一本目の尻尾 2-3
父の魔法を目の当たりにしてからは、私は狩りに熱中した。と言っても父ほど身体が大きくなく、魔法も使えないので大物と言える猟果は無し。また、子どもの頃のように父の狩りについてゆくことも増えた。
何度も同行するうちに、いくつか分かることがあった。
父の魔法は多分2つ。一つは”相手にみつからない”魔法。多分、地面を二度踏むことで発動し、たしたしっと地面を踏んでから進む父は不自然なほどに獲物に気づかれなかった。これは五感の鋭い野生動物が父を目の前にしても気づかない程なので、「消えた」というより「気づかなくなった」が正しい。
そしてもう一つは”確実にとどめを刺せる”魔法。初めて見た時の鳥は、一手目のひっかき傷以外に外傷がないのに事切れており、後々、心臓にだけ切り裂いた痕があった。こっちは多分、一手目で不意を突いて驚かせたことで、”致命の二手目”が通るのだろう。獲物の大きさや種族によって、心臓以外の場合もあったので、「心臓を切り裂く」のではなく「致命」だろう。
ただ、2つめの魔法は必ず、”気づかれない魔法”の後にだけ使われ、気づかれない魔法はそれだけで使われることもあった。ここまでの理解を父に伝えると、また満足気な顔をして、母と丸まって寝てしまった。
父は使い方を教えてくれることは無かったし、父が寝ている隙に見様見真似で地面を二度踏み、そろそろと父に近づくと、あと1歩という距離で父はむくっと顔を上げ、半開きの目で私を見た後、軽く私の頭をベシっと叩いてまた寝入ってしまった。
決定的に何かが足りないまま、父の狩りを見物し、自分でも試行錯誤しながら、魔法無しの狩りを続ける日々だった。
私たちの住んでいた森林は、力強い根を張る木々が多く、家族の塒はそこで一・二を争う大きな樹木の根の下にあった。塒から少し離れると、切り立った崖があり、滝と沢があった。
ある時、珍しく早朝に目が覚めた私が沢で喉の渇きを潤していると、沢の対岸にカモシカの子どもと目が合った。いつもであれば、こちらが先に見つけ、気づかれないように近づいてゆく狩りの対象だが、この日はお互いを同時に見止めた。
私も慣れない早朝で狩りをする気分ではなく、ただ、何となく私も対岸に行きたくなった。
川下に頭を振ると、つられてカモシカも川下を見遣った。視線の先には飛び石がいくつかあり、そこを渡れば対岸に行けるようだった。
この頃私は、一歩目を踏み出す前に、地面を2度叩くのが癖になっていた。
魔法を使う為というよりも、父の真似をして格好をつけていたようなもので、何も起こらないものではあったけれど、気分良く動き出せる感じがしていた。
なので、いつもと同じくたしたしっと勢いをつけ、川下に向かって歩き出した。
川下から対岸に目を戻したカモシカが数瞬前に私が居た場所を見つめ、その後ゆっくり左右を確認し、また水を飲み始めたようだった。
私はひょいひょいっと飛び石を渡り、対岸へ。そのままカモシカに近づいていった。
カモシカはピンと前足を張り、口の先を川に漬ける。額には左右の瞳と似たような、深い赤の結晶があり、私は勝手に三つ目と呼んでいた。
普段は仕留めた後でなければじっくり見ることができなかったが、額の結晶はほとんど黒に近い色をしており、これは命を落とすと赤みが増すもののようだ。
個体により模様があり、この個体は瞳のように薄っすらと赤い円があり、本当に目が三つあるように見えた。その模様が面白く、吸い込まれるような不思議な色合いに興味が引かれ、ついつい近づいてしまった。
生きたままの三つ目であれば、こちらの存在に気づいていれば一定以上は絶対に近づけないが、この時は目前まで近づくことができた。ここでやっと、魔法が発動していることを自覚した。
意図せず発動した魔法に自分自身も驚き、何故できたのか、どうすればまたできるのか、様々逡巡するが、今はこの魔法がどういうものなのかを理解するべきだと考えた。
