第23話 野生ゾンビと人造ゾンビ
真一たちは、ポリネ村の宿屋に移動すると、夕食をとりつつ作戦会議を始めた。
「憶測は排除し、確実な情報だけをまとめるぞ。」
当然のように真一が仕切る。
「一週間ほど前から村の東側でゾンビが目撃されるようになった。そして群れを成したゾンビがうろついたり、森で木の実を採っていた村人がゾンビに追いかけられたりしている。」
「これまでよく村に被害が出なかったものだな。」
そう言ったのはヴァレリアンだった。
騎士である彼女は、基本的に困った人を放っておけない。
おそらくゾンビを見かけたら、問答無用で剣を抜いて切り掛かっていくことだろう。
「団体行動をとったり、村人を追いかけたりしたというのが事実なら、これは野生のゾンビではなく、何者かによって人為的に作られた可能性が高い。これで間違いないんだな、ミントさん。」
「野生と人造ゾンビ?」
抜けた感想を口にしているのは、彼の隣で呑気に晩飯をパクついている召喚勇者、早瀬 阿左美だ。
「はい。自然発生したゾンビには、意思や知性はありませんから。」
勇者神殿の士官であるミントがそう答えた。
「地理的には、この村の東側には死者の神殿がある。」
「まさか、その神殿がゾンビの発生源だったりして。」
シーフのシラクサが葡萄酒をチビチビと飲みながら、そう言った。
「過去にそんな事件とか事故はあるのか?」
真一がそう聞くとミントが
「確かに、大きな戦の後に、大量の魂が近隣の死者の神殿に殺到して、神官が過労死したとか。そして、その神官がゾンビになって神殿内をうろついたという話は、聞いたことがあります。」
「……嫌だな、それは。」
「もちろん、それに気付いた他の神官が、すぐに処置をしたそうですけど。」
「ちっ、仕事増やしやがってって感じだね。」
「早瀬、お前は黙って飯食ってろ。」
「ひっどぉ~い!!」
「なんにせよ、もし神殿でゾンビが発生しても、すぐに対処は可能ということだな、ミントさん?」
「はい。神官が全員一斉にゾンビにでもならない限りは。」
「……一応、最悪のケースとして考慮しておくか。」
「先生、先生、ハチミツ酒注文してもいい?」
「まあ、タダだから構わんが、飲みすぎるなよ。」
「やったぁ~!! マスター、ハチミツ酒ちょうだい!!」
阿左美が宿屋の店主の方に駆け寄っていく。
宿の宿泊料と食事代は、村長持ちなのだ。
もちろん無期限・無制限というわけではない。ゾンビ退治の成果が上がらなければ、すぐに有料に切り替えられるだろう。
「ゾンビを浄化(成仏)以外で退治する方法は?」
「はい。首を落とすか、手足をバラバラにすれば、基本的には動かなくなります。」
神官としては極力そのような方法はとりたくないのだろう、ミントが渋い表情でそう答えた。
「ミントちゃんは、ゾンビを成仏させることはできるの?」
ハチミツ酒の瓶を両手に持った阿左美が、戻ってきてそう言う。
「はい。神官でしたら、どこの神殿でも治癒と浄化の魔術は最初に教わりますから。ただし、やはり浄化は死者の神殿が一番得意です。」
「餅は餅屋と言うやつか。」
ゾンビの首や手足を切断して身動きが取れなくしても、おかしな表現だが、ゾンビ自体は生きているのでモゾモゾとうごめき続ける。
いずれ腐敗が進み、骨になるまで数日から数週間はその状態が続くわけで、正直言って不気味だ。
「神官として、死者をそのような状態で放置するのはちょっと……。」
「まあ、そうだろうな。で、ゾンビに有効な武器とか道具はあるのか?」
「武器は刺突武器よりも、斧や大剣の方がいいだろうな。」
そう言ったのはヴァレリアンだ。
確かに彼女の言う通り、生きている人間のような急所がないゾンビには、弓矢や槍はあまりダメージを与えられないのだろう。
「道具としては、神殿で作られる、浄化の魔力を込めた聖水が有効です。」
「それって……。」
「私も一応、持ち歩いてはいます。」
そう言ってミントが愛用の肩掛け鞄から小瓶を三本取り出した。
「これは呪いの武器で負った傷にかけたり、飲ませたりすることによって、その効果を打ち消すことができます。あと、ゾンビなどのアンデッドにかけたり飲ませたりすると、浄化することができます。」
「ゾンビに飲ませる?」
「はい。かけても浄化はできますが、かなり量が必要になります。しかし、飲ませることができれば、この小瓶一本で十分です。」
真一と阿左美は、ゾンビに聖水の小瓶を飲ませる光景を想像してみた。
