第19話 盗賊砦の戦い
「星の配置が全然違うな・・・でも(この世界での呼び名は知らないが)月はある」
木々の隙間から見える星空を見上げて真一がぞう呟いた。
とりあえず、その月位置を目印にして夜の森の中を彼等は進み、村を出発して一時
間後、真一たちは、それぞれの配置に到着した。
真一、神官のミント、シーフのシラクサの3人による人質救出チームの後ろには、村人が五人ほどついて来ている。
「よし、あんたたちはここで待機をしていてくれ」
真一がそう言うと、村人たちは頷き、その場に身を隠す。
そして真一は、自分達三人だけで砦へと近づいて行った。
砦の大きさは一辺が五十メートルほどの、ほぼ正方形。城壁の高さは五メートルほどで、それぞれの四隅に塔がある。
城壁の外から内側の様子は分からないが、あちらこちらに篝火が焚かれ、そこには見張りが立っていた。
砦に近づくと、男たちが騒いでいる声が聞こえてくる。
どうやら、お約束の酒宴をしているようだ。
「あ、あの、シンイチ様。どうやって中に入るのですか?」
ミントが声を潜めながらそう聞いてきた。
「まさか、城壁を魔術で吹き飛ばすとか?」
そう言ったのはシラクサだ。
「そんなことをしたら、人質まで吹き飛ぶだろうが」
もちろん、そんな単純なことはしない。
真一は城壁を見上げると、目を凝らした。
大小さまざまな岩や石が複雑に組み合って積み上げられている。
それを指さすと、頭の中だけで、パズルゲームを解くように、上下左右に無秩序に動かす。
そして、
「解けた」
と、そう言うと精神を集中した。
一際目立つ、要となる大きい石を魔術で加熱していく、そして十分に熱してから今度は風と水の魔術で表面を急激に冷やした。
急激に冷やされた表面は収縮するが、その内部はまだ高温で膨張を続けているため、石の内部に大きな応力が発生し、一気に亀裂が入り、パーンと大きな音をたてて粉砕した。
「見た目は地味だけど、凄い。」
「あんな大きな石があっという間にバラバラに。」
シラクサとミントが真一の後ろ姿を見つめつつ、そう言う。
そうこうするうちに、石が砕けてできた穴の上や左右にあった石が少しずつズレたり砕かれて行き、ガタッッ、ゴトンと連鎖しながら派手に崩れ出した。
本当の意味でパズルゲームそのものだ。
「な、何だ、地震か?!」
城壁の上で見張りをしていた盗賊が、慌てて駆け寄ってくる。
その直後、東側の城壁の大部分が一斉に崩れた。
「うわぁああああ、危ない!!」
「一体、何が起こったんですか?!」
シラクサとミントが慌てふためくが、真一だけは冷静で、満足げに腕を組んで仁王立ちしている。
「簡単だ。石組みを観察し、最も荷重がかかっている一つを破壊したんだ。」
「で、ですが、あんな大きな石をどうやって砕いたのですか?」
「基礎になる石を急激に加熱して、直後に今度は表面を急激に冷やした。」
「石を温めたり冷やしたり?それで石が割れるのですか?」
「ああ、ここの石は花崗岩や石灰岩が多く使われていたからな。」
「余計に分かりません!!」
そうこうするうちに、城壁の崩壊は終わった。
目の前には、人質たちが閉じ込められている盗賊のボスの住居がある。
さらに言うと、その建物の東側の壁は城壁を兼ねていたため、大きな穴が開いていた。
「行くぞ」
「は、はい!!」
真一にミントとシラクサが続き、三人は瓦礫の山と化した城壁を越えて、建物の中に入った。
そこには見張りの盗賊がおり、腰を抜かしている。
「な、何なんだ、誰なんだ、お前たちは?!」
「そんなこと、お前が知る必要はない」
真一は、足元に転がっていた手頃なサイズの石を風の魔術で浮き上がらせると、その盗賊の頭にぶつけた。
哀れな彼は、
「グホッ!!」
と悲鳴を上げて昏倒する。
「おい、村からさらってきた女たちはどこだ?」
額からドクドクと血が流れている盗賊の襟首を掴むと、真一がそう尋問した。
「い、いてぇ……こ、こんなに血が……」
「このままだと死ぬぞ。しかし、お前は運が良い。俺の後ろには治癒魔術が使える神官がいる」
そう言うと、後ろで呆然と立ち尽くしているミントを見せる。
「どうする。早く言わないと、出血によるショックで本当に死ぬぞ」
「で、でも……」
「そうか。じゃあ、短い余生を楽しめ」
真一がそう答えて、盗賊をポイと投げ捨てる。
「ま、待ってくれ! い、言う、言うから助けて!」
「そうか。別に無理して言わなくてもいいんだぞ」
「お願いです、言わせて下さい!!」
「じゃあ、どこだ?」
「そこの階段から降りたところに地下牢がある。村からさらってきた女共は、そこに閉じ込めている」
「そうか、ご苦労さん」
そう言うと、真一がもう一度、岩で盗賊の頭を強打して昏倒させ、そのまま階段へと向かう。
