第八話「社会人、ゲーム内課金について少し考える(後編)」
今回はゲーム内課金のお話、後編です。
前回は「時間をお金で買うこと」に対して、
アンナが少し引っかかりを感じているところで終わりました。
今回は、そんなアンナがグレイさんの個人拠点へ行くお話です。
オンラインゲームの中に残るものって、
強さだけじゃないのかもしれません。
転送エフェクトが消える。
次の瞬間、アンナは目の前の景色を見て固まった。
『……え?』
広い。
最初に出てきた感想は、それだった。
夜空の下、巨大な敷地が広がっている。
整えられた庭園。
青白いライトに照らされた通路。
中央には、大きな屋敷まで建っていた。
『ちょっと待って』
『なにこれ』
『個人拠点』
『いや、それは分かる』
GEワールドの拠点システムは、課金によって敷地を拡張できる。
ただ、ここまで広げているプレイヤーはそう多くない。
アンナは周囲を見回しながら、少し引いた声を出した。
『絶対かなり課金してるよね?』
『まあ、それなりに』
『それなりってレベルかなぁ……』
入口へ近づく。
すると、屋敷の前に並んでいたNPCたちが、一斉に頭を下げた。
『お帰りなさいませ、ご主人様』
『……怖っ!?』
アンナが思わず後ずさる。
『いや、なにこれ!?』
『メイドNPC』
『見ればわかるよ!』
そのまま扉を開く。
アンナは中に入った瞬間、また止まった。
『……うわ』
エントランスの広いホール。
両サイドには、二階へ上がる階段もある。
吹き抜けの天井には巨大なシャンデリア。
壁際に並ぶ武器展示。
奥には、青く光る巨大水槽まで見える。
『このゲームってこんなのできたの!?』
『結構自由だよ』
水槽の大きさ自体は変えられない。
ただ、壁に埋め込んだように見せることはできる。
なんだったら、天井に埋め込んで下から眺めることも可能だった。
アンナが落ち着かない様子で周囲を歩き回る。
『いや、なんかもう別ゲームなんだけど』
『ハウジングはセンスだから、もっと面白い見せ方してる人もいるね』
そう言いながら、水槽の前へ歩いていく。
中では色鮮やかな魚が、ゆっくり泳いでいた。
『これ、課金?』
『水槽はね』
『魚は?』
『自分で釣った』
アンナが少し驚いた顔をする。
『全部?』
『暇な時に釣ってた』
『このゲームで釣りしてる人、本当にいたんだ……』
水槽の中には、見たことのない魚も混ざっていた。
深海魚みたいなものもいれば、発光する小型魚もいる。
『この白いやつ、昔のイベント限定』
『へぇ』
白いマリモみたいな魚を指さす。
『実装当時、みんな釣りしかしてなかったよ』
『何そのゲーム』
少しだけ笑う。
アンナはそのまま室内を見回していく。
壁には、いくつもの武器が飾られていた。
『これも課金?』
『ラックはね』
博物館に置いてあるような展示台や、壁掛け用のガンラックに、様々な武器が並んでいる。
『武器は普通に遊んで取ったやつ』
アンナが一本の古いライフルを見る。
『これ弱いやつじゃない?』
『最初ずっと使ってた』
『捨ててないんだ』
『まあ、なんとなく』
このゲームを始めたばかりの頃。
どの武器が強いのかも分からず、ずっと使っていた武器には、やはり思い入れがある。
他にも、古いイベント武器や期間限定装備が並んでいた。
『この辺、もう手に入らないやつだよね?』
これも今では珍しい武器だが、当時は誰でも簡単に手に入る銃だった。
見ると、あの頃あったことが次々と思い出される。
『たしか再配布されてないはず』
『へぇ……』
さっきまでとは少し違う声だった。
隣の部屋へ移動すると、一匹のシャム猫がアンナの足元へやってきた。
『わぁ、こんなのもあるの?』
『気に入った?』
『すごい……アクションパターンもいっぱいあるね』
ペット型NPC。
他にも犬や鳥、面白いところだとワニなんかもあった気がする。
あれを買った人はいるのだろうか。
『この人たち誰?』
アンナが次に興味を持ったのは、壁に飾られた写真みたいなホログラムだった。
課金アイテムではない。
スクショを撮って飾れる、MMOならではのフォトフレーム。
数人のプレイヤーが並んで写っている。
『あぁ、昔の固定メンバーだよ』
『あー』
今のギルド、ブラックチャペルに入る前に所属していた、ギルドのメンバーたちだった。
『今はもうほとんどやってないけど』
少しだけ間が空く。
『たまにログインしてくるかな』
アンナは何も言わなかった。
代わりに、ゆっくり部屋を見回す。
『なんだかここって、ただ課金アイテムが置かれてるわけじゃなくて……』
『遊んできた時間そのものが残ってる気がするね』
アンナの一言。
そんな感じがした。
ちょっと懐かしい。
『でもさ』
アンナがぽつりと言う。
『こういうのって、サービス終わったら消えるんだよね?』
『まあ、そうだね』
あっさり答える。
『なんか悲しくない?』
『別に』
『えっ』
『現実の物だって、いつか壊れるでしょ』
『まあ、それはそうだけど』
『それまで楽しかったなら、別によくない?』
アンナが少し黙る。
ホログラムを見ながら、続けた。
『デジタルコンテンツって、ただのデータだけど』
『作ってるのは人じゃない?』
『景色とか、音楽とか、家具とかさ』
『確かにサ終したら全部消えちゃうけど』
『楽しかった思い出は、ずっと残ると思うんだ』
『だから、そういうのに金払う人がいても、別に変じゃないと思うよ』
静かな声だった。
『武器の強さだけじゃないってこと?』
『まあね』
『この部屋とか、完全に趣味だし』
『……確かに』
アンナは近くのソファに腰を下ろす。
『なんか、秘密基地みたいだね』
『そう?』
『これなら少し羨ましいかも』
『ハウジング、やってみたくなった?』
少しだけ笑う。
『うん、ちょっとだけ触ってみようかな』
『まあ、やり始めると結構ハマるよ』
『いや、でも課金はしないからね!?』
『はいはい』
そのやり取りのあと、少しだけ静かな時間が流れる。
水槽の光だけが、部屋を青く照らしていた。
ゲームの中に残るものなんて、意味がないと言う人もいる。
たぶん、それも間違いではない。
でも。
好きで集めたものとか。
長い時間遊んだ記録とか。
昔、一緒に遊んだ人との思い出とか。
そういうものが並んでいる景色は、嫌いじゃなかった。
水槽の魚が、ゆっくりと光の中を泳いでいく。
『……まあ、気に入ってるよ』
小さく呟いて、ソファへ身体を預けた。
第八話でした。
今回は「課金=強さ」ではなく、
ゲームの中に残る“思い出”みたいなものを書いてみました。
昔使っていた武器を残していたり、
イベント限定アイテムを飾っていたり、
昔の固定メンバーのスクショを置いていたり。
MMOやオンラインゲームを長く遊んでいると、
そういう「記録」が少しずつ増えていくんですよね。
実際、うちも昔のゲームで撮ったスクショを、
今でもたまに見返すことがあります。
アンナは「ゲームなんだから効率重視でしょ」というタイプですが、
今回はちょっとだけ別の遊び方に触れた回になりました。
次回はまたいつもの感じに戻るかもしれません。




