一本目の尻尾 9
猿達との関係性に決着が付き、それからは静かに過ごせるようになっていった。
偶に、谷を越えた果実を猿達に届けるようになり、届ける折に子猿に絡まれるようになってしまった。子猿たちのお気に入りは私の耳にある飾り毛で、よく引っ張られた。中々に痛かった。
すっかり忘れていた魔法も、鍛錬をし始めた。といっても何がどうなって発動するのかは理解できていない為、父や母が使った時を思い出し、試行錯誤を続けている。共通するのは、存在を認識される前、もしくは視線や意識が逸れた瞬間があった、ということ。
三つ目の前に立ち、たしたしと地面を叩いてからそっぽを向いてみるが、三つ目はじっとこちらを見つめたまま。もう多分、こいつは引っかからないのだろう。成果の出ない練習が続いた。
時折、ヒト種の姿も見た。住処から離れ、以前ヒト種と鉢合わせた地域は彼らの狩場のようだった。
以前出会った個体と違い、頭部にも毛がある者、頭部にも顎にも毛が無いもの、頭部にしか毛が無い者など、複数見かけるようになった。
彼らは以前の個体程の脅威は感じられず、こちらに気づくことは基本的になかった。むしろ彼らの存在感は大きく、あれで狩りができるのかと不安になる程だった。特に頭にしか毛が無い狩人は、移動の際の音も大きく、基本的に狩りに成功している姿は見なかった。他の二人は何度かに一度は獲物を仕留めていたようだが、彼は一度、野兎を仕留めていただけだった。
彼らに気づかれないよう観察するのも面白かったが、稀に山猫の毛皮を着た、顎にしか毛の無い狩人と連れ立って行動していることがあった。
奴だけは別格に危険なので、気づき次第観察せずに住処へ戻るようにしていた。
ある時、頭にしか毛が無い狩人を眺めていると、近くに熊種を見つけた。どちらも気づいていない様子だ。このまま鉢合わせると、多分狩人は狩られるだろう。少しずつ狩りの腕を上げる彼が見られなくなるのが残念に思った私は、樹上から威嚇の声を上げた。
熊種は瞬時に警戒態勢となり、周囲を確認しながら臭いを確認し始めた。狩人はビクリと肩をすくめ、焦った様子で周囲を見回し、大声で周囲を威嚇しながら後ずさりし、逃げ帰っていった。
熊種は狩人が発する大声に警戒を濃くし、そちらもそちらでその場を離れていった。
赤や黄色の葉が落ち、地面が白くなってからも、狩人たちは白い息を吐きながら歩き回っていた。
私や三つ目は、例の危険な狩人以外はそれほど警戒せずにいた。
そんな折、三つ目と鼬が喧嘩していた時、頭にしか毛が無い狩人が近付いて来るのを感じた。
三つ目はもう、鼬を追い払う程に喧嘩に慣れており、立派な体躯も相まって鼬を圧倒している所だった。
近づいてきた狩人はその三つ目の姿を驚きの表情と共に食い入るように見つめていた。
鼬が観念し、追い立てられるように逃げ去った頃、喧嘩に夢中で狩人に気づいていない三つ目に向かって、狩人は矢を向けようとしていた。
私は狩人の背後に忍び寄り、片足に軽く噛みつき引きずってやった。驚きと痛みに悲鳴を上げる狩人。
咥えた足を離さずそのまま首を振り、三つ目の前にぶん投げた。三つ目の前に倒れこむ狩人。
三つ目は両前足を上げ、今にも踏みつけようと立ち上がる。
狩人は恐怖に慄きながらゴロゴロと転がり、三つ目の踏みつけを回避する。回避した先では、私が姿勢良く座り、狩人を見下ろす。
再度悲鳴を上げ、四つ足でその場から離れ、悲鳴を上げながら森に消えていった。
三つ目とお互い顔を見合わせ、面白くなってしまった私たちは、その場でピョーンと跳ねた。