「ミントさん、シラクサ、行くぞ」
「えっ、で、でも、この人の治療を……」
「大丈夫だ。見た目は派手だが、大した傷じゃない。放っておいても、すぐに血は止まる」
「ええっ?!」
「あなた、意外とエグいね」
三人は警戒をしつつ、地下牢へと向かった。
ドンガラガッシャーンとしか文字では表現できない大音響が聞こえてきた。
砦の背後に、モクモクと土煙が上がる。
「では、参ろう」
盗賊の砦の正門前で身を隠していたヴァレリアンがそう言うと、立ち上がってレイピアを抜いた。
その後に、阿左美とエリチンが続く。
「シンイチ殿は、一体どのような魔術を使ったんだ? 爆発などはなかったようだが」
「あ~、先生のことだから、何か小難しいことをしたんだと思う」
全く理解できないエリチンと、少なくとも真一のことは理解できている阿左美。
「エリチン殿、あの、門を頼む」
ヴァレリアンが剣の切っ先を砦の正門……それの横にある通用門に向けた。
「任せろ」
そう言うと、意識を集中し、精霊たちに語り掛ける。
『精霊たちよ、我が言葉を聞け。そこの木に新たな生命を宿し、そして成長を促せ。さもないと、我が筋肉が黙っていないぞ!!』
直後に、正門に貼られている板からニョキニョキと芽が吹き出し、そのまま急成長を始めた。
ちなみに、彼の心の声は当然精霊にしか聞こえないので、ヴァレリアンと阿左美には何が起こったのか分からない。
ただ何となく、阿左美は半眼で冷や汗を垂らしつつ、彼を見ていた。
鉄の枠にはめられていた板が膨張し、メキメキと音を立てて裂けていく。
そして、ついに限界を超えると蝶番を破壊し、バタンッと倒れた。
「開いたぞ」
「凄い……」
驚いてばかりもいられない。
三人は一気に正門目がけて走り出した。
砦の内部に入ると、妙に視界が開けている。
「あ、あれ? 東側の城壁がない?」
しかし、その原因を考える余裕などなかった。
目の前には、何十人もの盗賊たちが呆然と立ち尽くしているからだ。
彼らは、東側の城壁が突然壊れて驚いていたのだが、そちらに向かおうとしたら、今度は正門が倒れたのだ。
もう混乱するしかない。
「な、何者だ、お前ら?!」
最初に正気を取り戻したのは、盗賊の中でも一番立派な鎧を身に着けた、ガタイの良い男だった。
まず間違いなく、彼がこの盗賊団のボスだろう。
「私は王国騎士、ヴァレリアン・ホルセット。悪党ども、覚悟せよ!!」
レイピアを顔の前で直立させた後、彼女がそう名乗った。
そして、そのまま敵中へ切り込んでいく。
地下牢の前には、やはり見張りの盗賊が二人いた。
「なんだ、お前ら?!」
階段を駆け下りてきた真一たちに気付き、剣を抜くと、二人がそう怒鳴った。
「うるさい」
しかし、直後に真一が魔術を発動すると、彼らはクルリと白目をむいて、その場に倒れる。
「あ、あの、今度は何をしたんですか?」
「風の魔術を応用して、二人の周囲の気圧を一気に下げた」
「き、気圧?」
「地上から、いきなり六千メートル上空まで瞬間移動させられたようなものだ。その急激な減圧に耐えられずに失神したんだ」
「ますます分からない」
「そんなことより」
真一は倒れた二人の盗賊を漁ると、鍵束を取り出した。
そして、側にあった頑丈な扉を開ける。
「ミントさん、あなたが入ってくれ」
「えっ? 何故ですか?」
「男の俺より女性、さらに神官のあなたの方が、きっと警戒されない」
「わ、分かりました」
そう答えると、扉を開けて地下牢へと入った。
すると、そこには十人ほどの若い女たちがおり、皆怯えて部屋の隅で一塊になっていた。
まあ、無理もないだろう。
地上であれだけ派手なことをしたのだ。ここも相当揺れたり、大きな音がしたはずだ。
「皆さん、助けに来ました」
「えっ?」
「さあ、脱出します。ついて来て下さい」
「本当に?」
「本当です。さあ、急いでください」
最初は警戒をしていたが、真一の読み通り、若い女性神官の言葉に、彼女たちが怯えつつ廊下へと出て来る。
皆、ボロボロの服で、ここでどのような目に遭わされてきたか容易に想像できた。
「二人は、この人たちを外の村人たちのところまで連れて行ってくれ」
「シンイチ様は?」
「俺はこのまま、阿左美たちと合流する」
「分かりました」
その後、地上に戻ると、そこで二手に分かれる。
「シンイチ、無茶しないでよ」
そう言うシラクサに、片手を上げて答えると、そのまま砦の広場へと駆け出して行った。
「貴様らごとき烏合の衆に後れを取る私ではない!!」
斧や剣を構えて押し寄せてくる盗賊たちを前にして、一歩もひるまず、ヴァレリアンがそう叫ぶ。
「相手は三人だ! 囲んで串刺しにしろ!!」
オオ~ッ!!
