第22話 ゾンビ
カゲツの街には門がないため、いつでも誰でも出入りは自由である。
現に、夜中でも人の行き来があるため、24時間営業の店も少なくない。
「冒険者ギルドはこっちだよ」
シラクサの案内で、道幅の広い大通りを進んでいく。
ここは、荷物を積んだ大型馬車が4台並んで走れるほど広いメインストリートの左右に、ズラリと宿屋や商店が並んでいた。
美味しそうな匂いがするたびに、店に入っていこうとする阿左美を引きずりつつ、真一達は冒険者ギルドに到着した。
1階が石造り、2階が木造で、1階が食堂と受付、2階が宿泊施設という、お約束の造りになっている。
両開きの扉を開けて中に入ると、そこには20個ほどのテーブルが並んでおり、いかにも冒険者といった感じの格好をした男女が、くつろいだり食事をとったりしていた。
「まずは依頼書の確認だ」
「ええ~っ、先生、お腹減ったぁ!!」
「我慢しろ。あとで肉を食わせてやるから」
「肉っ?!」
普段は固いパンと味の薄いスープという、一番安い定食ばかりなので、彼女の瞳が輝いた。
そしてそのまま、受付前の壁に貼られている依頼書コーナーへ駆け寄っていく。
「極端な奴だ」
「なんだかんだ言って、シンイチってアザミに甘いよね」
シラクサが呆れながらそう言う。
「まあ、頭の悪い子ほど可愛いって言うからな」
正確には「出来の悪い子ほど可愛い」だが。
全員で依頼書を手分けして見ていく。
「できれば、アバトの街に向かう隊商の護衛だ」
「と言うが、やっぱり田舎行きばかりだな」
ヴァレリアンが顎の下に右手を当てつつそう言う。
「駄目なら、アバト方面の依頼なら何でもいい」
「……では、これなんかどうだ?」
そう言ってエチリンが1枚の依頼書を指さした。
「どれどれ……」
真一がそれを壁から剥がして読む。
それは魔物退治の依頼書だった。
近くの鉱山に魔物が出現し、30人近くの鉱夫が命を奪われたらしい。
その魔物を退治してほしいというもので、報酬は金貨50枚。
先日の盗賊退治の報酬が、盗賊50人で金貨20枚だったのに比べると2.5倍だ。
基本、この世界の報酬の額は依頼の危険度に応じて高くなっていく。
魔物が1匹なのか、それとも群れなのか分からないが、かなりヤバい内容だということは分かった。
ちなみに、魔物の正体や数が分からないのは、その姿を目撃して生き残った者がいないためだ。
「こ、これは……ちょっとあれだな」
「確かに、かなり危険そうだが」
ハッキリ言って、真一達、召喚勇者のパーティーはかなり強い。
実際に50人の盗賊を、こちらは損害なしで一方的に討伐している。
だが、魔物相手の戦いは全員未経験であり、ましてや場所が狭くて暗い鉱山だ。
「これを見てみろ」
真一が依頼書の端を指さした。
「う~む……依頼日……1カ月前か」
これほどの高額報酬にもかかわらず、1カ月間達成されていない。
つまり、ハードルが高すぎて誰も受けていないか、何人かチャレンジしたものの返り討ちに遭ったかだ。
「やっぱり止めておこう」
「うむ、分かった」
フゥと溜息をついてから他のメンバーを見ると、ミントが真剣な表情で依頼書を睨みつけていた。
「どうした、ミントさん?」
「あっ、シンイチ様」
「何か、気になる依頼があったのか?」
そう言いつつ、彼女が見ていた依頼書を読む。
「ゾンビ退治……」
この近くの村の周辺にゾンビが出現しているらしい。
土地を腐らせたり、村人を追い回したりして迷惑だから、何とかしてほしいという依頼だ。
「ミントさん」
「はい、何でしょう?」
「この世界のゾンビって、人を襲ったり、噛みつかれたら人もゾンビになったりするのか?」
「確かに、ネクロマンサー(死霊使い)の魔術で造られたゾンビは凶暴で、命令されたら人を襲いますけど、基本、ゾンビは無害ですよ。少し臭いますけど」
「無害なゾンビ……」
魔力が満ちたこの世界では、死んだ人をきちんと葬儀しないと、たまにゾンビになるらしい。
それは主に、山奥で遭難したり、病気にかかって人知れず亡くなったり、盗賊や魔物に殺されて放置された亡骸だ。
ただし、死体が動き出したからといって、何か目的や、やりたいことがあるわけではないので、人を襲ったりはせずにウロウロと歩き回るだけらしい。
そもそも、魂が体から抜け出ているため、意思そのものがないのだ。
まあ、どんどん腐敗が進んでいくので、歩いたルート上に身体のパーツがポロポロと落ちていたり、周囲に腐臭が立ち込めたりするが。
衛生上とてもよろしくないので、それが原因で疫病が発生することがあり、人に直接危害は加えないが、ゾンビは早期に駆除するというのがこの世界の常識だった。
「過去には、村の井戸にゾンビが落ちて使えなくなったこともあったそうです」
「確かに、それは迷惑だな」
