一本目の尻尾 1
生まれたときの私は兄弟たちと同じ只の子猫で、母親の乳を吸い、よく眠るだけの存在だった。
今思うと、父も母も、たいそう愛してくれていたと思う。
母が体の汚れを繕ってくれた時、暖かくて気持ちよかったことをよく覚えている。
違和感を覚えたのは、少し成長し、動き回れるようになってからのこと。
ヨタヨタと歩く兄弟達と巣穴から這い出した時、私は立ちすくんだ。
明るく、天井の見えない空。壁の無い地面が続き、様々な色や形の草木がそこら中に生え、聞いたことのない音が四方八方から聞こえてくる。突然何かに全身を撫でられ、後からそれを風だと知った。洪水のような情報を前に、私は動けなくなってしまった。前足を踏み出すごとに新しい音と感触があり、進めば進むほど新しい何かが目に、耳に、鼻に、手足に、飛び込んでくる。一つ一つが暖かく新鮮で、心臓がドキドキと高鳴り、身体中に喜びに満ちていた。
兄弟たちは私のことなど気にもかけずに、我先にと駆け出し、毛羽立った植物や木の葉の影を兄弟達が無心に追いかけていた。
兄弟達が走り回る姿は、私にとって不思議で仕方がなかった。
その植物は左右に揺れているだけで、兄貴が叩くから激しく動く。
妹のヤツが追う地面の黒いのは、多分触れない。
この時期から私は、遊ぶ時にはどうすれば兄弟達が喜ぶかを考え、初めて父と狩りに出た時は極力父の狩りを阻害しないよう注意深く身を隠した。
この時にはもう、理性のようなものが芽生えていたのだと思う。
はは、そう。可愛くない子だった。
それからは兄弟達と猟果を競いながら、両親を支えるようになった。
新しい兄弟達の面倒を見るようになり、獲物は独り占めせずに家族で分け合うよう、兄弟達に言い聞かせた。
いくつかの季節が過ぎ、兄弟達は一人ずつ自立して生活するようになっていったが、私は父と母と暮らしていた。
新しい兄弟が生まれることはなくなり、父と母は穏やかに、静かに暮らしていた。
互いに汚れを繕い、互いに暖を取りながら眠って過ごしていた。
私はそんな二人を眺めるのが好きで、時折猟果を分けたりしていた。
喜んでくれる母の顔も、誇らしげな父の顔もよく覚えている。
ある時、父と狩りに出た。
その頃には父はそれほど俊敏さを維持していなかったが、私が小さい頃と変わらない猟果をいつも持ち帰ってくる。
私は秘訣が知りたかった。
その時見た父の狩りは、小さい頃に教わった狩りとは全く違っていた。
匂いを感じた先には、父のひとっ跳びよりも大分遠くに、獲物を見つけた。
父よりも二回り以上大きく、私たちの猟果では見たこともない大きな鳥だった。
嘴が黒く大きく、その周囲が歪んで見えた。火を吐く鳥だ。羽根は全体的にくすんだ茶色で、不機嫌そうに地面を踏み鳴らしていた。
父と私は姿勢を低くする。私は自分の毛がぞわぞわと逆立つのを感じた。久しぶりに私と狩りに出たことで、張り切ってしまったのではないか。無茶な獲物を狙っていないか。悪いイメージだけが先行していった。
不安な目を父に向けると、父は普段と変わらず余裕たっぷりに「見ていろ」と私に伝え、前足で小さく“たしたし”と地面を叩き、前進し始めた。
しなやかな動きで音もなくするすると進む父は、本当に獲物に気づかれないように距離を詰めているのか、目を疑うほどに躊躇が無かった。
父が鳥の目前まで迫った頃、鳥が地面を踏み鳴らしていた理由が分かった。
鳥の足元にある大きな岩がバカっと割れ、地面に穴が現れた。鳥はその穴に向かってぐあっと鳴くと、鳴き声と同時に一瞬炎がぶあっと吹き出した。すると穴の中からぞぞぞぞっと大きな虫が這い出してきた。
黒くて脚をたくさん持った危険な虫だ。私もあの虫を仕留めたことはあるが、それはもっと小さいやつで、普段ならあの大きさの虫は狙わない。殻も固いし、噛まれると毒もある厄介な奴だ。
しかし鳥は躊躇なくその虫の体を中ほどから咥えて上を向き、ボッボッボッという音を立てながら器用に飲み込んでゆく。虫も暴れるが、炎の音が聞こえるたびに脚が燃え落ち、動きが鈍ってゆく。
そんな捕食の風景を、父は鳥の真横で大人しく眺めていた。
虫がもうほとんど動かなくなり、嘴からだらりと下がった体もほとんど鳥の喉に入ってしまった頃、父は顔を上げた鳥の真下に進み、鳥に向かって飛び掛かった。父の左前足の爪が鳥の胸元に食い込む。
食事中に顔の真下から衝撃を受けた鳥は、とっさに翼を広げて驚きの鳴き声を上げる。その瞬間、父は右前足からも爪を出し、一撃を見舞う、が、父の右前足はスカッと鳥の体を通り抜けたように見えた。
父は翼を広げて立ち上がった鳥の胸元にぶら下がったまま。
すると鳥はその姿勢のまま、ガクガクガクっと身体を震わせるとどさりと倒れた。
父は私を振り返り、「持って帰るぞ、手伝え」とだけ伝え、鳥を引きずり始めた。
狩りの秘訣は、魔法だった。




