第31話 奮起
第31話 奮起
最後の一人。
カイの手から。
淡い光が消えた。
目の前。
横たわる。
水人族の男。
苦しそうだった呼吸が。
少しずつ。
落ち着いていく。
カイは。
その胸が。
ゆっくり上下するのを。
しばらく。
見ていた。
「……よし」
手を下ろす。
その瞬間。
腹に。
鈍い痛み。
「っ……」
身体が。
僅かに丸まる。
「カイ」
ナタリーが。
すぐに。
腕を支えた。
「もういい」
「でも」
カイが。
周囲を見る。
壊れた家。
崩れた壁。
瓦礫の間。
まだ。
横たわっている者たちがいる。
「残ってる人は?」
「全員確認した」
ナタリーが答える。
「命に関わる者から、お前に治してもらった」
「じゃあ……」
「ああ」
ナタリーが。
水人族たちを見る。
「ここからは私たちでできる」
カイも。
そちらを見る。
傷の深い者。
まだ。
意識の戻らない者。
自分で。
身体を起こせる者。
様々だった。
それでも。
生きている。
セルドが。
カイの前へ来る。
「カイ」
「ん?」
「本当に……ありがとう」
カイが。
セルドを見る。
顔。
腕。
服。
どこも。
土と血で汚れている。
カイは。
少しだけ。
首を横へ振った。
「まだ終わってないよ」
セルドの目が。
動く。
「生きてる人がいる」
カイは。
助け出された者たちを見る。
「これからでしょ」
セルドも。
同じ方を見る。
しばらく。
何も言わなかった。
やがて。
小さく。
頷く。
「ああ」
◇
治療が終わっても。
やることは。
残っていた。
崩れた家から。
毛布。
水。
食料。
まだ使える物を。
集める。
生き残った者たちを。
雨風を凌げる建物へ。
移す。
ナタリーと。
リシアは。
怪我人の手当て。
レオンと。
ロウガは。
崩れた家々から。
必要な物を運ぶ。
カイも。
立ち上がった。
「俺も――」
「座ってろ」
レオン。
「運ぶくらいできるよ」
「さっき腹押さえてただろ」
「でも」
「治す奴が倒れたら困るだろ」
「……」
カイが。
言葉に詰まる。
少し離れた場所。
ガルドも。
壁際に座っている。
《龍化》の反動。
まだ。
まともに。
身体へ力が入らない。
カイと。
目が合う。
ガルドは。
何も言わない。
ただ。
僅かに。
顎を動かした。
カイが。
小さく。
息を吐く。
「……分かったよ」
その場へ。
腰を下ろした。
◇
時間が。
過ぎていく。
傾いていた太陽が。
少しずつ。
低くなる。
その間も。
セルドは。
動いていた。
瓦礫を運ぶ。
怪我人を見る。
水を運ぶ。
時折。
動かなくなった仲間の前で。
足が止まる。
それでも。
また。
歩き出す。
カイは。
その姿を。
黙って見ていた。
失ったものは。
戻らない。
それでも。
生きている者は。
これからも。
ここで。
生きていく。
自分たちは。
いずれ。
この村を離れる。
セルドたちは。
違う。
ここから。
もう一度。
始める。
カイは。
自分の手を見る。
今日。
助けられた人がいる。
助けられなかった人もいる。
もし。
もっと強かったら。
一瞬。
考える。
でも。
すぐに。
やめた。
それは。
もう。
考えた。
今は。
次だ。
◇
夕方。
ようやく。
生き残った者たちを。
一つの建物へ。
集めることができた。
怪我の軽い水人族たちが。
水や食料を。
分けている。
セルドが。
建物から出てくる。
ナタリーが。
声をかけた。
「どうだ?」
「今夜は大丈夫だ」
セルドが。
中を見る。
「動ける者もいる」
「そうか」
「お前たちも休んでくれ」
ナタリーが。
皆を見る。
カイ。
レオン。
リシア。
ロウガ。
そして。
まだ。
自力では歩けない。
ガルド。
「そうさせてもらう」
セルドが。
頷いた。
そして。
カイを見る。
「カイ」
「ん?」
「さっき」
少し。
間。
「これからだと言ったな」
「うん」
セルドが。
壊れた村を見る。
夕日。
崩れた家々。
折れた木。
「そうだな」
