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ドリームライド〜異世界創造、夢の旅〜  作者: 神谷 夢


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第9話 生きる覚悟

第9話 生きる覚悟


朝。


海は目を開けた。


白い天井。


自分の部屋。


しばらく、そのまま動かなかった。


目を閉じると、


昨日の森が浮かぶ。


灰色の毛。


牙。


地面を蹴る音。


自分を追ってくる、


グレイファング。


海はゆっくり腕を見る。


傷はない。


昨日、


牙がかすめた場所にも、


何も残っていない。


現実の身体は、


いつもと同じだった。


「……」


海は身体を起こした。


夢だった。


そう思えれば、


どれだけ楽だったか。


でも。


違う。


あれは、


今日眠れば、


また続く。


海はベッドから降りた。


⸻


顔を洗う。


朝食を食べる。


制服に着替える。


家を出る。


いつもと同じ朝。


でも。


少し離れた家から、


犬の鳴き声が聞こえた。


「っ……」


海の足が、


一瞬止まった。


振り向く。


塀の向こう。


普通の犬。


それだけ。


「……何やってんだよ」


海は小さく呟いて、


また歩き出した。


⸻


学校。


授業。


休み時間。


海はいつも通り、


席に座っていた。


「カイ」


「ん?」


美緒が海を見る。


「今日なんか元気なくない?」


「そう?」


「うん」


「普通だけど」


「普通じゃないから言ってんの」


海は少し笑おうとした。


「大丈夫だって」


美緒は、


じっと海を見る。


「……昨日のやつ?」


「昨日?」


「異世界」


海の表情が少し止まる。


「冗談だって言ったじゃん」


「そうだけど」


「じゃあ違う」


「ほんとに?」


「ほんとほんと」


美緒はまだ何か言いたそうだった。


でも。


「……ならいいけど」


それ以上は聞かなかった。


海も、


何も話さなかった。


⸻


昼休み。


海はスマートフォンを眺めていた。


何かを調べるつもりではなかった。


ただ、


適当に画面を触っていた。


ふと。


昨日の姿が浮かぶ。


灰色の毛。


四本の脚。


牙。


「……狼みたいだったな」


検索欄に、


文字を打つ。


オオカミ 習性


いくつかのページが出てくる。


海は何となく、


開いた。


嗅覚。


聴覚。


群れ。


縄張り。


追跡。


警戒心。


読む。


グレイファングと同じ生き物ではない。


それくらいは分かる。


でも。


あまりにも姿が似ていた。


「匂いも分かるのか……」


さらに読む。


耳。


鼻。


距離。


動き。


知らなかったことが、


少しずつ増えていく。


⸻


《狼型生物を想定した行動特性への理解が深まりました》


《DP +5》


《LEVEL進行度:44% → 51%》


⸻


海の目が、


表示へ向く。


昨日までなら、


ここで少し嬉しくなっていた。


今日は違った。


すぐに検索画面へ戻る。


もし、


また襲われたら。


どうする。


素手。


昨日は、


それしかなかった。


「……近づかれなきゃいいのか?」


今度は、


武器を調べる。


最初に目についたのは、


槍だった。


長い。


自分と相手の間に、


距離を作れる。


先端を向ければ、


相手が近づく前に届く。


間合い。


海は動画を見る。


持つ位置。


構え方。


足の動き。


突く。


戻す。


思っていたより、


身体全体を使っている。


⸻


《長柄武器と間合いの基礎を理解しました》


《DP +4》


《LEVEL進行度:51% → 56%》


⸻


次に、


弓。


遠くから使える。


それだけなら、


槍より安全に見えた。


でも。


少し調べただけで、


簡単ではないことが分かる。


弦を引く。


狙う。


距離。


風。


姿勢。


「これ、見ただけじゃ無理だろ……」


⸻


《弓の基本構造と特性を理解しました》


《DP +4》


《LEVEL進行度:56% → 60%》


⸻


海は、


自分の腕を見る。


昨日。


Tシャツ一枚だった。


あの牙が、


もう少し深く入っていたら。


今度は、


防具。


腕。


脚。


首。


胴。


ただ、


重くすればいいわけではない。


動けなければ、


逃げられない。


⸻


《防護装備の基礎を理解しました》


《DP +4》


《LEVEL進行度:60% → 65%》


⸻


さらに。


柵。


壁。


障害物。


相手を倒さなくても、


近づかせなければいい。


進む場所を限定する。


入りにくくする。


⸻


《防衛設備の基礎を理解しました》


《DP +5》


《LEVEL進行度:65% → 71%》


⸻


「カイ」


突然声をかけられ、


海が顔を上げた。


悠斗。


