第3話 冒険者ギルド
【これまでのあらすじ】
勇者として魔王が復活する直前の世界に召喚された女子高生勇者 早瀬阿左美と、その巻き添えとなった教師 眞壁真一。
勇者を祀る神殿で、阿左美は千年前の勇者の能力を受け継ぎ、魔王復活までにレベルアップをする冒険の旅に旅立つ。
そして、それに付き合わされる真一と、勇者神殿の神官 ミント・アンジー
異世界に召喚されたというのに、歓迎パーティーも無いまま雑な説明を受けただけで、阿左美と真一、そして神官のミント アンジーの3人は、勇者神殿から追い出されるように外へと出て来た。
真一はスラックスとシャツの上に白衣を纏った教師スタイルのまま、阿左美はブレザーにチェック柄のプリーツスカート、そしてローファーに学校指定のスクールバッグという、召喚時の恰好のままで、完全に周囲から浮きまくっている。
「先生、なんだか私達がコスプレしているみたいだね」
「言い得て妙だが、確かにそうだな」
すれ違う人達から物珍しそうにジロジロ見られ、真一はバツが悪そうなのに対して、阿左美は意味も無くポーズを取ったりしている。
元の世界の何かのイベントに参加をした時のノリのつもりらしい。
何にせよ、お金が無くなる前に行動を開始しなければ、冗談抜きでホームレス確定だ。
とりあえず、最低限の知識として、この世界は環境的には地球に酷似していることだけは分かった。
というより、世界観がファンタジーなだけで、土台そのものは地球と同じと言っても過言ではない。
おかげで、時間の感覚などにズレはなく、すんなりと受け入れることが出来た。
この世界で暮らしている人間も、特に真一や阿左美と外見的に差異は無く、髪の中に触覚が有ったり、ズボンやスカートの中に尻尾を隠していたりはしない。
もっとも、中身までは解剖でもしなければ分からないが。
とりあえず真一は、どこかで腰を据えてじっくりと、この世界のことについてミントから聞く必要があるなと考えていた。
外に出ると、目の前には町があった。
雰囲気としては中世のヨーロッパの街並みで、そこで暮らしている人達の服装も生活様式もかなり似ていた。
「ファンタジーというよりは、海外旅行に来たみたい」
「確かに、ここは観光地っぽいな」
自分達が出てきた勇者神殿を振り返りつつ、真一がそう言う。
勇者神殿は、神官達は別にして、外観は立派だった。
もし地球にこの建造物があれば、間違いなく世界遺産に登録されていたことだろう。
ただし、周辺に並んでいるお土産屋さんが、かなり品格というか格式を引き下げていたが。
勇者人形に勇者お守り、勇者の力が込められたクリスタルに勇者クッキー等々。
中には「うちで鍛えた武器は勇者様の加護を受けて切れ味抜群だよ!!」とか、「この聖水を飲めば勇者様のように立派になれるよ」などといった、かなりインチキ臭いものまである。
「この世界に来たばかりの俺が言うのもなんだけど、あんたの所って大概だな」
「……すいません」
半眼になった真一に、ミント アンジーが本当に申し訳なさそうに頭を下げた。
どうやらこの世界の住民である彼女でも、今の勇者神殿の迷走っぷりはいかがなものかと考えているようだ。
「わぁ~、美味しそう」
阿左美が露店の一つを覗き込みつつそう言った。
そこでは勇者クッキーが売られており、確かに甘い匂いがする。
「とりあえず、この世界の人間も栄養は口から摂取するし、お菓子も食べるようだな」
なにせここは異世界である。大気中の魔力を吸って生きているとか言われたらどうしよう?などと心配してしまった。
「先生、先生、これ買って」
「いくらだ?」
「12個入り一箱、銀貨3枚だって」
「ふざけるな、馬鹿野郎」
真一が阿左美の後ろ襟をガシッと掴むと、店先から引きずって放す。
「でも、お腹減ったし」
確かに、そろそろ夕食の時間だ。
「ううむ、ミントさん」
「は、はい」
神官服の上に外套を羽織り、先端に飾りがついた杖と荷物が詰まった大きなショルダーバッグを持ったミント アンジーが、彼に向き直る。