長く。
息を吐く。
「まだ、終わってない」
カイは。
何も言わず。
頷いた。
◇
日が沈む。
六人は。
比較的。
損傷の少ない家で。
夜を過ごすことになった。
ナタリーと。
リシアが。
最後に。
怪我人の様子を見に行く。
レオンと。
ロウガは。
周囲を確認してから。
戻ってきた。
ガルドは。
横になったまま。
目を閉じている。
カイも。
身体を横にした。
少しして。
ナタリーと。
リシアが戻る。
カイが。
顔を上げる。
「怪我人は?」
「落ち着いている」
ナタリーが答える。
リシアも。
頷く。
「今夜は大丈夫だ」
「そっか」
ようやく。
今日が。
終わる。
カイは。
目を閉じた。
静かになると。
浮かぶ。
ライル。
黒い剣。
あの速さ。
見えていた。
それでも。
動けなかった。
でも。
もう。
同じことを。
何度も考えるつもりはない。
次に。
やることは。
決まっている。
身体。
剣。
弓。
魔法。
《予測》。
できることを。
全部。
伸ばす。
カイの意識が。
少しずつ。
沈んでいく。
そして。
眠りに落ちた。
◇
ピピピピ――。
カイが。
目を開ける。
白い天井。
カーテン。
机。
現実。
朝。
六時。
目覚ましを止める。
数秒。
天井を見る。
そして。
すぐに。
身体を起こした。
ジャージ。
着替える。
まだ。
家の中は静か。
靴を履く。
玄関を開ける。
朝の空気。
頬に。
触れる。
カイは。
軽く。
身体を伸ばす。
そして。
走り出した。
◇
河川敷。
最初は。
いつものように。
走る。
身体が。
温まる。
そこから。
速度を上げる。
全力。
一本。
二本。
三本。
次は。
切り返し。
右。
左。
前。
後ろ。
止まる。
走る。
また。
止まる。
何度も。
繰り返す。
昨日。
足りなかったもの。
全部を。
一日で。
手に入れることはできない。
でも。
何もしなければ。
何も変わらない。
脚が。
重くなる。
呼吸が。
荒くなる。
カイが。
膝へ。
手をつく。
「はぁ……」
汗。
地面へ。
落ちる。
少し。
休む。
そして。
顔を上げる。
「もう一本」
再び。
走り出した。
◇
学校。
いつもの。
教室。
「おはよ」
悠斗。
「おはよう」
カイが。
席へ座る。
悠斗が。
顔を覗く。
「何か疲れてない?」
「朝走ってきた」
「今日クラブの練習だろ?」
「分かってるよ」
「なら休んどけばいいのに」
「大丈夫」
悠斗が。
少し呆れた顔。
「お前の大丈夫は信用ならん」
「何でだよ」
「まあ」
悠斗が。
笑う。
「頑張ってこいよ」
カイも。
笑う。
「うん」
先生が。
教室へ入る。
いつもの。
授業が。
始まった。
◇
放課後。
カイは。
プロクラブの。
練習場へ向かった。
人工芝。
いくつものゴール。
クラブハウス。
すでに。
同年代の選手たちが。
身体を動かしている。
「……すご」
「神谷君」
カイが。
振り返る。
高瀬。
大会の日。
声をかけてきた。
スカウト。
「こんにちは」
「こんにちは」
高瀬が。
笑う。
「緊張してる?」
「してます」
「そう見えないけどな」
「してますよ」
カイが。
グラウンドを見る。
「でも」
少し。
笑う。
「楽しみです」
高瀬も。
笑った。
「それなら良かった」
「今日は普段通りでいいから」
「はい」
「楽しんできて」
「はい!」
◇
ウォーミングアップ。
ランニング。
ストレッチ。
ボールを使った。
軽い運動。
そこまでは。
周囲と。
大きく変わらない。
その後。
短距離。
二人ずつ。
スタート位置へ。
カイも。
並ぶ。
ピッ――!
一歩。
二歩。
三歩。
一気に。
加速。
カイが。
ゴールを抜ける。
振り返る。
隣の選手は。
まだ。
数メートル後ろ。
「……あれ?」
藤堂が。
ストップウォッチを見る。
もう一度。
カイを見る。
「神谷君」
「はい」
「悪いけど、もう一本お願いできるかな」
「はい」
二本目。
ピッ――!