その一件があってからは、危険な奴以外の狩人を見かけると、時折脅かすようになった。
三つ目はその性質から私よりも危険に敏感なはずなのだが、気が抜けている時も多いのか、私と共に動いている時は狩人に見つかることが間々あった。その度に威嚇の鳴き声で脅かし、頭上を飛び越え、そして時々、小さい方の爪を立てて追い払った。姿を眩ます練習も兼ねていたが、そちらの成果は得られなかった。
三つ目は危険な狩人にだけは、私と同じかそれ以上に早く察知し、素早くその場を離れた。
暇をしない日々であったが、相変わらず心配の絶えないものであった。
木々が緑色となり、森が騒がしくなり始めたころから、狩人たちを見かけることは少なくなった。
この時期は実りも多く、森の住人達も活発な季節だ。元々喰うに困るようなことは無くなった私たちであったが、果実も多く、獲物も多いこの季節はより活発に、広範囲に走り回っていた。
この頃あたりから、あの狩りが下手な、頭にしか毛の無い狩人だけを頻繁に見かけるようになっていた。
この狩人は自身の臭いが強くなるのも厭わず、ひたすら額晶鹿を追っている様子だった。
あれほど存在感が強くなってしまっていては、普通の額晶鹿はまず狩れない。一定の距離に入るとすぐさま逃げられてしまっているようだった。
しかし、狩人は日がな鹿を追い回し、当たらない矢を放っていた。取り逃がすと明らかに狼狽し、取り乱して何かを叫んでいる様子だった。
狩人の異常な姿に、私たちは当分この辺りに顔を出すのをやめ、住処のあたりで静かに過ごすことにした。
私たちの住処は元居たあたりから一山越え、隣山との接続が突然断崖となっている崖を登った先にある。そこは猿種が多く住み、猿種はヒト種の狩人にとって魅力的な獲物ではなく、むしろ避けているような印象がある。
狩人たちは断崖の下までを狩猟地域としており、崖を下らなければ出会うことは無い。
狩人の様子が変わり始めて以降、崖から下を覗くと、例の狩人がうろついていることがあった。
私たちの姿を見止めると、血走った目で何かを叫び出した。
矢を射かけてくることもあったが、崖の上では当たるはずもなく、鬼気迫る表情に嫌な感覚を覚え、塒へ帰るのだった。
ある日、塒の前で寝そべり、三つ目と果実を食んでいると、遠くで猿達が喚く声が聞こえた。こういった場合、大型の獣が縄張りを犯したか、以前の私たちのように食料を奪う者が現れたか、だ。
大型の獣の襲来であれば、覗きに行きたい。もしかしたら何か魔法が見られるかもしれない。
私と三つ目は顔を見合わせた後、息の合った動きで騒ぎの方向に向かって駆け出した。
野生動物にあるまじき危機感の無さと、変わりに得た好奇心が、私たちの運命を大きく変えることとなった。
後から知ったが、三つ目と私は、狩人たちに”鹿の王”と”王の守護者”と呼ばれていたようだ。
この頃三つ目の立派な体格は額晶鹿としてはかなり大柄な体躯を誇っていた。果実をはじめ、栄養値の高い食事を十分に取れていたのだろう。幾分小ぶりだった角も同様に大きく育ち、草食獣にあるまじき喧嘩っ早さから角の付け根は歴戦の猛者のような傷が幾つもあった。なぜか常に悠然としており、鳴き声を上げることは一度も無かった。そうした姿と、捕食関係にある私が周囲をうろついていることでそのような呼ばれ方をしていたようだ。
そして私も、小柄な豹種に迫る体躯となっており、山猫の中ではかなり大型に育ったうえ、崖すらも登って鹿に付いて歩き、王に近付こうとすると必ず影から現れることから、その守護者と言われていたようだ。
不服だが、今となっては光栄なことだと思う。