死体を押さえ込んで、強引に小瓶を口に突っ込む。
「なかなか大変そうだな。」
聖水を自分の口に含んで、ゾンビに口移しをする。
「こっちまでゾンビになりそう。」
ちなみにゾンビは痛みなど感じないため、肉体的なリミッターがない。
しかし、筋肉が破損したり腐っていたりすれば、もちろんそれを動かすことはできない。
これまたおかしな表現だが、健康なゾンビほど元気でパワフルなのだ。
「よし、ここは勇者である阿左美に任せよう。」
「任せないでよ、皆で頑張って何とかしようよ!!」
「俺に任せたら、全部燃やすぞ。」
「一応、火葬も浄化としてはありですけど。」
最後にミントがそう言った。
ポリネ村に到着した翌日の朝、真一たちはさっそくゾンビの捜索を開始した。
まずは、ゾンビの群れが腐らせた草地を見に行く。
そこは膝ぐらいまでの高さまで育った草が生えていたが、あちらこちらでそれが枯れている。
「ミントさん、どう?」
枯れた草とその周辺に手をかざして目を閉じていた彼女に、遠慮がちに真一が声をかける。
「少し日にちが経っているので、分かりにくいですが。」
どのみち、ここだけ枯れているというのは普通ではない。
「エリチンはどうだ?」
植物に関して言えば、エルフである彼の方が詳しい。
超ムキムキマッチョボディーではあるが、彼は一応種族的にはエルフだ。
エリチンは普段は目深に被っているフードを外すと、その場で片膝をついた。
金髪美形で尖った耳、顔だけ見れば立派なエルフだ。
「確かに、この枯れている草たちは毒に侵されているな。ただし、呪いの類ではないので、雨風で薄れて、しばらくすれば元に戻るだろう。」
「そうか……。」
そう言いつつ、真一が周囲を見回す。
広い草地の中で、この付近だけ草が踏みつけられている。
一部では、草が抜かれたり、石が積み上げられたりしていた。
明らかに、ゾンビたちはここで何か目的をもって作業をしていたのだ。
「足跡は?」
草地には、ゾンビたちが通ったルートに沿って草が踏まれている。
それを伝って行くと、ポリネ村と死者の神殿をつなぐ道につながっていた。
そこからは人馬の足跡や馬車の轍に紛れて、どちらに向かったのか判別ができない。
「よし、次は村人が追いかけられた森に行ってみよう。」
そこは、ここからでも見えるほど近い場所だった。
そして、今度もエリチンが活躍する。
「その追いかけられた村娘は、ここで胡桃を拾っていたようだな。」
彼が地面に残された足跡と、折れた木の枝や踏まれた草などを調べつつ、そう言う。
「そして、こちらから近づいてきたゾンビに気付いて、村に逃げ戻った。」
今度は、少し離れた茂みへと移動し、ゾンビの足跡を見つける。
「あれ? ねえ、これ見て。」
最初にそれに気付いたのはシラクサだった。
彼女は近くの木の側をぐるぐると回っていたのだが、何かを見つけたようだ。
「どうした?」
「これって何の足跡かな?」
「足跡?」
皆がゾロゾロと集まってきて、彼女の指さした場所を見た。
いや、阿左美だけは拾った胡桃を割って食べようとしている。
「猪だな。それもかなり大きい。」
エリチンが一目でそれを見抜いた。
「……。」
真一が少し後ずさりし、村娘が立っていた、今は阿左美が胡桃を拾っている場所と、ゾンビが出現した場所、そして猪の足跡を順番に見る。
今、阿左美が立っている位置からは、猪のいた場所は太い木の幹の影になって見えない。
しかし、ゾンビの位置からは見える。
「先生、これ割って。」
腕を組んで考え込んでいる彼に、阿左美が近づいてきてそう言った。
「エリチンに頼め。」
「はぁ~い。」
「真一殿、何か気になることでも?」
彼の様子に気付いたヴァレリアンがそう聞いてきた。
「ああ、まだ予測でしかないが、これを確かめるには、死者の神殿に行く必要があるな。」
そう言うと、彼は東の方に目を向けた。
ここからでは直接は見えないが、距離的に今から向かえば昼頃には着けるはずだ。
その彼の背後では、エリチンが人差し指と親指で軽々と胡桃を割っていた。
真一たちは村には戻らず、そのまま死者の神殿に向かって前進した。
今日は天気は快晴で、ところどころに秋特有のうろこ状の雲が浮かんでいる。
周囲はほとんど起伏がなく、見渡す限り草地と林しかない。
そのような中、小高い丘の上に石造りの神殿が見えてきた。
勇者神殿に比べればかなり規模は小さいが、周囲を高い塀に囲まれた、一見すると砦のような造りになっている。