「この世界にも、冒険者に仕事を斡旋するような施設はあるのか?」
「冒険者ギルドのことですね」
彼の質問に、彼女がそう答えた。
「やっぱりあるんだ」
「はい、そこに登録をすれば、色々な仕事を紹介してもらえますし、食事や宿泊もできます」
「そうか。では、そこに案内してくれ」
「分かりました」
こうして3人は、少しずつ日が暮れて暗くなっていく街の中を歩いて行った。
「ほぇ~、やっぱりゲームとは違うなぁ」
「こら、しっかり前を見て歩け。ここの道はアスファルトで舗装なんかされていないから、危ないぞ」
大通りは石畳が敷かれているが、一歩路地に入れば未舗装になっている。
おまけに道幅も狭いため、馬車などが走ってきたら、慌てて道の端に避けなければならない。
バタンと2階の窓が開くと、壺を持ったおばさんが顔を出した。
そして家の前の道を見て、人がいないことを確認すると、その壺の中身をばら撒いた。
それは糞尿だったらしく、かなり臭い。
「うわ、マナーがなってないなぁ~」
「俺達の世界でも、昔は当たり前だったぞ。トイレなんか金持ちの家にしか無い。一般人はああいう壺や樽に貯めて、肥溜めに捨てに行くんだ。そして面倒臭い人は、見ての通りだ」
「ええ~、私、ウォシュレットが無いと駄目な人なんですけど」
「諦めろ。そのうち慣れる」
どれほどリアルに作っても、ゲームの世界では、このようなところまでは再現されない。
そもそも、この世界にはウォシュレットどころか、柔らかいトイレットペーパーもないだろう。
「あそこです。正面の建物が冒険者ギルドです」
1階は石造り、2階は木造という建物には、「冒険者ギルド」と書かれた看板が掛けられていた。
「ここで冒険者として登録をしてください。ちなみに私達神官は、時々お仕事を手伝うことがあるので、見習いの時に登録は済ませています」
「分かった」
そして、正面の両開きの扉を開けて中へと入る。
そこは食堂兼酒場のようなホールになっていた。
元いた世界の中世ヨーロッパでは、松明やロウソク、さらにランプなどが主な照明器具だったが、さすがはファンタジー異世界というべきだろう。魔光石を利用した光源が天井や壁に設置されており、かなり明るい。
ホール内には20個程のテーブルが並べられていたが、そのうちの半数ぐらいが、すでにいかにも冒険者といった恰好の男女によって埋められている。
その奥にはカウンターがあり、店員たちが忙しそうに働いていた。
「登録はこちらです」
そのような中を歩きつつ、ミントは店の正面から向かって右側の奥へと進んで行った。
そこには受付窓口があり、壁にA4サイズぐらいの依頼書がベタベタと張られている。
「あら、珍しい。ミントさんじゃないですか?」
窓口には20代後半ぐらいの、いかにも事務職っぽい恰好をした女性がいた。
どうやらミント アンジーとは面識があるようで、笑顔で声をかけてくる。
濃い茶色の髪を頭の後ろでまとめ、眼鏡とネクタイという完璧な受付嬢スタイルだ。
さらに左胸には名札をつけており、そこにはジュレ マリーゼと書かれていた。
「こんばんは。ご無沙汰しております」
「またバイトですか?」
「い、いいえ、違います。このお二方を登録してほしいのです」
「……珍しい恰好ですね。異国の方ですか?」
「まあ、そんなところだ」
そう言って真一が窓口の正面に立つ。
ちなみに彼は、阿左美が勇者であるということは、当面は隠そうと考えていた。
この世界における勇者の影響力がまだ分からない状態で、異世界召喚された勇者だなどと名乗ったりしたら、どのような反応が返ってくるか分からなかったからだ。
いきなりドラゴン(この世界にいるかどうかまだ分からないが)退治などの超難関クエストを依頼されるかもしれないし、逆に勇者を名乗る奴なんてキチ〇イか詐欺師だけだ、などと警戒されるかもしれない。
そもそも先代の勇者様は、この人界を救った大英雄だ。
阿左美のような若い女の子が二代目勇者だなどと言っても、誰も納得しない可能性の方が高かった。
なんせ先代の勇者様が活躍したのは1000年も昔なのだ。
