第二十三話「社会人、辞めろと言っていた人が過疎を心配する人と出会う」
今回は、オンラインゲームで時々見かける、
「そんなに合わないなら辞めれば?」
という言葉についてのお話です。
ゲームに不満を言う人と、それなら別のゲームへ行けばいいと言う人。
どちらの言い分にも、それなりに理由はあります。
でも、本当に人が辞めていったら――?
今回はそんなところから始まります。
その日は、特にやることもなかった。
GEワールドへログインした私は、いつもの中層ロビーを歩いていた。
「グレイさん」
声を掛けられて振り返る。
アンナだった。
その隣には、見覚えのある小柄なプレイヤーもいる。
「タクミさんも一緒なんだ」
「ああ、さっきそこで会ってさ」
タクミが短く答える。
「暇?」
「まあ」
「じゃあ一周行かない?」
「なにやる?」
「適当なとこ」
本当に適当だった。
三人とも、今日は特に欲しい素材もない。
期間限定イベントも終わったばかり。
こういう時は、マッチング一覧を開いて、人が集まりそうなところへ適当に入る。
ただなんとなく敵を倒してまわる。
それもMMOの遊び方の一つだ。
「ここでいいんじゃない?」
アンナが選んだのは、中程度の難易度の掃討ミッションだった。
五人用。
三人で申請すると、すぐに二人のプレイヤーとマッチングする。
一人はアサルトライフルを持った男性型サイボーグ。
もう一人は、大きな盾とショットガンを装備した重装型。
簡単に挨拶を交わし、そのままミッションが始まった。
荒廃した工業地帯。
コンテナと壊れた建物の間から、機械兵が次々と現れる。
「右から来るよ」
アンナがドローンを飛ばす。
「了解」
私は遮蔽物から身を出し、数発撃つ。
少し離れた場所では、タクミが敵の頭部へ正確に弾を当てていた。
相変わらず上手い。
そんな中。
『やっぱこのゲーム、結局ヘッドショットできる奴が強いだけだよな』
突然、野良の一人がチャットを打った。
アサルトライフルを持った方だった。
名前はロイド。
『そう?』
アンナが返す。
『そうだろ』
ロイドは敵を撃ちながら続ける。
『ロールあるって言ってるけど、他のMMOほど意味ないし』
『上手い奴なら一人で避けて、一人で火力出して、一人でクリアできるじゃん』
『タンクとかサポートとか、なんのためにあるんだって思う時あるわ』
「……」
少し考えた。
言いたいことは分からなくもない。
GEワールドには、一応ロールがある。
しかし、ファンタジー系のMMOのような明確な役割ではなく、あくまでも能力の方向性だ。
前線で敵を引き付ける役。
火力を出す役。
支援する役。
だが、その境界はかなり曖昧だ。
支援役のアンナだってショットガンを撃つし、私だって仲間を起こす。
グレイにつけている、分身で敵を引きつける能力。
これがタンク寄りの能力になっていた。
極端に上手いプレイヤーなら、敵の攻撃を避け続けながら、一人で倒してしまうこともある。
『じゃあ、合わないなら辞めれば?』
もう一人の野良プレイヤーが言った。
盾を持ったガイルというプレイヤーだった。
『え?』
『そんな不満あるなら別のゲームやればいいじゃん』
『GEワールドってそういうゲームだろ』
ロイドが少し間を置く。
『いや、別に嫌いって言ってないけど』
『でも文句あるんだろ?』
『文句くらいあるだろ』
『合わないゲームを無理して続ける意味なくない?』
戦闘をしながら、二人のチャットが続いていく。
「なんか始まったね」
アンナが小声で言う。
「うん」
私は敵へグレネードを投げた。
タクミは二人の会話を見ながらも、淡々と敵を倒している。
『ヘッドショット強いのは事実だけど』
しばらくして、タクミがチャットを打った。
『TPSなんだから頭狙った方が強いのは普通じゃない?』
『それはそうだけどさ』
『あと一人でクリアできるって、相当上手い人の話だよ』
『普通は支援いた方が楽だし』
ちょうどその時。
ロイドの体力が大きく減った。
アンナのドローンが飛び、シールドを展開する。
『ほら』
タクミが言う。
『今も助けてもらってるし』
『……まあ、それはそうだけど』
ロイドの勢いが少し落ちた。
「私は結構好きだけどな」
アンナが言う。
