第1話 最初の1DP
ドリームライド
第2話 最初の1DP
どこを見ても、
朝凪市はなかった。
海はその場に立ち尽くしたまま、何度も周囲を見回した。
右。
左。
後ろ。
もう一度、正面。
乾いた大地。
細かな石。
遠くまで続く地平線。
家もない。
道路もない。
電柱もない。
人影もない。
「……いや、意味わかんねえ」
自分の声だけが、やけに大きく聞こえた。
風が吹く。
Tシャツの裾が揺れる。
頬に当たる風の感触まで、妙に現実的だった。
「夢……だよな?」
海は呟いた。
寝る前のことは覚えている。
誕生日だった。
家族でケーキを食べた。
新しいスパイクをもらった。
美緒から来たメッセージに返信した。
それからベッドに入って――眠った。
そこまでは間違いない。
だったら、これは夢だ。
そう思いたかった。
海は目を強く閉じた。
「起きろ」
小さく言う。
何も起きない。
「起きろって」
もう一度。
目を開ける。
青空。
荒野。
「……マジかよ」
頬をつねる。
「痛っ」
すぐに手を離した。
ちゃんと痛い。
夢でも痛いことはある。
多分。
でも、ここまで全部がはっきりしている夢を見たことがあっただろうか。
海は今度は両手で自分の顔を強くこすった。
「起きろ起きろ起きろ……」
顔を上げる。
何も変わらない。
「……ふざけんなよ」
少しだけ、声が震えた。
海は急いでポケットに手を突っ込んだ。
右。
空。
左。
空。
「スマホ……」
ない。
寝る前、充電器につないだままだった。
当たり前と言えば当たり前だ。
それでも、ないと分かった途端に不安が増した。
電話もできない。
地図も見られない。
時間も分からない。
ここがどこなのか調べることすらできない。
海は周囲を見渡した。
「誰かー!」
思い切り叫ぶ。
返事はない。
「おーい!」
もう一度。
「誰かいませんかー!」
何も返ってこない。
鳥の声すら聞こえなかった。
風が地面を撫でる音だけ。
海は一度唇を噛んだ。
「……誰もいないのかよ」
ただ立っていても仕方がない。
少し離れた場所まで歩いてみる。
何かあるかもしれない。
人。
道。
家。
木。
何でもいい。
海はひとまず真っ直ぐ歩き始めた。
⸻
何歩進んでも、景色はほとんど変わらなかった。
「なんだよここ……」
海は歩きながら何度も辺りを見る。
地面には小さな石が転がっている。
ところどころ色の違う土もある。
だが、それだけだ。
木一本ない。
草もほとんどない。
水も見えない。
「誰かー!」
歩きながらまた叫ぶ。
返事なし。
「おーい!」
何もない。
海は少し苛立って、今度は走り出した。
普段なら、この程度の距離で息が上がることはない。
サッカー部の練習ではもっと走っている。
それでも今は、いつもと感覚が違った。
ゴールもない。
ボールもない。
仲間もいない。
ただ、自分だけが走っている。
しばらくして、海は足を止めた。
「はあ……」
疲れたわけではない。
だが、目的もなく走り続けるのが急に馬鹿らしくなった。
振り返る。
当然、何もない。
「どっちから来たっけ……」
一瞬、分からなくなる。
目印がない。
全部同じ景色だ。
「……まあ、戻っても何もないか」
海は頭をかいた。
その時。
目の前に、小さな光が浮かんだ。
「……ん?」
海は眉をひそめた。
光は一瞬だけ青白く瞬き、
そのまま文字へ変わった。
⸻
《DP +1》
⸻
「……は?」
海は完全に足を止めた。
目の前に浮いている。
文字が。
空中に。
海は瞬きをした。
消えない。
「DP……?」
手を伸ばしてみる。
指先が文字をすり抜けた。
「何だよこれ」
もう一度触る。
やっぱり触れない。
すると表示がふっと消えた。
「……え?」
海は慌てて周囲を見る。
「ちょっと待て!」
誰に言っているのか自分でも分からない。
「今の何だよ!」
返事はない。
海は自分の手を見る。
何かしたか?
