第10話 ナタリー
第10話 ナタリー
翌朝。
海は自分の部屋で目を覚ました。
カーテンの隙間から、朝の光が差し込んでいる。
昨日とは違って、
最初に思い浮かんだのはグレイファングではなかった。
昨日出会った、
エルフの女性。
ナタリー。
長い耳。
弓。
魔法。
そして。
蛇口から出る水を、
何度も止めたり出したりしていた姿。
「ナタリー……」
海は、
昨日初めて知った名前を口にした。
本当にエルフだった。
世界樹から創造された森の民。
魔法を使い、
弓を持ち、
森の中で暮らしている。
海はベッドの上で少し考えた。
昨日、
別れ際に言われた言葉。
狩りを教えてやる。
「狩りか……」
自然と、
ナタリーが背負っていた弓が頭に浮かんだ。
「……弓」
海はスマートフォンを手に取った。
弓。
構造。
種類。
狩猟用。
競技用。
いくつか調べていく。
木。
弦。
矢。
ただ引いて離せばいい。
そんな単純なものではないらしい。
姿勢。
身体の向き。
弓を持つ手。
弦を引く手。
肩。
背中。
「背中で引く……?」
文字だけでは、
いまいち分からなかった。
⸻
学校。
午前の授業を終え、
昼休み。
海はスマートフォンで、
朝の続きを調べていた。
弓道。
アーチェリー。
狩猟用の弓。
形も違えば、
使い方も違う。
「……弓道部あったよな」
朝凪高校には、
弓道部がある。
ナタリーの弓とは違う。
それでも。
実際に人が弓を使っているところを見れば、
文字だけよりは分かるかもしれない。
⸻
放課後。
サッカー部の練習まで、
少し時間がある。
海は、
普段ほとんど近づかない弓道場へ向かった。
静かだった。
サッカー部のグラウンドとは、
まるで違う。
並んで立つ部員たち。
一人が弓を構える。
足を置く。
身体を整える。
矢をつがえる。
ゆっくり、
弦を引いていく。
海は黙って見る。
腕だけではない。
肩。
背中。
身体全体が、
一つの動きになっている。
止まる。
数秒。
パァン――。
矢が飛んだ。
的へ刺さる。
「速……」
次の部員。
また次。
同じように見えて、
細かな動きは少しずつ違う。
それでも、
共通しているものがある。
足元。
姿勢。
身体の軸。
引く動作。
狙うまでの静けさ。
⸻
《弓を扱う身体動作への理解が深まりました》
《DP +5》
《LEVEL進行度:7% → 14%》
⸻
「やっぱ、
腕だけじゃないんだ……」
少し見ただけでも、
自分が想像していたものとは違う。
ただ。
ナタリーの弓とは、
形も使う場所も違った。
弓道場は開けている。
森の中には、
木もある。
枝もある。
獲物は動く。
「向こうで聞けばいいか」
海は時計を見る。
「やば」
そのまま、
サッカー部のグラウンドへ走った。
⸻
部活。
ウォーミングアップを終えると、
いつものようにボールを使った練習が始まった。
パス。
トラップ。
シュート。
海はボールを追って、
グラウンドを走る。
「カイ!」
声。
振り向くより先に、
ボールが来る位置を予測する。
一歩。
足元へ収める。
そのまま前へ。
相手が寄ってくる。
肩。
足。
身体の向き。
薄い線。
⸻
《予測 Lv.1》
⸻
海は、
相手が動くより少し早くボールをずらした。
「またそれかよ!」
悠斗の声。
「何が?」
「最近、先に逃げるじゃん」
「逃げてないし」
「絶対分かってるだろ」
「何が?」
「俺が行く方」
「気のせい」
「腹立つなー」
海は笑いながら、
もう一度ボールを受けた。
前より、
周りを見る余裕がある。
味方。
相手。
空いている場所。
以前なら、
ボールだけを追っていた場面でも、
今はその先まで目が届く。
