第28話 旅立ち
第28話 旅立ち
船は。
波の上を進んでいた。
帆が。
海から吹く風を受ける。
ばさっ――。
張った布が。
大きく鳴った。
カイは。
船縁から後ろを見る。
火ノ島。
ラグニル山。
さっきまで大きく見えていた山が。
少しずつ。
遠ざかっている。
その横。
レオンが。
船縁を強く掴んだまま。
黙っていた。
「レオン」
「何だよ」
「また?」
「まだ何も言ってないだろ」
リシアが。
荷物の中から。
細長い葉を一枚取り出した。
レオンの前へ。
差し出す。
「食べろ」
レオンが。
葉を見る。
「香醒草……」
「顔を見れば分かる」
「まだ吐いてない」
「吐いてからでは遅い」
レオンは。
少しの間。
苦い葉を見つめた。
船が。
大きく揺れる。
「……もらう」
カイが。
思わず笑った。
「学んだね」
「うるさい」
レオンが。
嫌そうな顔で。
香醒草を口へ入れる。
噛んだ瞬間。
さらに顔が歪んだ。
「やっぱ苦い……」
「効くだろ」
「苦いものは苦いんだよ」
少し離れたところで。
ナタリーが。
海の先を見ながら言った。
「騒ぐな。見えてきたぞ」
カイが。
前へ向き直る。
青い海。
その先。
長く続く砂浜。
さらに奥には。
深い森。
「戻ってきた……」
カイが呟く。
その時。
ナタリーが。
海岸とは違う方角へ。
目を向けた。
「待て」
カイが。
ナタリーを見る。
「何?」
ナタリーの目は。
遠くの水平線へ向いたまま。
「何か見える」
カイも。
同じ方角を見る。
最初は。
何も見えなかった。
だが。
目を凝らすと。
水平線の上。
薄く。
長い影が伸びている。
「島……?」
ガルドも。
船首から影を見る。
「あれは、前からあったのか」
ナタリーが。
首を横へ振る。
「いや。見たことがない」
カイの視界に。
昨日の表示が蘇る。
《WORLD PHASE 4》。
その直後。
大地が揺れ。
空を。
白い光と。
黒い光が覆った。
「あれも、世界が変わったせいなのかな」
ナタリーが。
陸影を見つめる。
「まだ分からない」
一度。
海岸へ視線を戻す。
「まずは岸へ向かうぞ」
「うん」
ガルドも。
船首から岸を見る。
「前に来た浜だな」
「ああ」
舵を握るロウガが。
短く答えた。
二人が。
海を渡ってきた場所。
そして。
皆で船を造った場所。
ガルドとロウガにとっても。
この大地も。
海岸も。
その奥の森も。
初めてではない。
だが。
森のさらに奥。
エルフの集落まで入ったことは。
まだなかった。
船が。
岸へ近づく。
砂浜にいた二人のエルフ。
エイルとフィンが。
こちらへ気づいた。
最初に。
ナタリーたちを見る。
次に。
ガルド。
ロウガ。
二人の角。
頬や腕にある鱗。
エイルの目が。
僅かに見開く。
「ナタリー!」
フィンも。
すぐ隣へ並ぶ。
「その二人が、龍人族か?」
ナタリーが。
船縁から答える。
「ああ。ガルドとロウガだ」
フィンが。
小さく頷く。
「そうか」
ガルドは。
二人の様子を。
静かに見ていた。
ロウガも。
舵を握ったまま。
二人を見ていた。
船底が。
浅い砂を擦る。
ガルドが。
船から降りる。
縄を持ち。
岸へ固定した。
ロウガも降りる。
その後。
ナタリー。
リシア。
レオン。
最後に。
カイ。
見張りの二人は。
間近で見る角と鱗に。
驚きを隠せずにいた。
ガルドが。
二人へ向き直った。
「ガルドだ」
ロウガも。
短く名乗る。
「ロウガだ」
フィンが。
二人を見る。
「話は聞いている」
一度。
船へ目を向ける。
「一緒に、あの船を造った二人だな」
ガルドが頷いた。
「ああ」
ナタリーが続ける。
「私が長老へ説明する」
「分かった」
フィンが答える。
そして。
六人の後ろ。
船を見る。
「それと」
ナタリーが振り返る。
「何だ」
フィンが。
海へ顔を向けた。
火ノ島がある方角とは。
別の海。
「昨日の揺れのあとだ」
遠くを指す。
「それまで何もなかった場所に、陸の影が見えるようになった」
ナタリーが頷く。
「私たちも、海の上から見た」
