。
人間が犠牲になるとすれば、谷底や沼地などで遭難し、ポイズンガストが漂っている場所で疲労と空腹で意識を失って昏睡したりした時ぐらいだ。
「……とりあえず、明日は北側の入口と沼地を見に行ってみよう」
真一がそう言うと、一同が頷いた。