⸻
《予測 Lv.1の習熟度が上昇しました》
《DP +3》
⸻
次は走り込み。
グラウンドの端から端まで。
一本。
二本。
三本。
脚が重くなる。
息が上がる。
「あと一本!」
顧問の声。
「マジかよ……」
悠斗が隣でぼやく。
海も苦しい。
それでも、
最後まで走る。
ゴール。
膝に手をつく。
「はぁ……はぁ……」
以前より、
少しだけ呼吸が戻るのが早い。
⸻
《継続的な運動により身体能力が成長しました》
《DP +3》
《体力成長値が上昇しました》
⸻
練習が終わる頃には、
空が薄暗くなっていた。
「おつかれー」
海は悠斗たちと校門を出る。
帰り道。
悠斗が大きなあくびをした。
「ねむ……」
「寝てないの?」
「昨日ずっとレベル上げしてた」
「ゲーム?」
「うん。全然上がんねえ」
「そんな大変なの?」
「最初はすぐ上がるんだけどさ。
レベル高くなるほど、
必要な経験値増えるじゃん」
「あー」
「一個上げるだけで、
どんだけ敵倒すんだよってなる」
「じゃあやめればいいじゃん」
「ここまで上げたら、
やめらんないんだよ」
「知らないよ」
悠斗が笑う。
「カイもやれば分かるって」
「やらない」
「絶対ハマるのに」
「寝不足になるほどはやらない」
「それ昨日の俺に言ってほしかったわ」
二人で笑いながら歩く。
ゲームの話。
部活の話。
学校の話。
いつもの帰り道。
途中で、
悠斗たちと別れる。
「また明日」
「おう」
海は一人で家へ向かった。
⸻
「ただいま」
「おかえり」
家へ入る。
制服を脱ぎ、
部屋着へ着替える。
リビングへ向かうと、
匠が台所で包丁を研いでいた。
「何してんの?」
「包丁研いでる」
「研ぐの?」
「切れなくなってきたからな」
砥石。
水。
包丁。
匠は、
一定の角度で刃を滑らせている。
海が横から見る。
「切れなくなったら、
買い替えるんじゃないんだ」
「毎回そんなことしてたら、
いくら金あっても足りないだろ」
「確かに」
「道具は使えば傷む。
手入れしながら使うんだよ」
海は、
木製槍を思い出した。
発電機。
給水設備。
これから使うかもしれない弓。
「道具って、
全部?」
「全部とは言わないけど、
基本はそうだろ」
匠は、
刃を確認する。
「使って終わりじゃない。
ちゃんと手入れしないと、
必要な時に使えなくなる」
海は、
その言葉を少し考えた。
⸻
《道具の維持管理について理解しました》
《DP +4》
《LEVEL進行度:14% → 19%》
⸻
「やってみる?」
「包丁は怖いからいい」
「そうか」
「見るだけでいい」
匠が笑う。
「珍しいな。
最近いろんなこと気にするようになったな」
「そう?」
「前よりな」
海は少しだけ黙った。
「まあ、
色々」
「そうか」
匠は、
それ以上聞かなかった。
⸻
夕食。
テレビでは、
いつものニュース。
テーブルには、
ご飯。
味噌汁。
肉。
野菜。
海は食べながら、
昨日のナタリーを思い出した。
発電機。
照明。
蛇口。
どれも、
彼女にとっては初めて見るものだった。
目の前の食事も、
ナタリーには全く違って見えるのかもしれない。
「海?」
「ん?」
「ぼーっとしてるよ」
「ごめん」
海は、
また箸を動かした。
⸻
夕食を終えると、
海は自分の部屋へ向かった。
スマートフォンを開く。
狩猟用の弓。
短弓。
森の中で使う弓。
射程。
取り回し。
弓道場で見た弓とは、
やはり違う。
それでも。
身体全体を使って引くこと。
姿勢を崩さないこと。
力みすぎないこと。
共通する部分もある。
海は、
タオルを一本持った。
両端を握る。
左腕を伸ばす。
右腕を引く。
「こうか?」
