一本目の尻尾 10
猿達の喧騒へ向かいながら、原因を探った。
特段匂いに異変は感じない。音も猿達の喧噪により判別ができない。
気配もまだ遠いようで判然としない。
もしこちらに敵意のある者であれば三つ目が反応するであろうし、何より興味が勝っている。
身体も十分に出来上がり、周囲に果実もある環境ではそれほど狩りをする必要が無い我々は、ある意味暇を持て余していた。
だからこそ、狩人に近づいて観察したり、時に追い払ったりなどしながら過ごしていた。
魔法の練習も進捗が見られず試行錯誤を繰り返す日々ではあったが、それでも一日が長いと感じることは間々あった。
番となる気も今のところなく、命を繋ぐことに熱心になることもない。
そんな中、危険でもなさそうな異変。これに興味を持たないわけにはいかなかった。
住処から大きく北へ進み、少し木々が開けた場所を通り過ぎる。
正しくは、通り過ぎようと、思った。
すぐ後ろで、ギイと三つ目の悲鳴が上がった。振り返ると、三つ目の後ろ足が後方にピンと張っている。括り罠だ。
やられた。
すぐさま罠に噛みついた。爪を立て、顎に力を入れ、ぐいぐいと引っ張る。罠はしっかりと括られ、切れない、外れない。
すると三つ目が大人しくなり、一点を見つめていることに気づいた。
視線の先には、時折見かけた狩人が二人いた。
特別危険な奴ではない。まぬけな奴でもない。
二人は開けた場所を一望できる、少し高い斜面おり、こちらを狙っていた。
まずい。
三つ目は一歩二歩動ける程度しか動けない。このままでは、狩人の餌食になる。
普通、罠に掛かった獲物はナイフや槍などで止めを刺す。だが、奴等は私の存在を理解している。
だからこそ、近づいて来ずに矢でこちらを狙っているのだ。
私は罠を切ることを諦め、大きく横に開き、木々の間を縫って狩人達に向かって走った。
三つ目は狩人達に向かって体を向け、まっすぐに矢を見つめた。
一本の矢が放たれた。放たれる瞬間か、それよりも一瞬早く、三つ目が横に動く。
放たれた矢は三つ目の後方の地面に突き刺さった。
それに少し遅れて、二本目の矢が放たれた。これも三つ目は躱す。
脇腹を見せず狩人を正面に見ることで、狙いを小さくしたのだろう。
そして、危機を察知した瞬間に動くことで、なんとか矢を躱しているのだ。
綱渡りと言っていい回避ではあったが、堂々と正面から向かい、圧倒的に不利な状況でもパニックを起こさず、その時できる最大限の抵抗をしている。
見事だった。誇り高い姿だ。
私は全速力で走り、木々を躱し、根をくぐり、枝を飛び越え、一人目の狩人の眼前に迫った。
狩人は咄嗟に三つ目から私に狙いを変え、こちらに矢を放つ。
視線を逸らさず大きく斜めに飛び、着地と同時に一息に飛び掛かる。
正面から狩人の胸に両前足を叩きつけ、押し倒す。これで呼吸もできず、しばらく動けないはずだ。
止めを刺すことなど後回しに、もう一人の狩人に狙いを定めて走り出す。
その間にも、三つ目は矢を躱し続けているが、足元に突き立った矢のせいで一歩動くのも難しくなってきている。十本程の矢が突き立ったであろう頃、やっと二人目の狩人を眼前に捉えた。
罠に掛かった鹿に矢を躱され、山猫が猛烈な速度で向かってくるという状況に、相当に焦っていたのだろう。
狩人は弓を投げ捨て、腰からナイフを抜くが取り落とす。
大声で騒ぐ狩人に構わず、私は飛び掛かった。
一人目と同様に押し倒し、狩人の顔面に噛みつこうとした瞬間。
三つ目の悲鳴が聞こえた。
慌てて目を向けると、括り罠に掛かった脚の付け根に矢が刺さっていた。
足元の狩人を強く踏み、樹上に登る。
注意深く周囲を見渡し、臭いを確認し、三つ目の視線の先を探る。
いた。
危険な狩人だ。
肩で息をしているところを見ると、どこかから駆け付けたのだろう。
山猫種の毛皮が上下している。
私は危険な狩人に襲い掛かるべく、樹上から飛び降りた。
背を向けて走り出す狩人。
森林の中でヒト種が私たちより早く走れることは無い。無いのだが、追いつけない。
木々の影に入ったと思うと、なかなか姿が見えなかったり、思いもよらぬの方向に抜けたり、見事に翻弄されている。
しかし、徐々に距離は縮まり、あともう少しで飛び掛かれる距離まで迫る。
すると狩人は途端にこちらに振り返り、腰からナイフを引き抜いた。
先の二人よりも肉厚で、使い込まれた傷だらけの得物だ。しかし刃先は鈍い光を持ち、数多くの止めを刺してきたことが窺える。
正面から対峙する狩人はさっきよりも大きく肩で息をしている。分厚い革の手袋をした手を前に出して開き、肩の動きと共に上下する手の陰に、逆手に握られたナイフが隠される。
私は姿勢を低くして飛び掛かる体勢を維持するが、手袋の影からナイフがちらちらと見え隠れする。
小さく一歩進むと、狩人も同じだけ動く。じりじりとお互いに距離を測る。
迂闊には飛び掛かれなかった。
遠くで三つ目の悲鳴が聞こえた気がした。
早く戻らなくては。
私は大きく一歩踏み出す。それに合わせ、狩人も大きく動く。
一歩下がろうと片足が浮いた瞬間、飛び掛かった。
開かれた手に首を押されるが、構わず両前足を振り下ろす。
片足の爪はナイフで押えられたが、もう片足の爪が狩人の肩に突き刺さった。
私と同じ種の毛皮に爪を突き立てるのは初めてだな、などと余計な考えが過るが振り払い、そのまま爪を引こうとする。
しかし、狩人は前に踏み込み体ごと私に体当たりを慣行。突き刺さった爪が抜け、反対に押し飛ばされてしまった。
狩人は変わらず肩で息をしその肩から血を流しながらも、髭だらけの口元から黄色い歯が覗き、笑っているような顔をしていた。
私も、威嚇の為に歯を剥いていた。笑っていたように見えたかもしれない。
もう三度、飛び掛かった。一度目は身を躱されナイフを突き立てられかけた。二度目は狩人の頬に切り傷を作った。三度目は後ろに飛んで躱されたが、追い縋って頭突きを見舞った。
腹を押さえて咽る狩人は、私に何かを喋っている。
怒鳴るでもなく、笑うでもなく、私を真っ直ぐ見つめ、途切れ途切れに言葉を絞り出している。
食事のための狩りではないのだろうか。
普段見かける狩りの姿とは違う、何かを感じた。
狩人はそのままゆっくりと地面に両膝を着き、両拳を地面に着け、地面に向かって同じ言葉を何度も叫びだした。
普段の冷酷な狩人の姿からは想像できない姿に面食らう。
何かを頼んでいるような、そういう印象を受ける姿だった。
何を言っているのかも分からない。
分からないが、今、この狩人を殺すよりも、三つ目の元に駆けつけるべきだと感じた。
私は狩人を後目に、三つ目の元へ走り出した。




