第25話 死者の神殿
死者の神殿の敷地内で、元鉱夫のゾンビ達が青空の下、額に汗を浮かべ、一生懸命畑を耕している。
いや、汗はかいていないが。
ゾンビは何も食べず、何も飲まず、不眠不休で活動することができる。
もっとも、本来は夢遊病者のようにウロウロ徘徊するだけなのだが、労働力として使えるなら、これほど便利な連中はいない。
ましてや、普通なら肉体の腐敗がどんどん進み、二週間ほどで身動きが取れなくなるはずだが、この神殿の敷地内にいる間は、その進行もかなり抑えられる。
活動場所は限定されるが、とても便利なロボットのような存在だ。
その真面目に働くゾンビ達を横目に眺めつつ、真一は元冒険者のゾンビ達に話を聞いていた。
大きな木の下にシートを敷き、その上に六人の勇者パーティーと五人の元冒険者ゾンビ、そしてジョニー神官が車座になって座っている。
「俺がこのパーティーのリーダー……いや、元リーダーのロンデル・マウクルだ」
彼は外見から判断するに、魔術師のようだった。
年齢は三十代後半で、元冒険者ゾンビの中では一番年長だ。
細身の身体で顎髭を生やし、灰色のローブを身にまとっている。
RPGの定番でいけば、冒険者パーティーのリーダーは最前列で戦う戦士や剣士なのだが、確かに後方から魔術で支援をする魔術師の方が、全体の状況を把握しやすいので指揮はしやすいのかもしれない。
あと、真一も一応魔術師であり、さらに勇者パーティーの実質的なリーダーでもあった。
その後もゾンビパーティーの自己紹介が続き、続いて真一達も同様に自己紹介をする。
「では、さっそくあなた達が死んだときの状況を教えてくれ」
「分かった」
鉱夫のゾンビ達と同じく外傷がないため、顔色が悪いのと、瞳孔が開いたままなこと以外は、普通の人間と変わりはない。
「カゲツの冒険者ギルドで、鉱山の魔物退治の依頼を受け、俺達はさっそく準備を始めた。状況から判断して、レイス(生霊)である可能性が高いと考え、聖水に霊気探知の鈴、あと霊を呪縛する油を全員分用意した」
霊気探知の鈴とは、その名の通り、霊が近づくと鳴る警報装置のような物で、霊を呪縛する油とは、見えない霊にかけることによって強引に実体化させるアイテムだった。
あとは聖水をかけてダメージを与え、弱体化したところで浄化の魔術でとどめを刺す。
「あと、彼女は神官ではないが、神殿で修業を積み、過去に何度も悪霊や生霊を退治している」
ロンデルがそう言いつつ、自分の仲間の女性神聖魔術師を指さした。
ちなみに神聖魔術師とは、スキル的には神官とほぼ同じなのだが、神殿に属していない者達のことである。
あと、同じ能力を持った人の事を治癒魔術と呼んだりもした。
「い、一応警戒はしていたのですが、全く何も感じませんでした」
冒険者というよりは女忍者のような雰囲気の彼女が、申し訳なさそうにそう答えた。
「臭いは?」
「それに関しても何も感じなかった」
「これは厄介ね」
そう言ったのはシラクサだ。
シーフである彼女は、隠れた相手を探したり、自分が身を隠して敵に近づいたりする専門家だ。
姿が見えず、臭いもなく、気配すら感じさせない相手など、存在しないのと同じだ。
「敵から攻撃されるまで、何もできないなんて」
「それなら簡単だ」
真一がそう言うと、皆が彼に注目した。
「こいつを囮にして敵をおびき出し、出てきたところをミントさんが浄化すればいい」
もちろん「こいつ」というのは阿左美だ。
「ち、ちょっと先生、何言ってるの?!」
当然、慌ててそう抗議する。
「お前の取り柄は、馬鹿なことと頑丈なことだろう」
「ば、馬鹿なことは取り柄なの?!」