フィンが。
陸影を見る。
「やはり、そちらからも見えるか」
ナタリーが聞く。
「長老には?」
「すでに使いを出した」
「そうか」
カイが。
もう一度。
陸影を見る。
「やっぱり、昨日の変化で……」
ナタリーが。
カイを見る。
「まだ決めつけるな」
「まずは長老だ」
カイが頷く。
「うん」
ナタリーが。
二人へ顔を戻す。
「船を頼む」
「分かった」
エイルが。
短く答えた。
六人は。
必要な荷物を持ち。
森へ向かった。
◇
海岸から。
森へ入る。
波の音が。
少しずつ遠ざかる。
最初は。
ガルドとロウガも知る場所だった。
船材を選び。
木を切り出した森。
ロウガが。
道の脇を見る。
そこには。
以前切った木の跡が残っている。
「ここは覚えている」
「船造ったところだもんね」
カイが答える。
さらに。
森の奥へ。
踏み固められた細い道。
木の幹につけられた印。
低い柵。
そこから先は。
二人も初めて見る場所だった。
ガルドが。
周囲を見る。
「集落は、まだ先か」
ナタリーが答える。
「もう少しだ」
カイが。
思わず笑う。
ナタリーが見る。
「何だ」
「いや」
「俺も最初に同じこと聞いたなって」
「そうか」
「その時も、もう少しって言ったよね」
「着いただろ」
「着いたけどさ」
レオンが。
横から口を挟む。
「ナタリーのもう少しは、信用しない方がいいぞ」
「お前たち」
ナタリーの目が。
僅かに細くなる。
リシアが。
前を見たまま言った。
「話しているうちに着く」
ロウガが。
短く答える。
「なら歩け」
カイとレオンが。
顔を見合わせた。
「厳しくない?」
「ガルドより厳しいかもな」
「聞こえているぞ」
後ろから。
ロウガの声。
二人は。
すぐ前を向いた。
その横で。
ガルドが。
僅かに笑っていた。
◇
木々の先が。
開ける。
大きな木。
その幹を囲む住居。
木と木の間に渡された通路。
中央の広場。
エルフの集落。
ガルドとロウガの足が。
僅かに緩んだ。
二人が。
初めて見る場所。
「ここが」
ガルドが呟く。
ナタリーが頷く。
「私たちの集落だ」
集落のエルフたちも。
六人へ気づいた。
まず。
ナタリー。
レオン。
リシア。
三人の帰還に。
表情が緩む。
だが。
その後ろ。
ガルドとロウガを見た瞬間。
いくつもの視線が集まった。
角。
鱗。
腰の剣。
「あれが、龍人族か」
「海岸で船を造ったという……」
「本当に、角も鱗もある」
小さな声が。
広場のあちこちから聞こえる。
遊んでいた子どもが。
近くの木の陰から。
身を乗り出す。
目を丸くして。
二人を見ている。
弓を手入れしていた男は。
手を止めたまま。
こちらから目を離さない。
ナタリーが。
集落の者たちを見る。
「ガルドとロウガだ」
「長老へ報告に来た」
道は。
ゆっくり開いていく。
ガルドとロウガは。
周囲の視線を受けたまま。
ナタリーの後ろを歩いた。
集落の奥。
大きな木の根元。
そこに。
アルヴェル長老がいた。
ナタリーが。
少し姿勢を正す。
「アルヴェル長老。ただいま戻りました」
アルヴェルが。
ゆっくり顔を上げる。
ナタリー。
レオン。
リシア。
そして。
カイを見る。
「戻ったか」
「はい。ご心配をおかけしました」
アルヴェルの視線が。
ガルドとロウガへ移る。
二人の姿を。
静かに見た。
ナタリーが続ける。
「こちらは、火ノ島で出会ったガルドとロウガです」
一度。
言葉を切る。
「龍人族と名乗っています」
アルヴェルの目が。
僅かに細くなる。
「龍人族……」
「海岸の者から、話は聞いている」
二人を。
改めて見る。
「会うのは初めてだがな」
ガルドが。
一歩前へ出た。
「私はガルドだ」
隣のロウガを見る。
「こちらはロウガ」
そして。
アルヴェルへ頭を下げる。
「突然訪ねたことを詫びたい」
ロウガも。
黙って頭を下げた。
アルヴェルは。
二人を見たあと。
立ち上がった。
「私はアルヴェル。この集落の長老だ」
視線が。
六人へ向く。
「まずは、話を聞こう」
◇
長老の家。
六人は。
