第17話 盗賊のアジト
ヴァレリアンはシンインの街の中心部、領主の館の側に部屋を借りていた。
希望すれば領主の館や兵舎に住ませてもらうこともできたのだが、領主の館は、その主がやたらとせこく神経質なため、息が詰まる。
兵舎は逆に、むさ苦しい男たちがうじゃうじゃといるので心が休まらない。
そういう理由から、私費で部屋を借りることにしたのだった。
二階建てのアパートの裏庭で、阿左美は木刀を手渡されていた。
「さあ、打ち込んで来い」
その前には、同じく木刀を持ったヴァレリアンが立っている。
ちなみにミントとエリチンは、いつシラクサが戻ってくるか分からないので、冒険者ギルドで留守番をしている。
ここにいるのは、阿左美の保護者である真一だけだ。
「まて、始める前に阿左美はブレザーを脱げ。」
真一にそう言われ、阿左美が恥ずかしそうにモジモジする。
「えっ、駄目だよ先生こんなところで。」
「お約束はいいから、さっさとしろ。」
「ブゥ~、分かったよ、脱げばいいんでしょ脱げば。」
彼女が身軽になったのを確認すると、ヴァレリアンは改めて木刀を構えた。
もちろん、真一が阿左美に上着を脱がせたのは、ダッシュ攻撃をさせないためだ。
間違って依頼主を病院送りにしたりしたら、取り返しがつかない。
「これは、ちょっと握りにくいな」
カッターシャツにリボンとスカート姿になった阿左美が、片手で木刀をブンブンと振り回しながらそう言う。
その木刀も、刀の形ではなく、剣の形をしている。
そして、木刀を両手で持ち、体の正面、正眼に構え、右足を半歩前に出す。
それを見て、ヴァレリアンが表情を引き締めた。
そしてこちらは左足を半歩前に出し、足を肩幅に広げつつ、木刀を右肩に担ぐように構える。
阿左美は剣道の中段の構え、ヴァレリアンは甲冑を身に着けた騎士がよく使うスタイルだ。
お互いに、相手の動きに臨機応変に対応しやすい構えを選んでいる。
「さあアザミ、どこからでも来るがいい」
二人の間合いが少しずつ狭まっていく。
あとは、どちらかが仕掛けるだけだ。
そして、先に動いたのは阿左美だった。
「突きぃ!!」
彼女の身体が一直線に、それでいて全身のバネを使って弾かれたように、ヴァレリアンの懐に飛び込む。
「なんと!!」
これは完全な奇襲になった。
そもそも剣とは、主に振り下ろして相手に叩きつける武器である。
対して日本刀は細身で鋭いため、刺突技にも優れている。
ヴァレリアンは木刀で払うことができず、とっさに首を横にずらしてそれをかわした。
もちろん、阿左美も最初から当てるつもりはなかったが。
「それがケンドウという技か……」
彼女の技にも驚いたが、何よりも普段からは想像もできないような強烈な一撃に、度肝を抜かれた。
二人が間合いを切り、再び睨み合う。
そんな二人を、真一はアパートの壁にもたれかかりながら、腕を組んで眺めていた。
特に心配したり、どちらかを応援したりはしない。
そもそも、これは異種格闘技戦のようなものだ。
ヴァレリアンは騎士として、フルプレートアーマー(甲冑)を着た相手を倒すための剣技を身に着けている。
相手が制服姿の女子高生でも、それは変わらなかった。
対して阿左美は、武道としてスポーツ化した剣技を使っている。
これは敵を殺傷するためのものではなく、試合相手の部位に竹刀を当てて一本を取るためのものだ。
おそらく、甲冑を着た敵を殺傷するのは難しいだろう。
つまり、お互いに勝利条件が違う者同士が剣を交えているわけだ。
そりゃ、噛み合わないよな。
今度はヴァレリアンが先に動いた。
木刀を一気に振り下ろす。
阿左美は、それをパンッと木刀で払った。
それに驚いたヴァレリアンが、慌てて下がる。
そうしなければ、彼女の手首に阿左美の木刀が当たっていただろう。
剣道で言うところの「小手」だ。
ヴァレリアンも普段は細身の剣、レイピアを使っている。
彼女の力では、両手剣など重すぎて、すぐに疲れてしまうからだ。
そしてレイピアとは、突くことを主目的とした武器であり、甲冑を着た相手に対しても、鎧の隙間を狙って剣を突き刺し、ダメージを与える。
阿左美の戦い方は、そのレイピアとバスターソードのちょうど中間、ショートソード(片手剣)に似ていた。
ちなみに片手剣を使う場合は、空いている方の手に盾を持つことが多い。
この後、二人は突いたり、切りかかったりを続けた。
「よし、もういいだろう」
そして、いい加減二人が疲れ、手数が減りだしたころに、真一が割って入った。
「なかなかやるわね」
「とても面白い剣術だった。勉強になったぞ」