「当たり前だ。ちょっとおだてれば何でもヒョイヒョイと言いなりになる。扱いやすいこと、この上ない」
「め、滅茶苦茶馬鹿にされている気がするんですけど?!」
「…………」
いつものこととはいえ、笑えないコントを始めた二人を、仲間達は無言で見つめている。
「真一殿、囮作戦は良いけど、敵が同時に広範囲を攻撃できる魔物だった場合はどうするのだ?」
ヴァレリアンがそう言った。
「まあ、その可能性が高いな」
そして、それをあっさりと肯定する真一。
「そうでなければ、三十人の鉱夫はもちろん、プロの冒険者のパーティーを一撃で全滅させることはできない」
「じ、じゃあ、今の作戦は?!」
「もちろん冗談。言ってみただけだ」
「ひっどぉ~い!!」
怒る阿左美を無視して、真一が考え込む。
「今の話をまとめると、敵は悪霊の類じゃないな」
「では、ヴァンパイアか? しかし、ヴァンパイアは蝙蝠などの動物に化けたり、影に溶け込んだりはできるが、一度に複数の人間の精気を吸い取ることはできないぞ」
「ロンデルさん、もちろんヴァンパイアでもないぞ」
「何だと?」
ゾンビになってしまったとはいえ、彼らは冒険者としては真一達よりもはるかに経験を積んだベテランパーティーだ。
その彼らが準備万端整えて挑んだというのに、手も足も出せないどころか、存在を感じることすらできなかったというのに。
「まあ、化学教師を甘く見るなってことだ」
そう言うと、真一がニヤッと笑った。
今日はもう遅いので、真一達は死者の神殿で一泊することになった。
神殿の敷地内には、遠方から参拝に訪れた信者達用の宿泊施設もあり、今は誰もいないので貸し切り状態だ。
その建物は木造二階建てで、一階が食堂になっている。
「街の宿屋のようなおもてなしはできませんが」
日が暮れ、彼らが食堂に集まると、ジョニー神官がそう言った。
広いその部屋には十人掛けのテーブルが六個並んでいるが、当然、彼ら以外に客はいない。
「随分ご機嫌だな」
そう言う真一の隣で、阿左美がテーブルの上に突っ伏している。
どうやら空腹すぎて、活動限界の下限を切ってしまったようだ。
「具材は全て、この神殿で獲れたものばかりです」
まだゾンビ騒ぎの解決には程遠いが、とりあえず、それに向けて一歩前進したことがよほどうれしいのだろう。ジョニー神官は妙に浮かれている。
「さあ、遠慮なくどうぞ」
彼がそう言うと、タンクトップにホットパンツ姿の女性神官達が、料理と飲み物を運んできた。
おお……これは……。
彼女達が皿を置くために前かがみになると、正面から見事な谷間が見える。
「うわぁ~、普段は偉そうなことばかり言ってるくせに、エロそうな顔」
机の上に置いた頭を横に向け、阿左美がジト目でそう言ってくる。
「フンッ、何とでも言え」
料理はパンと野菜スープ、あと焼いた肉と魚という、シンプルな物ばかりだった。
あと、飲み物は酒類がないため、水に果実の汁を混ぜた薄口のジュースと山羊の乳のどちらかを選べる。
「ところでマカベ様」
ジョニー神官が質問をしてきた。
「何です?」
「実はずっと気になっていたのですが、お二人は、どちらからおいでになったのですか?」
どうやら真一と阿左美の服装を見て、そう感じたのだろう。
まあ、それは当然だろう。この世界には白衣もなければブレザーもないのだから。
「東方だ」
とりあえず、お約束としてそう答えておく。
「ほぅ、そうですか。それで、何故このような大陸の中央までおいでになったのですか?」
「冒険者になりたくてな」
「なるほど……」
彼は会話を広げていきたいようだが、真一がぶっきらぼうな回答しかしないため、すぐに尻すぼみになる。