ボスの命令に雄叫びが重なる。
「ただでは死なぬ、貴様たちも全員道連れだ!!」
彼女が剣を構えた時、その傍らを突風が吹き抜けた。
直後に、盗賊たちが吹き飛ぶ。
その中心には、ひっくり返っている阿左美がいた。
「あ、あれ?」
「ううっ、途中で剣を落としちゃった」
彼女はダッシュ攻撃をしたのだが、途中で剣を放してしまったのだ。
「な、何だ、お前?!」
「この女、どこから飛んで来たんだ?」
「化物か?!」
「なんだと~、こんな可愛い化物がいるかぁ!!」
阿左美がそう言って、化け物呼ばわりした盗賊に跳び蹴りを食らわせる。
「こいつ!! やれ、殺せ!!」
今度は阿左美に盗賊たちが襲い掛かろうとする。
そこへヴァレリアンが剣を振りかざして切り込んだ。
「やらせんぞ!!」
そして乱戦になった。
阿左美がダッシュ攻撃で敵をかき乱し、ヴァレリアンが盗賊を一人、また一人と剣で突き倒していく。
彼女は無益な殺生をするつもりはなかったが、とても手加減などできる状況ではない。
一突きで相手の急所を貫き、確実に敵の戦力を減らしていく。
そんな中、エリチンは盗賊団のボスへと迫っていた。
「何者だ、お前は?」
「私はエリチン・ボデーだ」
「へっ、どうせガタイだけの木偶の坊だろうが!!」
「そう思うか?」
そう言って不敵に笑うと、エリチンがバッと外套を脱いだ。
直後に、ボスが悲鳴を上げて後ずさる。
「な、何だ、何者だ? エ、エルフ? いや、新種の魔族か?!」
「どうだ、真の筋肉美の前に恐怖せよ!!」
「確かに怖い。これは色々な意味で勝てる気がしない!!」
そして、その恐怖は伝染した。
他の盗賊たちもエリチンの姿を見て、固まっている。
ついでに言うと、それにヴァレリアンも含まれていた。
「あ~っ、やっぱりこうなったか……」
やっと余裕ができた阿左美が、自分のショートソードを拾いつつそう言った。
さらに、そこへ真一も建物のな中から飛び出してくる。
「おおっ、皆無事か?」
「あっ、先生。エリチンが脱いだら、何だか自分たちが馬鹿みたいに感じるほど、敵の戦意が挫けました」
「そうか。やっぱりそうなったか」
しかし、その時、真一が敵意に満ちた魔力を感じた。
「危ない!!」
咄嗟に阿左美を捕まえようとするが、彼女はそれを紙一重でかわす。
「危ないのは先生のその思考だ!!」
「こ、こいつ、盾の分際で!!」
そこへ、氷の飛礫が襲い掛かってきた。
仕方がないので、真一は自前で空気の壁を作り、その攻撃を防いだ。
阿左美は当たっても平気なので平然としているし、ヴァレリアンも無防備な顔を両手で庇いつつ、剣と鎧で攻撃を受け流す。
そして、無防備な野盗たちには、次々と氷の飛礫が突き刺さり、悲鳴を上げる。
「フフフ、さすがですね。この私の攻撃を一度ならず二度までも防ぐとは」
一つの塔の上に、黒いケープ姿の男が立っていた。
「やっと姿を見せたか」
盗賊団に魔術師がいることは分かっていた。
しかし、見えない敵ほど厄介なものはない。
それが、やっと姿を現したのだ。
「マカベ殿」
エリチンがそう言って、塔の上の魔術師に向き直った。
「何だ?」
「あいつは私に任せてもらえないだろうか?」
「えっ、別にいいけど」
エルフが使う精霊魔術は、支援系のものが多い。
精霊は、燃やしたり壊したりなどといった攻撃的なことを嫌うからだ。
「大丈夫なのか?」
「任せてもらおう」
ズズゥ~ン、ズズゥ~ンと足音を響かせつつ、エリチンが盗賊の魔術師へと向かっていく。
ボスも含めて生き残った盗賊たちは、皆戦意を失い、呆然とその光景を眺めている。
もしこれでエリチンが敗れれば、再び息を吹き返して襲い掛かってくるだろう。
まあ、それでも負ける気はしないが。
「フンッ、エルフだか何だかよく分からんが、いいだろう。相手になってやろう」
盗賊の魔術師がフワッと浮き上がると、ゆっくりと地面の上に着地した。
どうやら、彼は水(氷)系と風系の魔術が使えるようだ。
「では、行くぞ」
「フンッ、来い」
そこへ、人質の女の子たちを村人に預けたミントとシラクサも駆け付けて来る。
そして、何と表現していいか分からない光景を見て固まった。
「何、何、何がどうなったの?」
シラクサが阿左美に近づいてそう聞く。
「エリチンが敵の魔術師と一騎打ちするんだって」
「へぇ~、て言うか、誰、あのムキムキ?!」
その点、ミントは外套を着る前の彼の姿を知っていたので、衝撃は受けていない。
「では、行くぞ」
敵の魔術師が精神を集中し、さらに呪文のようなものを唱えだした。
「凍てつく息吹よ、刃となりて我が敵を滅せよ!!」
すると、彼の前に短剣サイズの氷が出現し、それが高速でエリチンに向かってすっ飛んで行った。
それは、甲冑すら容易く貫通する、魔力で強化された氷の刃だ。
「エリチン!!」
皆がそう叫ぶ。
彼は、この攻撃をどうやって防ぐのか?!
