第13話 初勝利
隊商の前方で盗賊団と護衛のマイカル達が弓を射ち立っている。
「何だ? 何を考えている?」
仲間達の元に戻った真一が、振り返ってそれを確認してそう呟いた。
「先生、それってどういうこと?」
それに気付いた阿左美がそう聞いてくる。
「普通なら一気に距離を詰めて、乱戦に持ち込みたいはずだ。相手の方が人数が多いんだぞ」
「確かにおかしいな」
エリチンも彼の考えに同意した。
「ということは、あれは陽動だ」
そう結論づけると、真一は仲間を連れて反対側、つまり隊商の最後尾へと向かった。
すると――。
「大正解」
後方の林から、10人の盗賊達がこちらに向かって駆け寄ってきている。
「あいつらは、最初から俺達を挟み撃ちにするつもりだったんだ」
距離は、もう200メートルにまで迫っていた。
「早瀬!」
「なに、先生?」
「あいつらに例のダッシュ攻撃をしろ」
「ええっ!?」
「時間を稼ぐんだ」
「あれ、結構怖いんだよ」
「そのうち慣れる」
「こ、このぉ~他人事だと思って」
それでも、この状況ではやらないわけにはいかない。
阿左美は先日やったクラウチングスタートの姿勢を取ると、野盗達を睨みつけた。
そして、
「よ~い、ドン!」
と自分で合図を出すと、その姿が一瞬で消えた。
いや、消えたわけではない。
あまりに素早すぎて、肉眼では捉えることができなかったのだ。
ちなみに、この隊商護衛クエストには参加当初から、いつ戦闘に巻き込まれてもいいように、スカートの下には体操着のハーフパンツを履いている。
なんにせよ阿左美は、100メートル先にまで迫っていた野盗達のど真ん中に突っ込み、彼女を含めた全員がボーリングのピンのように吹き飛んだ。
「痛たたた……本当はあんまり痛くないけど」
頭を振りつつ、野盗達の中で阿左美が立ち上がる。
周囲で倒れている男達は、まだ呻いたまま倒れていた。
阿左美自身は、ブレザーに付与された防御の能力によって守られているが、盗賊達にはそのようなものはないので、まともにダメージを受けたのだ。
「よし、早瀬。ダッシュで戻ってこい!」
「えっ?」
「安心しろ、俺が受け止めてやる!」
真一がそう言って両手を広げると、阿左美がニヤッと笑った。
そして、
「はっは~っ、覚悟しろよ」
と不敵に笑いつつそう言って、方向は先ほどの正反対だが、再びクラウチングスタートの姿勢を取る。
「死ねぇ~、先生!」
そして、力いっぱい地面を蹴るとダッシュした。
普通に考えれば、直後に阿左美と真一が絡まったまま吹き飛び、最後尾の馬車に激突するはずなのだが……。
実はこの時、彼は魔術で自分の前の空気を圧縮し、見えない壁というか、クッションを作っていた。
目にも留まらぬ超高速で彼に突っ込んでいたはずの阿左美の身体が、急減速し、最後は真一の腕に抱き止められる。
「あ、あれ?」
「怪我はないか?」
「う、うん。ありがとう」
顔を真っ赤にして照れつつ礼を言う阿左美。
直後、その両頬を真一の手がムギュッと掴み、左右に引っ張った。
「いひゃい、いひゃいよ、せんしぇい!」
「ところで早瀬、野盗に突っ込む時より、帰ってくる時の方が、気合が入っていたのはどういうことだ?」
「きのひぇえ、きのひぇい!」
「あと、『死ねぇ~』とか聞こえたんだが?」
「ひぃぇえええ、ごめんなひゃい!」
「あ、あのシンイチ様、それより、敵が立ち直りつつあります」
二人の漫才よりも野盗達の方に目を向けていたミントがそう言った。
「そうだったな。エリチン、あいつらの足止めをやってくれ」
「承知した」
エリチンがそう返事をすると、意識を集中し始めた。
なんとか立ち上がった野盗達の周囲の植物がみるみるうちに伸び、彼らの足に絡みついていく。
「うわぁ、なんだこれは!?」
「精霊魔術だ! 護衛の中に精霊魔術使いがいるぞ!」
慌てて彼らは、自分の足や腕に絡みつこうとする植物を剣や斧で切り払い始めた。
「よぉし、それでは一網打尽と行こうか」
阿左美の頬から手を放した真一が、敵に向き直り、精神を集中する。
すると、彼の頭上に火球が出現した。
それが1個、また1個と増えていく。
「や、やべぇ! あいつ、魔術師だ!」
それに気付いた野盗達がパニック状態になった。
「さあ、降参するなら今のうちだぞ。さもないと、全員黒焦げにしてやる」
野盗と同じ数の火球が出現した。