腕だけで引く。
肩が詰まる。
今度は、
背中を意識する。
肘を後ろへ。
肩甲骨。
「……こっちの方が楽だ」
何度か繰り返す。
⸻
《弓を引く身体動作への理解が深まりました》
《DP +4》
《LEVEL進行度:19% → 24%》
⸻
タオルを置く。
今度は、
身体を動かす。
スクワット。
十回。
二十回。
片足立ち。
身体がぶれる。
やり直す。
プランク。
三十秒。
四十秒。
「きつ……」
弓を使うなら、
腕だけではない。
身体を支える力もいる。
海は、
自分にできる範囲で続けた。
⸻
《基礎的な身体鍛錬を行いました》
《DP +3》
《筋力成長値が上昇しました》
《体力成長値が上昇しました》
⸻
汗をかいたところで、
風呂へ入る。
湯船につかりながら、
海は右腕をゆっくり後ろへ引いてみた。
「背中……か」
実際の弓を持ったら、
どんな感じになるんだろう。
ナタリーなら、
何て言うだろう。
海は、
少しだけ楽しみにしている自分に気づいた。
⸻
風呂から上がる。
Tシャツ。
短パン。
海は自分の部屋へ向かった。
机へ座る。
CREATIONを開く。
⸻
《新規創造候補を検出しました》
簡易弓
木製矢
⸻
「出せるんだ……」
一瞬、
交換しようかと思う。
でも、
指を止める。
「いや」
ナタリーに、
教えてもらえる。
だったら、
先に自分流でやるより、
実際に使っている人から聞いた方がいい。
CREATIONを閉じる。
その時。
今日の夕食を思い出した。
そして、
昨日のナタリー。
「次、
何見せたら驚くかな……」
冷蔵庫。
テレビ。
スマートフォン。
どれも、
すぐには難しい。
「食べ物とか?」
もう一度、
CREATIONを開く。
パン。
簡易食。
そこまで見て。
ふと。
「……おにぎりとか出せないのかな」
そう思った瞬間。
表示が増えた。
⸻
《新規創造候補を検出しました》
おにぎり
1DP
⸻
「出せるんだ」
海は少し笑う。
パン。
おにぎり。
どっちの方が、
ナタリーは驚くだろう。
「まずパンかな」
時計を見る。
十一時前。
今日は、
昨日みたいに眠るのを避けようとは思わなかった。
怖さがなくなったわけではない。
森には、
グレイファングがいる。
他にも、
何がいるか分からない。
それでも。
今は、
ナタリーにまた会えるかもしれない。
弓を教えてもらえるかもしれない。
その気持ちの方が、
少しだけ強かった。
海はスマートフォンを充電器へ置き、
部屋の照明を消した。
布団へ入る。
「来るかな……」
やがて、
海は眠りについた。
⸻
鳥の声。
海は目を開けた。
木の天井。
小屋。
身体を起こす。
グレイファングのことを思い出すと、
まだ少し身体が強張る。
海は小屋の中から、
外の様子を確認した。
右。
左。
動くものはない。
それを確認して、
外へ出る。
「……来るかな」
ナタリーは、
気が向いたらと言っていた。
少し待つ。
来ない。
「まあ、
そりゃそうか」
木製槍を手に取る。
待っているだけでも仕方がない。
構える。
突く。
戻す。
一歩下がる。
また構える。
何度か繰り返していると。
森の方から、
声がした。
「昨日よりはましだな」
「うわっ!」
海が振り向く。
木々の間。
ナタリー。
今日は、
弓をこちらへ向けていなかった。
背には弓。
腰には短い刃物。
肩には革袋。
「ナタリー」
「何だ」
「来たんだ」
「近くを通っただけだ」
「ほんと?」
「本当だ」
ナタリーは、
森の奥を見る。
「今日は狩りの途中だ」
「今から?」
「もう始めている」
「何狩るの?」
「集落へ持ち帰れるものなら何でもいい」
「集落のため?」
