第十八話「社会人、廃人プレイヤーは普段何をしているのか気になる」
今回は少し息抜き回です。
グレイさんが初めて上層エリアを訪れ、AI教団の文化やシステムに触れるお話になります。
同じゲームでも所属する勢力によって文化や遊び方が違う――そんなオンラインゲームならではの世界観を楽しんでいただけたら嬉しいです。
それでは、第十八話をお楽しみください。
その日も残業を終え、GEワールドへログインした。
いつもの中層ロビー。
ネオンに照らされた巨大都市には、今日も多くのプレイヤーが行き交っている。
「こんばんは」
チャットを打つ。
「あ、グレイさん」
聞き慣れた声。
青いフード付きのシスター服を着たアンナが、こちらへ歩いてくる。
今夜も、いつもの調子だ。
「こんばんは」
「今日も何か行く?」
「短いやつなら」
「じゃあ、適当にミッションでも――」
そこまで言ったところで、アンナが何かを思い出したように立ち止まった。
「あっ」
「どうした?」
「ごめん。先に上層へ寄ってもいい?」
「上層?」
「うん。今日、教団の支給品を受け取れる日なんだよね」
「そんなイベントあるんだ」
「毎月あるよ。教団への貢献度に応じて、素材とかドローンの部品がもらえるの」
アンナは、自分の周囲を浮遊する七人の小人を指差した。
「この子たちの強化にも使うから、できれば受け取っておきたくて」
「時間かかる?」
「すぐ終わるよ」
「じゃあ行こうか」
「一緒に来る?」
「入れるの?」
「神殿の外までなら大丈夫」
二人で、上層行きの転送ゲートへ向かう。
上層へ行くのは初めてだった。
中層にも、上層へ続く転送ゲートはある。
ただ、用事がなかった。
グレイのような中層出身のサイボーグは、中層のギルド連盟を通じて身体強化や武器改造を受けている。
上層のAI教団とは、所属する勢力そのものが違う。
それに、ギルド連盟にも素材の支給はあるが、貢献度ではなく、物品の随時交換がメインになっている。
上層と中層でシステムが違うことには、少し驚いた。
転送ゲートへ入る。
視界が白く染まった。
次の瞬間。
「……すごいな」
思わず声が出た。
そこは、いつもの中層とはまるで違う都市だった。
白い石造りの回廊。
雲の上へ伸びる巨大な塔。
建物の間には透明な水路が流れ、光の粒子が空へ向かって舞い上がっている。
上空には、翼を持った支援ドローン。
遠くには、都市全体を見下ろすような巨大な神殿があった。
ネオンと広告に埋め尽くされた中層とは、とても同じゲームとは思えない。
「初めて来た人は、だいたいその顔するよ」
アンナが笑う。
「本当に別のゲームみたいだね」
「上層はずっとこんな感じ」
二人で神殿へ向かう。
入口には、教団所属のプレイヤーが何人も並んでいた。
全員が、アンナと似た青と白の服を着ている。
女性キャラはシスター服。
男性キャラは、神父や修道士を思わせる長いローブ。
「もしかして」
アンナを見る。
「その服って、教団の制服みたいなものだったの?」
「そうだよ」
アンナは、自分の青いフードを軽く摘まんだ。
「これを着てないと、神殿の中へ入れてもらえないんだよね」
「やっぱりそうなんだ」
「中層の連盟施設も似たような感じじゃない?」
「仕組みは同じだね」
連盟本部へ入る時は、中層所属を示す認証装備を身につける必要がある。
ただし、あちらは企業の社員証や傭兵団の腕章に近い。
こちらは、完全に宗教施設だった。
「見た目がずいぶん違うけど」
「教団だからね」
「信心深いの?」
「まさか」
即答だった。
「七人の小人が使いたくて入っただけだよ」
「そうなんだ」
「支援能力が一番多い勢力だったし、支給品も結構いいから」
「かなり現実的だね」
「ゲームだもん」
アンナが笑う。
その時。
「あっ、アンナさん」
横から声をかけられた。
振り返る。
銀色の長い髪。
普段は白と黒の戦闘服を着ている、エミリアだった。
ただし今日は、アンナと同じ青いフード付きのシスター服を着ている。
「あれ?」
思わず聞く。
「エミリアも、その服を持ってるんだ」
「はい。教団施設へ入る時は、こちらを着ないといけないので」
エミリアは、少し照れくさそうに笑った。
「普段と全然印象が違うね」
「戦闘服の方が動きやすいんですけどね」
「今日はエミリアさんも支給品?」
「そうです。レインさんは上層所属ではないので、一人で来ました」
「じゃあ一緒に行こうよ」
「はい」
アンナとエミリアは、そのまま神殿の入口へ向かう。
「グレイさん、ここで待ってて」
「了解」
「本当にすぐ戻るから」
二人は、神殿の内部へ入っていった。
グレイは入口近くのベンチへ腰を下ろす。
周囲を見渡した。
神殿前には、大勢の教団所属プレイヤーがいた。
支給品の内容を確認している人。
装備を見せ合っている人。
教団ポイントが足りないと話している人。
見た目は荘厳な宗教施設だが、プレイヤーたちの会話は、いつものゲームそのものだった。
「今月、ポイント足りなかった」
「デイリーを三日忘れたからでしょ」
「司祭試験、また落ちた」
「装備条件が厳しすぎるんだよ」
中層と、あまり変わらない。
そんな様子を眺めていると、神殿の中からアンナとエミリアが戻ってきた。
「お待たせ」
「早かったね」
「受け取るだけだから」
アンナの端末には、ナノマシン素材やドローン用の部品が表示されている。