「す、凄い……あれだけの火球を制御できる魔術師は、王都にもそうそういないですよ」
それを見てミントが驚いている。
何よりも凄いのは、それをやってのけているのが、4日前まで魔術を使ったことがない素人だということだ。
「さあ、いくぞ!」
真一がそう言った時、彼は自分達に向かって飛んでくる魔力を感じた。
「来るぞ!」
そう叫ぶと、隣に立っていた阿左美を捕まえて、魔力の向かってくる方に突き出す。
「えっ!? なにって――キャアアアア!」
そこに無数の氷の飛礫が襲い掛かってきた。
二人の背後では、エリチンがミントに覆いかぶさって盾になっている。
「痛い、痛いって……あんまり痛くないけど、先生、間違ってる! 正解はあれ!」
阿左美がエリチンを指差しつつそう叫ぶ。
氷の飛礫の攻撃は、数秒で終わった。
そして、意識の集中が途切れたため、真一が作り出していた火球は霧散してしまう。
その間に野盗達は、動きを止めた植物を切って、全員逃げ出してしまった。
「エリチン、一人でいい、捕まえろ!」
「任せろ」
再びマッチョエルフが精霊魔法を使い、最後尾を逃げていた盗賊の足に草を伸ばして絡ませた。
「うわっ!」
情けない悲鳴を上げつつ、盗賊が転ぶ。
その手から片手用の斧が離れ、小麦畑の中に落下した。
「お、おい、待ってくれよ! くそっ、な、なんなんだこれは!?」
必死になって自分の足に絡みついた草を引き千切ろうとするが、1本1本は細くて弱い草でも、束になれば縄と同じ強度になる。
「敵にも魔術師がいたとは」
「油断はしない方が良い。かなりの手練れだ」
真一とエリチンが、敵が戻ってこないか警戒をしつつ、一人取り残された盗賊へと近づいていく。
魔術師は、この世界ではエリートである。
猿でもできるレベルの簡単な魔術ぐらいであれば、それなりに使える人はいるが、敵を攻撃したり、それを防いだりできるほどのレベルになると、王国軍や貴族に高い報酬で雇われ、重要な役職を任される。
つまり、野盗などしなくても、真っ当な道で出世できるということだ。
しかし、特別な力を手に入れたことによって、驕り高ぶり、身を破滅させる者もいる。
そういった者達は、裏稼業でも重宝されるのだった。
「お前ら、この俺にこんなことして、後でどんな目に遭わされるか分かっているんだろうな!?」
「仲間に見捨てられたくせに、偉そうだな」
取り残された盗賊は、髭面で髪もボサボサだったため分かりづらかったが、阿左美と同年代の若い男だった。
「エリチン、ちょっとお前の肉体美を見せてやれ」
「おおっ、喜んで!」
そう言うと、彼が目深にかぶっていたフードを後ろにずらし、そして全身を覆っていた外套を脱いだ。
ブーメランパンツ一丁のムキムキボディーが姿を現す。
「ヒィイイイイイイイイ!?」
真一は、生まれてこの方、これほど恐怖に歪んだ人間の顔を見たことがなかった。
「なんにせよ、静かになったな。抵抗しなければ、外套を着させる」
「分かった、降参だ! 抵抗しないから、助けてくれ!」
「分かった、エリチン」
「フフフ、やはり筋肉は無敵だな」
満足げに笑いながらそう言うと、エリチンが外套を着直してフードをかぶった。
このあと、馬車から降ろしてきた荷造り用のロープで盗賊を拘束する。
「よし、大戦果だ」
そう言って隊商の先頭の方を見ると、そちらで陽動をしていた野盗達も撤退していた。
「ミントさんは怪我人の治療を頼む」
真一がそう言うと、彼女が「分かりました」と答えて、隊商の先頭の方に向かっていった。
前方で戦っていた護衛のうち2人が、野盗の矢を受けて怪我を負っていたのだ。
「おい、お前ら無事だったか?」
マイカル・アミナンが徒歩で近づいてきた。
「ああ、こっちは皆無事だ」
「それにしても、お前ら素人の割になかなかやるな」
どうやら背後からの襲撃を防いだことで、彼からの評価がかなり上がったようだ。
まあ、それはそうだろう。
あのまま攻撃を受けていたら、大きな損害を受け、最悪の場合は全滅していた可能性もあるのだから。
さらに、盗賊の一人を捕まえている。
「なんにせよ、奴らが増援を連れて戻ってくる前に、シンインの街に逃げ込もう」
そう言うと、マイカル・アミナンが再び先頭へと戻っていく。
この後、隊商は無傷のまま予定通り、シンインの街に到着したのだった。