「そうだ」
ナタリーにとって、
狩りは練習ではない。
暮らすために必要なこと。
「だから、
長くはここにいられない」
「あ」
海は、
昨日の約束を思い出す。
「じゃあ、
狩り教えてくれるっていうのは?」
「少しだけならな」
「ほんと?」
「その代わり、
邪魔はするな」
「しない」
「大声を出すな」
「分かった」
「勝手に動くな」
「分かった」
「私より前へ出るな」
「分かったって」
ナタリーが、
少し疑うように海を見る。
「本当に分かっているのか?」
「……多分」
「不安だな」
⸻
海は、
ナタリーの背中の弓を見る。
「それ」
「何だ」
「昨日、
学校で弓見てきた」
「ガッコウ?」
「あー……
人が色々教わる場所」
「弓も教えるのか?」
「うん。
でも、
ナタリーのとは全然違った」
ナタリーは、
背中から弓を外した。
「持て」
「いいの?」
「教えてほしいのだろう」
海は受け取る。
思ったより軽い。
弓道場で見たものより、
かなり短い。
森の中でも、
動きやすそうだった。
「まず立て」
海は、
昨日見た弓道部を思い出す。
足を開く。
身体を横へ。
「違う」
「もう?」
「そんなに大きく構えたら、
森では枝に当たる」
「ああ……」
ナタリーが、
海の足を指す。
「もう少し狭く」
海が直す。
「身体を固めるな」
「こう?」
「肩に力が入っている」
「難しいな……」
矢を渡される。
「つがえろ」
海は少し迷う。
ナタリーが見せる。
「ここだ」
「なるほど」
矢をつがえる。
弓を持つ。
引く。
弦が、
思ったより重い。
「うっ……」
「腕だけで引くな」
海の動きが止まる。
弓道部。
自分の部屋でタオルを引いた時。
「背中……?」
ナタリーが海を見る。
「知っているのか?」
「昨日見た人たちも、
腕だけで引いてなかった」
「なら使え」
「分かってるけど、
できないんだよ」
「なら何度もやれ」
海はもう一度。
構える。
引く。
失敗。
やり直す。
今度は、
少し力を抜く。
背中。
腕。
視線。
足。
⸻
《現実世界で得た知識と実技指導が接続しました》
《弓の構えへの理解が深まりました》
《DP +5》
《LEVEL進行度:24% → 31%》
⸻
ナタリーが、
引く位置を直す。
「そこではない」
「こっち?」
「そうだ」
「狙う時は?」
「矢を見るな。
狙うものを見ろ」
ナタリーが、
少し離れた木を指した。
「まず、
あそこへ当てろ」
「急だな」
「狩りに行けば、
もっと難しい」
「ですよね」
海は構える。
引く。
放つ。
ヒュッ――。
矢は、
木の横を通り過ぎた。
「……」
「外したな」
「見れば分かる」
二本目。
今度は、
木には当たった。
ただ、
狙った場所とは遠い。
三本目。
海は一度、
息を吐く。
足。
身体。
肩。
背中。
引く。
狙う。
放す。
⸻
《技能条件を達成しました》
SKILL ACQUIRED
《弓術 Lv.1》
⸻
「……あ」
海の感覚が変わった。
さっきまで、
一つずつ考えていた動作。
今は。
どこに力を入れるのか。
どこで抜くのか。
どこまで引くのか。
身体が分かる。
海は自然に矢をつがえた。
構える。
引く。
狙う。
放つ。
ヒュッ――。
トッ。
矢が、
狙った木へ刺さった。
ナタリーの表情が変わる。
「もう一度」
「え?」
「射て」
海は二本目。
つがえる。
引く。
放つ。
トッ。
一本目のすぐ近く。
「おお」
海自身が、
弓を見る。
ナタリーは、
矢ではなく海を見ていた。
「お前」
「何?」
「本当に、
今まで弓を使ったことがないのか?」
「自分で射ったのは、
さっきが初めて」
「……あり得ない」
