月影のルス
シャルマーニ侯爵家の人達を陰ながら護衛する陰の者は『月影』と呼ばれている。もちろん護衛のみならず情報収集や時には非合法な事もする。全て主家であるシャルマーニ侯爵家のためである。
私はリナリアお嬢様専用の護衛チームのリーダーでルスという。リナリアお嬢様をチームメンバーで交代しながら昼夜問わずお守りしている。
リナリアお嬢様の護衛を任されて十年と少し。初めて護衛についたのはお嬢様がお生まれになってひと月経った昼間だった。柔らかな日差しをレースのカーテンで遮ったベビーベッドの中でお嬢様は眠っていた。幼気な様子に私はすっかり夢中になったのだ。
それから私は陰ながらお嬢様をお守りする事に忠実に懸命に励んだ。
お嬢様はお優しくお可愛らしく成長なさっておいでだ。
なのに……なのにッ
去年のお茶会でお倒れになってから何かが変わってしまった。
もちろん精霊がお嬢様にも付いたのも大きな変化だ。だがそれ以上に今まで片鱗すら無かった好奇心があちらこちらに興味を持たせ、屋敷中探検したり騎士団の訓練所で子供達と駆け回ったり…。挙句精霊術で我ら月影の護衛すら撒いて下町に出かけようとされた事すらある。
だがそんな事は些細な問題だ。
一番変わったのはあの王子と関わったことだ。
あの王子殿下は遊びに来てはお嬢様を巻き込んでやんちゃをする。私以外の月影は微笑ましいと肯定的みたいだが、私は違う。あの王子はお嬢様に甘えすぎだ!
だがそんな王子殿下すら許容して接するお嬢様は本当にお優しい。
大事な大事なお嬢様。
そのお嬢様が私の目の前で誘拐され、さらに見失ってしまった。失態の極みだ。私は私が許せない。もしお嬢様に何かあったら私は生きてはいられないだろう。だがそんな私の懺悔よりもお嬢様だ。せめて今はお嬢様の無事を願って捜索に全力で取り組まねば。
私は今、人生で一番と言うくらいの速度で馬を走らせている。一度見失ったお嬢様が見つかったと聞いたからだ。
リナリアお嬢様は一昨日の午後私が護衛に付いている最中に誘拐された。あまりの手際の良さに追いかけることしか出来ず、何とか連れ込まれたアジトを見つけ、救出する為の情報収集と侯爵家への連絡をした。
昨日到着した侯爵家の騎士たちと救出の為に誘拐犯のいる建物に乗り込んだが、犯人は全員押さえた筈なのにお嬢様だけが見つからない。情報を聞き出し地下室から地下通路、岩牢を隅々まで探し、さらには地下水路に出る為の隠し扉も探し当て、セライラ市の地下水路を端から端まで探索したのにお嬢様は見つから無かった。
本日捜索にいらしたお坊ちゃまに説明と案内をしている間も、見つからないお嬢様を思いジリジリとしていた。
それがどうだ、お坊ちゃま方が来て半日も経たずに見つかったという。
精霊付きのお子様だと言うことは月影には教えられている。そうでなくても我らは影からいつも見守っているのだ。大体の事は知っている。お坊ちゃまだけでなくカイン王子殿下も精霊付きだと言うのはユリウス坊っちゃま付きの月影チームのリーダーに伝えられた。こういう情報は護衛する時に重要だからだ。
だから今回もその精霊様のおかげでリナリアお嬢様がこちらに向かっていると分かったのはとても僥倖だと思う。
だが待てよ。
無事という事と安全だという事は違う事だ。
馬車に乗っている……それは普通に乗っているのか?
誘拐されて連れ去られているんだぞ?
縛られたり……脅されたり……
馬車は…安全か?
誘拐犯が偽装して更に何処かにお嬢様を連れて行く途中では無いのか?
馬車を確保しろと聞いて風のように飛び出してきたが……もしかしたらまだ誘拐犯の手の内かもしれんッ
慎重に…そして迅速にお嬢様を保護せねばッ!
セライラ市の門を抜け、街道を少し進むと向こうから白い塊が少し不自然に揺れながら向かってきている。
アレは…なんだ?
警戒する為に馬の速度を落とし観察すると、ホワイトベアだと分かった。
ホワイトベアがこちらに向かって歩いて来ているッ!!
その瞬間の全身から冷や汗が吹き出した。
ホワイトベアが街に向かって来ている…?
今は騎士団員も一緒だ。
おそらく討伐できよう。
覚悟を決め、気を高ぶらせた。
だがその後ろに馬車が居ることに気付くとスっと冷静に戻った。よく見るとホワイトベアは担がれている。だから動きがおかしかったのか。そして馬車を操車しているのは見るからに冒険者だ。
おそらくホワイトベアを担いでいる者も冒険者だろう。そしてあの馬車にお嬢様が居る……のか?