また。
カイが。
飛び出す。
ゴール。
藤堂が。
時計を止める。
高瀬が。
横から。
表示を見る。
二人。
黙る。
「もう一度だけいいかな」
「大丈夫です」
三本目。
結果。
ほとんど。
変わらない。
高瀬は。
ストップウォッチではなく。
カイを見ていた。
大会。
あの日。
確かに。
自分の目で見た。
速かった。
だから。
声をかけた。
でも。
こんな速さでは。
なかった。
◇
切り返し。
右。
左。
前。
後ろ。
カイが。
一気に。
方向を変える。
速度が。
ほとんど落ちない。
一本目。
一位。
二本目。
一位。
三本目。
また。
一位。
そして。
一対一。
カイの前。
一人の選手。
「佐伯」
「神谷」
向かい合う。
開始。
カイが。
右へ。
ボールを動かす。
佐伯の。
重心。
僅かに。
動く。
その瞬間。
反対。
一気に。
抜ける。
「っ!?」
シュート。
ゴール。
佐伯が。
振り返る。
「速っ……」
次。
カイが。
守る。
佐伯が。
仕掛ける。
右。
左。
細かい。
カイは。
足だけではなく。
腰。
肩。
重心。
見る。
佐伯が。
縦へ。
出る。
その瞬間。
カイの足が。
伸びる。
ボールだけ。
奪う。
「は?」
佐伯が。
追う。
「待て!」
カイが。
振り返る。
「何?」
「何で分かった?」
「腰」
「腰?」
「先に動いたから」
佐伯が。
自分の腰を見る。
「そんなの見てんの?」
「見えるよ」
「普通そこまで見えねえよ」
「そうなの?」
「そうなの? じゃねえよ」
カイが。
笑う。
◇
相手が。
変わる。
二人目。
三人目。
四人目。
攻撃。
ほとんど。
止められない。
守備でも。
簡単には。
抜かれない。
終わるたび。
周囲の視線が。
増えていく。
高瀬が。
小さく。
呟く。
「……俺が見た時と違う」
藤堂が。
横を見る。
「大会?」
「はい」
「どのくらい?」
高瀬が。
答えようとして。
止まる。
もう一度。
カイを見る。
「別人みたいです」
◇
紅白戦。
開始。
最初。
カイは。
少し戸惑った。
一対一とは。
違う。
全員。
上手い。
パス。
判断。
動き出し。
全部。
速い。
ボールを。
受ける。
相手が。
すぐに来る。
一度。
戻す。
次。
また。
受ける。
今度は。
その前。
首を振る。
右。
左。
後ろ。
前。
一度。
二度。
三度。
見る。
ボール。
来る。
その時には。
次が。
決まっている。
ワンタッチ。
前。
「ナイス!」
佐伯。
今は。
同じチーム。
カイが。
走る。
返ってくる。
一人。
前。
右へ。
見せる。
左。
抜く。
二人目。
来る。
すぐに。
佐伯へ。
そのまま。
カイは。
走る。
「神谷!」
ボールが。
戻る。
ゴール。
見える。
右足。
バンッ――!
ネットが。
揺れる。
一点目。
◇
数分後。
相手の。
縦パス。
カイが。
蹴られる前に。
動いていた。
受ける選手より。
一歩。
早い。
ボールを。
奪う。
そのまま。
前へ。
一人。
二人。
寄る。
一人目。
かわす。
二人目。
身体を。
当ててくる。
ドンッ――!
