第10話 隊商の護衛
勇者として魔王が復活する直前の世界に召喚された女子高生勇者 阿左美と、その巻き添えとなった教師 真一、そして二人の付き添いとして勇者神殿から派遣さることになった神官ミントと、新たに仲間となったマッチョエルフのエリチン。
彼等は、阿左美に経験値を積ませ、あと生活費を稼ぐために冒険者ギルドで隊商護衛の依頼を受ける。
勇者神殿からシンインの街までの距離は約100km。
その行程を3日間かけて移動する。
馬車の積み荷のほとんどは衣類、調味料、鉱石、医薬品など、つまりシンインの街の周辺では手に入らない物ばかりだ。
さらに乗客が10人いるが、その人達は皆、シンインの街へ里帰りをする者達だった。
御者は各馬車に2名ずつおり、全部で16名。さらに真一達以外にも護衛が4人いる。
「早瀬とミントさんは、馬車の空いているスペースに乗せてもらえ」
真一がそう言うと、二人は4頭立ての馬車の後ろに乗せてもらった。
といっても、座席があるわけではない。
木箱や樽の上に腰を下ろしているだけだ。
「ううっ、クッションが悪くてお尻が痛い」
この世界にはゴムタイヤやスプリングは存在しない上に、道路は舗装されていない。
地面の凹凸を木製の車輪がまともに拾うので、たいそう乗り心地が悪かった。
阿左美はさっそく文句を言っていたが、歩かされるよりはましなので、我慢をしている。
「あの、シンイチ様は?」
「俺は歩くよ。このペースなら大丈夫だ」
「私も、これは良いトレーニングになる」
真一の隣では、エリチンが石のダンベルで筋トレをしながら歩いている。
「おいおい、お前ら、本当に護衛か? 武器を持ってねえじゃねえか?」
元からこの隊商の護衛についていた男が、そう言いながら近づいてきた。
外見は20代後半から30代前半。いかにも傭兵といった感じで、こう言っては何だが、こいつが野盗だと言われても違和感がない。
彼は馬に跨っており、胸と肩、さらに腕と脛に金属製の鎧を身につけている。
武器としてショートソードとロングボウを装備していた。
「あれか? 盗賊共が襲ってきたら、盾になってくれるのか?」
そう言ってから、一人で爆笑する。
「そのガタイの良い男は、特に良い盾になりそうだ」
そして視線を馬車に乗っている阿左美とミントに向ける。
「ウヒョー、これはなかなか可愛いじゃねえか。それに一人は神官様だ。俺が怪我した時は、優しく治
癒の魔術を頼むぜ。こいつらはその後でいいからさ」
そう言って真一やエリチンを指さして、再び一人で爆笑する。
「俺の名前はマイカル・アミナン。お前達はすぐに死ぬだろうから覚える必要はないけど、お嬢さん方はお見知りおきを。安心しろよ。盗賊共が襲ってきたら、この俺が守ってやるからよ」
マイカルはそう言うと、隊商の前の方へ移動していった。
「フゥ~、臭かったぁ~」
息を止めていた阿左美が、大きく息を吸いながらそう言った。
確かに、かなり酷い体臭がした。
ちなみに、真一達は昨日の夜、トリアの村で風呂に入っている。
「あれだけ臭ければ、かなり離れていても気づくな」
そう言ったのはエリチンだった。
「アハハハ、それは言えてるね」
突然、4人以外の若い女性の声が聞こえてきた。
「誰だ?」
真一がそう言うと、阿左美とミントの間に突然、若い女が姿を現した。
セミロングの茶色い髪に、革製の動きやすそうな鎧。
さらに左腰にはダガーを差している。
年齢的には阿左美と同じくらいだろうか。
ファンタジーゲームで言うところのシーフ、つまり盗賊のような格好をしている。
ただし、盗賊と言っても鎧の色は赤色で、その下には白い半ズボンとシャツを着ている。
ようは、かなり目立つ。
ちなみにゲーム世界でのシーフ(盗賊)は、家や人を襲って金品を奪う職業というより、身軽さを活かしてダンジョンでの偵察や鍵開けなどを行う、斥候のような役職の人間のことである。
「君達も冒険者ギルドから来たの?」
「君達も、というからには……」
「そうだよ。僕も冒険者ギルドで依頼を受けたんだ。場所は勇者神殿支部じゃないけどね」
外見のイメージ通り、活動的な性格のようだ。
「ほう、では冒険者としては先輩だな」
なんせ真一と阿左美は、冒険者になってまだ3日しか経っていない。
エリチンに至っては、まだ数時間だ。
「そういうこと。僕はシラクサ・インカラ。よろしくね」
そう自己紹介すると、シラクサは阿左美、そしてミントの順番に握手をした。
「いやぁ~、実はこの隊商の護衛って、おっさんばっかりで話し相手がいなかったんだよ」
「そうだよね」
「やっと女の子が来てくれて、本当に嬉しいよ」
アハハハハ、と阿左美と二人で笑い合う。