だが他に馬車は見えない。
よし、止めよう。
中にお嬢様が居るか確かめさせてもらおう。
違っていたら謝るだけだ。
大体、馬車に所属の印が無いということは平民の馬車か貴族家の馬車でも下働き用の馬車だろう。
「あの馬車を止めて中を改める。」
私は後ろから付いてきた侯爵家の騎士達にそう言って、彼らの前方から囲うように騎士たちを展開させて行く手を遮った。
先頭のホワイトベアがそのまま突っ込んできたので、思わず剣を抜いて臨戦態勢をとる。
やはり、誘拐犯の偽装した冒険者だったのか?
騎士たちの抜剣に驚き、慌てて止まった馬車の中から女の子の悲鳴が聞こえた。
「止まれっ!!馬車の中を改めさせてもらうッ!」
私は大声でそう言うと馬車に近付こうとしたが、ホワイトベアに阻まれた。
邪魔をするのかッ!?
コイツら……やはり誘拐犯かッ!?
「そうか…邪魔をするなら切り捨てられても文句は聞かんぞッ!!」
私が周りの騎士に合図を出そうとした瞬間、御者台の青年の声と、馬車の扉が開き、聞きなれた声色が同時にした。
「あああぁぁ!ちょ、ちょっとお待ちくださいッ!」
「やだッ!うちの騎士団の人達じゃないッ!」
剣を正眼に構えた状態で声の方をチラッと見る。油断して殺られてはならないからな。
だが間違いない。お嬢様の声だ。
「きゃーッ待って待ってッ!」
お嬢様が馬車から飛び降り(!?)私とホワイトベアの間に立つ。
むっ……本当に問題は無いのか…?
「ロブスさん、大丈夫です。ホワイトベアで威嚇しちゃダメですよッ。貴方も。えっとうちの…シャルマーニ騎士団の方ですよね?彼等は大丈夫です。私が護衛をお願いした冒険者の方々ですッ!」
お嬢様が説明しながら目の前にいらした。
……ああ…どこもお怪我とか無さそうだ。
良かった…。
「おぉ…そういえばコレは大盾では無かったな。」
お嬢様の向こうで通常よりもデカイホワイトベアを担いで私を遮った男が思い出した様に言った。
「ホワイトベアと大盾って……だいぶ違うのでは?……ふふっ」
男の言葉に小さく返事しながらもお嬢様が可笑しそうに笑う。
あぁ、本当に彼等は大丈夫なのだな。
私は剣を納め柄から手を離すとお嬢様の前に跪いた。
「リナリアお嬢様…ご無事で何よりです。」
万感の思いを込めてそう告げる。
「私を探しに来てくれたのですね。ありがとう。」
お嬢様の元気な声がお礼を言われる。
このやり取りを見ていた周りの騎士達も剣を納め近寄って跪いた。
「勿体無いお言葉…こちらこそ、易々とお嬢様を危険な目に遭わせてしまい誠に申し訳ありません。」
私は心の底から謝罪した。
「あ〜…確かにびっくりしたけど、まぁ私は無事だし。大丈夫よ。」
お嬢様は笑いながら許しをくれる。
なんと寛大な事か……
「それから、もうすぐ弟君も参られます。」
「ユリウスが!?……あぁ〜だから私がここに居ると分かったのね。」
「はい。左様でございます。」
やはり私達みたいな護衛よりお身内の方が安心されるのだろう。心からホッとした時の笑顔を見せていただいた。
「貴方……えっとお名前は?騎士団員なら大体覚えたと思ってたけど……ごめんなさいね。」
なんと……お嬢様は確かに良く騎士団員達とお話をされていたが…まさか名前を覚えておられたとはッ……だが月影の者である私の名前はさすがに分からないのも無理はない。
「ルス、と申します。」
「ルスさん。(…いつもありがとう…)」
名を告げたらお嬢様が小声で私だけに聞こえるくらいの小声でお礼を言われた。
……いつもありがとう……って、えっ!?
驚いて顔を上げると悪戯っぽくニッと笑ってこちらを見た。
まさか…気付いてッ!?