「っ!」
身体が。
僅かに揺れる。
でも。
倒れない。
脚が。
残る。
そのまま。
前へ。
キーパーが。
出る。
カイが。
右を見る。
佐伯。
空いている。
パス。
「おっ!」
佐伯が。
そのまま。
シュート。
ゴール。
「ナイス!」
佐伯が。
カイへ。
走ってくる。
「今の見えてた?」
「うん」
「マジかよ」
◇
そこから。
相手の守り方が。
変わった。
一人では。
止められない。
二人。
カイへつく。
ボール。
入る。
一人。
前。
一人。
後ろ。
カイは。
無理に。
抜かない。
右。
空いた。
味方。
すぐに。
パス。
そして。
走る。
相手二人が。
一瞬。
遅れる。
もう一度。
ボールが戻る。
今度は。
前。
スペース。
一気に。
加速。
追いつけない。
ゴール前。
シュート。
二点目。
◇
その後。
相手は。
三人目まで。
カイを見るようになる。
カイが。
中央へ入る。
三人。
寄る。
その瞬間。
左。
大きく。
空く。
カイが。
ワンタッチ。
左へ。
味方が。
フリー。
クロス。
中央。
佐伯。
ゴール。
カイは。
得点していない。
それでも。
相手の守備が。
カイへ寄るだけで。
別の場所が。
空いていく。
藤堂が。
腕を組んだ。
「……速いだけじゃないな」
高瀬が。
頷く。
「はい」
「三人来てるのが分かってる」
「それだけじゃなく」
高瀬が。
カイを見る。
「空いた場所も見えてます」
◇
試合。
終盤。
周囲の選手たち。
呼吸が。
荒い。
カイも。
汗だく。
それでも。
走る。
前。
後ろ。
また。
前。
運動量が。
ほとんど。
落ちない。
相手のパス。
読む。
一歩。
先。
奪う。
そのまま。
前。
「佐伯!」
「おう!」
パス。
走る。
返ってくる。
一人。
二人。
カイへ。
寄る。
さらに。
外。
一人。
カイが。
中央へ。
切り込む。
三人の
視線が。
集まる。
その瞬間。
右。
完全に。
空く。
カイが。
足の外側で。
ボールを出す。
味方が。
走り込んでいる。
パス。
そのまま。
シュート。
ゴール。
「よし!」
声が上がる。
カイは。
すぐに。
自陣へ戻る。
得点したのは。
自分ではない。
でも。
三人が。
自分へ来れば。
その分。
誰かが空く。
それが。
はっきり。
見えていた。
◇
残り。
数分。
相手も。
さらに。
警戒する。
カイへ。
ボールが入る。
すぐに。
二人。
来る。
カイが。
一度。
後ろへ下げる。
そして。
走る。
相手も。
ついてくる。
その瞬間。
味方が。
中央へ。
入る。
ボール。
中央。
カイは。
そのまま。
止まらない。
さらに。
前へ。
「神谷!」
ボールが。
戻る。
一人。
前。
もう一人。
横。
カイが。
速度を上げる。
一人目。
身体を。
入れてくる。
カイも。
身体を。
当てる。
ドンッ――!
相手が。
僅かに。
体勢を崩す。
カイは。
止まらない。
二人目。
足が。
伸びる。
その前。
ボールを。
前へ。
一歩。
二歩。
抜ける。
キーパー。
前へ。
出る。
カイが。
右足を。
振る。
キーパーが。
右へ。
反応する。
その瞬間。
カイの足が。
止まる。
ボール。
左。
キーパーの横を。
抜ける。
カイも。
そのまま。
抜く。
目の前。
誰もいない。
ゴール。
軽く。
右足。
コロッ――。
ボールが。
ネットへ。
入った。
三点目。
ピッ――!
その直後。
終了の笛。
カイが。
大きく。
息を吐く。
「はぁ……」
汗を。
腕で拭う。
苦しい。
疲れている。
それでも。
まだ。
走れる。
佐伯が。
歩いてくる。
「神谷」
「ん?」
「お前」
息を。
整える。
「本当に同い年?」
「そうだけど」
「嘘だろ」
「何でだよ」
「速いし」
佐伯が。
指を一本。
立てる。
「強いし」
二本。
「最後まで走ってるし」
三本。
「しかも」
カイを見る。
「何であんなに全部見えてんだよ」
「全部?」
「最後」
佐伯が。
グラウンドを見る。
「二人も三人もお前に来てただろ」
「うん」
「普通、あれだけ来たら何もできないだろ」
カイが。
少し考える。
「でも」
「でも?」
「三人来たら」
カイが。
空いている場所を見る。
「その分、誰か空くじゃん」
佐伯が。
黙る。