それだけの期間があれば、英雄譚は伝説へ、さらに神話へと進化している可能性が高かった。
こいつは外見だけは可愛いが、頭は悪いからな。調子に乗って暴走しかねない。
それが真一が出した答えだった。
「ようこそ、冒険者ギルド勇者神殿支部へ。それでは、こちらの申し込み用紙に必要事項をご記入ください」
そう言って差し出された用紙に、二人はそれぞれペンで書き込んでいく。
不思議なもので、今日初めて知った文字だというのに、迷わずに記入することが出来た。
もっとも、今書いたのは文章ではなくプロフィールばかりだったので、迷うような内容では無かったのだが。
「マカベ シンイチ様とハヤセ アザミ様ですね」
「では、次はこちらの水晶に手をかざしてください」
そう言うと、受付嬢がソフトボールぐらいの大きさの水晶球を取り出して、カウンターの上に置いた。
「これで何が分かるんだ?」
「お二人の魔力に対する適性を調べるものです」
「えっ? 職業とかスキルが分かるんじゃないの?」
確かにファンタジーゲームなら、こういったアイテムで、プレイヤーの職業特性を調べたり、逆に選択をしたりするのがお約束だ。
「そんなものは、自分が一番よく分かっているだろう」
そう説明を始めたのは、受付嬢のジュレではなく真一だった。
「体力があれば戦士向き、小柄で身が軽ければ盗賊向き、あとは得意な武器で判断が出来る。しかし、魔力だけは外見からは分からない」
「そうです。よくご存じですね」
驚いたジュレがそう言う。
「魔力の適性が無いのに、魔術師を目指しても時間の無駄だからな」
そして真一は、隣に立つ阿左美の手を取ると、そのまま水晶の上に乗せた。
「ええっ?! ち、ちょっと先生!!」
「大人しくしろ。爆発とかしたらどうする?」
「私を実験台にしたわね?!」
「お前は、いろいろと(勇者の)加護を受けているだろうが。だから何があっても大丈夫だ」
「あ、安心してください。そんな危ない物ではありませんから。はい、もう結構ですよ」
慌ててジュレがそう言うと、真一が力を抜いて、阿左美が手を放した。
残された水晶を見ると、彼女が触れた場所がくっきりとピンク色に変わっている。
「驚きました。こんなにハッキリと色が出るなんて。アザミ様は人間種ですよね。もしかしてハーフですか?」
「ハーフ?」
「はい。人間種は魔術研究が進んでいますが、魔力適性がある人は少ないのです。しかし、逆に魔術についてはあまり知らないけど、魔力が高い種族はいます。そういった種族の人とのハーフには、魔力適性が高い人が多いのです」
「魔力の高い種族……それって?」
阿左美がそう質問すると、ジュレが気まずそうな表情になり、言葉に詰まった。
「魔族だな」
言いにくそうな彼女に代わって、真一がそう答える。
「ええっ?!」
「そ、その通りです。魔族と言っても色々でして、人間に害をなす者だけではありません。その中でも魔力が強く、人間種に近い者との間では受胎が可能なのです。ですから魔界に近い北方では、時々魔族と人間種のハーフが生まれるのです」
彼女の口ぶりから判断するに、この世界では、その魔族と人間種のハーフはあまり好ましく思われていないようだ。
しかし、それはそれとして、強い魔力適性を持った者であることに間違いない。
「残念ながら違う。こいつは人間種だ」
「そうなのですか。これは失礼しました」
ハーフという単語に反応して、瞳を輝かせている阿左美を見て、先に真一がそう答えた。
彼女は理屈や理論ではなく、感性、つまり好みで物事を判断する傾向にある。
要は、魔族と人間のハーフという設定は、彼女にとってど真ん中ストライクということだ。
これ以上話をややこしくしないために、調子に乗った阿左美が余計なことを口走らないように注意しなければならない。
「まあ、人間種でも稀にそういう人はいますし……それにしても凄いですね、これは」
改めて水晶に目を向けて、ジュレがそう言った。
「まるで長年修練を積んだ大魔術師や賢者様クラスですよ」