アルヴェルの前へ座った。
カイの腰には。
ラグナリス。
アルヴェルの目が。
一度だけ。
その剣へ向く。
だが。
先に。
ナタリーが口を開いた。
「火ノ島では、子どもたちを中心に原因不明の病が広がっていました」
アルヴェルの表情が。
僅かに変わる。
「病か」
「はい」
ナタリーが頷く。
「すでに、十二人が亡くなっていました」
室内が。
静かになる。
アルヴェルは。
すぐには何も言わなかった。
やがて。
低い声で聞く。
「原因は分かったのか」
「はい」
ナタリーが。
カイを見る。
「カイの《鑑定》で、《火晶毒》という毒が原因だと分かりました」
カイが続ける。
「火ノ島を流れる川に、毒が混じってたんです」
「川に?」
「はい」
カイは。
火晶石。
砕かれた鉱石。
川へ沈めていた三人。
順番に話した。
アルヴェルは。
口を挟まず聞いている。
「なぜ、そのようなことを」
ガルドが。
静かに答えた。
「黒炉集落を治めるヴォルグという男が、命じていた」
「自らの集落が、他の集落から切り捨てられる」
一度。
拳を握る。
「そう思い込み、配下へ火晶石を川に沈めるよう命じていた」
アルヴェルが。
ガルドを見る。
「思い込み、と言ったな」
「ああ」
ガルドは。
カイへ視線を向けた。
カイが頷く。
「ヴォルグを鑑定したら」
少し。
言葉を選ぶ。
「《闇の種 Lv.2》っていう状態が出たんです」
アルヴェルの目が。
止まる。
「闇の種……」
「俺も、初めて見ました」
「それは何をするものだ」
「分かりません」
カイは。
首を横に振った。
「《鑑定》でも、詳しいことは見えなかったです」
ロウガが。
低い声で続ける。
「数か月前から、ヴォルグは人が変わったようになったらしい」
「怒りやすくなり、周囲の話を聞かなくなった」
「黒炉以外の集落を、敵だと思い込むようにもなった」
ナタリーが。
アルヴェルを見る。
「《浄化》で闇の種が消えたあと、ヴォルグは元に戻りました」
「ですが、その間の記憶を失っていました」
「どれほどだ」
「数か月です」
アルヴェルの眉が。
僅かに寄る。
カイも。
あの時のヴォルグを思い出す。
自分の知らない時間。
自分の名で起きたことを聞き。
血の気を失っていた姿。
アルヴェルが聞く。
「病に倒れた者たちは?」
「薬になる月白草を見つけました」
カイが答える。
「毒が身体から抜けても、傷が残ってた人には《治癒》も使いました」
リュカ。
小さな身体。
浅かった呼吸。
そして。
最後に見せた笑顔。
「もう、すぐに命を落とすような人はいません」
ガルドが頷く。
「川の毒も消えた」
アルヴェルが。
カイを見る。
「お前が消したのか」
カイは。
腰のラグナリスへ触れた。
「この剣で」
鞘ごと外し。
自分の前へ置く。
鞘。
その中には。
白と赤の光を宿す剣。
「光焔剣ラグナリスっていいます」
「ラグナリス……」
アルヴェルが。
剣を見る。
「火ノ島の剣なのか」
「ラグニル山で見つけました」
カイは。
崖から落ちたこと。
山の中で。
封印された祭壇を見つけたこと。
光属性で。
その扉を開いたことを話した。
「お前の光が、扉を開いたのか」
「はい」
ガルドが。
ラグナリスを見る。
「祭壇には、我らが始祖として崇めるラグニル様の像があった」
「俺たちも知らなかった場所だ」
カイが続ける。
「それと」
自分の右手を見る。
「前から持っていた光属性に加えて」
一度。
ラグナリスを見る。
「この剣を手にして、炎属性も得ました」
アルヴェルの視線が。
カイの手へ向く。
「炎属性?」
「はい」
カイの掌。
小さな炎が灯る。
赤。
その中心には。
白い光。
アルヴェルが。
静かに見つめる。
「火とは違うのか」
ガルドが。
自分の掌へ。
赤い火を出した。
二つ。
並ぶ。
「我ら龍人族が扱うのは火だ」
カイの炎を見る。
「炎は、始祖ラグニル様だけが扱ったと伝わっている」
「全てを焼き尽くし」
一度。
言葉を切る。
「全てを浄化する力だ」
カイが。
掌の炎を消す。