「昼飯食わないの?」


「あ」


机の上。


まだ弁当を開けていなかった。


「食う」


「何ずっと見てんだよ」


「ちょっと調べもの」


「珍し」


「うるさい」


海はスマートフォンを伏せた。


⸻


放課後。


部活。


海は走った。


ボールを受ける。


相手を見る。


《予測》。


一歩先。


切り返す。


走る。


今日は、


いつもより周囲を見る。


前。


横。


後ろ。


相手との距離。


自分が動ける場所。


「カイ!」


ボールが来る。


受ける。


相手が寄る。


海は距離を取る。


また寄ってくる。


今度は逆。


切り返す。


「今日動きすぎじゃね?」


悠斗が息を切らしながら言った。


「そう?」


「なんか必死じゃん」


「練習だよ」


「見りゃ分かる」


海はまた走る。


昨日。


足が止まっていたら。


その考えが、


一瞬だけ頭をよぎる。


「もう一本やろ」


「まだ?」


「やる」


ダッシュ。


止まる。


方向転換。


また走る。


⸻


《実戦を想定した回避動作への理解が深まりました》


《LEVEL進行度:71% → 76%》


⸻


家に帰る。


夕食。


風呂。


Tシャツ。


短パン。


部屋へ戻る。


時計は、


午後十時を過ぎていた。


海はベッドを見る。


「……」


眠れば。


行く。


昨日の森へ。


海は机へ座った。


スマートフォンを開く。


「もうちょっと調べとこう」


森。


移動。


見通しが悪い場所。


音。


風向き。


匂い。


退路。


背後。


昨日は、


何も考えず森へ入った。


今度は、


そうはいかない。


⸻


《森林環境での移動に関する知識を理解しました》


《DP +4》


《LEVEL進行度:76% → 81%》


⸻


十一時。


まだ寝ない。


長柄武器。


相手を攻撃する方法よりも、


近づかせない方法を見る。


槍の先端を向ける。


間合いを保つ。


後ろへ下がる。


横へ動く。


⸻


《長柄武器による距離確保への理解が深まりました》


《DP +4》


《LEVEL進行度:81% → 86%》


⸻


日付が変わった。


海は一度、


ベッドを見る。


「……まだいい」


水を飲む。


また机へ戻る。


一時。


二時。


画面をスクロールする。


読む。


また読む。


「あれ……」


同じところだった。


戻る。


もう一度。


頭に入ってこない。


海は顔を洗った。


冷たい水。


「よし」


机へ戻る。


でも。


数分後。


また目が重くなる。


「あと一個だけ……」


次に眠れば、


またあそこへ行く。


そのことを考えるたび、


目を閉じるのが嫌になった。


準備しておきたい。


それも本当だった。


でも。


「……まだ寝たくない」


言葉にして、


海自身が少し止まった。


怖い。


昨日のことが。


また、


あれが出てきたら。


また追われたら。


海はスマートフォンを握った。


「もう少し……」


瞼が落ちる。


開ける。


また落ちる。


画面の文字が、


ほとんど読めなくなる。


「……」


とうとう、


指が止まった。


そのまま。


意識が落ちた。


⸻


鳥の声。


海は目を開けた。


木の天井。


小屋。


「……来た」


胸が、


少し速くなる。


すぐには起きなかった。


外の音を聞く。


鳥。


風。


川。


獣の唸り声は、


聞こえない。


海はゆっくり身体を起こした。


小屋の入口から、


外を見る。


右。


左。


何もいない。


ようやく、


外へ出た。


今日は、


森へ行かない。


少なくとも、


いきなり奥へ入る気にはなれなかった。


結界の内側。


ここなら、


グレイファングは入れない。


「CREATION」


一覧を開く。


昨日調べたものが、


追加されている。


⸻


《新規創造候補を検出しました》


木製槍 30DP


簡易腕当て 25DP


簡易すね当て 30DP


⸻


海は木製槍を見る。


「まず、これかな……」


交換する。


光が集まる。


長い木製の槍。


海は両手で持った。


「長っ」


思っていたより扱いにくい。


構える。


前へ。


突く。


「……違うな」


動画では、


もっと簡単そうに見えた。


もう一度。


足を出す。


突く。


戻す。


何度も繰り返す。


相手が来たと想像する。


近づかせない。


距離。


先端を向ける。


⸻


《長柄武器の知識を実践しました》


《DP +5》


《LEVEL進行度:86% → 92%》


⸻


「全然うまくいかないな……」


海は汗を拭う。


もう一度。


構える。


相手が正面から来る。


そう想像する。


一歩下がる。


槍先を前へ。


「もう一回……」


その時。


ヒュッ――。


「え?」


何かが、


視界の端を横切った。


直後。


バチンッ!