先ずは水を飲む三つ目の顔の横に座る。時たま顔を上げ、左右を見る三つ目だが、私のことは気にならないようで、また水を飲み始める。鹿種は背が高く私よりも目線が高いため、完全に視界を遮ることにはならなかったが、それでも目の前の私を気に留める様子はなかった。見えているけど見ていない、ということだろうか。
次に河原の小石を前足で弾いてみた。ジャリっという軽い音の後に、ぱちゃと川面に小石が落ちる。三つ目は機敏な動きで音が鳴った方向に顔を向ける。小石を弾いた音ではなく、水音に反応したということは、ある程度足音を立てても気づかれないのだろう。 三つ目は少しの間川面を見つめるが、なんとなく違和感を感じたのか、耳をくるくると動かしながらきょろきょろと周囲を見回すと、私が座る方向とは逆の滝の方へと顔を向けた。
このままではどこかへ行ってしまうと思ったが、あと一つだけ、確かめておきたかった。
もう一歩近づき、三つ目の脚を前足で軽く叩く。その瞬間、それまでの落ち着いた姿とは打って変わって弾かれたように三つ目はその場で高く跳ぶ。
突然の跳躍に、間抜けなことに私も驚いてしまい、軽く跳び退る。
空中で私を認めた三つ目は、着地と同時に滝のある方向へ跳躍し、滝の脇の崖を猛烈な速さで跳び登ってゆく。この時はまだ野生の本能がしっかり残っていた私は、ついつい追いかけていた。
瀑布という程の高さは無い滝であったが、切り立った崖は足場が殆ど無い。そんな岩壁を三つ目はどんどん登ってゆく。私も高所に上るのは得意な方だが、中腹まで登ったところでとうとう爪がかからず、無様に転げ落ちてしまった。
滝口あたりまで登った三つ目はこちらをじっと見つめ、そして森へと姿を消していった。
私と三つ目の不思議な関係はこの時から始まった。
三つ目はよく、早朝の川で水を飲んでおり、家族や群れを見たことは無く絶対に単独で過ごしている。
私が現れると明らかに警戒した表情をするが、私が崖を登り切れないと理解したのか、以前よりも崖の近くで水を飲むようになった。水を飲んでいる間も耳はこちらを向いており、隙が無い。
なんとなく、あの三つ目には川を挟んで対峙してから近づくことを試みるようになったが、私の魔法は基本的に不発で、まともに近づくことはできなかった。ただ、以前のようにすぐに姿を消すわけではなく、崖の中腹で私が崖登りに挑むのを待つようになった。
関係性が少し変わったのは、もうすぐ崖を登り切れるかどうかというところまで崖登りの特訓が進んだ頃。
今日は居るかな、などと呑気に思いながら川へ向かうと、水を飲む三つ目が見えた。いつもは単独で居る三つ目だが、その時は違った。
奥の茂みに鼬が居たのだ。あの鼬種は厄介な獣で、私の父と出くわしても逃走ではなく戦闘を選ぶ程気性が荒く、4本の前足と後ろ足のようになった尻尾を使い、俊敏な動きと手数で挑んでくる。結果として父に仕留められるが、父が面倒臭そうな顔をしていたのを覚えている。
鼬は身を低くしており、三つ目に危険が迫っていることを理解した私は、次の瞬間には茂みから飛び出していた。
勢いよく私が飛び出したことで、三つ目は驚いて顔を上げる。私は飛び出した勢いそのままに、いつもの飛び石を渡り三つ目に向かって猛然と走る。三つ目もつられて崖に向かって跳ねる。獲物が逃げると思った鼬が一歩遅れて茂みから飛び出すも、既に三つ目は崖を登り始めており、むしろ私に飛び掛かられることとなった。
首根っこを嚙みつかれる形で体制を崩した鼬だったが、器用に尻尾足を使って体勢を整え、4本の前足で私に攻撃を見舞おうとする。
私は飛び掛かった勢いを使い、体勢を整えた鼬をぐるんと持ち上げ、投げ飛ばす。鼬の攻撃は私の腹を寸前のところで掠め、川の中に投げ飛ばされていった。




