第三話「社会人、『初見です』と言う人を見かけた夜」
今回は「初見です」と言う人のお話です。
オンラインゲームをやっていると、
たまに見かけるあの一言。
本当に初めてなのか、
それとも、そういう言い方をしているだけなのか。
今回は、そんな少しだけ不思議な空気感を描いてみました。
ゆるく読んでもらえたら嬉しいです。
その日は、特に遅くも早くもない、いつも通りの時間に帰宅した。
軽く食事を済ませて、シャワーを浴びる。
時計を見ると、二十三時を少し回ったところだった。
もう一回くらい、ミッションに行けそうな時間だ。
私は椅子に座り、PCの電源を入れる。
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ログインすると、ギルドチャットには特に人はいなかった。
誰かがいるときもあれば、誰もいないときもある。
それも、いつものことだ。
軽く挨拶だけ打って、すぐにマッチング画面を開く。
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深夜に近い時間の野良マッチは、落ち着いていることが多い。
無駄な会話は少なく、必要なことだけが流れる。
それくらいの距離感が、ちょうどいい。
適当にミッションを選び、参加ボタンを押した。
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パーティが成立する。
開始直後、チャットが一つ流れる。
『初見です、よろしくお願いします』
よく見る一文だった。
誰も特に反応しないまま、ミッションが始まる。
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戦闘が始まる。
最初の敵を処理しながら、私はそのプレイヤーの動きを少しだけ見る。
――上手い。
無駄がない。
位置取りも、攻撃のタイミングも、迷いがなかった。
初見でできる動きではない、と思う。
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少し進んだところで、初見殺しに近いギミックが来る。
タイミングを知らないと、まず引っかかるタイプのものだ。
そのプレイヤーは、問題なく回避した。
少しだけ、間が空く。
誰も何も言わない。
でも、全員が同じことを思っている気がした。
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戦闘はそのまま続く。
チャットは静かだ。
さっきの一言以外、特に会話はない。
ただ、動きだけが揃っている。
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中盤に差し掛かったあたりで、誰かがぽつりと打つ。
『初見って言ってましたよね?』
少しだけ、空気が揺れる。
返事はすぐに来た。
『動画で見ただけです』
短い一文。
それ以上の説明はなかった。
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私はそのやり取りを見ながら、少しだけ考える。
初見ではないんだろうな、とは思う。
でも、どういう理由かまでは分からない。
サブキャラかもしれないし、
別の環境でやっていたのかもしれない。
ただ、そこまで考える必要もない気がした。
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戦闘は問題なく進んでいく。
誰もその話題を続けない。
さっきのやり取りは、なかったことのように流れていく。
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ボス戦に入る。
ギミックも処理され、火力も十分に出ている。
危なげなく、戦闘は終わった。
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リザルト画面が表示される。
『おつかれさまでした』
誰かがそう打つ。
それに続いて、いくつかの「おつかれ」が流れる。
さっきの話には、誰も触れないままだった。
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ロビーに戻る。
短い時間だったが、悪くないミッションだった。
特にトラブルもなく、終わった。
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マウスから手を離して、少しだけ背もたれに体を預ける。
さっきのプレイヤーのことを、もう一度思い出す。
初見ではなかったんだろう。
でも、それで困ったことは特にない。
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「……まあ、こういう人もいるか」
小さく呟く。
それ以上、考えるのはやめた。
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ログアウトボタンにカーソルを合わせる。
画面が切り替わる。
部屋の静けさが、ゆっくりと戻ってくる。
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誰が何を考えているのかは、分からない。
でも、ゲームはちゃんと進んでいた。
それで十分だと、私は思っている。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
「初見です」という言葉は、
ゲームによってはよく見かける気がします。
知らないことを伝えるための言葉でもあり、
少しだけ空気をやわらかくするための言葉でもあるのかもしれません。
本当に初見かどうかは分からなくても、
特に困ることがなければ、それでいいのかなと思っています。
次回もまた、ゆるいネトゲあるあるを書いていく予定です。
よければブックマークや評価もよろしくお願いします。