その後、阿左美が真一達のことを紹介していく。
「私は早瀬阿左美で、こっちが神官のミントちゃん。それで、あっちの性格が悪そうなのが眞壁先生。
その隣のケン〇ロウみたいなのがエリチン」
「賑やかさが倍になったな」
真一が苦笑いを浮かべつつ、そう言った。
まあ、悪いことではない。
同性・同年代の友達がミントだけというのは、さすがに可哀想だと思っていたからだ。
かといって、異世界から召喚された勇者が、おいそれと友達を作ることもできない。
「それにしても、この服変わっているね。うわぁ~、ものすごくスベスベな生地」
「ああ、これ? これは学校の制服なんだ」
「へぇ~、学校に行ってたんだ。阿左美ってお金持ちの子供なの? あっ、先生ってことは、あの人はその学校の?」
「そうだよ。でも私の家はお金持ちなんかじゃないよ。普通の一般家庭で、私立高校に通うのに――ウキャッ!」
機嫌よく身の上話を始めた阿左美の顔面に、ソフトボールサイズの水の塊がぶつかった。
いや、正確には、その直前に水の塊が弾けている。
「な、何するのよ、先生?!」
「俺とお前は、この国の人間じゃないだろうが」
「えっ、あっ、ああ、そうだったそうだった。ゴメンねぇ~」
色々なことを思い出した阿左美が、慌てて誤魔化す。
「へぇ~、遠くの国から来たんだ。どうりで見慣れない格好だと思った」
シラクサはそう答えたが、何か感づいたようで、ニヤニヤと笑っている。
夕方には、隊商は勇者神殿の北側にある村に到着した。
村の端にある広場に馬車を停め、馬達は厩へ。
人間のうち御者達は交代で食堂や酒場に行き、残りは馬車の周辺にテントを張り、寝具を敷いて横になっている。
乗客達は明日の集合時間を聞いてから宿屋で宿泊し、護衛は馬車の周辺に張ったテントで交代で休みつつ、夜通し警戒を続けていた。
「エリチン、ここに森のような結界は張れないのか?」
「森や草原ならいざ知らず、ここでは無理だ」
「そうだよなぁ~」
テントの側に石を積んで竈を組むと、そこで火を起こし、夕食の準備を始める。
食材や調理道具は隊商が貸してくれたので無料だが、調理は自分達でしなければならない。
「お水、汲んできたよぉ~」
阿左美とミントがそう言いながら帰ってきた。
二人とも井戸水を汲んだバケツを持っている。
「ご苦労。それじゃあ、お湯が沸いたら、それで体を拭け」
「あ~、お風呂に入りたい」
残念ながら、入浴するには宿屋に泊まらなければならない。
そして、そのような無駄な金はないのだ。
そもそも、お湯の風呂はこの世界ではかなりの贅沢で、一般家庭でも毎日沸かすことはできない。
その代わり、川や井戸などで水浴びをすることが多かった。
真一とエリチンは竈を二つ組んでおり、一つで調理を、もう一つでお湯を沸かしていた。
「シンイチ様、野菜が切れました」
「すまんな。鍋に入れてくれ」
「わぁ~、良い匂いですね」
「市場で鳥と豚の骨を貰ってきて、出汁を取ったからな」
「出汁ですか……」
この世界ではまだ、骨から出汁、つまりフランス語でいうブイヨンを取るという調理法は一般的ではなかった。
スープやシチューを作る時は、最初に肉を入れて煮込み、それを出汁の代わりにしている。
「骨なんか食べられないじゃん」
そう言いながら鍋を覗き込んだのは、シラクサ・インカラだった。
「び、びっくりした」
「ねえ、ねえ、シンイチちゃん。これって美味しいの?」
「ちゃん……」
そのような呼び方をされたのは、ものすごく久しぶりな気がする。
「ああ、旨いよ」
この世界では、肉をそぎ落とした後の骨は、ゴミとして捨てられるか、砕いて家畜の餌にしている。
そのため、市場などに行けば、ただで貰えるのだった。
「雇い主は野菜やパンはくれたけど、肉は少ししかなかったからな」
だから、こうやって色々と工夫をしているわけだ。
鍋から骨を取り出すと、野菜などの具材を入れ、調味料で味付けをする。
「あ~、マックは諦めたから、焼肉が食べたい」
野菜スープを眺めながら、阿左美がそう言った。
「この仕事が終わって報酬がもらえたら食わせてやるから、我慢しろ」
「遊ぶためじゃなくて、生きるために働く。まさに労働って感じだ」
「俺は元々、生活するために働いていたぞ」
そうこうするうちに野菜スープが出来上がり、夕食の時間になった。
人数分の木製の皿にスープを分け、固いパンをそれに浸しながら食べる。
シラクサ以外の護衛は皆、酒場に行っているので、馬車の近くにいるのは5人だけだ。
「うそっ、なにこれ、美味しい!!」
スープを一口すすったシラクサが、驚きながらそう言った。
「本当ですね。ギルドの食堂の料理より、深い味がします」
そしてミントも驚いている。
