一本目の尻尾 13
火傷というものは、負った瞬間よりも後から痛みが追いかけてくる。
寿命の長さの可笑しさなど悠長なことを考えているうちに、目の前がチカチカし、全身が痺れるような感覚が襲う。
涎を垂らす程歯を食いしばるが、まともな意識ではいられない。のたうち回りたい。
全身が震え、汗が噴き出すのを感じる。
やっと、絶体絶命であることを理解した。
このまま追撃を受ければひとたまりもないが、身体が言うことを聞かない。逃げることも、やり返すこともできない。ここまでか。
岩を挟んだ先から、ヒトの雄叫びが聞こえる。応じるように、鳥も叫ぶ。
岩陰から顔を出すと、弓矢からナイフよりも大振りな鉈を持って立ち向かう狩人の姿が見えた。
嘴や爪の攻撃により懐に入れず、結果としてひたすら攻撃に耐え、避け、軽傷を負いながら何かを叫ぶ。
狩人の叫びに呼応するように、木々の奥からドジが叫ぶ声がした。
そちらを見ると、ドジが両膝を震わせ、歩くのもやっとであろう中で鳥に立ち向かおうと歩を進めている。途中何度も膝をつき、その都度何かを叫んでまた立ち上がる。
自分の膝を殴りながら、一歩一歩歩み出ては倒れ、地面を殴り、また立ち上がる。
なにがドジをそこまでさせるのだろう。
鳥までたどり着いたとて、あの脚では何もできないだろう。
多分、それを分かっていても前に出ないといけない何かがある。
これまで私が生きてきた中で、狩られると分かっていて前に出るなど、したことも、見たこともない。
二人の行動が理解ができない。
多分、死にたいわけではない。
どうして。
狩人二人は、三つ目を狩った。
寂しさこそあるが、我々はいつ狩られてもおかしくない。しょうがないことだ。
恨みも、怒りも、二人にはない。
キンカンオウムは、多分三つ目も狩人も食い荒らし、満腹になれば飛び去るだろう。
残るのはぐちゃぐちゃな肉片だけだ。
これも当たり前のことだ。
だが、今、共を助け出すことはできなかったが、共の骸はまだ荒らされてはいない。
あの時、三つ目の誇り高い姿を見た私は、自分もそうあるべきだと感じたことを想う。
そして、ただひたすら、あの賢しく下品な鳥に共の骸を荒らされたくない。
ぎりと奥歯を噛み、立ち上がり、痙攣する脚でダンダンと地面を叩く。
脚は動く。
爪も欠けてはいない。
三つ目は罠に脚を取られても、狩られまいと堂々と戦った。
真正面から、狩人たちの矢を躱し続けて見せた。
私も、共に無様な姿は見せられない。
ふとドジに目をやると、草木をかき分け、開けた場所に踏み出すところであった。
こんなにも必死な姿を見せるドジを見て、一つ気づく。
歩けない程の痛手を負わせたのは、私の頭突きだ。
命を救ったのは間違いないが、あの膝の震えは私の所為だ。
なんだか妙な可笑しみと、少しの申し訳なさが込み上げる。
ドジはまた一歩踏み出したところで倒れこみ、絶叫しながら地面を叩く。
小さな謝罪の気持ちをドジに向け、私は岩陰から出て、鳥に向かって進み出る。
視線の先には、狩人がギリギリの攻防、いや、必死の防戦を続けている。
火傷を負った脚に跳躍などはできないが、歩くことはできる。
力を込めてしまえば関節からへたり込むであろう脚で、急く心を抑えて進む。
鳥から攻撃を受ければ、間が悪ければ回避できない。
重心は常に三本の脚のどこかが支えるよう、慎重に。
鳥の姿、立ち向かう狩人の姿、悔しそうに叫ぶドジ、全部に気を配る。
鳥の奇声、狩人とドジのやり取り、が聞こえる。意外と風が強く、木々もかなりざわめいている。
火傷が風に吹かれて強烈に痛い。
遠くでは多分、猿たちが何か騒いでいる。キンカンオウムの声に怯えているのだろう。
日が傾き、黒に近かった茶色い地面が、朱色に見えはじめた。
チカチカしていた視界が開けるような感覚がする。
慎重に歩を進め、攻防を繰り返す鳥と狩人の真横にたどり着く。
どちらも、私を気に掛ける素振りが無い。
振り返ると、ドジがまだ自分の膝を殴っている。その視線は、私を通り過ぎて鳥に向かっていた。
懐かしい感覚がよみがえる。
多分、私はこの場にいる全員から認識されていない。
初めてこの感覚になったとき、私は三つ目をたいそう驚かせた。
あの時の共は、小鹿とは思えない程飛び上がった。
あれ以降、あんなに跳躍した姿は多分見ていない。
あれから何度も、あの滝の前で一方的な追いかけっこをした。
共には迷惑であっただろうが、兄弟達も去った私には良い遊び相手だった。
鼬との喧嘩で死にかけたり、必死に狩人から逃げたり。
住処が見つかってからは、お互いを枕のようにして寝ることもあれば、寝ぼけた共に蹴飛ばされたこともある。
多分、私も蹴飛ばしたことがあるだろう。
互いに同種よりも一回り大きく育ったし、共は身体ばかりか態度も大きくなっていった。
本当に草食かと疑うようなことばかりする共が可笑しくて、そして心配で、目が離せなかった。
共はきっと私よりも聡明で、そして、誇りを持って生きていた。
共とすごした時間とその時感じた想いが、出会ったあの滝のように押し寄せる。
そして、もうそんな時間が訪れないということが、どれだけ寂しいだろうか。
独りで食べる果実は同じ味だろうか。独りで駆ける森林は同じ空気だろうか。
目の前で、鳥の前蹴りを正面から受け、狩人が遂に鉈を取り落とす。
勝ちを確信した鳥が、下品な鳴き声を上げる。
その顔に、その声に、無性に腹が立った。
何が楽しい。
私は火傷の痛みも忘れ、後ろの二足で立ち上がると、思い切り振りかぶり、全身全霊で鳥の横っ面をぶん殴った。
狩人を殺せると、目を剥いて大喜びしている真横から、鋭い爪を伴った強烈な強打。
鳥は頭から地面に倒れる。
狩人は何が起こったのかと驚きの表情で、目の前の私を凝視する。
両ひざを着いているドジは、呆けた顔でこちらを見ている。
倒れた鳥は首を起こすと、元々狂ったように鳴いていたにも関わらず、それ以上に喚き始めた。
脚も翼も振り回し、のたうちまわる。
閉じられた片目から流れ出た血が飛び散る。
しばらく暴れまわり、やっと平衡を取り戻したのか、地面を叩きながら必死に羽ばたき、やがて覚束ない脚で駆け出す。飛び上がってはすぐに墜落することを繰り返し、そしてどこかへ飛び去っていった。
目の前の狩人はやっと危機が去ったことを理解し、ゆっくりと膝をつき、ごしごしと両手で顔を拭う。そして、私に向かって何かを語り掛けながら、尻を着き、仰向けに倒れた。
ドジはまだ呆けた顔をしてこちらを見ていたので、爪に突き刺さって取れてしまった鳥の眼球を、そちらに放り投げた。
金色の瞳をした眼球が目の前に転がり、はじめは何だか分かっていなかったドジは、それを拾って確認すると、悲鳴を上げて腰を抜かした。
先ほどの姿はどこへいったのかと呆れたが、元々ドジはあんなものだったと思い直した。