すると、
「ムンッ!!」
ポージングした彼に飛んできた氷の刃が直撃し、そして粉々に砕け散る。
「その程度の魔力で、我が対魔術用障壁を貫けると思ったか!!」
「……え~、障壁?」
「おのれ、この化物め! ならば、これでどうだ!!」
そう叫ぶと、魔術師が再び精神を集中する。
「雄々しき風よ、鋭き刃となりて、我が敵を切り裂け!!」
今度は、圧縮された空気が見えない刃となってエリチンに襲い掛かる。
しかし、
「フンッ! ムンッ!」
彼はポージングをして、それらをことごとく跳ね返す。
「無駄だ、我が魔術障壁は鉄壁だ!!」
「いや、絶対障壁は関係ないと思うぞ」
呆れながらそう呟く真一。
「ば、馬鹿な、鋼鉄をも切り裂く烈風の刃が防がれただと?!」
敵の魔術師は、原因は何であれ、自分の必殺技が防がれたことにショックを受けていた。
それを見たエリチンが不敵な笑みを浮かべる。
「今度はこちらの番だな」
そう言って右手を掲げ、
「我が拳に宿れ、炎の精霊よ」
と言い、次に左手を掲げ、
「我が拳に宿れ、氷の精霊よ」
と唱える。
どうやら、それぞれの拳に精霊の力を宿しているようだ。
「なるほど、考えたわね」
それを見たシラクサが感心してそう言った。
「えっ、どういうこと?」
当然、全く理解していない阿左美がそう質問をする。
「精霊って、物を壊したり、人を傷つけたりするのを嫌うんだよ。だからエリチンは、自分の拳に精霊の力を宿して、それを直接相手に叩きつけるつもりなんだ」
「えっ、それってありなの?」
「まあ、簡単に言えば、精霊はエリチンの拳と敵との間に挟まれた、みたいな感じね」
「あ~、なるほど」
納得すると、阿左美は再びエリチンに注目した。
そんな彼女の前を、両手に精霊の力を宿したムキムキエルフが、ゆっくりと歩いて行く。
「ひぃいいい、く、来るな!!」
盗賊の魔術師は完全に戦意を失っていた。
それでも次々と魔術を構成しては、彼に投げつけてくる。
その度に、
「フンッ!」
と気合を入れて、それを跳ね返すエリチン。
「無駄、無駄、無駄ぁ~!!」
「そんな馬鹿なぁ~!!」
そして、ついに目の前に到着した。
「さあ、歯を食いしばれ!!」
「やめてぇえええ!!」
「炎の精霊パァアアアアンチィ!!!」
エリチンの右手が魔術師のボディーにめり込み、
「グゥホォオオオオ!!」
と叫びつつ、その体が空中に舞い上がる。
さらに、その体が落ちてくると、今度は左手が顎を捉えた。
「氷の精霊パァアアアアンチィ!!!」
「ギャアアアアア!!」
さらに高く彼の身体が吹き飛び、そのまま塔の壁面にめり込んだ。
「いや、精霊関係ないだろ……」
「多分、精霊の力を宿さなくても結果は同じだったと思う」
真一と阿左美がそう呟いた。
ヴァレリアンは、周囲を見回した。
そして、
「貴様たち、どうする? まだ戦うか?」
と尋ねると、顔色を真っ青にした野盗たちが首を左右に振り、一斉に武器を捨てたのだった。