「……」
「だから出しただけだけど」
「だけって……」
佐伯が。
大きく。
息を吐く。
「やっぱお前変だわ」
「何でだよ!」
佐伯が。
笑う。
カイも。
笑った。
◇
少し離れた場所。
高瀬と。
藤堂。
二人は。
まだ。
グラウンドを見ていた。
正確には。
カイを。
高瀬が。
腕を組む。
「……やっぱり違います」
藤堂が。
横を見る。
「大会の時と?」
「はい」
高瀬は。
あの日を。
覚えている。
一人。
二人。
三人。
相手を抜いた。
止められなかった。
だから。
声をかけた。
あの時も。
十分。
特別だった。
でも。
今日。
目の前にいたカイは。
明らかに。
その時より。
上。
「速かったです」
高瀬が言う。
「あの時も」
「それで声をかけたんだろ?」
「はい」
「でも?」
高瀬が。
カイを見る。
「ここまでじゃなかった」
藤堂も。
視線を。
カイへ戻す。
「短距離だけじゃない」
「はい」
「切り返し」
「はい」
「接触しても簡単に崩れない」
「はい」
「最後まで運動量が落ちない」
一度。
間。
「それでいて」
藤堂の目が。
僅かに細くなる。
「身体能力だけでやってない」
高瀬が。
頷く。
「二人来たら使う」
「三人来ても使う」
「寄ってくる前から」
高瀬が。
カイを見る。
「次を見てます」
藤堂は。
しばらく。
何も言わなかった。
今日。
初めて。
カイを見た。
技術。
まだ。
粗い部分はある。
ボールの置き所。
身体の向き。
ポジショニング。
教えることは。
いくらでもある。
でも。
それを。
差し引いても。
明らかに。
普通ではない。
「十五歳だよな?」
「はい」
「中三」
「はい」
藤堂が。
小さく。
息を吐く。
「身体能力だけなら」
少し。
考える。
「高校年代でも、かなり上だ」
高瀬が。
黙って。
カイを見る。
藤堂が。
続ける。
「ただ」
「はい」
「高校年代に混ぜて」
一度。
間。
「もう一度、同じ確認をする必要があるか?」
高瀬が。
藤堂を見る。
意味は。
すぐに。
分かった。
「……トップですか?」
藤堂は。
すぐには。
答えなかった。
十五歳。
中学三年生。
簡単に。
プロの中へ。
入れる。
そんな話ではない。
でも。
見てみたい。
今日。
何度も。
そう思った。
この選手が。
もっと速い。
もっと強い。
もっと上手い。
プロの選手たちの中へ。
入った時。
何が。
起きるのか。
「一度」
藤堂が言う。
「トップの中で見てみたい」
高瀬が。
少し驚く。
「本気ですか?」
「ああ」
藤堂が。
カイを見る。
「もちろん、こちらだけで決める話じゃない」
「はい」
「監督」
「はい」
「フィジカル担当」
「はい」
「トップのスタッフにも、今日のデータと映像を見てもらう」
「分かりました」
「それから」
藤堂が。
続ける。
「本人にも聞く」
高瀬が。
頷く。
「そうですね」
「まだ十五歳だ」
藤堂が。
カイを見る。
「本人と家族の意向を無視して進めることじゃない」
◇
練習が。
終わる。
カイは。
クールダウンを終えたあとも。
ボールを。
足元へ置いていた。
今日。
気になった。
トラップ。
少し。
大きくなった場面。
足元。
右。
左。
細かく。
触る。
止める。
身体を。
開く。
蹴る。
もう一度。
佐伯が。
横を通る。
「まだやるの?」
「ちょっとだけ」
「今日あんだけ走っただろ」
「ここ」
カイが。
ボールを止める。
「何回か大きくなったから」
佐伯が。
呆れた顔。
「今から直すの?」
「忘れそうだから」
「明日でいいだろ」
「今分かってるし」
「……」
佐伯が。
数秒。
カイを見る。
「ボール出せ」
「え?」
「五分だけ」
カイが。
笑う。
「やるんじゃん」
「うるせえ」
二人。
向かい合う。
パス。
止める。
返す。
また。
来る。
今度は。
身体の向き。
次へ。
蹴りやすい場所。
意識する。
一回。
二回。
十回。
二十回。
少しずつ。
ボールが。
同じ場所へ。
収まる。
次。
ワンタッチ。
佐伯から。
来る。
返す。
来る。
返す。
テンポが。
上がる。
その時。
カイの視界。
青白い文字。
――――――――――
《サッカー経験を獲得しました》
《ボールコントロール経験を獲得しました》