「ラグナリスにも、《浄化》っていう力がありました」
「それで、川の火晶毒を消しました」
「ヴォルグの《闇の種》も」
アルヴェルは。
しばらく。
ラグナリスを見ていた。
やがて。
静かに口を開く。
「光は傷を癒やし、穢れを祓う」
カイの目が。
僅かに開く。
以前。
アルヴェルから聞いた。
創生のエルフ。
エリシア様と光について残された言葉。
「覚えてる」
「ああ」
アルヴェルが頷く。
「だが」
ラグナリスを見る。
「炎と一つになった光については、少なくとも私が知る伝承にはない」
「俺たちにも」
ガルドが答える。
「ラグナリスの名は伝わっていなかった」
二つの種族。
どちらにも。
全てを知る者はいない。
カイは。
目の前の剣を見る。
まだ。
三つ。
名前すら分からない力が残っている。
「もう一つあります」
カイが。
顔を上げた。
「俺がLEVEL15になった時」
一度。
呼吸を置く。
「《WORLD PHASE 4へ移行します》って表示が出ました」
アルヴェルの眉が動く。
「その言葉は何だ」
「俺にだけ見える、世界の段階みたいなものです」
カイは。
今まで。
世界が変わった時のことを。
短く説明した。
雨。
森。
海。
新しい大地。
そして。
今回。
「表示が出た直後に、地面が大きく揺れました」
ナタリーが続ける。
「空には、白い光と黒い光が現れました」
「ヴォルグが記憶を失う前、山で見たと言っていたものも黒い光です」
アルヴェルの表情が。
さらに険しくなる。
「同じものか」
「分かりません」
カイが答えた。
「でも」
ラグナリスへ目を落とす。
「関係がないって言い切ることも、できないと思います」
長い。
沈黙。
外から。
集落の声が。
僅かに聞こえる。
アルヴェルが。
ゆっくり息を吐いた。
「今、分からぬものを決めつけるべきではない」
カイが頷く。
「はい」
「だが」
アルヴェルは。
六人を見る。
「忘れてよいものでもない」
「はい」
今度は。
ナタリーが答えた。
◇
報告が。
一度途切れる。
それでも。
ナタリーは。
座ったまま動かなかった。
アルヴェルが見る。
「まだあるのだな」
「はい」
ナタリーが。
少し姿勢を正す。
「もう一つ、お伝えしたいことがあります」
レオン。
リシア。
二人も。
ナタリーを見る。
「私たち三人は」
一度。
カイへ目を向ける。
「これからも、カイと旅を続けます」
アルヴェルは。
驚かなかった。
静かに。
三人を見る。
「決めたのだな」
「はい」
レオンも。
姿勢を正す。
「俺も、そのつもりです」
リシアが頷く。
「私も行きます」
アルヴェルの目が。
再びナタリーへ戻る。
「どこへ向かう」
ナタリーは。
海岸で聞いた。
新しい陸を思い浮かべる。
「海の向こうに、また新たな大地が現れたそうです」
「まずは、そこへ向かうつもりです」
アルヴェルが。
小さく頷く。
「海岸からの使いにも聞いた」
そして。
カイたちを見る。
「何があるかは、まだ誰も知らぬ」
「はい」
「それでも行くか」
ナタリーは。
迷わなかった。
「自分たちの目で、確かめたいと思っています」
アルヴェルが。
僅かに笑う。
「許しを求めている顔ではないな」
ナタリーの目が。
少しだけ揺れる。
「決めたことをご報告し」
静かに続ける。
「旅立ちの挨拶をするために戻りました」
アルヴェルは。
しばらく。
ナタリーを見ていた。
やがて。
レオン。
リシア。
順番に見る。
「ならば」
低く。
穏やかな声。
「行ってこい」
三人の表情が。
僅かに変わる。
「己の目で見て」
「己で考え」
アルヴェルが続ける。
「そして、無事に戻れ」
ナタリーが。
深く頭を下げた。
「はい。必ず戻ります」
レオン。
リシアも。
同じように頭を下げる。
「ありがとうございます」
「必ず」
少しして。
ナタリーが。
ガルドとロウガを見る。
「二人も、私たちと旅をすることを決めています」
「火ノ島のラザン大長老へ、すでに意思を伝え、許しも得ています」
アルヴェルの視線が。
二人へ向く。
ガルドが頷く。