「フゥ、俺はこいつの付き添いだ」
下手にしゃべりすぎるとボロが出るが、逆に冷たくあしらいすぎると、逃亡中の犯罪者と勘違いされるかもしれない。
彼は今のところ、自分が異世界召喚された勇者だということを公表するつもりはなかった。
この世界の歴史、文化、風習等を十分理解してからでなくては、どのようなリアクションがあるか分からなかったからだ。
千年前に魔王ボルテッカーを倒した偉大な先代勇者。
対して、今回召喚されたのは女子高生だ。
常識的に考えれば、まず信じてもらえないだろうし、それどころか詐欺師、ペテン師と罵声を浴びせられ、石を投げつけられるかもしれない。
いくら出来の悪い教え子とはいえ、阿左美をそのような目に遭わせるわけにはいかない。
「こいつは、とある名家の令嬢でな。見ての通り、かなりやんちゃなんだ。そしてある日、大陸中を見て回りたいと騒ぎ出して、期間限定でそれを許されたんだ」
「なるほど……どうりで…..」
どうりで……の後が何となく気になるが、口に出して言わなかったところを見ると、褒め言葉でないことは間違いない。
「俺は、こいつに学問を教えていたのだが、一人で旅をさせるのはさすがに心配だから、ついて行ってくれと頼まれたのだ」
「それは、お気の毒に」
「ち、ちょっと、何か引っかかる言い方なんですけど!!」
肉にかぶりついていた阿左美が抗議の声を上げるが、真一とジョニー神官は聞こえないふりをした。
それからしばらく食事が続く。
量も味も今一つだったが、無料なので文句は言わない。
「さて、それではここで、我が神殿の神官達による演奏と踊りを披露したいと思います」
皿の上から料理がなくなった頃、ジョニー神官がそう言った。
そして、若い神官達が踊りながら食堂に入ってくる。
男四人に女四人の計八人で、軽快なステップを踏みながらクルクルと回りだした。
「北欧の民謡のようだな」
それを見て、真一はそう感じた。
演奏をしている楽器も、微妙に形は違うが、どれも西洋楽器に似ている。
「フッ、まだまだね」
腕を組んだ阿左美が、生意気な感想を口にした。
「この踊りや曲は何か意味があるのか?」
真一がミントにそう聞いた。
「そうですね。リズムはかなり違いますけど、神事の時に演奏される曲に似ています」
「お経のロックバージョンみたいなものか」
「そう考えると、物凄く罰当たりに聞こえるね」
彼女の説明に、真一と阿左美が複雑な表情になった。
そもそも服装も神官としては色々問題があるのだが、こちらは正式な神官服らしいので、第三者がとやかく言えるはずもない。
「続きまして、当神殿の歌姫の登場です」
曲が終わると、八人の神官が退出していき、代わりにチャイナ服のような神官服を着た妖艶な美女が入ってきた。
曲がスローテンポに変わり、今度は踊りではなく歌が披露される。
「神の教えなんか信じない、私が信じるのはあなただけ~」
「良いのか、現職の神官がこんな歌詞の歌を歌って」
「神像の影であなたと熱いキスをするぅ~」
「何でわざわざそんな場所で」
真一にはギャグにしか聞こえなかったが、ミント、ヴァレリアン、シラクサはウットリと聞き入っていた。
どうやら、この世界では今、ちょっと背徳的(背神的)な歌が流行しているようだ。
「あなたの愛さえあれば~、私は魔王すら怖くはない~」
「クッ、せ、先生、私、笑いをこらえるのが限界なんだけど……」
肩をプルプルと振るわせつつ阿左美がそう言う。
「我慢しろ。見ろ、ミントさんなんか感動して涙ぐんでるぞ」
空気を読めと、真一が阿左美をたしなめる。
こうして夜が更けて行った。