歩いた。
走った。
叫んだ。
それだけ。
「DP……ポイント?」
ゲームなら、そんな略称はありそうだ。
でも。
「なんのポイントだよ」
海が呟いた、その直後だった。
再び青白い光が現れる。
今度は、先ほどより大きい。
光の粒が集まり、海の目の前に半透明の四角い板のようなものを作っていく。
「うわっ」
海は反射的に一歩下がった。
それはまるで、ゲームのメニュー画面だった。
向こう側の景色が薄く透けて見える。
中央に文字が表示される。
⸻
《初回DP獲得を確認しました》
《チュートリアルを開始します》
⸻
「チュートリアル?」
海は思わず読み上げた。
少し間を置いて、文字が切り替わる。
⸻
TUTORIAL 01
100m移動してください。
報酬:1DP
⸻
「……いや」
海は画面を見つめた。
「もう結構歩いただろ」
返事はない。
「今から?」
無反応。
海は口をへの字に曲げた。
「ゲームかよ……」
とはいえ、他にすることもない。
何より、この変な画面が今のところ唯一の手掛かりだった。
「百メートルって……どこまでだよ」
海は地面を見る。
ラインがあるわけでもない。
距離を測るものもない。
仕方なく、歩き始めた。
一歩。
二歩。
三歩。
「これでいいのか?」
画面はついてくる。
顔を横に向けても、少し遅れて視界の正面へ移動する。
「気持ち悪……」
海は歩き続ける。
サッカーの歩幅で考えれば、百メートルなんて大した距離ではない。
しばらくすると、
突然、音もなく表示が変わった。
⸻
《TUTORIAL 01 COMPLETE》
《1DPを獲得しました》
所持DP:2
⸻
「お」
海は思わず足を止めた。
「本当に増えた」
最初の1DP。
今ので1DP。
合計2。
「やっぱ歩くと増えるのか?」
そう思った直後、新しい表示。
⸻
TUTORIAL 02
石を1個採取してください。
⸻
「石?」
海は足元を見る。
そこら中にある。
「これでいいのかよ」
近くに転がっていた、手のひらほどの石を拾い上げた。
その瞬間。
⸻
《石を採取しました》
《TUTORIAL 02 COMPLETE》
《1DPを獲得しました》
所持DP:3
⸻
海は石と画面を交互に見た。
「……拾っただけじゃん」
簡単すぎる。
けれど。
石を拾っただけで、何かを達成したことになるらしい。
海は手の中の石を眺めた。
普通の石にしか見えない。
「これ、何に使うんだよ」
また表示が切り替わった。
⸻
TUTORIAL 03
1DPを使用して「水」を創造してください。
⸻
「水?」
海の表情が変わった。
さっきから少し喉が渇いていた。
画面の下に、
新しい項目が現れている。
⸻
《CREATION》
水 500ml
必要DP:1
⸻
「……創造?」
海は文字を見つめた。
「これ押せばいいのか?」
恐る恐る、人差し指を伸ばす。
今度は指がすり抜けなかった。
水の文字に触れた瞬間。
画面が青白く光る。
⸻
《1DPを消費します》
《実行しますか?》
YES / NO
⸻
「……YESだろ」
海がYESに触れる。
次の瞬間。
海の目の前の空間が淡く光った。
「うわっ」
光が消える。
何かが地面へ落ちた。
ころん。
海はそれを見下ろした。
透明なボトル。
中には水が入っている。
「……マジ?」
しゃがみ込み、恐る恐る拾い上げる。
冷たい。
ちゃんと重さもある。
キャップを開ける。
匂いを嗅ぐ。
何も感じない。
「飲んで大丈夫なのか、これ……」
少し迷った。
だが喉は渇いている。
海はほんの少しだけ口に含んだ。
水。
ただの水だった。
しかも冷たい。
「……うま」
気づけば、そのまま何口も飲んでいた。
喉を通る冷たさが、やけに心地いい。
半分ほど飲んだところで、海はボトルを口から離した。
「本当に出てきた……」
自分でそう言ってから、改めて怖くなる。
空中の画面。
突然現れた水。
どう考えても普通ではない。
夢。
まだ夢なのかもしれない。
でも。
冷たい。
重い。
喉の渇きもなくなっている。
そんなことを考えていると、画面がまた切り替わった。
⸻
《TUTORIAL 03 COMPLETE》
⸻
続いて表示。
⸻
TUTORIAL 04
初期支援アイテムを受け取ってください。
⸻
「まだあんの?」
海が呟く。
すると地面に、再び光が集まった。
今度は一つではない。
光が消えた後、
そこには小さな布製のバッグが置かれていた。
海はしゃがんで中を確認する。
水筒。
小型のナイフ。
細いロープ。
そして、小さな布袋。
「……これだけ?」
思わず言ってしまった。
剣とか。
地図とか。
もっと凄い物が出てくるのかと思っていた。
だが、バッグの中にあるのはどれも現実にありそうな物ばかりだった。
海が小型ナイフを手に取る。
刃渡りは短い。
サバイバルナイフというより、少し丈夫なアウトドア用のナイフに近い。
「これで何しろってんだよ……」
最後に、表示が大きく切り替わった。
⸻
《全チュートリアルを完了しました》
《初期支援アイテムを付与しました》
《初級CREATIONを解放しました》
《チュートリアル完了報酬:10DP》
⸻
海は目を見開いた。
「十?」
表示の隅に数字が出る。
⸻
所持DP:12
⸻
そして。
画面中央に、これまでとは違う文章が表示された。
⸻
『ドリームワールドへようこそ。』
『あなたは創造主に選ばれました。』
『あなたの世界を創ってください。』
⸻
海は黙った。
何度も読み返す。
ドリームワールド。
創造主。
あなたの世界。
「……何だよ、それ」
海は周囲を見る。
水もない。
木もない。
建物もない。
人もいない。
ただ、どこまでも続く荒野。
足元には小さなバッグ。
手には水の入ったボトル。
そして所持ポイントは、12DP。
海はもう一度、目の前の文章を見る。
「世界を創れって……」
しばらく黙ったあと、
ぽつりと続けた。
「これ、俺一人でやんのかよ」
返事は、
なかった。