なんとなく青春っぽい台詞を言い合う二人。
「それでヴァレリアン、こいつに合った武器は持っているのか?」
「ああ、ちょっと待っていろ」
彼女はそう言うと、アパートの自分の部屋に戻り、一振りの剣を持ってきた。
「これはどうだ?」
それはショートソードだった。
本当は片手で使う剣なのだが、阿左美はそれを受け取ると、柄を両手で握った。
「フフフ、試しに何か切ってみたいわね」
「おい、目つきが怪しいぞ。この剣は呪われたアイテムか?」
「い、いや、私が以前使っていたもので、近所の鍛冶屋で買った物だが……」
三人が冒険者ギルドに戻った時、ちょうどヴァレリアンの依頼手続きが終わっていた。
早速、壁に貼り出される前の依頼書を、そのまま真一が受け取り、いつものスタンプを押してもらう。
依頼内容は盗賊退治。報酬は金貨二十枚。
とてもシンプルで分かりやすい内容だ。
さらに昼食を取っていると、シラクサが戻ってきた。
「ハァ~、疲れた」
そう言う彼女にも昼食を注文し、それを食べながら報告を聞く。
シラクサは昨日の夜から警備隊の砦を見張っていた。
この砦には裏口がないので、正門前の草むらに身を伏せる。
すると、深夜二時頃、馬車が余裕で潜れるほど大きな正門の横にある勝手口が開き、そこから一人の男がコソコソと出てきた。
小綺麗な格好に着替えているが、間違いなく捕らえられていた盗賊だ。
彼は周囲の様子を探り、誰もいないことを確認すると、堂々と歩き出した。
このシンインの街は、トール領の中心であるため、東西南北から道が集まってきている。
盗賊は、その中から北へ向かう街道を歩いて行く。
そして三時間ほど歩くと、かなり幅のある川に突き当たった。
すると今度は、その川に沿って川上へ向かって歩いて行く。
シラクサは盗賊を尾行しつつ、絶えず周囲を警戒していた。
敵を追い詰めているつもりで、知らないうちに自分が罠に嵌まるなどという間抜けなことにならないためだ。
しかし、その心配は杞憂だった。
どうやら、ここの盗賊たちは、自分たちに逆らう者がいないと知り、かなり調子に乗っているようだ。
捕まえられるものならやってみろとばかりに堂々としており、全く警戒していない。
「こんな簡単な尾行は初めてだわ」
呆れつつそう囁いた時、前方に村が見えてきた。
小さな農村で、十軒ほどの民家があり、自警団らしき人間が村の出入り口を見張っている。
盗賊はそこへ堂々と近づいて行くと、
「ご苦労さぁ~ん」
などとふざけた声をかけ、そのまま素通りする。
自警団の見張りは、そんな彼にペコペコと頭を下げ、そして彼が通り過ぎた後で、忌々しそうにペッと唾を吐いた。
その村を迂回して再び盗賊を捕捉すると、尾行を続行する。
そうするうちに夜が明けだし、周囲が明るくなった。
こうなると尾行はさらに難しくなる。
盗賊は道を歩いているが、彼女は木立や草むらに身を隠しながら追いかけなければならない。
ただし、幸いなことに、その後すぐに目的地に到着した。
そこは、川沿いの丘の上に建つ、砦跡だった。
魔王軍侵攻時、つまり千年前に建てられたものの一つで、数百年前に放棄されたものだが、それに目を付けた盗賊たちがアジトとして利用しているのだ。
建物や塔はかなり傷んでおり、ところどころ崩れているが、城壁自体はしっかりとしている。
おそらく盗賊たちが、最低限の補修はしたのだろう。
ここまで尾行してきた盗賊がその中に入って行くのを確認してから、シラクサは砦の周辺をぐるりと一周した。
北側は川に面しており、それが天然の堀となっている。
東側と南側は森に囲まれ、身を隠して近づくのには向いているが、軍勢で攻め込むのは難しい。
西側は開けているため攻めやすいが、逆に見通しが良すぎて、かなり遠くから接近を発見される。
「と、いうわけなのよ」
シラクサがそう言って報告を終えると、目の前で阿左美がテーブルに突っ伏して寝ていた。
「こ、こら! 人が一生懸命報告しているのに」
「あ~、そいつのことは無視してくれ」
真一がそう言って、彼女の頭をペチッと叩いた。
「ンガッ! な、なに、もうご飯?」
「ついさっき食べたばかりだろうが」
その隣で、ヴァレリアンがトール領の地図を広げていた。
「その砦は地図に載っていないな。しかし、距離はここから十五キロぐらいしか離れていない」
まさか、そんなに近かったとは、と驚いている。
「今から出発したら、日が暮れる前に着くな。できれば、その砦の手前にあった村で情報収集をするべきだろう」
と、真一がそう言った。
「よし、さっさと行って片づけるぞ」