「あれ、おかしいですね。」
最初にそれに気付いたのはミントだった。
「どうした?」
「神殿の門が閉じています。」
「それって何かおかしいの?」
彼女の隣を歩いていた阿左美がそう聞く。
「何か事件でもない限り、神殿は夜以外は門が開いています。」
「ミントさん、門を閉じていると死んだ人の魂が入れないとかあるのか?」
そう質問をしたのは真一だ。
「いいえ、それは関係ありません。夜に亡くなる人もいますので。」
「じゃあ、何かあったということだな。」
「そうですね。」
「……警戒をしつつ、このまま進もう。」
彼がそう言うと、皆が頷いた。
先頭はシーフのシラクサと騎士のヴァレリアン、次に真一と阿左美、最後尾がエリチンとミントという順だ。
神殿へと続く道の左右は背の高い草が生い茂っている。
何者かが身を伏せていても、普通の人間には発見することは困難だ。
しかし、このパーティーには、外見はともかくエルフがいる。
何者であれ、植物に触れている者がいれば、彼には分かるはずだ。
そして、道路上やその周囲に罠が仕掛けられていれば、シーフであるシラクサなら発見できる。
警戒をしつつそのまま前進を続けたが、結局のところ、門の正面に着くまで何事も起きなかった。
「着いちゃった。」
神殿というよりは城門のような、頑丈で大きな門を見上げつつ、阿左美がそう言った。
「まあ、それはいいんだけど。」
別に襲われたいわけではないので。
「おお~い、誰かいないか?!」
真一が門を叩きつつ、大きな声でそう言った。
ちなみに、門は分厚すぎて、素手で叩いても中には何も聞こえていないかもしれない。
「何で神殿の門がこんなに頑丈なんだ?」
「古い神殿は、盗賊はもちろん、魔族や魔物の襲撃にも耐えられるように設計されていますから。」
過去には、そういった者たちに襲われたことがあるのだろう。
そして、自衛のために守りを固めてきたのだ。
「おお~い!! 誰かぁ~!!」
もしこのまま返事がなければ、またエリチンに門を開けてもらわなければならない。
もちろん筋肉による力業ではなく、精霊の力を借りて門扉に使われている木材から芽吹かせ、そのまま急成長させて破壊するのだ。
「私が壁を越えて中を見てこようか?」
シラクサがそう言ってくれた。
確かに、彼女なら高い屏であっても時間をかければよじ登ることが出来る。
門を破壊するのは最終手段だ。
たまたま門の周囲に人がいないだけかもしれないし、何者かの襲撃に備えて警戒をしている可能性もある。
特に後者の場合、死者の神殿がゾンビなどの襲撃を受けた場合、門が壊れた状態でそれを迎え撃つという最悪の事態に陥る可能性があった。
「そうだな、ちょっと……。」
真一がシラクサに頼もうとした時、門の内側からガコッという重たい物を持ち上げる音がした。
「閂が外された。」
それを聞いて、エリチンがそう言った。
全員が武器を抜かずに警戒をして身構える。
さらに、開いた門の隙間からいきなり攻撃を受ける可能性もあるので、少し離れる。
しかし、そこから出てきたのは、少し露出の多い神官服姿の男だった。
ヘアバンドに半ズボンとタンクトップ、これでローラースケートを履いていたら、まるで昭和のアイドルグループだが、その神官は頭髪の薄い中年男性だったりする。
「な、何と言うか……反応に困るな。」
「これはこれは、冒険者の皆さま。」
死者の神殿の神官が、深々と頭を下げつつそう挨拶をする。
呆然と立ち尽くす一同の中で、一番最初に正気を取り戻したのはミントだった。
「私は勇者神殿の神官、ミント・アンジーと申します。」
「勇者神殿の方でしたか、私はジョニー・ゲンジです。」
二人が神殿の礼式にのっとり、お互いにお辞儀をし合う。
「あの、ジョニー神官。何故、門を閉じているのですか?」
神殿は庶民に広く開かれているべきであり、治安の悪い地域や夜間以外は、門は開放されてしかるべきだ。
まあ、確かに近くで怪しい行動をするゾンビが確認されているし、少し離れた鉱山では魔物が出現し、鉱夫たちが襲われていたが。
「……。」
ミントに質問をされたジョニー神官が、気まずそうに黙り込んだ。
やはり何か隠していて、それを冒険者たちに話すべきかどうか悩んでいるのだろう。
「少しお時間をいただいてよろしいですか?」
そして、どうやら話すことにしたようだ。
そう言うと、真一たちを案内して神殿内へと入っていった。