「さ、立って。」
お嬢様は私にそういうとサッと振り返り馬車の御者台に向かっていった。
私が立ち上がり、後ろで跪いていたほかの騎士たちを立たせた時、街から馬車が来た。
おそらくユリウスお坊ちゃま達だろう。
案の定騎士達の側で停止した馬車からユリウス様が出て来ようとすると、それを押し退けて何かが飛び出してきた。
私はソレがリナリアお嬢様目掛けて来るのを経験で分かっていたので咄嗟に間に立ち塞がった。
「ブッ…」
ズシッとくる衝撃がもはや異常なのではと、思うが、今回はちゃんとお嬢様を守れた。
私のお腹には突進を止められたカイン王子殿下が抱きついている。
そう、きっとそうなると思っていた。
一国の王子にこの対応は間違っているかもしれないが……あえて言わせてもらおう。
何故お嬢様に抱きつきに行こうとするんだッ!!
いつもいつもこのお子様はッ
お嬢様に甘えてッ!
先日正式に婚約したばかりだろうがッ!
いつもは影から見守っていた為防ぐ事も出来ないのだが、今日は違う。堂々と全力で止めさせてもらう!
だが、分かってはいたが恐ろしい速さだ。精霊魔術と組み合わせていると知っていても身体で止めるのが精一杯だった。
私がカイン王子殿下を抱きとめて心中で文句を吐き散らしていると馬車からユリウスお坊ちゃまと王子の護衛が降りてきた。
「カインッ僕より先に降りちゃダメだって!」
「カイン様ッ私より先に降りないで下さいっていつも言ってるでしょうッ!!」
口々にカイン王子殿下に文句を言う。
そうだ、もっと言ってやれっ
そもそも護衛のお前ッいつもいつも王子殿下に抜かれてるんじゃないッ怠慢だろう!?
「…うぅぅ…まさか止められるとは……」
私のお腹から体を離しながらカイン王子殿下がつぶやく。
「申し訳ありません。これも職務ですので。」
フンッ
これに懲りてお嬢様に近付くのをやめてくれ。
「僕より先に行くからだよ。」
「ムッ…」
「坊ちゃん、今のはちょっと擁護しかねますよ。」
ユリウス坊ちゃまの言葉にちょっとムッとするカイン王子殿下に護衛のアルフレッドが追い打ちをかける。
「……チッ」
マジか…舌打ちしたぞこの王子様。
今後もよくよく注意しとかねばッ!
「ユリウスッ!」
「姉様ッ!」
私がカイン王子殿下をがっちり抑えている間にお嬢様がこちらに気付き、無事にユリウス坊ちゃんと再会の抱擁を果たしていただけた。
「姉様……無事で良かった…」
「ユリウス…心配かけちゃったわね。」
「本当に…本っっ当に心配したんですからねッ!」
……うんうん。いつ見ても仲の良いご姉弟だ。私の心もほっこりする。
「おいっ!もういいだろ!?はーなーせッッ!」
「護衛殿…そろそろ…」
カイン王子殿下とアルフレッド殿に声をかけられ現実に引き戻される。
いかん。これ以上は不敬に当たるな。
私はカイン王子殿下を解放した。
離した途端お嬢様に向かって行ったが、ユリウス坊ちゃまが居るから不埒な事にはならずに済むだろう。
「リーナッ無事で良かった!」
「カインも来てくれたのね!ありがとう!」
走り寄ってきたカイン王子殿下を笑顔で迎えるお嬢様。と、次の瞬間カイン王子が抱きついた。だがお嬢様も特に何か思う訳でもなく自然に抱き返している。
……お嬢様…せっかくガードしたのに…何故カイン王子殿下の頭をグリグリしながら抱擁しているんですかッ!!
心中で盛大に憤慨していると慰めるようにアルフレッド殿に肩を叩かれた。見るとお手上げとでも言うように肩を竦めている。
苦言を呈しようと思ったが、馬車を操車していた冒険者が近寄って来たのでぐっと我慢する。
「私はこの冒険者パーティ『灯火』のリーダーのチェニスです。今回はリナリアお嬢様から王都のシャルマーニ邸までお送りするという依頼を受けました。」
この温厚そうな物腰に冒険者ではなかなかお目にかかれないような優しげな話し方、たしかに前回の炊き出しの時に見た冒険者だ。
落ち着いて見回すとどのメンバーもあの時に見た冒険者達だ。
ふむ。ひとまず話は聞いてやろう。
……なるほど。
話を聞く限り彼等と合流しなければ本気でお嬢様は危なかったのだな。
それだけでも礼金が出るだろう。
ここからのお嬢様の護衛は私達がするから彼等にはここで依頼達成という事で、後日シャルマーニ邸に来てもらうことにした。
別れ際、お嬢様がとても名残惜しそうにしているのを見て、彼等には本当に世話になったんだなと分かった。
ルスさんはナイスミドルな独り身のおじさん設定……リナリア愛が想定より重くなった気が……((汗))
何はともあれやっと合流できました。
良かった良かった。




