第11話 王国騎士 ヴァレリアン ホルセット
勇者として魔王が復活する直前の世界に召喚された女子高生勇者 阿左美と、その巻き添えとなった教師 真一、そして二人の付き添いとして勇者神殿から派遣さることになった神官ミントと、新たに仲間となったマッチョエルフのエリチン。
彼等は、阿左美に経験値を積ませ、あと生活費を稼ぐために冒険者ギルドで隊商護衛の依頼を受ける。
真一達が隊商の御者たちと仲良く夕飯を食べていた頃、彼らの目的地であるシンインの街では――。
この町にはアルメシア王国の貴族であるセメン トールの館があり、人口は約一万人。
周辺を畑に囲まれた、のどかな雰囲気の地方小都市であった。
このトール領は、広範囲にわたって農村が点在しており、まさに田舎貴族のお手本のような印象だ。
同じ貴族の領地でも、交易路に接していれば商売が盛んになるし、領地内に鉱山があれば、掘り出した物を売って大儲けができる。
海に接していれば魚介類が獲れるし、商業港があれば人と商品とお金が集まる。
同じ貴族でも、与えられた領地によって収益は段違いだった。
そんなのどかだが貧しいトール領では、数カ月前から盗賊による被害が頻発している。
最初は数人の武装した盗賊が旅行者を襲い、金品を奪うという、ほとんど追いはぎのレベルだったが。
やはり土地柄、旅人が少なく利益がないため、金や商品を多く運んでいる隊商を襲うようになった。
当然、隊商には護衛がついていることが多いので、襲撃する盗賊の人数が増え、それに比例して死傷者も増していく。
気がつけば盗賊団は人数を増やし、小規模な軍隊のようになり、ついには村まで襲うようになっていた。
各村も周囲に柵を巡らせ、自警団のようなものを編成し、自己防衛に努めたが、戦力が違いすぎるため、日に日にその被害は増している。
本来であれば、こういう盗賊に対処するのは王国や領主の軍隊のはずなのだが……。
「い、いったいこれはどういうことなのですか?!」
シンインの街の郊外にある砦に、若い女の声が響き渡った。
砦と言っても規模は小さく、石造りの城壁の内側にはいくつかの兵舎や厩があるだけで、詰めている兵士も五十人ほどだったが。
「まあまあ、落ち着きたまえ、ヴァレリアン騎士殿」
この砦の指揮官である小太りの男が、ワインの瓶を片手にそう言った。
ここは砦の中央にある、彼専用の住居兼司令部だ。
壁にはトール領内の地図とアルメシア王国の地図が貼られており、彼の背後には王国旗と領主の旗が交差するように飾られている。
そして彼は、トール家に仕えている兵士たちの指揮官で、こう見えて、それなりに武術の腕も立つ。
しかし、今はただの酔っ払った中年の親父であり、威厳も風格もどこを探しても見当たらなかった。
そんな彼の前には、見た目も雰囲気もすべてが正反対の一人の女騎士が立っていた。
高価そうな青い胴着と銀色の鎧を身にまとい、左腰に細身の剣を差した彼女は、美しい金髪と青い瞳
が特徴の白人女性だった。
年齢は二十歳ぐらいで、騎士としてはかなり若い。
ちなみに彼女はトール領主に仕える騎士ではなく、この王国の騎士だった。
アルメシア王国には国王直属の騎士団がいくつもある。
彼女は、その一つに所属しているのだが、今はこのトール領に派遣されているのだ。
現在の日本で例えるなら、地方の警察署に東京から警視庁の刑事が出向しているような感じだ。
身分的には領主の隊長より上だが、直接の指揮権はないので、本当の意味でお客さん扱いである。
これは、若い騎士にいろいろな経験を積ませるために、王国騎士団が行っている教育の一環で、半年から長ければ一年ほど王都から離れて現場体験する。
その新米騎士のヴァレリアン ホルセットが、顔を真っ赤にして怒っている。
「各村に派遣されていた兵士を引き揚げさせ、さらに巡回も取りやめるとは、今こうしている間にも、どこかの村が盗賊団に襲われているかもしれないのですよ!!」
彼女が一歩踏み出すと、鎧がガシャンと鳴った。
ヴァレリアンは女性であるため、フルプレートの甲冑など装備すると、身動きが取りづらくなる。
そのため、胸甲と左肩、両腕と両脛にのみプレートアーマーをつけ、胴着の下に鎖帷子を着ていた。
「御領主様の命令なのだから仕方がないだろう」
「そのセメン トール卿のお考えが理解できないのです」
「トール領の兵士は数が少ないから、各村に分散配置したら、盗賊の襲撃を受けた時、防げない可能性が高い。だから集中運用しやすいように、集めたのだよ」
「ならば、せめて巡回は続けるべきでしょう。もし盗賊による襲撃の報告を受けたら、急行できるように」
「連中はずる賢い。こちらの動きを読んで、手薄なところを襲うに決まっている。そうなれば、巡回などさせても兵たちが疲れるだけだし、金もかかる」
「ならば、そのさらに裏をかくとか、策を考えるべきではないのですか?」
盗賊団は無法者ではあるが、馬鹿ではないため、襲った村を皆殺しにしたり、焼き払ったりはしない。
金目の物は根こそぎ奪うが、食料や家畜は村人が飢え死にしない程度の最低限の物は残していく。
若い女も誘拐するが、やはり一人残らずというわけではない。
ただし、下手に抵抗をすると、その限りではなかった。
村は徹底的に破壊され、畑は燃やされ、村人は皆殺しにされる。