――――――――――
カイの目が。
僅かに。
大きくなる。
「神谷!」
「あ」
ボールが。
足元を抜ける。
佐伯が。
笑う。
「何してんだよ」
「ごめん!」
カイが。
ボールを追う。
でも。
口元は。
少しだけ。
緩んでいた。
現実でも。
積み重なる。
今日。
一日。
それが。
はっきり。
分かった。
◇
着替えを終え。
カイが。
高瀬と藤堂のところへ。
戻る。
「今日はありがとうございました」
頭を下げる。
藤堂が。
答える。
「こちらこそ。参加してくれてありがとう」
「楽しかったです」
「それなら良かった」
高瀬は。
カイを。
じっと見ていた。
カイが。
気づく。
「高瀬さん?」
「あのさ」
「はい?」
高瀬が。
少し。
言いづらそうに。
笑う。
「一つ聞いてもいい?」
「何ですか?」
「あの大会の時」
一度。
間。
「本気でやってた?」
カイが。
目を丸くする。
「え?」
高瀬が。
すぐに。
手を上げる。
「ごめん。変な意味じゃないんだ」
「本気でしたよ」
「だよね」
「はい」
「じゃあ」
高瀬が。
小さく。
息を吐く。
「本当に、あれからここまで伸びたのか」
カイが。
首を傾げる。
「そんなに違います?」
「違う」
即答。
「俺が声をかけた時も」
高瀬が。
カイを見る。
「十分すごかった」
「……はい」
「だから声をかけた」
一度。
今日のグラウンドを見る。
「でも今日の君は」
カイへ。
視線を戻す。
「あの時とは、明らかに違う」
カイが。
自分の手を見る。
自分でも。
前より。
動ける。
そう感じていた。
でも。
他人から。
ここまで。
言われるとは。
思っていなかった。
藤堂が。
そこで。
口を開く。
「神谷君」
「はい」
「私からも、少し話していいかな」
「はい」
藤堂が。
カイを見る。
「今日、初めて君のプレーを見せてもらった」
「はい」
「率直に言えば」
少し。
笑う。
「かなり驚いた」
「本当ですか?」
「ああ」
「速かったから?」
「それもある」
藤堂が答える。
「初速」
「切り返し」
「接触した時の強さ」
「最後まで落ちない運動量」
一つずつ。
挙げる。
「身体能力だけでも」
一度。
間。
「中学生の基準だけで見るのは難しい」
カイが。
黙る。
「高校年代と比べても」
藤堂が続ける。
「かなり高い水準にあると思う」
「高校生の中でも?」
「ああ」
カイが。
少し。
驚く。
藤堂が。
続ける。
「ただ」
「はい」
「それ以上に気になったのが」
自分の。
こめかみを。
軽く指す。
「見ることと、判断することだ」
「判断?」
「二人に囲まれた時」
「はい」
「無理に抜かなかった」
「佐伯が空いてたから」
「三人寄ってきた時は?」
「左が空いてました」
「最初から見えていた?」
「はい」
カイは。
普通に。
答える。
藤堂と。
高瀬が。
一瞬。
顔を見合わせる。
藤堂が。
少し。
笑った。
「やっぱりな」
「?」
カイが。
首を傾げる。
藤堂の表情が。
少し。
真剣になる。
「神谷君」
「はい」
「ここからは」
一度。
間。
「まだ決まった話ではない」
「はい」
「まず」
藤堂が。
言葉を選ぶ。
「君自身の気持ちを聞かせてほしい」
カイが。
藤堂を見る。
「もし」
「はい」
「クラブ側で調整ができたら」
藤堂が。
続ける。
「次は、トップチームの練習に参加してみないか?」
カイが。
止まる。
「……トップ?」
「うん」
「トップって」
分かっている。
でも。
聞いてしまう。
「プロの選手たちですか?」
「そう」
カイの目が。
大きくなる。
「俺が?」
藤堂が。
少し笑う。
「神谷君が」
「プロと?」
「ああ」
カイは。
すぐには。
言葉が出なかった。
プロ。
小さい頃から。
ずっと。
目指してきた。
場所。
テレビ。
スタジアム。
画面の向こう。
そこにいる。
選手たち。
その中で。
自分が。
ボールを蹴る。
「……やりたいです」
ようやく。
声が出る。
藤堂が。
カイを見る。
「本当に?」
「はい!」
今度は。
はっきり。
「やりたいです!」
「分かった」
藤堂が。
頷く。
「そう言ってもらえて良かった」
高瀬も。
笑う。
ただ。
藤堂は。
すぐに続けた。
「でも」
「はい」