鋭い音。


「うわっ!」


海は反射的に身を屈めた。


地面を見る。


一本の矢。


「……矢?」


次の瞬間。


海は槍を持ったまま、


小屋の陰へ飛び込んだ。


背中を壁につける。


心臓が、


一気に速くなる。


「何だよ……」


昨日の恐怖が、


一瞬で戻ってくる。


海は壁の端から、


ほんの少しだけ顔を出した。


森。


木々。


枝。


葉。


何も見えない。


「……どこだ?」


矢が飛んできた方向を見る。


しばらく。


何も動かない。


海は目を凝らす。


その時。


枝の一部が、


わずかに動いた。


「……?」


少し離れた大木。


太い枝の上。


人影。


「人……?」


細かい顔までは分からない。


服装も、


森に溶け込んでいて、


ほとんど判別できない。


ただ。


弓を構えている。


そして、


その先が、


こちらへ向いている。


それだけは、


はっきり分かった。


「……マジかよ」


さらに目を凝らす。


頭の横。


耳のような輪郭が、


妙に長い。


「……耳?」


その瞬間。


声が飛んできた。


女の声だった。


「そこから出るな」


「出ないよ!」


海は、


小屋の陰から答えた。


人影は動かない。


弓も下ろさない。


「お前は何者だ」


「そっちが先に矢撃ってきたんだろ!」


「警告だ」


「当たったらどうすんだよ!」


一瞬。


間。


「当てるつもりなら、


外していない」


「……」


海は、


返す言葉を失った。


相手は、


こちらを狙ったまま。


距離も保っている。


近づく気配もない。


「その結界」


「結界?」


「今、


私の矢を弾いたものだ」


「ああ……これ?」


海は、


小屋の陰から周囲を見る。


昨日。


グレイファングも、


同じ場所で弾かれた。


「小屋作ったら、


勝手についてた」


沈黙。


「……勝手?」


「うん」


枝の上。


弓が、


わずかに引き絞られる。


「ふざけるな」


「ふざけてないって!」


相手は答えない。


周囲を見ているようだった。


誰か他にいるのか。


何かを探しているのか。


海には分からない。


やがて。


「高位の結界を使っておいて、


何も知らないだと?」


「だから俺も分かんないんだよ」


「お前、


魔法使いか?」


「魔法?」


海の声が止まる。


「魔法って、


本当にあるの?」


今度は、


向こうが黙った。


「……何を言っている」


枝の上。


弓は海へ向けたまま。


その横で、


片手がわずかに動く。


淡い緑色の光。


葉が、


不自然に揺れた。


風が、


そこだけに集まっている。


海の目が大きくなる。


「……マジかよ」


⸻


《初めて魔法を確認しました》


《DP +8》


《LEVEL進行度:92% → 99%》


⸻


海は、


思わずもう少し顔を出した。


「今の、


どうやったの?」


「動くなと言った」


「はい」


海は、


すぐに引っ込む。


少しの沈黙。


「お前は、


どこの民だ」


「どこの民?」


「その服だ」


海は、


自分のTシャツと短パンを見る。


「見たことがない」


「日本だけど」


「……ニホン?」


「日本」


「それはどこだ」


「どこって……」


海は少し困った。


「地球」


また、


沈黙。


「チキュウ?」


「……そこから?」


「知らない土地の名ばかりだ」


「俺も、


この世界がどこなのか知らないんだよ」


「……意味が分からない」


「俺も」


少しずつ。


声の緊張が、


最初よりは弱くなっている。


それでも。


相手は木から降りない。


弓も、


構えたまま。


海は、


もう一度だけ壁から顔を出した。


「その耳……」


「何だ」


「いや」


「何だ」


「長いなって」


「……失礼な奴だな」


「あ、ごめん」


少しだけ、


空気が変わる。


海は迷ってから言った。


「もしかして、


エルフ?」


枝の上の人影が、


ぴたりと止まった。


「なぜ知っている」


「え?」


「エルフを、


なぜ知っている」


「俺の世界だと、


話の中に出てくるんだよ」


「話?」


「ゲームとか、


漫画とか……」


「ゲェム?」


「そこから?」


今度は、


海が困る。


相手が、


小さく息を吐いたように見えた。


「私たちは、


世界樹より創造されたエルフの民だ」


「世界樹……」


「それも知らないのか」


「知らない」


「本当に、


何者なんだ」


⸻


《初めて知的生命種族と接触しました》


《DP +15》


⸻


続けて。


⸻


《世界樹から創造されたエルフの民を確認しました》


《DP +10》


《LEVEL進行度:99% → 100%》


《超過経験値:7%を次LEVELへ繰り越します》


