第二十一話「社会人、ネカフェ難民のプレイヤーの話を聞く(前編)」
今回は、少しだけいつもと違うお話です。
GEワールドで何気なく雑談していたグレイたち。
そこでアンナが、昔このゲームで出会った「ネカフェ難民」のプレイヤーについて話し始めます。
ゲームの中では何度も会っていた相手でも、現実でどんな生活をしているのかは分からない。
そんな、オンラインゲームならではのお話です。
その日も残業を終え、GEワールドへログインした。
いつもの中層ロビー。
ネオンに照らされた巨大都市には、今日も多くのプレイヤーが集まっている。
「こんばんは」
チャットを打つ。
「あ、グレイさん!」
青いフード付きのシスター服を着たアンナが手を振った。
「こんばんは」
「今日も何か行く?」
「何か面白そうなのある?」
「うーん……」
アンナが端末を開く。
その時だった。
「あれ?」
少し先。
ロビー中央のベンチに、見覚えのある顔が集まっていた。
ミナト。
エミリア。
レイン。
三人で何やら話をしていた。
「あっ」
アンナも気付いた。
「行ってみようか」
「そうだね」
二人で近付く。
「こんばんは」
「あっ、グレイさん」
レインが手を振った。
「アンナさんもこんばんは」
「こんばんは」
エミリアも笑う。
ミナトはいつものようにベンチへ座ったまま、缶ジュースを片手に軽く手を上げた。
「今日は珍しくみんな揃ってるね」
「セカンドベルのみんなと遊び終わったところです」
エミリアが答える。
「そろそろ落ちようかなって話してたんですけど」
「ミナトさんに捕まりました」
レインが苦笑する。
「人聞き悪いなあ」
ミナトも笑った。
「ただゲームの話してただけだよ」
「何の話?」
アンナが聞く。
「最近のゲームって、基本無料多いよねって話」
レインが言った。
「GEワールドもそうですよね」
「これだけ大きなゲームなのに」
「基本は無料ですもんね」
「最近じゃ珍しくないけどね」
ミナトが缶ジュースを飲む。
「とりあえず始めるだけなら、お金かからないゲーム増えたよ」
「でも」
少し苦笑してしまう。
「PCとネット環境は必要だけどね」
「それが一番高いかも」
アンナも笑った。
そのまま何気なく話していると。
「あっ」
アンナが突然、何かを思い出したように口を開いた。
「無料で遊べるといえば」
「私、昔このゲームで」
「ネカフェ難民の人と一緒に遊んだことあるよ」
「……え?」
レインが聞き返した。
「ネカフェ難民? ホームレスっていうこと?」
「うん」
「家がなくて、ネットカフェで生活してるって言ってた人」
一瞬、全員が黙る。
「本当に?」
ミナトが聞く。
「うん、本当だったんだと思う」
アンナは少し考える。
「本人がそう言ってたから」
「昔って、いつ頃?」
グレイが聞く。
「GEワールド始めて、それほど経ってない頃だから、三年前かな」
アンナは少し懐かしそうに笑った。
「まだ七人の小人も全然揃ってなかった頃だったかな」
「へぇ」
「どんな人だったの?」
レインが興味深そうに聞く。
「普通の人だったよ」
「普通?」
「うん」
アンナは頷いた。
「別にものすごく強いわけでもないし」
「廃人って感じでもないし」
「普通にロビーで話して」
「たまに一緒にミッション行くくらいだったんだけど」
少し間を置く。
「ただ」
「いつログインしてもいたんだよね」
「いつログインしても?」
「うん」
「休日の昼にいて」
「夜にもいて」
「たまたま朝早く入った時にもいたし」
「深夜にも見かけた」
ミナトが笑う。
「それだけ聞くと普通の廃人だけどね」
「私もそう思ってた」
アンナも笑った。
「だからある日」
「いつ寝てるの?」
「って聞いたの」
「そしたら」
アンナは少し間を置く。
「普通に寝てるよ」
「ネカフェで」
「って」
「……」
レインが目を丸くした。
「その時は意味分からなくて」
「家のPCじゃないの?」
「って聞いたら」
「家ないから」
「って普通に返された」
「軽いなあ……」
ミナトが苦笑する。
「その時は私も冗談だと思ったよ」
アンナは続ける。
「でも」
「今日はこの店」
「昨日は別の店だった」
「夜間パック終わるから一回落ちるね」
「とか言うようになって」
「だんだん本当なんじゃないかって思い始めて」
