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一本目の尻尾 11

三つ目の悲鳴が聞こえた気がした頃から少し時間が経ってしまった。

三つ目は大丈夫だろうか。なんとか凌いでいるか。もう狩られてしまったか。

走りながら、眉間のあたりがぴりぴりとし、鼻先がツンとした。

いつもより、息が上がる。いつもより、一足が伸びる。


近づくにつれ、三つ目の甲高い威嚇の声と、ヒト種の叫び声が聞こえてきた。


三つ目は生きている。

まだ、戦っている。


私は声の元へ一層速度を上げた。


木々を抜け、背の高い草をかき分け、三つ目が罠に掛かった場所にたどり着いた。

日の差す場所へ抜けた為、一瞬目がくらむ。

逆光の中、後ろ足で立ち上がった三つ目に、ヒト種が槍を持って向かってゆく姿の影。


遅れて目が慣れ、状況が見えた。


三つ目が倒れ、前足の間、心臓のあたりに槍が刺さっていた。

その前に、最近様子がおかしかった、頭にしか毛が無い狩人が尻餅をついていた。


はあ、狩られてしまったか。




私はこの時、悲しみや怒りというような感情は持ち得なかった。

私も散々狩りをしてきたし、生き死にについて深く考えたこともない。

生きるために狩りをし、仕留めた獲物を食べる。

そこに感情は無く、狩ること・殺すことに対して抵抗もない。

それだけだ。


私がこの時感じていたのは、これから寂しくなるなあ、というものだった。


これまでの私は、両親と離れてからはずっと三つ目と共にあった。


三つ目が居たから驚くことが多かった。


三つ目が居たから心配が絶えなかった。


三つ目が居たから学ぶことが沢山あった。


これから、本当の独り立ち。


幾分暇であった日々が、これからはもっと暇になるのだろう。





毎日毎日、寂しいなあと思いながら、暇を過ごすのだろう。


そう思った瞬間、意味もなく、腹の底から一声鳴いた。





私の鳴き声が威嚇の声に聞こえたのか、狩人は跳ねるように立ち上がり、三つ目から槍を抜いてこちらに向けた。


三つ目の胸元から、赤黒い血がどぶりとあふれ出た。


三つ目は仕留められてしまい、特段空腹でもない私が、この狩人を襲う理由はない。




狩人たちを眺めていたからよく分かる。


狩人の後ろの猟果はこの後、革を剥がれ、活用する部位を取り、運びやすいように解体されるのだろう。


四本の脚は付け根から外され、頭と毛皮で一纏め、内臓は一部を除いて廃棄して、肋骨と腰のあたりで割ってものの見事に解体される。


生きていた頃の面影は頭と毛皮の一纏めくらいのもので、あとは綺麗な色をした食料だ。



そんなことを考えていたのだが、なぜか私は狩人に飛び掛かっていた。

向けられた槍に横から噛みつき、前足を振るった。


狩人は怖気づいていたのか、槍をすぐに手放した。

そのせいで、目測を誤り、爪を立てることができなかった。

横から狩人の二の腕あたりを殴ることとなり、吹き飛ばしてしまった。


狩人と私の立ち位置が入れ替わる。

足元には狩人の猟果が転がっている。

間近で見たその姿は、脚には括り罠がきつくめり込み革を割いて肉を削っていて、後ろ脚の付け根には矢が二本。両前脚には幾つもの切り傷があり、槍を相手に随分と抵抗したようだった。

二つの瞳の瞳孔は開いて、茂みのあたりをぼうっと見つめている。額の瞳の瞳孔だけが以前のままだった。

胸元から溢れる血は少しづつ勢いを緩め、最後の温度を手放そうとしていた。


私は血が流れ出る傷口に顔を近づけ、何度か舐めた。

傷が治るわけでもなく、息を吹き返すわけでもないが、思いやっていることを伝えたかった。

誰にということはなく、ただ、そうしたかった。


そんな私の姿を見て、狩人は何かを言っていた。

さっき見た危険な狩人と同じく、地面に両膝と両拳を着き、同じ音を繰り返していた。


後に分かったが、私たちに謝っていたようだ。


内容はともかく、逃げるでもなく目の前に座られてしまうと、私もどうすることもできない。

狩人には幸いなことに、確実に勝てる相手を、空腹でもないのに狩る趣味は無い。

どちらかと言えば、少しの間、こうしてこの少々珍しい額晶鹿の傍で過ごしたかった。


多分、私がこのまま手出ししなければ、別れの猶予を貰えたのだろう。

そうならなかったのは、この森林の非情さだ。

何とも耳障りな甲高い鳴き声が空から降ってきた。


見上げると、以前父が狩っていた大型の鳥だった。


森林の騒がしさに興味を持ったのは私たちだけでは無かったようだ。

ちょうどここは開けており、上空からも見えやすい。

そんなぽっかり空いた場所に、既に事切れた獲物がいる。

他にもいるが、自分の敵ではないと判断したのだろう。


空から舞い降りた鳥は、嘴の先の穴からふんと息を吐き、その周りの風景を歪ませた。


その時、視界の端から猛然と飛び出す影が現れた。先ほどまで座っていた狩人だ。

私の近くに落ちていた槍を掴み、大声を上げながら身の丈を越える鳥に向かって一直線に飛び込んだのだ。


鳥は翼を広げて威嚇の姿勢を取り、耳障りな鳴き声で大騒ぎしながら鋭い爪で迎え撃つ。


槍と爪が交差し、槍が小枝のようにぐしゃりと折れる。

狩人は前傾姿勢に倒れこんでしまい、あとは鳥の踏みつけで命を落とすだけだ。


狂ったように鳴く鳥は間髪入れず、ヒト種の頭など掴んで砕けるであろう片足を上げ、狩人に振り下ろす。

狩人が命を落とす寸前、横合いから矢が撃ち込まれ、鳥の腹に突き刺さった。

悲鳴なのか効いていないのか分からない鳴き声をあげながら、鳥はたたらを踏み、そしてより一層耳障りに騒ぎながら茂みに向かって威嚇の姿勢をとる。


茂みから、私と追いかけっこをした狩人がのそりと姿を現した。

手には次の矢が番えられ、引き絞られている。

またもや肩が大きく上下しながらも、笑っているような表情を浮かべていた。

私が爪を突き刺した肩には布が巻かれ、血が染みていた。

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