⸻


青白い光が、


海を包む。


「うわっ」


⸻


LEVEL UP


神谷 海


Lv.5 → Lv.6


⸻


枝の上から、


声。


「今の光は何だ」


「待って、


俺も今それどころじゃない」


⸻


LEVEL BONUS


最大HP +5


全ステータス +1


SP +3


⸻


表示が消える。


相手は、


さらに警戒したようだった。


「やはり魔法使いか」


「違うと思う」


「思う?」


「俺にも分かんないんだって」


「怪しすぎる」


「それは俺も分かってる」


少しの間。


どちらも動かない。


やがて。


海の視線が、


相手の弓へ向いた。


「その弓、


普段から使ってるの?」


「当然だ」


「何に?」


「狩りだ」


「狩り……」


海は、


その言葉を初めて意識する。


「何するの?」


「獲物を探す。


痕跡を見る。


風を読む。


近づく。


仕留める」


「風?」


「匂いを運ぶ」


海の表情が変わる。


昨日、


自分で調べたこと。


風向き。


匂い。


目の前の相手は、


それを当たり前のように知っている。


「……グレイファングもいる?」


「当然いる」


「昨日、


追いかけられた」


少し間。


「一頭か?」


「うん」


「それで?」


「ここまで逃げた」


「……よく無事だったな」


海は少し驚いた。


馬鹿にされると思っていた。


でも、


声はそうではなかった。


「結界に助けられた」


「そうだろうな」


「森って、


そんな危ないの?」


「何も知らずに歩けば、


何に出会ってもおかしくない」


海は、


しばらく黙る。


それから。


「じゃあさ」


「何だ」


「俺にも、


狩り教えてくれない?」


間を置かず。


「断る」


「早っ」


「なぜ、


私がお前に教える必要がある」


「いや……


それは……」


言われれば、


何もない。


会ったばかり。


しかも。


まだ、


相手は木の上から弓を向けている。


「……まあ、


そうだよな」


その時。


ボコッ。


枝の上の人影が、


素早く反応した。


弓の向きが変わる。


ブルルルルル――。


発電機。


「何だ、


あれは」


「え?」


「あの音を出したものだ」


「発電機?」


「ハツデンキ?」


海が、


少し壁から顔を出す。


「発電機、


知らないの?」


「何だ、それは」


「電気を作るやつ」


「デンキ?」


「……電気も知らない?」


相手の声が、


少し苛立つ。


「さっきから、


知らない言葉ばかり使うな」


「マジか」


海は、


発電機を見る。


今度は、


自分が知っている。


「見てみる?」


「……」


返事はない。


「危ないことしないって」


「信用できると思うか?」


「まあ、


無理か」


しばらく。


相手は動かなかった。


やがて。


弓の弦が、


ほんの少し緩む。


それでも、


矢はつがえたまま。


枝から、


静かに別の枝へ移る。


そして。


幹。


地面。


海からかなり距離を取った場所へ、


音もほとんど立てず降りた。


初めて。


海はその姿を、


はっきり見る。


色白の肌。


はっきりとした、


整った顔立ち。


長い耳。


身体は細いだけではなく、


しっかりと引き締まっている。


民族衣装のような服。


肩や腰には、


獣の皮があしらわれている。


手には弓。


近くで見るほど、


自分とはまるで違う。


「……ほんとにエルフだ」


「さっきから、


それは何なんだ」


「いや、


なんでもない」


相手は、


結界の手前で止まった。


それ以上は来ない。


海も、


小屋の陰から出ない。


発電機を見る。


「これ」


「……」


「電気を作ってる」


「だから、


デンキとは何だ」


「それは……


見た方が早いかも」


海は、


小屋の入口を指す。


「中に、


明かりがある」


「火か?」


「違う」


「魔法か?」


「違う」


相手の目に、


初めて少しだけ興味が浮かぶ。


「じゃあ、


何だ」


「だから電気」


「……」


海は、


少し笑った。


「気になる?」


「別に」


「絶対気になってるじゃん」


「黙れ」


それでも。


視線は、


小屋へ向いたまま。


海は結界を見る。


「入ってみる?」


「……」


相手の目が、


一気に警戒へ戻る。


「ここから先は結界だ」


「ああ」


「入ればどうなる」


「分かんない」


「……お前は私を殺す気か?」


「違う違う!」


海が慌てて手を振る。


「昨日グレイファングは弾かれたけど、


俺は普通に通れるし」


「それは何の参考にもならない」


「確かに」


相手は、


しばらく結界の境界を見る。


