一本目の尻尾 12
乱入してきたこの鳥はキンカンオウムという名で、元々は金柑色の冠羽からそう呼ばれている。気性が荒く、金色の冠を頂いて喚く姿がとある国の王様の姿と重なるようで、金柑鸚鵡=金冠鸚鵡ともされている。
ヒグマのような巨躯の怪鳥で、全身の羽根はくすんだ茶色。脚も身体に比例して太く、攻撃にも食事にも使われる大きな爪を持つ。
嘴は黒く、湾曲した部分の鼻からは常にガスが漏れている為、周囲の景色を歪ませている。
このオウムの最大の特徴は、炎を吐く鳥だということ。嘴を打ち合わせて火花を散らし、その際に体内で発生したガスを口から噴射することで炎を吐く。その上、長時間体内にガスを貯めてい為、唾液も可燃性を帯びており、炎を吐く際に一緒に吐き出される唾液が付着すると炎が消えずに残ることとなる。
森林の中でも上位に入る危険な存在で、父のように魔法でもなければ勝ち目はない。
腹に矢が一本突き刺さったとはいえ、意気軒高のオウムは地団太を踏みながら叫び続ける。
足元に転ばされたドジはその隙になんとかその場から逃れた。
さて、どうしようか。
勝ち目がない、と、この場を離れることもできる。
この場合、どうしても猟果を持ち帰りたい様子の狩人二人はこのまま鳥に挑むだろう。
そして多分、切り裂かれ、焼かれ、鳥の追加の食料となることだろう。
狩人がどうなろうと、私にとってはどちらでも良い。
ただ、この二人がどうなろうと、共の骸を啄まれることは阻止したい。
ドジを救った危険な狩人は、のそりと一歩前に進み出た。
血の滲みが、じわりと動く。
番えた矢は鳥を狙ったまま、横目にこちらをじっと見ている。
その目は私がどう動くかを静かに観察していたが、瞳の奥には祈りに似た、何かを求める懇願があった。
ドジに目をやると、ナイフを取り出し前掲姿勢に構えている。目はギラギラとした光を放つが、口元からは胡桃を二つ擦り合わせたような音がしていた。
この二人が私にも敵意を向けるようであれば、逃げる他に手は無い。
が、どちらも鳥を仕留めようとしているようだ。
この二人を救うのではなく、亡き共の誇りの為に、この二人を利用しよう。
そう決意した私は、矢を番えた狩人の方へ進む。狩人の目は私を捉えたままだ。
そのまま進み、番えられた矢の前を通り、鳥の左側に回る。これで、ドジが右側、私が左側、狩人が正面の位置となる。
鳥は三方へ首を回しながら、それぞれに向かって威嚇の奇声を発する。
狩人がまた一歩進む。ドジは足を地面から離さずに前へ出る。私は姿勢を低くし、後ろ足に力を貯める。
鳥が先ほどよりも素早く首を回しながら、ダンダンと小刻みに跳ねる。
じりじりと距離が詰まる中、鳥はドジを標的と定めたようで、ひと際大きく鳴きながら襲い掛かった。
矢が放たれ、私も矢のように飛び掛かった。
この鳥は、落ち着きのない動作や荒い気性、決して美しいとは言えない奇声により賢くないと思われることが多い。しかし、元来鳥種は賢い者が多く、オウムなどはその中でも突出して賢い。
強敵に緊張する我々を尻目に、この鳥は三方から囲まれながら、冷静に先を読んでいたらしい。
ドジに襲い掛かった瞬間に地面を踏みしめ振り返る。
矢はドジと鳥の背の間を素通りし、私の正面には大きく開かれた嘴が迫る。
嘴の中は粘性の高い唾液と、それに塗れててらてらと輝く紫色の舌があった。
咄嗟に両前足で嘴を叩く。頭を鳥の眉間の高さに持ち上げる。後ろ足で肩口を蹴る。
なんとか嘴から逃れたが、その嘴からカカカカカッという音。
着地までの瞬間がこれほど長く感じられたことは無い。
ゆっくりと地面に足が触れる。
体重は乗ったか。
まだか。
乗ったか。