「ふふん、あったりまえよ」
「早瀬、何でお前がドヤ顔なんだ?」
「うむ、確かにこれほど手を加えた料理は千年ぶりだ」
エリチンはスケールの大きな驚き方をしている。
「いや、出汁を取って具材を煮ただけだから」
そこへ、美味しい匂いを嗅ぎつけた御者達が近づいてきた。
「何か、良い匂いだな」
「なあ、冒険者の兄さん。俺達にも少し分けてくれよ」
先輩御者達は、今頃酒場で酔いつぶれている。
馬車の方で留守番をしているのは、世に言う後輩、もしくは下っ端達なのだ。
「あんた達は、村の食堂で食べてきたんじゃないのか?」
「そうなんだが、味は薄いし、量も少なくてさ」
「これ、飲んでくれていいから」
そう言いながら、酒の瓶を差し出す。
さらに、干し肉や塩漬け野菜なども持ってきた。
「ほほう、これを使えば、もう少し旨い物が作れるな」
真一はそう言うと、それらも鍋に入れてさらに煮込んだ。
もうスープというより、ちゃんこ鍋になっている。
そして、皆で酒を飲みながら雑談を始めた。
「我々はこの国に来て間がないのだが、景気はどうなのだ?」
真一はここぞとばかりに情報収集を始める。
「悪いに決まっているだろ。アルメシアとトルタロスは、去年に続いて今年も凶作だったからな。国境では小競り合いをしているらしいし」
アルメシアは、今俺達がいる国だな。
そして、トルタロスは隣の人間の国だ。
この世界では、魔界の侵攻に備えるため、大規模な戦争は滅多に起きないと聞いていたが。
「小競り合いとは、戦争が起こりそうなのか?」
「みたいだな。って言っても、トルタロスが一方的に国境の森を寄こせと言っているだけらしいけど」
「何で森を?」
「その森はエルフが大勢住んでいるんだよ。だから、干ばつになっても森を水源とする川は干上がらないし、大きくて真っすぐな木がたくさん生えている」
「アルメシアの中に、エルフの集落があるわけだ」
「そうそう。それも、森に住む本物だ」
なるほど、昔ながらの森で暮らすエルフということだな。
ここにも、その本物のエルフが一人いるのだが、それを言うと説明が面倒なので黙っておく。
「エルフが住む豊かな森があれば、凶作の被害も抑えられるというわけだな」
「でも、森のエルフって気難しいんでしょ? 人間の言うことなんか聞かないんじゃないの?」
御者が持ち込んだ酒に口をつけて、ご機嫌になったシラクサがそう言った。
「ああ。でも、その森のエルフは人間の領主と盟約を結んで、仲良くやっているらしいぜ」
「あ~、聞いたことがある。色々約束しているんだよね。森で獲れたものと畑で収穫した物を交換し合ったり、エルフが森を守る代わりに、その森の周囲を人間が守ったりとか」
「ほほう、興味深いな」
そのような土地を他国が占領しても、エルフとの良好な関係は維持できるのだろうか?
「そもそも、アルメシアは自分達の領地が狙われているのに、何で黙っているんだ?」
「そこが魔界に通じる死の谷のすぐ近くだからだよ」
死の谷とは、魔界と人界を隔てる城壁山脈の中央部にあり、唯一、両者が行き来できる渓谷だった。
千年前、魔王はこの谷を通って人界に攻め込み、勇者達に押し返された後、やはりこの谷で最終決戦をしている。
そのような場所で人族の国と国同士が戦争などしようものなら、魔界の再侵攻の呼び水になるかもしれないと考えているのだ。
「元々エルフだけが住んでいる森だし、トルタロスに取られても、大した損害じゃないと思っているんじゃないの?」
「色々面倒なんだな」
魔界の存在は抑止力になっている反面、それを悪用した勢力拡大が行われたりもしているということだ。
その時、エリチンが何か懐かしむような目で、遠くを見つめていた。
「どうしたんだ?」
「ん?ああっ、何でもない。」
何か気になる事でもあるのか?と聞こうとした時
「先生、これ美味しい!!」
そう言って、阿左美が真一に抱きついてきた。
「お、おい、早瀬って、お前、酒を飲んでいるのか?!」
彼女が持っている瓶を取り上げると、匂いを嗅ぐ。
それはハチミツ酒だった。
ハチミツと水を混ぜて放置しておくと自然に発酵してできる、石器時代から人間が飲んでいた歴史あるアルコール飲料だ。
後にワインやビールが広まると、あまり飲まれなくなるのだが。
「この世界に来て、初めて美味しいって感じちゃったよ。アハハハハ」
「お前は酔っていても、素面でも大差ないな」
本当は取り上げるべきなのだろうが、よく考えたら彼女と同年代のシラクサも飲みまくっているので、やめておいた。
おそらく、この世界では飲酒に年齢制限などないのだろう。
そして、この後も真一は、阿左美が暴れないよう注意しながら、情報収集を続けたのだった。