「俺も、
ちょっとそう思う」
「さっきまでとは、
まるで違う」
「スキル取ったからかな」
「スキル?」
「あー……」
海は少し考える。
「覚えたってこと」
「覚えた程度で、
そんなに変わるものか?」
「俺の場合は、
変わるみたい」
ナタリーは、
しばらく海を見る。
「飲み込みが早い、
という程度ではないな」
「褒めてる?」
「少し気味が悪い」
「そっちかよ」
⸻
《弓術 Lv.1を習得しました》
《DP +15》
《LEVEL進行度:31% → 46%》
⸻
ナタリーが、
森を見る。
「時間だ」
「もう行く?」
「集落へ戻る前に、
獲物を仕留めなければならない」
海は、
弓を見る。
「俺も行っていい?」
「弓を使えるからといって、
狩りができるわけではない」
「分かってる」
「本当に?」
「それは、
今から教えてもらう」
ナタリーが、
呆れたように息を吐く。
「邪魔をしたら置いていく」
「分かった」
「なら来い」
その時。
海が呼び止める。
「ちょっと待って」
「何だ」
CREATIONを開く。
⸻
パン 1DP
⸻
光が集まり、
海の手にパンが現れる。
ナタリーの足が止まった。
「……今、
何をした?」
「これ?」
海がパンを持ち上げる。
「パン出した」
「パン?」
「やっぱ知らない?」
「食べ物か?」
「うん」
海は半分ちぎり、
自分で一口食べる。
残りを差し出した。
「食べる?」
ナタリーは、
すぐには受け取らなかった。
海が食べているのを見てから、
パンを受け取る。
匂いを嗅ぐ。
慎重に一口。
「……!」
目が、
わずかに見開かれる。
「甘い……」
「そんなに?」
ナタリーは、
もう一口食べる。
「こんな甘さは知らない」
今度は、
さっきより大きくかじった。
「それに、
柔らかい」
「日本だと普通に食べるよ」
「これを?」
「うん。
朝とか昼とか、
普通に」
ナタリーが、
残ったパンを見る。
「……ニホンという場所は、
妙なものばかりだな」
「それ褒めてる?」
「急ぐぞ」
「誤魔化した」
「置いていく」
「待って」
海は、
ナタリーの後を追った。
⸻
森。
ナタリーの歩き方は、
海とはまるで違った。
速い。
それなのに、
ほとんど音がしない。
枝のない場所。
柔らかい土。
草の少ない場所。
一歩ごとに、
足を置く位置を選んでいる。
身体の上下動も小さい。
海は、
自然とその動きを観察していた。
自分も真似する。
右。
左。
足を置く。
パキッ。
枝。
ナタリーが止まる。
振り返る。
「……」
「ごめん」
「足元を見ろ」
「見てる」
「見ているだけでは駄目だ。
どこへ足を置くか決めろ」
海は、
ナタリーの足を見る。
踏む場所。
体重の移し方。
歩幅。
もう一度。
今度は、
音が小さい。
⸻
《森林での静かな移動方法を理解しました》
《DP +4》
《LEVEL進行度:46% → 51%》
⸻
さらに進む。
枝。
枯れ葉。
石。
避ける。
足を置く。
身体を揺らしすぎない。
何度も真似する。
そして。
⸻
《技能条件を達成しました》
SKILL ACQUIRED
《静音歩行 Lv.1》
⸻
海の足運びが変わった。
どこへ足を置けば、
音が出にくいのか。
一歩ごとに考えなくても、
身体が自然に選ぶ。
ナタリーが、
少しだけ後ろを見る。
「何?」
「足音が消えた」
「覚えたみたい」
「またか」
⸻
《静音歩行 Lv.1を習得しました》
《DP +10》
《LEVEL進行度:51% → 59%》
⸻
少し進んだところで、
ナタリーがしゃがんだ。
「止まれ」
海も止まる。
ナタリーが、
地面を指す。
小さな跡。
「足跡だ」