「何が?」
「役割が決まりすぎてないところ」
アンナはショットガンを一発撃つ。
「支援だからって、ずっと後ろで回復だけしてなくていいし」
「自分で好きに動けるから」
「確かに」
その意見には頷いた。
「ロール制ではあるけど、ロールに縛られるゲームじゃないんだろうね」
『そういうのが嫌なら、やっぱ別ゲーの方がいいって』
ガイルはまだ言っていた。
『ファンタジー系のMMOなら、もっと役割きっちりしてるだろ』
『そっち行けばいいじゃん』
『だから嫌いじゃないって』
ロイドが返す。
『好きだから、ここもうちょっと何とかならないかなって言ってるだけ』
その言葉に、私は少しだけ納得した。
好きなゲームだからこそ、不満が出る。
何も期待していなければ、文句を言う前に辞めてしまうだろう。
「ずっとやってるゲームほど文句増えるしね」
タクミが言った。
アンナが振り返る。
「タクミ、結構言うもんね」
「言うよ」
「この前もスナイパーライフルと大口径マシンガンは弾が同じなのに、威力が違うのおかしいって、ずっと言ってた」
「リアルじゃないだろ?」
「でもスナイパーライフルで一発で仕留められるの面白いでしょ?」
「それはそうだけどさ」
「なら、いいんじゃない?」
「俺は、リアル志向なんだよ」
どうやら、そこは譲らないらしい。
私は少し笑った。
その後もロイドとガイルは何度か言い合っていたが、ミッション自体は問題なく終了した。
『まあ俺なら、そこまで合わなかったら普通に辞めるけどな』
最後にガイルがそう言う。
『はいはい』
ロイドも、それ以上は返さなかった。
報酬を受け取り、パーティは解散した。
その日のことは、それで終わった。
数日後。
「グレイさん、これ終わったら何する?」
「まだ決めてない」
その日もアンナとタクミと三人でロビーを歩いていると、少し離れたところに人だかりができていた。
その中心で、一人のプレイヤーが騒いでいる。
『これマジなのか!?』
『GEワールド、人口減ってるって!』
『最近マッチング遅いと思ってたんだよ!』
『このまま過疎ってサ終とかないよな!?』
「……」
私は足を止めた。
見覚えがある。
「あれ」
アンナも気付いたらしい。
「この前の人じゃない?」
タクミが名前を見る。
「ガイルだ」
盾を背負った重装型。
間違いない。
この前、ロイドへ「合わないなら辞めればいい」と言っていたプレイヤーだった。
どうやらゲーム系の動画かニュース記事を見たらしい。
『同時接続減少って書いてあるぞ』
『運営もっと新規呼ばないとダメだろ』
『大型アップデートやれよ』
『広告もっと出せって!』
かなり焦っている。
私は少し迷ったあと、近づいた。
「ねえ」
『ん?』
ガイルがこちらを見る。
「この間、合わないなら辞めればいいって言ってなかった?」
『……え?』
少し間が空く。
『あ』
向こうも思い出したらしい。
『あの時の』
「うん」
私はガイルが見ている画面へ目を向けた。
「合わない人が辞めたなら、言ってた通りになったんじゃないの?」
『いや、それとこれは別だろ』
「別なの?」
『別だよ』
即答だった。
『俺が言ってたのは、文句ばっかり言ってる奴の話』
『そういう奴が無理して残る必要ないってだけで』
『普通に遊んでる人まで辞めたら困るだろ』
「なるほど」
横でタクミが口を開いた。
「でも、辞めた人がどんな人だったか分かるの?」
『え?』
「文句言ってた人だけ辞めたって分かる?」
『それは……』
「この数字だけじゃ分からないよね」
『まあ、そうだけど』
タクミはガイルが見ていた記事を覗き込む。
「飽きた人もいるだろうし」
「他のゲームに行った人もいるだろうし」
「単純に忙しくなった人もいるだろうし」
「うん」
アンナが頷く。
「ゲームが嫌になった人もいるかもね」
『だから、そういう人は仕方ないだろ』
ガイルが言う。
『ゲームなんて合う合わないあるんだから』
「それはそうだね」
私は答えた。
「でも」
少し考える。
「ゲームそのものじゃなくて、一緒に遊んでる人たちが合わなかった人もいるんじゃない?」
『……は?』
ガイルがこちらを見る。
「例えば」
「何か不満を言うたびに、合わないなら辞めろって言われたり」