「俺たちの意思は、火ノ島で決めた」
「この者たちと外を見たい」
ロウガも。
短く言う。
「そのために来た」
アルヴェルは。
二人を見たあと。
カイを見る。
「また増えたな」
カイが。
少し笑う。
「うん」
「最初は、俺一人だったんですけど」
ナタリーが。
横から見る。
「一人で危なっかしかったからな」
「今も?」
「今もだ」
即答。
レオンが。
吹き出す。
リシアも。
僅かに笑った。
ガルドの口元も。
少しだけ緩む。
アルヴェルは。
六人を見回した。
「今日中に出るつもりか」
ナタリーが答える。
「はい」
「なら、出る前に準備を整えろ」
「食料も水も、必要な分を持っていくといい」
「ありがとうございます」
ナタリーが。
もう一度。
頭を下げた。
◇
長老の家を出る。
外には。
まだ。
何人ものエルフがいた。
ガルドとロウガを。
遠くから見ている。
だが。
最初のように。
武器へ手をかける者はいない。
ナタリーが。
六人を見る。
「出航は日が落ちる前だ」
「今日は、食料と水を揃える」
「船も確認するぞ」
レオンが。
森の方を見る。
「また海岸まで往復するのか?」
「当たり前だ」
「さっき着いたばっかりなんだけど」
「嫌なら残れ」
「行くよ」
ナタリーが。
すぐに歩き出す。
「なら早くしろ」
「ほら、これだよ」
レオンが。
カイを見る。
「帰ってきたって感じするだろ」
カイが笑う。
「する」
「二人とも」
ナタリーが振り返る。
「置いていくぞ」
「今行く!」
カイとレオンが。
急いで後を追った。
◇
準備は。
手分けして進んだ。
乾かした肉。
水を入れる容器。
予備の矢。
弓弦。
縄。
必要なものを。
一つずつ揃えていく。
リシアは。
薬草を選んでいた。
傷に使うもの。
熱を抑えるもの。
吐き気を和らげるもの。
最後に。
香醒草。
何枚か。
別の袋へ入れる。
レオンが。
その様子を見る。
「そんなにいる?」
リシアが答える。
「いる」
「俺以外も酔うかもしれないだろ」
「今のところ、お前だけだ」
「これから増えるかもしれない」
リシアが。
香醒草を。
さらに二枚。
袋へ入れた。
レオンが。
助けを求めるように。
カイを見る。
「何か言ってくれ」
「効くんだからいいじゃん」
「味を知らないから言えるんだよ」
リシアが。
香醒草を一枚持ち上げた。
「今、食べるか?」
「いらない!」
少し離れた場所。
ガルドとロウガは。
船へ運ぶ荷物を。
一つずつ確認していた。
水。
食料。
縄。
ロウガが。
荷物の口を締め直す。
「水に濡れれば使えん」
「分かってる」
カイが。
反対側の縄を引く。
「これでどう?」
ロウガが。
結び目を見る。
指で。
一度引く。
「緩い」
「え」
「やり直せ」
「結構強く締めたんだけど」
「海では、それでは足りん」
カイが。
もう一度。
縄を解く。
隣で。
ガルドが。
別の荷物を持ち上げた。
「もっと引け」
「うん」
「身体ごと使え」
カイが。
足を踏ん張る。
縄を引く。
結び直す。
ロウガが。
もう一度確認した。
「今度はいい」
「よし」
少しずつ。
荷物がまとまっていく。
それを。
集落の入口まで運ぶ。
ガルドが。
大きな荷物を肩へ載せる。
その横。
さっき木の陰から見ていた子どもが。
また。
顔だけを出していた。
ガルドが。
一度。
そちらを見る。
子どもが。
すぐに顔を引っ込める。
だが。
少しして。
また覗く。
ガルドは。
何も言わず。
荷物を運び始めた。
その後ろ。
子どもが。
木から半分だけ。
身体を出す。
最初に集落へ入った時より。
ほんの少しだけ。
近くなっていた。
◇
日が傾く前に。
一度。
荷物を海岸へ運んだ。
森を抜ける。
船は。
同じ場所にあった。
ロウガが。
すぐ船体へ向かう。
板の継ぎ目。
防水樹脂。
帆柱。
縄。
舵。
一つずつ。
手で触れていく。
ガルドも。
帆を広げ。
傷がないか確かめる。
カイとレオンは。
運んできた荷物を。
船へ積んでいく。
「そっち持って」
「持ってる」
「もっと上」
