第二十話「社会人、ゲームなのに上下関係を作る理由が気になる」
今回は、オンラインゲームの「ギルド」のお話です。
ギルドマスター、副団長、幹部――。
ゲームなのに、どうしてわざわざこんな役職を作るんでしょう?
ロビーの住人ミナトと、実際にギルドマスターをしているエミリアに聞いてみました。
そして、ブラックチャペルのギルドマスターといえば……あの人です。
それでは、第二十話です!
その日も残業を終え、GEワールドへログインした。
いつもの中層ロビー。
ネオンに照らされた巨大都市には、今日も多くのプレイヤーが集まっている。
「こんばんは」
チャットを打つ。
「あ、グレイさん!」
青いフード付きのシスター服を着たアンナが手を振った。
「こんばんは」
「今日も何か行く?」
「その前に、ちょっと街で装備の強化をしてもいい?」
「いいよ」
二人でロビーを歩き始める。
平日の夜。
ミッションへ向かうプレイヤーもいれば、そのまま雑談を楽しんでいるプレイヤーもいる。
そんな中、ギルドメンバー募集のチャットも目に入った。
「初心者歓迎!」
「ギルドメンバー募集!」
「レイド好きな人募集中!」
募集チャットが次々と流れていく。
その中で、一つの募集が目に留まった。
『副団長募集』
『幹部募集』
「……」
思わず立ち止まる。
「どうしたの?」
アンナが聞く。
「あれ」
募集を指差した。
「なんかゲームなのに、会社みたいだなってさ」
「会社?」
「副団長とか幹部とか」
「役職がいっぱいあるんだね」
アンナは笑った。
「そういうギルド、結構あるよ」
その時だった。
「あれっ、グレイさんにアンナも一緒?」
背後から声をかけられる。
ロビー中央のベンチ。
そこに座っていたのはミナトだった。
以前、アンナに紹介してもらった、ほぼ一日ロビーでチャットをしていて、戦闘をやらないユーザーだ。
「こんばんは」
「あっ、ミナトさん。こんばんは」
ミナトは缶ジュースを片手に座っている。
アンナは相変わらず、少し苦手そうだった。
「今日もチャット?」
「もちろん」
即答だった。
「ミッションよりロビーの方が面白いからね」
アンナが苦笑する。
「ミナトさんらしい」
ミナトの方を見て先ほどの募集を指差した。
「そういえばさ」
「何?」
「ほら、あそこでギルド勧誘している人たち」
「ゲームなのに、何であんなに役職を作るんだろう」
「珍しくもないだろ?」
「そうなんだけど、改めて考えると仕事じゃないんだし」
「何でゲームで、わざわざ窮屈になるようなことをするのかなって」
「あー」
ミナトが笑った。
「そういう話?」
「ロビーにいると、たまに聞くね」
そこへ、もう一人近付いてきた。
「あれ?」
白と黒の戦闘服を着た女性キャラ。
エミリアだった。
「あっ、皆さん」
「こんばんは」
「こんばんは」
アンナが笑う。
「レインさんは今日は一緒じゃないの?」
「この時間ですからね。他のギルドメンバーも、もう落ちましたよ」
エミリアも笑った。
「このあと、どうしようかなと街を歩いていました」
「ちょうどいい」
エミリアはセカンドベルというギルドのギルドマスターをやっている。
聞いてみることにした。
「ちょっと聞きたいことがあったんだ」
「何でしょう?」
「ゲームなのに、何でギルドって上下関係を作るんだろう?」
エミリアは少し考えた。
「私は」
「上下関係というより、役割分担だと思っています」
「役割分担?」
「はい」
エミリアは指を折りながら説明する。
「新人さんへの説明」
「レイドの日程調整」
「イベントの企画」
「ギルド倉庫の管理」
「そういう仕事を分けるためですね」
「なるほど」
確かに会社の役職とは少し違う。
するとミナトが笑った。
「でもさ」
「肩書きだけ欲しい人も多くない?」
「そうなの?」
アンナが首を傾げる。
「この前もあったじゃん。SNSでも話題になってたやつ」
「あー」
エミリアも思い出したようだった。
「何が?」
ミナトは少し身を乗り出す。
「あるギルドでさ」
「ずっと幹部になりたいって言ってた人がいたんだけど」
「うん」
「ギルマスも」
『そこまで言うなら』