「さっきも言った通り、まだ決定ではない」
「はい」
「トップの監督やスタッフにも、今日の映像やデータを確認してもらう必要がある」
「分かりました」
「それと」
高瀬が。
続ける。
「神谷君はまだ中学生だから」
「あ」
「ご家族にも、こちらからきちんと説明させてもらいたい」
カイが。
頷く。
「はい」
「今日、ご自宅に連絡しても大丈夫?」
「大丈夫です」
少し。
考える。
「多分、母さんが出ると思います」
高瀬が。
笑う。
「分かった。こちらから説明するね」
「お願いします」
藤堂が。
カイを見る。
「今日は本当にありがとう」
「こちらこそ」
カイが。
深く。
頭を下げる。
「ありがとうございました!」
◇
家。
玄関。
「ただいま」
「おかえり」
リビングから。
母の声。
カイが。
靴を脱ぐ。
中へ。
入る。
すると。
母が。
すぐに。
こちらを見る。
「海」
「ん?」
「今日行ったクラブの高瀬さんから、さっき電話があったよ」
カイの足が。
止まる。
「もう?」
「もうって?」
「あ」
カイが。
少し笑う。
「いや」
母も。
笑う。
「何したの?」
「何したって……」
「すごく褒めてたよ」
「本当?」
「うん」
そこへ。
父も。
顔を出す。
「聞いたぞ」
「父さんも?」
「そりゃ聞くだろ」
父が。
カイを見る。
「プロの練習に参加するかもしれないって?」
カイが。
一瞬。
黙る。
そして。
顔が。
緩む。
「うん」
今日。
藤堂から。
言われたこと。
身体能力。
判断。
そして。
トップチーム。
カイが。
一つずつ。
話す。
母が。
改めて。
驚いた顔。
「プロの選手と一緒に?」
「うん」
「すごいじゃない」
父も。
頷く。
「まだ決まってないんだろ?」
「うん」
「高瀬さんもそう言ってた」
母が言う。
「トップチームの方とも調整してからって」
「うん」
少し。
間。
母が。
カイを見る。
「でも」
「ん?」
「海は、やりたいんでしょ?」
カイは。
迷わない。
「やりたい」
父が。
少し笑う。
「なら、やってこい」
カイが。
父を見る。
「いいの?」
「ここまで来て、駄目って言う理由ないだろ」
「……うん」
胸の奥が。
少し。
熱くなる。
「ありがとう」
◇
夕食。
風呂。
それでも。
カイの一日は。
まだ。
終わらなかった。
自分の部屋。
床。
カイが。
腕立てをしている。
一回。
二回。
三回。
一定の速度で。
身体を。
上下させる。
五十。
六十。
七十。
腕が。
少しずつ。
重くなる。
それでも。
止めない。
八十。
九十。
百。
最後の一回。
身体を。
押し上げる。
「……百」
そのまま。
床へ。
身体を落とす。
「はぁ……」
数秒。
休む。
次。
腹筋。
百回。
終わる。
すぐに。
スクワット。
深く。
沈む。
立つ。
また。
沈む。
今日。
朝から。
かなり動いた。
それでも。
まだ。
身体は動く。
百回。
終わる。
次。
体幹。
身体を。
一直線に。
保つ。
一分。
二分。
三分。
腕が。
震え始める。
腹。
脚。
身体中に。
力を入れる。
「まだ……」
四分。
五分。
限界。
カイが。
床へ。
倒れ込む。
「はぁ……!」
天井を。
見る。
朝。
走った。
全力で。
何本も。
ダッシュした。
学校。
そして。
クラブ。
短距離。
切り返し。
一対一。
紅白戦。
その後も。
佐伯と。
ボールを蹴った。
そして。
今。
身体は。
疲れている。
当然だった。
でも。
不思議と。
嫌ではない。
昨日。
ライルに。
何もできなかった。
あの時とは。
違う。
今は。
少しずつでも。
前へ。
進んでいる。
カイが。
身体を。
起こす。
「もう少し……」
その時。
視界の端。
青白い文字。
――――――――――
《身体能力経験を獲得しました》
《体術経験を獲得しました》
――――――――――
「……!」
カイが。
表示を見る。
まだ。
消えない。
続く。
――――――――――
《長時間の継続修練を確認》
《敏捷経験を獲得しました》
《体力経験を獲得しました》
《反応経験を獲得しました》
――――――――――
「こんなに……」
朝。
走った。
クラブで。
全力を出した。
その後も。
練習した。
帰ってからも。
身体を動かした。