弓を持ったまま、


ゆっくり片手を伸ばす。


何も起きない。


指先。


手。


腕。


さらに一歩。


バチッという音はしなかった。


⸻


《敵意を検出しませんでした》


《居住区への侵入を許可します》


⸻


二人とも、


表示を見る。


「敵意……?」


海が呟く。


相手は、


結界の内と外を見比べる。


「敵意を判別している……?」


⸻


《居住区結界の新たな性質を確認しました》


《DP +10》


⸻


「俺も今知った」


相手が、


海を見る。


「お前、


本当に何も知らないな」


「うるさい」


それでも。


少しだけ、


距離は縮まった。


海は小屋へ入り、


スイッチを押す。


パッ。


LED照明が灯る。


相手の目が、


はっきりと見開かれた。


「……光?」


「これが電気」


「火ではない」


「うん」


「魔法でもない」


「違う」


相手は、


すぐには近づかなかった。


少し離れた場所から、


照明を見上げる。


「なぜ光る」


「電気を流すと光る」


「だから、


そのデンキとは何だ」


「……そこ説明するの難しいな」


初めて。


相手の口元が、


ほんの少し緩んだ。


「お前も知らないではないか」


「使い方は知ってる」


「怪しいものだ」


「じゃあ、


もう一個」


海は外へ出る。


蛇口。


ひねる。


ジャー。


水が流れる。


「……」


相手が、


完全に止まった。


「水だよ」


「それは分かる」


「便利でしょ」


少し迷ってから、


相手が近づく。


蛇口の下へ手を出す。


水に触れる。


「どこから出している」


「あそこ」


海が、


貯水タンクを指す。


「水を貯めて、


管を通してここまで持ってきてる」


相手は、


蛇口。


管。


タンク。


順番に見る。


「川まで行かなくていいのか?」


「中に水がある間はね」


「……」


蛇口へ手を伸ばす。


閉める。


水が止まる。


開く。


水が出る。


また閉じる。


海が笑う。


「気に入った?」


「……面白い」


「魔法の方がすごいと思うけど」


「魔法は魔法だ」


「俺からしたら、


そっちの方が意味分かんないよ」


相手は、


発電機を見る。


小屋。


照明。


蛇口。


そして。


海。


「ニホンには、


こういうものがあるのか?」


「いっぱいあるよ」


「他にも?」


「ある」


「例えば?」


「冷蔵庫とか、


テレビとか、


スマホとか」


「何一つ分からない」


「だろうね」


今度は、


明らかに興味を持っている。


海も、


それに気づいた。


「じゃあさ」


「何だ」


「また見に来れば?」


相手が海を見る。


「俺も、


森のこと全然分かんないし」


「……」


「そっちは、


俺が知らないこと知ってる」


海は蛇口を見る。


「俺は、


そっちが知らないもの見せられる」


少しの間。


「そのついでに、


狩り教えてよ」


「……まだ言うか」


「お願い」


相手は、


照明を見る。


蛇口。


発電機。


最後に、


海を見る。


「……見に来るついでだ」


「え?」


「狩りを教えてやる」


海の表情が、


少し明るくなる。


「ほんと?」


「ただし、


私の言うことを聞け」


「聞く」


「まだ何も言っていない」


「でも聞く」


相手が、


小さく息を吐く。


さっきまでと比べれば、


ずいぶん空気が柔らかくなっていた。


やがて。


森へ戻ろうとする。


海は、


その背中を見た。


「あ」


相手が振り返る。


「何だ」


「そういえば、


名前聞いてなかった」


少しの沈黙。


「……今さらか」


「俺、


カイ」


相手は、


海を見る。


そして。


「ナタリーだ」


「ナタリー」


「何だ」


「いや、


覚えた」


ナタリーは、


小さく息を吐いた。


「変な奴だな」


そのまま、


森へ向かう。


結界を越える。


数歩進んだところで、


一度だけ振り返る。


「カイ」


「ん?」


「あの水が出るもの」


「蛇口?」


「次に来た時、


もう一度見せろ」


海が笑う。


「やっぱ気に入ってんじゃん」


「……黙れ」


ナタリーは、


木々の奥へ消えていった。


海は、


しばらくその方向を見ていた。


昨日。


あの森から、


グレイファングが現れた。


どうすればいいのか分からず、


ただ逃げた。


今日。


同じ森から、


言葉を交わせる誰かが現れた。


海は、


手に持った木製槍を見る。


「……狩りか」


まだ、


何をするのかもよく分からない。


でも。


次にやることが、


一つ決まった。

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