「いやぁ~、それほどでもぉ~」
自分は一切何の努力もしていないというのに、照れる阿左美。
「ちょっと聞いていいか?」
その隣で真一がミントの耳に口を寄せ、小声で質問をする。
「はい、何でしょうか?」
「この世界では魔術って、どうやって覚えるんだ?」
いくら魔力適性があっても、それを魔術として形にするためには、何か手段が必要なはずだ。
「一般的には、本などで勉強をします。あと、魔術学校や魔術師ギルドで習うか、たまに研究をして自分でオリジナル魔術を作る
人もいますね」
「……」
「あ、あの、シンイチ様、どうされました?」
「早瀬は馬鹿なんだ……それも重度の……」
「えっと、それは……」
「宝の持ち腐れだ」
「ち、ちょっと先生、聞こえているんですけど!! いくら何でも失礼すぎ!!」
「うるさい、馬鹿。お前に知能の欠片でもあれば、俺はこんなことに巻き込まれなかったんだ」
まあ確かに、もしそうだった場合、あの放課後の生徒指導室での説教は必要無かっただろうから。
「えっと、普通はいくつか実戦で使える魔術を覚えてから冒険者ギルドに登録をしに来るのですけど、アザミ様は初心者のようですね。では、初回特典としてこれを差し上げます」
そう言うとジュレが、「猿でもわかる初心者魔術」と書かれた小冊子を取り出して、阿左美に渡した。
「これは?」
表題に少々ムカついたが、とりあえずパラパラとページをめくる。
すると、「発火魔術を使ってみよう」とか、「そよ風って気持ちいい」とか、「いつでもどこでも美味しいお水を」などと書かれていた。
「要は薪に火を点けて、それに風を送って火力を増し、いつでもどこでも水が飲めるという訳か。サバイバルの基礎だな」
横からそれをチラ見して、真一がそう言った。
「じ、実用的過ぎ!!」
「何を言っている。戦闘なんて二の次三の次だ。まずは森の中や荒野で野垂れ死にしないようにしないとな」
夢見がちな阿左美に対して、彼はとことん現実的だ。
「それでは次はシンイチ様、お願いします」
水晶をリセットし、元の透明な状態に戻したジュレにそう言われて、今度は彼が水晶に手をかざした。
そして、ペチッとその上に掌を乗せる。
すると……。
透明だった水晶が、見る見るうちに真っ黒になった。
さらにガタガタと細かく震えだす。
「随分変わった反応だな」
「先生は腹黒いから真っ黒になっちゃった」
のほほんとそのようなことを言う二人に対して、ジュレは驚愕していた。
「な、なんで、そんなことあり得ない!!」
思わず大声でそう叫んでしまい、食堂にいた冒険者たちが驚いて彼女に顔を向ける。
「確かに、早瀬の時とは随分違う反応だな」
水晶から手を放した真一がそう言った。
「水晶の色が全部変わるなんて、そのようなこと聞いたことがありません」
そう言ってから、彼女がハッとなった。
「い、いいえ。新人研修の時に一度だけ聞いたことがあります。そんなことができるのは魔王か勇者だけだと」
「ええっ、先生ずるい、自分だけ!!」
「まあ、あれだな。秘めた才能って奴だな」
事の重大さに気付いていない二人は、相変わらずノリが軽い。
「あなたは一体何者なのですか?」
「自分が一体何者なのか。それは人間にとって、生涯追求し続けなければならない謎だな」
「いや、そんな話じゃなくて」
「まあ、要は分からないってことだ」
「そ、そうですか……」
水晶の故障ではないかと考えたジュレが、それに手をかざして元の透明に戻す。
「特に水晶の異常ではないようですね」
「まあ、適性があるというだけで、見ての通りただの新人冒険者だよ」
真一がそう言うと、ジュレは納得していないようで、首を傾げたまま唸っている。
「で、次は何をすれば良いんだ?」
「えっ、あとは、こちらで登録と認定をしますので、少し待っていてください」
「じゃあ、俺達は向こうで晩飯を食べているから、終わったら声をかけてくれ」
そう言い残すと、3人で食堂の方へと向かって歩き出す。
「分かりました」
その後ろ姿を見送りつつ、ジュレがそう答えた。