実際にいくつかの村は、見せしめとしてそのような目に遭わされており、そのため、最近は村人たちも盗賊が村に近づいてくると、まったく抵抗などせずに門を開け放つようになっていた。
これはすべて、盗賊を取り締まる軍隊がまったく頼りにならないからだ。
最初の頃は、各村から「早く盗賊を退治してほしい」「村の警備を増やしてほしい」と嘆願書が届いていたのだが、逆に各村から警備の兵たちが引き揚げられてしまった。
そのため、身を守る術を失った村人たちは、一切の抵抗を放棄したのだ。
「そもそもヴァレリアン騎士殿、あなたはあくまでも王国の騎士団に所属しているはず。当領地のことについて、とやかく言う権利はないはずですが」
隊長にそう言われ、金髪の騎士、ヴァレリアン ホルセットは拳を握りしめた。
まただ。
いつも最後はこう言われて、自分の意見や抗議は揉み消される。
「ならば、兵士が足りないと言うのでしたら、せめて王都に増援を求めるべきではありませんか? なんなら私が……」
「冗談ではない! 盗賊ごときで王都に助けを求めるなど、我が領主セメン トール様の顔に泥を塗るつもりか?!」
それまでのらりくらりと彼女の進言をかわしていた隊長が、急に語気を荒げてそう言った。
その盗賊ごときに太刀打ちできないのは恥ではないのか……。
苦しんでいる領民たちを見捨てるような真似をして、恥ずかしくはないのか……。
「これ以上、我が主に対する無礼な発言を続けるのであれば、王都の騎士団に対してその旨を伝え、貴殿を強制的に送り返させてもらうぞ!!」
そのようなことをされれば、下手をすれば王国騎士団から除名される可能性すらある。
そうなれば、故郷で暮らす父母に対して、どれほど迷惑をかけることか。
クッと唇を噛むと、彼女は一礼してその場を後にした。
自分はいったい何のために騎士になることを選んだのか。
そもそも騎士とは一体何のために存在しているのか。
答えは分かっているはずなのに、どうすれば自分が正しいと思う道を進むことができるのか、まったく分からない。
夕食を終えると、真一達は交代で馬車の見張りをしていた。
ここは村の中なので盗賊に襲われる可能性は低かったが、手癖の悪い者が荷物を盗みに来る可能性があったので、油断はできない。
とりあえず真一と阿左美、エリチンとミントでペアを組み、交代で休むことにしている。
そして今は、真一・阿左美ペアが見張りをする時間だった。
「ねえ先生、何で私達だけで見張りをしないといけないの?」
焚火の前で膝を抱えて座りつつ、阿左美がそう言った。
「馬車が一台でも目的地に到着しなかったら、報酬がなしになるからだ」
火の中に小枝をくべつつ、真一がそう答えた。
確かに、この隊商の護衛は彼ら以外にもシラクサを含めて他に四人いる。
しかし、彼女たちは村の宿屋で宿泊していた。
まあ、これまで何度も護衛の依頼を受けている者たちにしてみれば、このような安全な村で徹夜で見張りをするなど、無駄としか考えられないのかもしれないが。
「これで報酬が一緒だなんて、納得いかないんですけどぉ~」
「仕方がないだろう。この条件でなければ、俺たちは依頼を受けられなかったんだから」
「でもぉ~」
「我慢しろ。報酬をもらったら、ちゃんと宿屋に泊めてやるから」
「……」
黙り込むと、阿左美が馬車を囲むように並んでいるテントの一つを見た。
それは彼女たち用で、今はミントが仮眠を取っている。
その隣には真一達用のテントもあったが、エリチンが横になると、彼だけで一杯一杯になってしまった。
「ねえ、先生」
「なんだ?」
「お腹減った」
「パンならまだあるぞ」
「柔らかいパンが食べたい」
「贅沢を言うな」
事情を知らない者が二人を見たら、かなり異色だ。
ブレザー姿の女子高生と、白衣を羽織った教師が焚火を囲んでおしゃべりをしているのだから。
「先生って凄いね」
「当たり前だ」
「いやいや、ここは『何がだ?』とか、『そんなことはない』って答えるところでしょう」
「何を言っている。いきなり異世界に連れて来られて、はした金を握らされて放り出されたのに、こうやってなんとかやっていけるのは俺のおかげだ」
「まあ、確かにそうなんだけど」
そう言うと、阿左美が立てた膝の間に顔を埋めた。
「ごめんね、先生」
「何に対する謝罪だ? まさか、これまでの様々なあれやこれやを、その一言で片づけるつもりじゃないだろうな?」
「私、そんなに先生に迷惑かけてる?」
「全部読み上げてやろうか?」
そう言うと、真一が白衣の胸ポケットからメモ帳を取り出した。
「まさか、全部メモってるの?」
「冗談だ」
驚く阿左美に苦笑しつつ、彼がメモ帳を戻す。
「召喚に巻き込んじゃって」
「そうだな。本当に迷惑だ」
「でもね、先生。私は本当に感謝しているんだよ」
そして、曲げていた足を伸ばし、上体を反らしつつ、
「きっと私だけだったら、何もできないまま勇者神殿の前で立ち尽くしていたと思う」
「だろうな」
「ミントちゃんも困っただろうなぁ」
「哀れだな」
「だから、ごめんね。だけど、ありがとう」
そう言うと、彼女が真一に向けてニコッと笑った。
こうしていると、普通に可愛い女子高生なのだがな……。
はぁ~っ、残念でならない。
「あ~っ?! 先生、今何かとてつもなく失礼なこと考えたでしょ?!」
「当たり前だ」
「ひっどぉ~い!!」
そして二人は笑い合ったのだった。