「下手なら来るなって言われたり」
「そういうのが嫌になって辞める人もいるかもしれないよね」
『いやいや』
ガイルがすぐに返す。
『俺一人が辞めろって言ったくらいで、ゲーム辞める奴なんていないだろ』
「一人ならね」
タクミが言った。
『……』
「そういう人が何人もいたら?」
ガイルが黙る。
アンナが少し困ったように笑った。
「せっかく新しい人が来ても」
「分からないこと聞いたら怒られて」
「不満言ったら辞めろって言われて」
「それが何回も続いたら」
少し間を置く。
「別のゲーム行っちゃう人もいるんじゃないかな」
『……』
ガイルは何も返さなかった。
タクミが続ける。
「運営が新規呼んでもさ」
「来た人に、合わないなら辞めろって言い続けたら」
「また辞めるんじゃない?」
『でも』
ガイルが言う。
『合わない奴に合わせてゲーム変えたら、それこそ別のゲームになるだろ』
「それはそうだと思う」
私は答えた。
『だろ?』
「ゲームを変えろって話じゃなくて」
少しロビーを見渡す。
「辞めるかどうかを決めるのは、その人じゃない?」
『……』
「合わないなら辞めろって言った方が、辞めさせたつもりになってても」
「実際は、向こうがこのゲームを選ばなかっただけかもしれないし」
『ゲームを選ばなかった?』
「うん」
「ここで遊び続けるより、別のゲームで遊んだ方がいいって判断したんじゃない?」
ガイルはしばらく黙っていた。
アンナが小さく頷く。
「残ってくださいって頼まれて遊んでるわけじゃないもんね」
「ゲームって」
「遊びたいから遊ぶものだし」
「そうだね」
タクミも言う。
「プレイヤーの方がゲームを選んでるとも言える」
『……』
「だから」
私はガイルを見る。
「合わないなら別のゲームに行くっていうのは、たぶん間違ってないよ」
『え?』
「本当に合わないなら、別のゲームに行くのも普通だと思う」
『だったら――』
「でも」
言葉を続ける。
「みんなにそれを言って」
「本当にみんなが別のゲームを選んだら」
「そりゃ、人はいなくなるよね」
『……』
ガイルは黙った。
しばらくして、タクミがぽつりと言う。
「人口減った理由、運営だけじゃないかもしれないね」
『どういう意味だよ』
「別にこのニュースの原因がそうだって言ってるわけじゃないよ」
タクミは平然と答える。
「ただ」
「遊んでる人が、ここにいたくないって思う雰囲気だったら」
「それも辞める理由にはなるでしょ」
『……』
その言葉には、ガイルもすぐには返せなかった。
私も、記事に書かれている人口減少の理由なんて分からない。
大型アップデートの間隔かもしれない。
他のゲームが発売されたからかもしれない。
単純に遊び終えた人が多かっただけかもしれない。
ただ。
もし。
「嫌なら辞めろ」
「合わないなら他へ行け」
そう言われ続けた結果、本当に別の場所へ行った人がいたのなら。
人が減った時だけ運営へ、
「もっと人を増やせ」
と言うのも、少し不思議な気がした。
『でもさ』
ガイルが言う。
「うん」
『過疎るのは困るんだよな』
「それは分かる」
私は頷いた。
人は多い方がいい。
マッチングも早い。
ギルドも賑わう。
マーケットにも物が並ぶ。
イベントにも人が集まる。
けれど。
そこにいる人が、このゲームに残るかどうかを決めるのは。
運営でも。
ガイルでも。
私でもない。
その人自身だ。
そして。
人が残りたいと思える場所を作っているのも。
もしかすると、運営だけではないのかもしれない。
ガイルはそれ以上、何も言わなかった。
今回は、
「合わないなら辞めればいい」
と言っていた人が、実際にゲームの人口が減ると困ってしまうお話でした。
もちろん、ゲームを辞める理由は人それぞれです。
飽きた人もいれば、忙しくなった人もいるし、別のゲームへ移った人もいる。
ただ、ゲームそのものではなく、
「ここで遊んでいる人たちとは合わない」
と思って離れる人もいるのかもしれません。
辞めるかどうかを決めるのは、他のプレイヤーではなく本人。
そして、人が残りたいと思える場所を作っているのも、運営だけではないのかもしれません。
そんなことを考えながら書いた回でした。