おそらく、その村の近くで人知れず死んだ人がいて、それがゾンビになったのだろう。
「報酬は……金貨3枚か」
それが相場として高いのか安いのかは分からないが、襲ってこないゾンビなら楽勝な気がする。
ただ、動き回る死体を捕まえて処分するという仕事を、喜んでやりたがる冒険者は少ないだろう。
それこそ、レベルの低い初心者向けのクエストだ。
「えっ、ゾンビ?」
近づいてきた阿左美がそう言った。
「懐かしいなぁ~」
「何だ、早瀬。幼馴染にゾンビがいたのか?」
「そ、そんなのいないよ!!」
「じゃあ、お前が子供の頃はゾンビだったとか?」
「そんなわけないでしょ!!」
「じゃあ、何が懐かしいんだ?」
「去年の文化祭ですよ。私のクラスはダンスしたじゃないですか!!」
「ああ~、マイ〇ル・ジャク〇ンのスリラーか」
キング・オブ・ポップスと呼ばれた世界的大スターが1983年に発表したダンスミュージックで、ゾンビ達がキレッキレのダンスをしたミュージックビデオが有名だ。
1年生の時、阿左美のクラスは、文化祭で全員でそれを踊ったのだ。
ゾンビの仮装をしたクラスメイト達の中心で、一人だけ赤いジャンパーを着て顔を黒く塗った彼女が踊りまくっていた。
「それで、ミントさんはこの依頼を受けたいのか?」
真一が彼女の方に向き直りつつそう言った。
「はい、私も神官の端くれですから」
まあ、確かにそうだ。
あんまり神官らしい仕事をさせてあげていないし、たまにはいいか。
「よし、これを受けよう」
こうして、新たなクエストに挑むことになったのだった。
カゲツの街に到着した日の夕方
ゾンビ退治の依頼を受けた後、約束通り焼肉定食を食べ、真一達はゾンビが出現するポリネの村に移動をした。
徒歩5時間ほどで到着した頃にはかなり日が傾いていたが、とりあえず村長の家を訪ねておく。
「冒険者の方々ですか!!」
よほど不安だったのだろう。彼は真一達を見ると、大喜びで家に招き入れてくれた。
「ありがとうございます。本当に、もう不気味で怖くて、皆、怯えておりました」
真一達がテーブルを囲むように椅子に座ると、お茶やお菓子が次々と出てくる。
「それで村長、具体的にどのような被害が発生しているのか教えてください」
彼がそう切り出すと、「ええ、それはもう恐ろしいことが起こっています」と村長が説明を始めた。
「先週ですけど、村の東側の野原にゾンビの群れが現れまして、何かウロウロとしていたのですが、夕方には姿を消してしまいました」
「群れ?」
「はい。たまたま近くを通りかかった村の者が見ていたのですが、10体ほどいたそうです」
おかしい。
ミントの話では、ゾンビには知能がないはずだ。
つまり、集団行動をする必要もないということになる。
要するに、孤独を感じて寂しがったり、群れをなして安心したりするような心理や感情はないし、集団で何かを成すような知恵もないはずなのだ。
「それで、翌日、そのゾンビ共がいた場所を調べに行ったら、草花が枯れて土が腐っていました」
「まあ、ゾンビがうろついていたのなら、そうなるだろうな」
腐肉と一緒に、いろいろな菌などもばら撒かれていたはずだからだ。
「あと、これも東側の森の中で、木の実を採っていた村の若い娘がゾンビに追いかけられたとか」
「追いかけられた?」
やはり、ただのゾンビではないようだ。
死霊使い(ネクロマンサー)によって生み出された人造ゾンビという可能性が高くなってきた。
しかし、そうだとすれば、一体何の目的で、何をやっていたのだろうか?
今のところ村人に実害は出ていないようだが、今後もそうだとは限らない。
「なんにせよ、村の東側ばかりなのですが、よくゾンビが目撃されているのです」
「東側ねぇ~。そちらに何かありませんか? 墓場とか廃城とか洞窟とか」
「いいえ。少し行ったところに死者の神殿があるぐらいで」
「死者の神殿か」
死んだ人の魂があの世に行くために通る場所だ。
「ミントさん、どう思う?」
真一が彼女にそう聞いた。
「死者の神殿の神官は、私達よりも死霊やアンデッドに対して知識が豊富で、対処する方法も知っているはずです」
「しかし、現実にはゾンビ達が野放しになっている」
「はい。あの、村長さん」
「何でしょうか、神官様?」
「最近、誰か死者の神殿に行かれた村人はいますか?」
「い、いいえ。怖くて怖くて、誰も村の東側には出かけなくなりましたから」
「そうですか」
「何にせよ、幸い、今のところ村の者に被害は出ていませんが、それもいつまでもつかどうか」
村人に何かあってからでは手遅れなのです、と村長が言った。
「明日の朝から、さっそく調べてみよう」
真一がそう言うと、一同が頷いた。
「よろしくお願いします。宿泊は村の宿屋をお使いください。宿代は結構ですので」
「それは助かる」
これで寝るところと食べ物は確保できた。