少し眉をひそめた。
「それで聞いたの?」
「うん」
「もしかして、本当にネットカフェで生活してるの?」
「って」
「そしたら」
アンナは当時の会話を思い出すように言った。
『そうだよ』
『私、ネカフェ難民だから』
「……」
今度は誰も笑わなかった。
「その人」
レインが少し心配そうに聞く。
「大丈夫だったんですか?」
「分からない」
アンナは素直に答えた。
「ゲームで知り合った人だし」
「本名も知らなかったし」
「住んでる場所も、その頃は知らなかった」
「でも」
少し不謹慎に思えたが、興味は出てきた。
「いろいろ聞いたんでしょ?」
「あはは」
アンナが少し恥ずかしそうに笑う。
「めちゃくちゃ聞いた」
「ご飯どうしてるの?」
「仕事は?」
「お金大丈夫なの?」
「ずっとネットカフェなの?」
「家族は?」
「質問攻めじゃん」
ミナトが笑った。
「そしたら向こうにも言われたよ」
『ちょっと、質問多くない?』
「って」
「でも心配になるよね」
レインが言う。
「うん」
「一応仕事はしてるって言ってた」
「食事もしてるし」
「ネットカフェを転々としてるだけだって」
「だけって……」
レインが困ったように笑う。
エミリアは少し考えながら聞いていた。
「でも」
「その後も一緒に遊んだんですか?」
「遊んだよ」
「普通に」
「それまでと変わらず?」
「うん」
アンナは頷く。
「むしろ、ちょっと仲良くなったかも」
「事情を知ったからって」
「急に何か変わるわけでもなかったし」
普通にミッションへ行った。
普通にロビーで雑談した。
ただ。
以前より少しだけ、その人のことが気になるようになった。
「今日はご飯まだ食べてない」
そんなことを言われれば。
「ちゃんと食べなよ」
「って、つい口を挟んでしまうよね?」
「そしたら、その人から」
『アンナさん、お母さんみたい』
「とか言われたよ」
「だよね」
ミナトも楽しそうに笑う。
アンナは少し恥ずかしそうに話を続けた。
「そんなある日のことなんだけど、その人がね」
「今週はずっと同じネットカフェにいる」
「って言ったの」
「場所も?」
「うん」
「そのお店は、たまたま私も知ってる場所だった」
「そんな遠くなかったし」
「私も行ったことある店だった」
「それは偶然だね」
「うん。その夜にログアウトしてからも、気になってさ」
「ちゃんと食べているのか、本当に大丈夫なのか」
「何か困っていることはないのかって」
「もちろん、ただのゲーム仲間だし、本名も知らない。顔も知らない」
「それでも気になるでしょ? 毎日のようにGEワールドで顔を合わせていたんだし」
「それでどうしたの?」
続きが気になって聞いてみる。
アンナは少し黙った。
「会いに行ったよ」
「え?」
レインが思わず声を上げる。
エミリアも少し驚いた顔をした。
「本当に?」
「うん」
「ネットカフェまで?」
「そう」
「心配だったから」
「食べ物とか、ちょっと差し入れ持って」
ミナトが感心したように言う。
「思い切ったことするね」
「今だったら」
アンナは苦笑した。
「もうちょっと考えると思う」
「知らない人だし」
「危ないかもしれないし」
「でも、その時は」
少し間を置く。
「放っておけなかったんだよね」
グレイは少し興味が湧いた。
「それで?」
「実際に会ったら」
「どんな人だったの?」
アンナは答えず。
少しだけ遠くを見る。
「それがね……」
ネオンに照らされた中層ロビー。
今日も大勢のプレイヤーが行き交っている。
その誰もが。
現実ではどこで。
どんな生活をしているのか。
画面越しには分からない。
アンナは少し懐かしそうに笑った。
「思ってたのと」
「ちょっと違ったんだよね」
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
今回は前後編の前編です。
オンラインゲームでは、何年も一緒に遊んでいるのに、本名も住んでいる場所も知らない――なんてことも珍しくありません。
今回アンナが話した相手も、ゲームの中では普通に一緒に遊ぶプレイヤーでした。
でも、その人が現実ではどんな生活をしていたのか。
そして実際に会ってみたら、アンナが想像していた人物像とは少し違っていたようです。
続きは後編で。




