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#9-8 熱せん妄と家族ごっこ

「さぁね。僕ちんは君たちの家族ごっこに興味ないよ〜」


 何の話だ。そう問い詰めようとするとガチャンバタンと部屋の扉が音を立てる。柏木先生だ。ずいぶん早かったな。


 扉の鍵を開けると勢いよく扉が開かれ、柏木先生が血相を変えて入ってくる。的戸の横を通り過ぎ、優也の状態を確認しているようだ。


「龍斗。何があった」


「さっきまで過呼吸みたいでした。咳も酷くて。鎮静剤を打ったら急に落ち着いて、それ以上は俺にもわかりません」


「そうかい。的戸!!」


 キッと柏木先生は的戸を睨む。あぁやばい。この2人は昔から相性が最悪なんだ。


「またアンタは優也を手にかけたのかい」


「へ?いやいや死んでないでしょ〜僕ちんを舐めないでよ。大事なラットを簡単に殺すことはしないよ〜」


「その腐ったれた根性ごと叩き直してやる!!いいか、人の命ってのは何よりも尊い!!こんな簡単に弄ばれて言い訳がないだろう!!」


「あのさぁ、フレイム君はただの特異生物なわけ。人じゃないんだから尊い命でもないでしょ。分かる?その腐った頭で考えてみなよババア」


「このガキ……!!表出ろ!!」


 バチバチバチと音が鳴りそうなぐらいに睨み合う2人。どっちもその分野の天才なんだけど、それ故にわかりあえないのか。こう言う時は話の通じる方に話すに限る。


「柏木先生、優也の状態は」


「死ぬわけじゃないが熱が高すぎる。処置室に運びな。夜通しで解熱剤を入れる」


「わかりました。俺が運びます」


「わ、私も手伝う!」


 あの2人はまだやり合うみたいだ。知らぬが仏。触らぬ神に祟りなし。あとは自由にやり合ってくれ。 


 優也を横に抱えて部屋を出る。なるべく接触面積を少なくしようとしてこの抱え方したけど、それでも服越しでも手に強い熱を感じる体温だ。普段から体温が高いとはいえここまでじゃないのになぁ、と唇を噛むことしかできなかった。


 後ろから海美ちゃんが優也の上着を持って来てくれたみたいだ。


「ね、優也、大丈夫かな」


「的戸は優也を絶対殺したくないからね。死ぬことは絶対ないよ大丈夫」


「そうなんだ。そう……いや大丈夫じゃなくない!?死ぬ死なないとかじゃなくてこんなことになってるし!?」


「ぅあぁそう!そうだね的戸はやりすぎだ!」


 危ない危ない。あいつの思考に飲まれるところだった。人間じゃなくなっても超えちゃいけないラインぐらいは守りたい。


「……ぅ」


「あ」


 今の大声で優也の目が覚めちゃったみたいだ。優也の目は真っ赤に充血している。ごめん、起こしたな、と声をかけても特有の深紅の瞳はゆらゆらと揺れて視線が合わない。


「龍斗さん、今、なんて?」


「え?あいや、ごめんなって」


「父さんがいるんですか、そこに」


「え?」


 海美ちゃんと顔を見合わせる。父さん?そんなこと一言も。


「父さんの部屋に忘れ物したんです。特異生物がいて早く倒さないと。母さんは家にいるので、食べないといけない水があるんです」


「え?え?優也どうしたの?」


 海美ちゃんの声に反応することもなく、優也はぶつぶつと支離滅裂なことを呟く。慌てふためく海美ちゃんとは反対に俺はこの異様な光景に見覚えがあった。昔、優也が風邪を引いて高熱を出した時。


「多分熱せん妄だ。熱で脳みそがパニックになって夢と現実の境がなくなってるんだね」


「嘘……ど、どうしよう」


「そうだな、処置室にいけば氷とかもあるんだけど今できるのは……海美ちゃん。優也の目を覆ってあげて。何でか自分じゃつぶれないから」


「う、うん」


 海美ちゃんがそっと優也の目を手で覆う。


「あとはその上着を軍手がわりにして、手でも握ってやって。何もないよりは安心するから」


「わかった。優也、ここは現実だよ。特異生物なんていないから」


「父さん、とうさ……」


 掠れた声は少しずつ聞こえなくなって、代わりに寝息が聞こえてくる。ゆっくりと再び眠りについたみたいでよかった。昔のように暴れていないだけ充分だ。というか暴れる体力すらないのかもだけど。


 ぎゅっと海美ちゃんが優也の手を握る。真っ赤になって熱いだろうに離そうとしないけれど、その表情に火傷するから危ないよ、なんて言えなかった。


「夢にお父さんがでてるのかな」


「お母さんも一緒かもね。どちらにせよいい夢とは……いや、もしかしたら最高の夢か」


 夢の中でしか会えないんだから。その言葉を飲み込んだ。


 そう。優也はまだ子供なんだ。両親とはぐれて必死になって探しているだけの子供。体が大きくなって力をつけたって、過去に抉られ傷ついた心は血を流したままだろう。


「……ねぇ優也、ごめんね力になれなくて。でもそばにいるからね。怖くないからね」


 海美ちゃんが何度も呼びかける。怖くない、怖くない。返事が返ってくるわけでもないのにそうやって何度も何度も。


「きっと会える。ちゃんと謝れるよ。優也」


 まるで熱に魘される兄を心配する妹のようだ。ここだけ切り取ってみれば本当に兄妹なんじゃないかと錯覚してしまう。



『僕ちんは君たちの家族ごっこに興味ないよ〜』



 家族ごっこ。ふっとバレないように自嘲的に笑った。そうかもな。お互いの傷を舐め合ってお互いしかいないと心配の顔をした依存を続けて。側からみたらあまりに馬鹿らしいだろう。それも特異生物が人間の家族ごっこなんて、気味が悪いのも当然だ。


 それでも


 苦しげな優也の顔を見て何もしてやれない悔しさがただ募っていく。優也に弾かれた手は未だに熱を保っている。



『龍斗はちゃんと考えた方がいいんじゃない?』


『あぁあぁ違う違う。ん〜もっと言うなら、フレイム君が《間違えたくない》理由?とかね』



 優也が間違えたくないことって、何だろう




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