「これ?」
海には、
ただ土が少し凹んでいるようにしか見えない。
「新しい」
「何で分かる?」
「縁が崩れていない」
海が周囲を見る。
少し離れた場所。
形の崩れた跡。
「こっちは?」
「古い」
確かに。
形が崩れている。
「足跡だけじゃない」
ナタリーが、
少し先の草を指す。
折れた茎。
葉の傷。
木の幹に残った擦れ。
「こんなの見るの?」
「必要なものだけだ」
「その必要なのが分かんない」
「だから教えている」
海は黙って、
一つずつ見る。
足跡。
草。
木。
全部、
さっきまでなら気にも留めなかったもの。
⸻
《獲物の痕跡について理解が深まりました》
《DP +5》
《LEVEL進行度:59% → 64%》
⸻
ナタリーが、
風を確認する。
「風下へ回る」
「匂い?」
「そうだ」
「こっちから向こうに風が流れたら、
こっちの匂いが届く?」
「そうだ」
「じゃあ、
逆から回る」
「分かってきたな」
⸻
《風向きを利用した接近を理解しました》
《DP +5》
《LEVEL進行度:64% → 69%》
⸻
二人は進む。
静かに歩く。
止まる。
痕跡を見る。
風を見る。
また進む。
海は、
ナタリーに言われる前に、
周囲を見るようになっていた。
折れた草。
足跡。
木の傷。
「あっちじゃない?」
ナタリーが海を見る。
「なぜだ」
「あの足跡、
向こう向いてる」
その先。
「草も倒れてる」
ナタリーが確認する。
「合っている」
「よし」
「まだだ」
さらに追う。
一つ。
次。
また次。
点だった痕跡が、
少しずつ一本につながっていく。
そして。
木々の間。
動く影。
海が止まった。
「……いた」
⸻
《追跡に成功しました》
《技能条件を達成しました》
SKILL ACQUIRED
《追跡 Lv.1》
⸻
今まで、
一つずつ探していた痕跡。
それが、
どこから来て、
どちらへ進んだのか。
少しずつ自然に読める。
ナタリーが海を見る。
「……まただ」
「何?」
「教えたことが、
すぐ身体に馴染む」
「俺にもよく分かんない」
「普通は、
こんなに早く身につかない」
「じゃあ、
俺すごい?」
「調子に乗るな」
⸻
《追跡 Lv.1を習得しました》
《DP +15》
《LEVEL進行度:69% → 79%》
⸻
前方。
木々の間。
鹿に似た生き物。
茶色い身体。
頭には、
葉のように枝分かれした小さな角。
⸻
リーフホーン
LEVEL:2
HP:42 / 42
⸻
「リーフホーン」
ナタリーが、
声を潜める。
「若い個体だ」
海も声を落とす。
「俺がやるの?」
「そうだ」
「いきなり?」
「ここまで来たのは、
何のためだ」
海は、
リーフホーンを見る。
草を食べている。
こちらには、
まだ気づいていない。
静かに弓を構える。
足。
姿勢。
矢。
弦。
風。
射線。
そこまでは、
分かる。
でも。
相手は木ではない。
生きている。
海の指が、
少し止まった。
「あれ……
死ぬんだよな」
ナタリーは、
リーフホーンを見たまま答える。
「そうだ」
「……」
「私たちは、
生きるために狩る」
海は黙った。
自分は、
食べ物には困っていない。
CREATIONがある。
ナタリーとは、
理由が違う。
それでも。
弓を下ろさなかった。
リーフホーンが、
顔を上げる。
一歩。
動く。
その瞬間。
⸻
《予測 Lv.1》
⸻
薄い線。
次に動く方向。
海は、
ほんの少し狙いをずらす。
息を吐く。
引く。
放つ。
ヒュッ――。
リーフホーンが動く。
その先へ、
矢が飛ぶ。
命中。
リーフホーンが走る。
数歩。
そして。
倒れた。
「……」
海は、
弓を持ったまま動けなかった。