大丈夫か。
よし、乗った。
着地の瞬間、大きく横に飛ぶ。
直後、私が元居た場所が燃え上がった。
このまま炎に追われていれば燃やされていたが、炎は私とは逆方向へと向けられた。
狩人は近くの太い木へと身を隠したが、両肩にある山猫の毛皮がチリチリと焦げた。
炎はそのまま通り過ぎ、ドジの方へ振るわれる。
ドジは「UAUAUAUA」と悲鳴を上げながら、追ってくる炎から逃げる。
鳥がフクロウ種でなくオウム種であったことが救いだった。
それ以上首が回らないようで、吹き出す炎が止まった。
先程とは打って変わって、機嫌良さそうに鳴く鳥。
一匹と二人がかりでも負けることは無いという自信と弱者を甚振る悦びが入り混じり、何とも気分の悪いものだった。
やはりキンカンオウムは強い。父がどれだけ偉大だったかを痛感する。
父は何食わぬ素振りであの巨躯へ臆することなく近づいていた。巨大な爪を持ち、炎を吐き、その上かなり賢い相手に、だ。
身体だけなら、父よりもはるかに大きく育った。多分、比例して身体能力の父を越えていると思う。
これで勝てないとあっては、父にまた笑われるだろう。母は心配してくれるだろうが。
だから、勝たなければならない。
嬌声を上げる鳥を見据え、再度低い姿勢を取る。
数の利に頼るのではなく、私だけで仕留める。
後ろ足に力を貯め、最大速度で飛び出す。飛び掛かるのではなく、足許を狙う。
鳥は踏みつけようと脚を上げるが、地上で鳥の動きに後れを取るようなことは無い。
叩きつけられる爪をぬるりと回避し、付け根の裏側あたりを狙う。羽毛はそれほど厚くないようだが硬く、邪魔で爪が深く掛からない。
ドタバタと身体ごと振り返る鳥と同じ方向に回り、背後を取り続ける。
脚へ攻撃。羽毛の無い部分は樹皮のように皮が固いようで、突き刺すことができずに表面を削った。
このまま足許に纏わりつき、広げた翼に隠れながら背後を取り、そして脚の間から正面へ回り、また背後へ。一度削った箇所に何度何度も爪を立てる。
嫌がる素振りを見せる鳥。これは本当に嫌がっているのか、素振りだけなのか。
そこに狩人から矢が打ち込まれる。
これだけ私を相手していても、しっかりと周囲を見ていたようだ。
やはり、素振りだけだったのだろう。
カカカカカッと嘴を打ち合わせる音が鳴る。
多分、足許の私ではなく狩人たちに向けて放たれるのだろう。
矢を放った狩人は、即座に木の陰に隠れる。
ドジはというと、丁度今、鳥に向かってナイフを突き立てようと踏み込んだところであった。
これは、真正面から炎を浴びる。
汗まみれで目頭の間に皺を寄せた表情から、眉が上がり、目が見開かれる。
隠れられる物もない。
身体は鳥に向かって進んでいる。
本当に、ドジだ。
私は鳥の股を潜り抜け、ドジの腹に飛び込んで頭突きを食らわせた。
ドジをぶっ飛ばしながら、そのまま地面から突き出た岩の影に飛び込む。
ドジはぶっ飛ばされた拍子に茂みの奥に転がってゆき、運よく木々の影になるあたりに落ちた。
共を狩ったあいつを、何故助けたのだろうか。
自分でもなぜそんなことをしたのか混乱しつつ、腰あたりを地面に擦り付ける。
唾液はかなり燃えやすいようで、炎を消すのに苦労した。
こうなっては、素早く攻撃を仕掛けることも、首や頭に向かって飛び込むこともできない。
どうしたものか。
左後足の腰から腿の辺りにかけて肌が露出し、焼け爛れてしまった。
力を籠めようとするとびくびくびくっと痙攣し、使い物にならない。
ああ、私も、共とそう違わない寿命だったのか。
そんなことを思うと少し可笑しく、多分、父と同じくにやにやとした表情をしていたのだろう。