「結構もらえるんだ」
「貢献度を上げると、もっと増えるよ」
「教団ポイントで装備も交換できます」
エミリアが説明する。
「ちゃんとゲームシステムなんだね」
「何だと思ってたの?」
「もう少し信仰とかあるのかと」
「一応、世界観としてはあるよ」
アンナが答える。
「でも、プレイヤーは装備や能力のために入ってる人が多いんじゃないかな」
「私も支援能力が目的でした」
エミリアも頷いた。
その時だった。
神殿前が、少しだけ静かになった。
周囲のプレイヤーが、自然と道を空ける。
「何だろう?」
グレイも視線を向けた。
神殿の奥から、一人の女性キャラが歩いてきた。
白金の長い法衣。
細かな装飾が全身に施され、背後には光輪のような装置が浮かんでいる。
その周囲を、翼を持った天使型ドローンが何機も旋回していた。
アンナの七人の小人とは、見た目からしてまったく違う。
「すごい装備だね」
「あっ」
アンナが小声で言った。
「あの人、上級司祭だよ」
「上級司祭?」
「教団の階級」
アンナは、指を折りながら説明する。
「信徒が一番下で、その上に補佐とか司祭があって、上級司祭はかなり上」
「どうすればなれるの?」
「教団イベントに参加して」
「新人の支援をして」
「レイドにも行って」
「貢献度ランキングも上げて」
そこまで言って、アンナが苦笑する。
「とにかく、ずっと遊ばないと無理」
「装備もランキング上位じゃないと交換できません」
エミリアが続ける。
「私には、とても無理ですね」
上級司祭の女性キャラが歩くたびに、周囲のプレイヤーが挨拶している。
「司祭さん、こんにちは」
「昨日はありがとうございました」
「今日もレイド行きますか?」
上級司祭は穏やかに手を振りながら、立ち止まって一人ずつ返事をしていた。
「有名な人なんだ」
「有名だよ」
アンナが答える。
「あの人、いつ来てもいるからね」
「いつ来ても?」
「うん」
「朝でもいます」
エミリアが言う。
「昼もいるよ」
「夜もいます」
二人が交互に答える。
「……ずっといるね」
「ずっといる」
アンナが真顔で頷く。
「私、深夜にログインした時も見たことあるよ」
「早朝のイベントでも見かけました」
上級司祭は、そのまま別のプレイヤーに呼び止められている。
装備の相談らしい。
慣れた様子で端末を開き、何かを説明していた。
「普段、何をやっている人なんだろうね」
グレイが呟く。
アンナとエミリアが顔を見合わせた。
「分からない」
「誰も知らないと思います」
「ゲームの中では、みんな知ってるのに?」
「現実のことは全然知らないよ」
アンナが答える。
「上級司祭で、毎日いる人」
「それくらい」
「不思議だね」
「オンラインゲームだと、そういう人いますよね」
エミリアが笑う。
「いつ寝てるんだろうって人も」
「いるね」
その時、上級司祭の周囲にいた天使型ドローンが、一斉に広がった。
光の粒子が、神殿前へ降り注ぐ。
周囲のプレイヤーに、支援効果が付与されていく。
「おお……」
思わず見入ってしまう。
「さすが上級司祭」
アンナも、感心したように言う。
「私の小人とは、出力が全然違う」
「アンナも、ずっと続けたらなれるんじゃない?」
「無理」
これも即答だった。
「そこまで毎日できないよ」
「学校もあるし」
その言葉に、少し笑う。
「現実的だね」
「だからゲームだってば」
アンナも笑った。
「じゃあ、支給品も受け取ったし」
「そろそろ戻ろうか」
「エミリアは?」
「私はこのあと、教団イベントのお手伝いがあります」
「そっか」
「じゃあ、また今度一緒に遊ぼうね」
「またね」
エミリアと別れ、アンナと二人で転送ゲートへ向かう。
白い都市が、少しずつ遠ざかっていく。
「上層って、もっと信仰の世界みたいな場所かと思ってた」
「見た目はそうだけどね」
アンナが笑う。
「やってることは、装備をもらったり、ポイントを貯めたり」
「中層とあまり変わらないよ」
「確かに」
転送ゲートへ入る。
視界が白く染まる。
次の瞬間。
いつもの中層ロビーへ戻っていた。
ネオン。
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騒がしいチャット。
見慣れた巨大都市。
「やっぱり、こっちの方が落ち着くな」
「私は上層も好きだけど」
「じゃあ、今度こそミッション行く?」
「うん」
二人で、ミッションカウンターへ歩き始める。
ゲームの中では、誰もが知っている有名人。
毎日、朝も昼も夜もログインしている上級司祭。
けれど、普段何をしている人なのかは、誰も知らない。
オンラインゲームには――
そんな少し不思議な人が、必ず一人くらいいるものだった。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
今回は戦闘ではなく、GEワールドの世界観を掘り下げる回でした。
現実のMMORPGでも、街に行くと「この人、いつもいるな」と思うようなプレイヤーっていますよね。
ゲームの中では誰もが知っている有名人なのに、現実ではどんな人なのか誰も知らない。
そんなオンラインゲームならではの、不思議な距離感を描いてみました。
少しずつ広がっていくGEワールドを、これからも楽しんでいただけたら嬉しいです。