「って、幹部にしたんだって」
「へぇ」
「そしたらさ」
「何もしない」
「え?」
「メンバー募集もしない」
「新人も見ない」
「レイドにも来ない」
「チャットだけ、ちょっと態度が大きくなった」
アンナが苦笑する。
「それはちょっと……」
「で」
ミナトは続けた。
「そこのギルマスが」
『ごめん、役職戻すね』
「って言ったら」
「うん」
「その日のうちに新しいギルド作った」
「えっ?」
アンナと声が重なる。
「しかも、元いたギルドメンバーも何人か連れて」
「ロビーでも話題になってたよ」
「そんなことあるんだ」
悪いとは思いつつ、苦笑してしまう。
エミリアも静かに頷いた。
「だから私は、幹部を増やさないんです」
「え?」
「セカンドベルは、ギルドマスターとメンバーだけです」
「副団長も?」
「いません」
「幹部も?」
「いません」
「全部私です」
アンナが思わず笑った。
「大変じゃない?」
「大変ですよ」
エミリアも笑う。
「でも、遊びに来ている人に余計な責任まで背負わせたくないんです」
少し納得した。
「つまり」
「偉い人を作ってるわけじゃなくて」
「必要な仕事を誰かがやってるだけなんだ」
「そうです」
エミリアが頷く。
「ギルドマスターも、一番偉い人というより」
「一番面倒を見ている人だと思っています」
その言葉に、ミナトも笑った。
「エミリアさんらしいね」
「つまり」
グレイは少し考える。
「役職が欲しい人と、役割をやりたい人は同じじゃないってことだね」
「はい」
エミリアは頷いた。
「そこが難しいところですね」
少し沈黙が流れた。
ロビーの向こうから、また新しい募集チャットが流れる。
『幹部募集!』
『初心者歓迎!』
それを眺めながら、ミナトがふと思い出したように言う。
「そういえば」
こちらを見る。
「グレイさんとアンナのいるブラックチャペルもギルドだよね?」
「うん」
アンナが頷く。
「確かギルドマスターがレオナルド……なんだっけ?」
「レオンでいいと思うよ」
フルネームを思い出して苦笑する。
「役職って他にもあるの?」
「ないよ」
「そういえば、ないね」
思い出して少し驚く。
「ないの?」
「ない」
アンナは笑った。
「ギルマスだけ」
「じゃあ、副団長とか幹部は?」
「作るって話は聞いたことない」
アンナの言葉に頷く。
「ブラックチャペルって、そういうの作らないよね」
「そうなんだ」
ミナトは続ける。
「でも、アクティブ二十人くらいいた結構大きいギルドだよね?」
「今は十人くらいかな」
アンナが答える。
「クロムさんの事件があってから、少し減っちゃった」
「それでも」
「レオンさん一人で全部やってるの?」
「うん」
「メンバー募集も?」
「やってる」
「イベントも?」
「やってる」
「新人対応も?」
「やってる」
「すごいね」
思わず苦笑する。
アンナも笑った。
「結構大変そう」
その時、エミリアが静かに口を開いた。
「でも」
「そういうギルドマスターって、多いですよ」
「そうなの?」
「はい」
「結局、全部自分でやった方が早いって思ってしまう人もいます」
少し納得した。
確かに仕事でも似たような話はある。
人へ任せるより、自分でやった方が早い。
そう考える人は少なくない。
「レオンさんも」
アンナが笑う。
「たぶん、そういうタイプ」
「何でも自分で確認しないと気が済まない人だから」
「なるほど」
そこへミナトが笑いながら口を挟む。
「だから暴言も出るんだけどね」
「あはは」
アンナも苦笑する。
「それは否定できない」
「でも」
少し笑いながら言う。
「ギルドを続けるって、大変なんだね」
「うん」
アンナが頷く。
「募集して」
「新人が入って」
「辞める人もいて」
「人間関係もあって」
「ゲームなのに、意外とやること多いよね」
「セカンドベルも同じです」
エミリアは微笑む。
「ただ、私はなるべくメンバーに自由に遊んでもらっています」
「レイドの日程とかは?」
「みんなで相談します」
「来られない人は?」
「また今度です」
エミリアが笑う。
「ゲームですから」
その一言に、三人も思わず笑った。
するとミナトが口を開く。
「でもさ」
