第21話 北を目指して
第2部の始まりです。
残念異世界召喚女子高生勇者一行が北を目指して旅をして行きます。
そこは不気味な沼地だった。
低地であるため、水が流れ込んでもどこかに抜けることがなく、そのせいで木が枯れ、土が腐っている。
空気まで、よどんでいるその不気味な地に迷い込んだ生き物は、皆、泥濘に足を取られ、体力を奪われた挙げ句、最後は沼に沈んで命を奪われてしまうのだ。
そのような自然の墓場のような場所で、何かが動いていた。
いや、本当に動いているのか分からない。
なにせ、目に見えないのだから。
ただ、正体不明のそれに不用意に近づいた羽虫が、ポトッ、パタッと落ちて、もがき苦しむ。
まるで殺虫剤を吹きつけられたような感じだ。
それは風に流されて移動をしていた。
意思は感じられない。そもそも、存在すら感知できない。
だというのに、確かに存在している。
そして、近づく者の命を吸い取る。
それは、そういう何かだった。
トール領における盗賊討伐クエストを終えて3日後。
真一達勇者一行は、北を目指して街道を歩いていた。
ひたすら続く草原と森、そして遠くに霞んで見える山脈。
元の世界でも北海道などに行けば見られる光景だが、一つ違うのは、その山脈だ。
視界の右端から左端にかけて、途切れることなく延々と続いている。
「あれが、城壁山脈なのか?」
彼が隣を歩くマッチョエルフ、エチリン ボデーにそう聞いた。
「ああ、そうだ。魔界と人界を隔てる巨大な壁だ」
まだかなり距離があるため計りようがないが、おそらくヒマラヤ山脈のような、人間の足では踏破困難なほど標高が高いのだろう。
「あれほどの山脈があるということは、この世界にも大陸プレートがあるということだな」
「何それ、先生?」
彼の後ろを退屈そうについて来ていた、一応は勇者と言う事になっている、早瀬 阿左美がそう聞いてくる。
「日本がなぜ地震が多いか、授業で習っただろう」
「ナマズが多いからでしょ」
「それは地震が起こる前に活動が活発になるからだ。別にナマズが原因ではない」
これは、ナマズは川底などの泥の中に身を隠しているため、微弱な揺れや地震前の電磁波などを感じているからだと言われている。
「大陸移動説は習っただろう?」
「何を言ってるの、先生。大陸が移動なんかするわけないじゃん」
「こ、こいつ、アルフレート・ヴェーゲナーに謝れ!」
※アルフレート・ヴェーゲナー。ドイツの気象学者で、1912年に大陸移動説を発表した。
「俺達が暮らしているこの大地は、少しずつ移動、いや、ズレていると言うべきか。何にせよ、年に数センチずつ動いているんだ。そして何千万、何億年という年月をかけて、引き裂かれたり、ぶつかり合ったりしている」
真一が、両掌を指先からゆっくりと近づけていくと、接触させて盛り上げた。
「こうして山脈が生まれる」
「へぇ~、私は山って火山の噴火でできるんだと思っていた」
「そういう山は確かにあるが、それだと、ああいった長く連なる山脈の説明がつかないだろう」
「いいえ。防壁山脈は、神が人と魔族を分かつために築いたのです」
勇者神殿の神官、ミント アンジーが、いかにも神職らしいことを言うが、まあ、地球でも昔は似たようなものだったので、馬鹿にすることはできない。
それに、ここは異世界である。
絶対に間違っているとも言い切れなかった。
「まっ、どうでもいいや。それより先生、お腹へったぁ~」
「その辺の草や石でも食べてろ」
「ええ~っ、ひっどぉ~い!」
真一達がなぜ、このような場所を歩いているのか? そして、どこに向かっているのか?
それは3日前、トール領における盗賊退治を終え、女騎士ヴァレリアンとシーフのシラクサ インカラを正式にパーティーメンバーに迎えた後の、この会話から始まる。
「ヴァレリアン、この近くで一番大きな街はどこだ?」
冒険者ギルドの食堂で、真一が彼女にそう質問し、
「それなら、ここから北に10日ほど歩いたところにあるアバトという街だろうな」
と、女騎士ヴァレリアンが答えた。
「先生、その場所に何かあるの?」
召喚勇者の阿左美が固いパンを齧りつつそう聞くと、真一が、
「人が多ければ情報が集まる。あと、ギルドに対する依頼も多いはずだ」
「そうですね。この街では盗賊関係の依頼ばかりでしたし、それも今回解決してしまいましたから、仕事がないのですよね」
勇者神殿の神官であるミントがそう言った。
つまり、ここトール領にいても、財布の中身が減るだけで収入がないということだ。
今回の盗賊退治で少し金銭的に余裕ができたが、そのぶんパーティーの人数も増えている。
先のことを考えて先手を打っていかなければ、いつまた極貧生活に戻るか知れたものではない。
そこで真一は、人口が多い都市を目指すことにしたのだった。
本来であれば、街と街を結ぶ路線馬車に乗って移動するところだが、乗車代は高いし、移動中は一切収入がない。
そこで途中で仕事(依頼)を探しつつ、徒歩で移動することにしたのだった。
そして3日目。
一行は、トール領シンインの北にあるカゲツという街の手前まで来ていた。
「あれがカゲツの街よ」
パーティーメンバーの中で最も旅や冒険をした経験が豊富なシラクサが、前方を指さしつつそう言った。