ナタリーが、
先に獲物へ近づく。
海も、
少し遅れて歩いた。
近くで見る。
さっきまで、
動いていた。
「……倒れた」
ナタリーが静かに言う。
「これが狩りだ」
「……うん」
「命を取る」
「……うん」
「だから、
無駄にはしない」
ナタリーは、
リーフホーンを見る。
「肉も。
皮も。
角も。
集落へ持ち帰る」
海は、
獲物を見る。
ゲームなら、
倒せば終わる。
でも。
ここでは違う。
そこに、
命だったものが残っている。
その時。
視界に、
いくつもの表示が重なった。
⸻
《リーフホーンを討伐しました》
《経験値 +30》
《DP +30》
⸻
FIRST KILL BONUS
《初めてモンスターを討伐しました》
《経験値 +20》
《DP +20》
⸻
《弓術・追跡・予測の複合使用に成功しました》
《経験値 +10》
《DP +15》
⸻
《技能条件を達成しました》
SKILL ACQUIRED
《狩猟 Lv.1》
⸻
獲物を探す。
痕跡を追う。
風を読む。
近づく。
狙う。
仕留める。
その一連の流れが、
海の中で初めて一つにつながった。
⸻
《狩猟 Lv.1を習得しました》
《経験値 +10》
《DP +20》
⸻
一瞬遅れて。
海の身体を、
青白い光が包んだ。
⸻
LEVEL UP
神谷 海
Lv.6 → Lv.7
⸻
《最大HPが上昇しました》
《各能力値が成長しました》
《SPを獲得しました》
⸻
さらに、
新しい表示。
⸻
《超過経験値を次のLEVELへ繰り越しました》
《LEVEL進行度:41%》
⸻
「……四十一?」
海は、
思わず呟いた。
さっきまで、
あと少しでレベルが上がるところだった。
そこへ。
討伐。
初回討伐のボーナス。
複数のスキルを使った成功。
狩猟スキルの習得。
その分が、
次のレベルにも残っている。
「なるほど……」
ナタリーが、
海を包んでいた光を見る。
「上がったのか?」
「うん」
「七か?」
「七」
ナタリーは、
それを特に不思議がる様子もなく頷いた。
海は、
もう一度だけ表示を見る。
LEVEL進行度:41%
次は、
さっきまでより少し遠い。
その時。
悠斗が言っていた言葉が、
ふと頭をよぎった。
レベルが高くなるほど、
上がりにくくなる。
「……こういうことか」
「何がだ?」
「いや、こっちの話」
海は表示を閉じた。
今は、
それより。
倒れたリーフホーン。
「これ、
どうやって持って帰るの?」
「二人で運ぶ」
「結構重そうだけど」
「だから、
お前も持て」
「俺も?」
「狩ったのはお前だろう」
「……ですよね」
ナタリーが、
リーフホーンを持ち上げる準備をする。
海も反対側へ回った。
二人で持ち上げる。
「重っ!」
「落とすな」
「これ一人じゃ無理だろ」
「だからお前も来い」
海が顔を上げる。
「どこに?」
「私たちの集落だ」
「俺も行くの?」
「これを一人で運べると思うか?」
「……無理」
「なら来い」
海は、
少しだけ緊張する。
「大丈夫なの?」
「何がだ」
「俺、
知らない奴じゃん」
ナタリーは、
少し考えたあと、
森の奥へ目を向けた。
「当然、
最初は警戒される」
「やっぱり」
「だが、
私から説明する」
「ナタリーって、
結構偉いの?」
「狩猟隊をまとめている」
海が、
驚いたように見る。
「リーダーじゃん」
「リィダァ?」
「あー……
まとめてる人」
「最初からそう言え」
海は笑った。
二人で、
リーフホーンを持ち直す。
重い。
それでも。
ナタリーと一緒に、
森の奥へ進んでいく。
その先に。
海がまだ知らない、
エルフたちの暮らしがある。