全部。
積み重なっている。
そして。
もう一つ。
表示。
――――――――――
《SKILL LEVEL UP》
《体術 Lv.2 → Lv.3》
――――――――――
「上がった……!」
カイが。
拳を握る。
身体の奥。
何かが。
少し。
変わる。
力。
というより。
身体の使い方。
さっきまでより。
自然に。
分かる。
カイは。
立ち上がる。
軽く。
構える。
一歩。
前。
身体を。
捻る。
拳。
出す。
シュッ――。
「……速い」
もう一度。
今度は。
足。
踏み込む。
身体が。
以前より。
滑らかに。
ついてくる。
カイが。
笑う。
修練すれば。
上がる。
向こうだけではない。
現実でも。
強くなれる。
カイが。
STATUSを開く。
――――――――――
STATUS
神谷 海
LEVEL:15
HP:165 / 165
MP:142 / 142
筋力:29
体力:28
敏捷:32
器用:31
知力:30
感知:33
精神:31
ATTRIBUTE
《光》
《炎》
SKILL
《剣術 Lv.3》
《弓術 Lv.4》
《体術 Lv.3》
《予測 Lv.3》
《鑑定 Lv.4》
《治癒 Lv.3》
《創造》
――――――――――
LEVEL。
十五。
変わっていない。
カイが。
その数字を見る。
今日。
これだけ。
やった。
スキルは。
上がった。
身体も。
確実に。
変わった。
でも。
LEVELは。
上がっていない。
「やっぱり」
カイが。
呟く。
「簡単には上がらないか」
以前から。
分かっていた。
同じことを。
ただ。
繰り返すだけでは。
LEVELは。
簡単には上がらない。
もっと。
大きな経験。
もっと。
厳しい修練。
必要なのかもしれない。
カイが。
STATUSを。
見続ける。
剣術。
弓術。
体術。
予測。
鑑定。
治癒。
創造。
「全部……」
もっと。
上げたい。
ライル。
LEVEL35。
今の自分。
LEVEL15。
二十。
差がある。
一つ。
上げるだけでも。
簡単ではない。
普通に。
鍛えていたら。
どれだけ。
時間がかかる。
カイが。
少し。
考える。
その時。
一つの文字で。
目が止まった。
《創造》
「……」
これまで。
必要なものを。
何度も。
作ってきた。
水。
食料。
道具。
武器。
弓。
船。
その時。
必要なものを。
DPを使って。
作る。
カイが。
ベッドへ。
腰を下ろす。
「鍛えるためのもの……」
もし。
作れるなら。
修練に。
使えるもの。
もっと。
厳しい環境。
もっと。
効率よく。
経験を積める。
何か。
カイは。
机へ向かう。
ノート。
開く。
ペンを。
持つ。
書く。
剣。
弓。
体術。
魔法。
予測。
その下。
大きく。
一つ。
《CREATION》
丸で。
囲む。
「向こうに戻ったら」
カイが。
その文字を見る。
「調べてみよう」
今は。
現実。
《CREATION》を。
使うことはできない。
でも。
次に。
ドリームワールドへ戻れば。
確認できる。
カイは。
ペンを置く。
ベッドへ。
横になる。
身体が。
重い。
今度こそ。
本当に。
限界だった。
目を閉じる。
今日。
起きたことが。
次々に。
浮かぶ。
朝。
走った。
クラブ。
佐伯。
三得点。
高瀬。
藤堂。
そして。
トップチーム。
プロ。
ずっと。
夢だった。
その場所が。
今までより。
ずっと。
近くにある。
嬉しい。
本当に。
嬉しい。
でも。
その後。
浮かんだのは。
黒い剣。
ライル。
LEVEL35。
カイは。
目を閉じたまま。
拳を握る。
現実では。
高校生より。
身体能力が高いと。
言われた。
プロの中で。
見てみたいと。
言われた。
それでも。
ドリームワールドでは。
何も。
できなかった。
なら。
まだ。
足りない。
もっと。
強くなる。
現実でも。
ドリームワールドでも。
どちらでも。
できることを。
全部。
やる。
カイの意識が。
ゆっくり。
沈んでいく。
明日。
目を覚ませば。
ドリームワールド。
次は。
向こうで。
始める。
《CREATION》。
DP。
何か。
使えるものが。
あるかもしれない。
その可能性を。
考えながら。
カイは。
眠りに落ちた。