「逆もあるんだよね」
「逆?」
アンナが首を傾げる。
「これも聞いた話なんだけど、そこのギルマスがさ」
『みんなの好きなように遊んでいいよ』
『やりたいこと優先でいいよ』
「って、今のエミリアさんみたいにやってたらしいんだけど」
「いいギルドじゃない?」
アンナが言う。
「最初はね」
ミナトは苦笑した。
「でも、そのうち誰もギルマスの話を聞かなくなった」
「え?」
「レイドはメンバーだけで勝手に行く」
「イベントも勝手に決める」
「新人が入ったら」
『ギルマスお願い』
「トラブルが起きても」
『ギルマスお願い』
「でも、普段は誰も話しかけない」
「メンバー募集だけはギルマスが一人でやる」
「……」
三人とも黙ってしまう。
「雑用だけ全部ギルマス」
「ロビーでも愚痴ってたよ」
『俺、何のためにギルマスやってるんだろう』
「って」
「それも難しいですね……」
エミリアが呟く。
少し沈黙が流れた。
「でも」
エミリアは少し考えてから続ける。
「私も、やっていることはその人とあまり変わらないと思います」
「そうなの?」
「はい」
「ただ、普段からみんなと一緒に遊んでいるので」
「ギルドマスターだからというより、普通に仲間として話してもらっているんだと思います」
小さく頷く。
「なるほど」
「じゃあ、やり方より人間関係なのかな」
「たぶん」
エミリアは少し笑った。
「でも、募集で集まる人は最初は知らない人ですから」
「相性はあります」
「そこは……運ですね」
「運かぁ」
アンナが苦笑する。
「そう考えると」
少し考える。
「レオンさんのやり方って、意外と理にかなってるのかもしれないね」
「暴言は吐くけどね」
アンナが笑う。
みんなも笑った。
「でも」
グレイは続ける。
「誰が見ても、ブラックチャペルで一番強いのはレオンさんだ」
「新しく入った人でも」
「この人がギルドマスターなんだって、すぐ分かる」
「そうですね」
エミリアが頷く。
「実力も、信頼される理由の一つなんだと思います」
「エミリアさんは普段からみんなと仲がいい」
「レオンさんは圧倒的に強い」
ミナトが笑う。
「じゃあ結局、ギルマスとして認められる理由って、人によって違うんだ」
「そうですね」
エミリアは少し考える。
「正解はないんじゃないでしょうか」
「私も、今のメンバーだから上手くいっているだけかもしれませんし」
「なるほどね」
募集チャットを眺める。
ギルドマスター。
副団長。
幹部。
いろいろな肩書きが流れていく。
でも。
本当に大切なのは肩書きではない。
一緒に遊びたいと思える仲間がいること。
それだけなのかもしれない。
「さて」
アンナが立ち上がる。
「そろそろ本当にミッション行こう?」
「そうだね」
「今日はちゃんと遊ばないと」
ミナトが笑う。
「私はここで見送るよ」
「今日もチャット?」
「もちろん」
「ロビー担当だから」
「あはは」
三人は転送ゲートへ向かって歩き出した。
オンラインゲームには、さまざまなギルドがある。
役職が細かく分かれているギルド。
ギルドマスターしかいないギルド。
自由参加のギルド。
毎日活動するギルド。
その形は、それぞれ違う。
けれど。
長く続いているギルドに共通しているものがあるとすれば。
それは上下関係ではなく。
また一緒に遊びたいと思える仲間がいることなのだろう。
そんなことを考えながら、仲間たちと一緒に転送ゲートをくぐった。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
今回は「ゲームなのに、なぜギルドで上下関係を作るのか?」というお話でした。
役職をたくさん作るギルドもあれば、ギルドマスターしかいないギルドもある。
自由にさせすぎて上手くいかなくなることもあれば、レオンのように一人で全部やって、それでもメンバーが付いてくることもある。
結局、正解は一つではないのかもしれません。
ちなみにレオン。
今回、本人がいないところで「意外と理にかなっている」と評価された直後に、
「暴言は吐くけどね」
で全部持っていかれました。
本人が聞いたら怒りそうです。