「分かってるって」
二人で。
水の入った容器を持ち上げる。
船底へ。
ゆっくり下ろす。
ドンッ。
ロウガが振り返った。
「置くな」
「え?」
「固定しろ」
「今やるところ」
レオンが。
小さく言う。
「絶対聞こえてるぞ」
「聞こえている」
ロウガが。
船の反対側から答えた。
カイとレオンは。
黙って縄を取った。
ナタリーとリシアも。
残りの荷物を運ぶ。
全てを積み終える頃。
ロウガが。
船から降りた。
「問題ない」
カイが。
船を見る。
「すぐ出られる?」
「ああ」
ガルドも。
海の風を確認する。
「いつでも出せる」
カイが。
海の向こうを見る。
傾き始めた日の下。
遠く。
薄い影。
火ノ島とは違う方角。
フィンが話していた。
新しい陸。
そこに。
何があるのか。
まだ。
誰も知らない。
◇
船の確認を終えた六人は。
エイルとフィンに船を預け。
一度集落へ戻った。
さらに日が傾いた頃。
六人は。
集落の入口に立っていた。
ナタリー。
レオン。
リシア。
三人の前には。
アルヴェル。
その後ろには。
見送りに来たエルフたち。
アルヴェルが。
一人ずつを見る。
「準備はできたか」
ナタリーが頷く。
「はい」
「忘れ物は?」
レオンが。
自分の荷物を見る。
「多分、大丈夫です」
リシアが。
すぐに言う。
「もう三回確認しました」
「俺も確認しただろ」
「二つ忘れていた」
「最後は入れた」
アルヴェルが。
僅かに笑う。
ナタリーが。
レオンを見る。
「出る前から騒ぐな」
「俺のせい?」
「お前以外に誰がいる」
「リシアも言っただろ」
「事実を言っただけだ」
カイが。
思わず笑う。
ガルドとロウガも。
その後ろで待っている。
アルヴェルが。
改めて六人を見る。
「行ってこい」
短い言葉。
ナタリーが。
深く頭を下げる。
「行ってまいります」
レオン。
リシアも。
続いて頭を下げた。
カイも。
アルヴェルを見る。
「また来ます」
「ああ」
アルヴェルが頷く。
「待っている」
六人は。
森へ向かって歩き出した。
少し進んだところで。
ナタリーが。
一度だけ振り返る。
アルヴェル。
集落の者たち。
自分が。
長く暮らしてきた場所。
カイが。
隣から見る。
「ナタリー」
「何だ」
「いや」
カイも。
集落を見る。
「帰ってくる場所があるって、いいなと思って」
ナタリーは。
少しだけ。
カイを見た。
「お前にもあるだろ」
「うん」
向こう。
家族。
悠斗。
美緒。
サッカー。
そして。
こちらにも。
今。
帰ってきたいと思える場所がある。
ナタリーが。
前を向く。
「行くぞ」
「うん」
六人は。
再び歩き始めた。
◇
森を抜ける。
潮の匂い。
波の音。
海岸。
船は。
午後の波に揺れていた。
すでに積んだ荷物。
水。
食料。
薬草。
武器。
縄。
全てを。
もう一度確認する。
ロウガが。
船へ乗り込む。
舵。
帆柱。
船体。
最後まで。
一つずつ触れた。
「出せる」
ガルドが。
岸へ繋いだ縄を持つ。
「乗れ」
リシア。
レオン。
ナタリー。
順番に乗り込む。
カイは。
最後に。
砂浜へ立ったまま。
海の先を見た。
傾いた日の光。
水平線。
その向こう。
細く。
長く伸びる陸の影。
名前も。
そこに暮らす者も。
何も知らない。
だから。
確かめに行く。
「カイ」
ナタリーが呼ぶ。
「置いていくぞ」
カイが。
笑う。
「今行く」
船へ乗る。
ガルドが。
縄を外した。
ロウガが。
舵を取る。
帆が。
海からの風を受ける。
ばさっ――!
船が。
ゆっくり。
岸を離れた。
カイは。
一度だけ。
後ろを見る。
砂浜。
森。
その奥にある。
エルフの集落。
少しずつ。
遠ざかっていく。
そして。
前を向いた。
隣には。
ナタリー。
レオン。
リシア。
ガルド。
ロウガ。
六人。
その先。
まだ名も知らない。
新たな大地。
船は。
午後の海を。
静かに進み始めた。
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