カゲツの街は、街道に沿って細長く伸びる宿場街で、宿屋や食堂はもちろん、旅に必要な食料や道具を扱う商店も多く軒を連ねている。
ここはいくつかの街道が交わる交通の要衝で、大きな川もあるため、船着き場まであった。
「やった、今夜はベッドで寝られる」
阿左美がはしゃぎながらそう言う。
トール領シンインの街を出発してから、彼らは農家の納屋に泊めてもらったり、野宿をしたりしてきたのだ。
特につい二週間ほど前まで普通の女子高生だった阿左美には辛い体験だ。
と、言いたいところだが、傍で見ている限り、文句は言うが何でもよく食べるし、どこでもすぐに寝るので、旅を満喫しているようにしか感じられなかったが。
「シラクサ、ここにも冒険者ギルドはあるのか?」
「あるよ。隊商の護衛の依頼なんかがたくさん」
「いいな。できれば(目的地である)アバトまで行く隊商があれば、少しくらい報酬が安くても受けよう」
そう言う真一の横を、荷物を満載した荷馬車がゴトゴトと追い越していく。
「まあ、大きな街をつなぐ街道は治安が良いから、護衛の依頼は少ないけどね」
「まあ、そうだろうな」
どちらかと言えば、護衛の依頼は、盗賊や魔物が出る田舎や辺境に向かう隊商が雇うものだ。
街道を行き来する人々の中には、彼ら同様、旅人や冒険者らしい者もかなりいた。
「仕事の依頼も多いが、ライバルも多そうだな」
「それは仕方がないよね」
街から出てきた馬車には家族連れが乗っていた。
荷台が空になっているところを見ると、近くの農場から納品をしに来た帰りだろう。
中年の夫婦と、その息子が二人で、街で買った飲み物の瓶を回し飲みしつつ笑っている。
しかし、その表情が引きつって黙り込んだ。
その視線が、真一達のパーティーにいる一人の男に集まっている。
マッチョエルフのエチリンだ。
外套で全身を覆い、顔はフードで隠しているが、千年間鍛え続けてきた巨漢自体は隠しきれない。
知らない者が見れば、小柄なオーガだと勘違いをする。
もしも、その周囲に真一達がいなければ、すぐに完全武装の警備兵達が殺到してくるだろう。
「気を悪くするなよ」
家族連れの馬車とすれ違ってから、真一が彼に小声でそう言った。
もう、かなり慣れてきたとはいえ、彼が不快に感じたのではないかと思ったからだ。
「ふふふっ、外套ごときでは、私の筋肉美は隠しきれないようだな」
しかし、どうやらそのような心配や気遣いは全く必要なかった。
放っておけば、今すぐに外套を脱ぎ捨ててポージングをしそうだ。
ちなみに、不思議なもので、彼が時々?やるポージングは、真一達の世界で行われているものと全く同じだった。
鍛えられた肉体を誇示する体勢は、世界に関わらず、行き着く先は同じらしい。
「この街の近くには、死者の神殿があります」
そう言ったのは、ミントだった。
「死者の神殿……」
それを聞いて、真一と阿左美の頭に同じイメージが浮かんだ。
枯れた木と荒野、紫色の毒々しい色の沼に囲まれた廃墟のような建物。
そして、空は曇り、霧が立ち込めている。
神殿内のあちらこちらには人骨が転がり、その上にカラスが舞い降りて不気味な鳴き声を上げる。
「あそこのお土産の、骨の形の焼き菓子はとっても美味しいんですよ」
「えっ……お土産? 焼き菓子?」
先ほどの禍々しく毒々しいイメージに、甘い香りのお菓子を売る出店が加わる。
「それと、死者の神殿の神官服って、ちょっとエッチなんだよね」
そう言ったのはシラクサだ。
「えっ、エッチ?」
「私は行ったことはないが、噂では春には神殿の周囲が一面の花畑になるそうだな」
今度はヴァレリアンだ。
「…………」
真一と阿左美が眉間に皺を寄せ、お互いの顔を見合わせた。
「何だかカオスなイメージになったんだけど」
「ああ、珍しく俺も阿左美と同意見だ」
「ウフフ、真一様達は、もしかして死者の神殿と聞いて、墓場に囲まれた廃墟や毒の沼などをイメージされたのではありませんか?」
二人の表情を見て、ミントが笑いながらそう言った。
「すまない。その通りだ」
「死者の神殿とは、この世界で亡くなった人々の魂が、死後の世界へと旅立つ際に通る門のような場所です」
「な、なるほど」
「ですから、誰もがいずれお世話になる場所ですし、気持ちよく旅立っていただくために、美しい景色の場所に建てられていることが多いのです」
「多いです、ということは?」
「はい。大陸中にあります」
そして、死後の世界との境界にある死者の神殿では、死んだ人の魂と再会できると信じられていまして、毎日多くの人が参拝しています。
「お寺と恐山を合体させたような場所ということか」
「でも、なんでそんな神殿の神官服がエッチなの?」
阿左美が至極当然の疑問を口にする。
「それはまあ、どうせこの世で最後に見るなら……ということで」
「死んだ人へのサービスということか」
そう言う真一の顔を、阿左美がジト目で見上げている。
「何だ、早瀬?」
「先生、行きたいんでしょ?」
「興味はあるが、今はそんな暇はない」
「興味はあるんだ」
「言っておくが、神官服にじゃないぞ。死者の神殿そのものにだ」
「本当かなぁ~」
阿左美とシラクサが見事にハモりながら、そう言った。




