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#9-7 君が間違えたくないこと


 過呼吸か?息をなるべくゆっくり吐かせないと。上半身を起こさせ背中を摩る。全く、何してんだ。思い詰めるにしたってもう少し──



 バシッ

「……は?」



 背中を摩る手を弾かれる。


「まとどさ、ゲホッまだ、終わってないです!」


 ずる、と俺の腕から離れて立ち上がり、覚束ない足取りで的戸の肩を掴む。的戸は一瞬驚くが心底嬉しそうにニヤリと笑った。


「あれぇ?でも君の保護者はやめろって言ってるよ?」


「はっ、はっ、いい……っから!!早く!!」


 なんで、


「優也」


「はっ、はっ、はっ、ゲホゲホゲホッ!!」


「んふふふふははは!!!やっぱり君は最高だよフレイムくん!!自ら望んでこんな実験したがるなんてさぁ!!こんなに面白いラットは初めてだ!!」


 ガクっと膝から倒れ込む優也の肩を慌てて引っ張り頭が床にぶつからないようにする。優也は俺を見て驚いた顔をすると、ぐいっと俺の腕を押して離れようとした。誰が離してやるか。


「おい、優也、優也!!」


「離して、……離してくだゲホッ……ぃ」


「なぁ何してんだよ!こんな、こんな無茶することないだろ!?」


「そうだよ!焦らなくたってザセルともう2度と戦えないわけじゃない!お父さんだってきっと取り戻せる!!」


 上から海美ちゃんの声が聞こえる。そうだ。ザセルだってあのまま尻尾を巻いて逃げることはないだろ。ザセルを倒せるチャンスは、教授を取り返せるチャンスはいくらでもある。こんなことしなくたって!


「はっ、はっ……っ俺は……もっと強くならなきゃ……だって」


 ドンっと肩を強く押される。力の入らないであろうその腕で、汗をダラダラと流し息は荒れ、真っ赤になって苦しそうなその精一杯の表情で、



「俺は、間違えたくない!!」



「なっ……」


「的戸さん!!」


 なぁに〜?と的戸がシリンジをペン回しのようにクルクルと回しながら嬉しそうに返事をする。


「あと、っあと何本ですか」


「あとー……この1本かな」


 すると的戸がもつシリンジに向かって震える腕を伸ばす。的戸はそれを無視しすれ違いざま優也の右腕に繋がれた鎖を後ろに引っ張れば、それに引っ張られ簡単に優也はその場に転げ、的戸は優也の無防備になった腹を踏みつけながら上から見下ろした。


「じゃ、お望み通り実験の続きだ。まだ耐えられるんでしよ?」


「うぅ、ッゲホッ、ぁぁあ!!」


「もっと温度が上がらないのかな?そんなんじゃザセルなんて燃やせないよ?」


「的戸!!」


「そんな程度じゃ、お父さんをまた助けられないねぇ!!アハハハハハハ!!かわいそ〜!!」


「ぅぅぅぅううああああああああああああああ!!」


 何してんだよ!!


 的戸を優也から離そうと立ち上がる。海美ちゃんの悲鳴に近い叫びが上から聞こえた。やめろ、やめろ!!


 白目をむき正気を失った優也が的戸の足を払いのけ的戸に襲いかかる。俺の手が優也に伸びた、その瞬間


「あああああああ!!」 トスっ 「っ!?あ、ぁあ……?」


 的戸が手に持っていたシリンジを優也の首に刺す。すると優也は途端に静かになり、その場に倒れてしまった。


「優也!!」


 苦しげな表情のまま目を閉じて返事はない。呼吸も乱れてこのままじゃ怪しい。触った額はさっきよりももっと熱く、ほんの少し触っただけのはずの俺の手は真っ赤になっていた。


「ここまで。今の限界温度はわかったね」


「何を打った!!」


「つよーい鎮静剤だよ。そのまま放置しとけば問題ない」


「海美ちゃん!柏木先生呼んで!!」


「〜っうん!!」


 海美ちゃんは来た道を戻るようにカンカンカンッと階段を駆け下り走っていく。柏木先生が来る前にできることはしないと。優也の上着を脱がせ汗をできる限り拭き取り、右腕に繋がれた手錠を外した。


「ん〜良いデータが取れた!フレイム君には感謝しないとね」


「何してたんだよ」


「え?そりゃフレイム君のリミッターをあげるための実験だよ。あ!さっきも言ったけど同意は得てるし、フレイム君のご希望だからね!!」


 昔のお灸が効いているのか、やたら同意だご希望だを主張してくる。


「……もうお前に普通なんか求めてねぇよ。むしろ殺さなかったことの方が驚きだ」


「殺すわけないじゃ~~ん! フレイム君は滅多に死なない上に、人間と同等の感情をまでもってる素敵なラットだって。こんな面白いおもちゃ、みすみす殺すのはあまりに勿体無い!!」


「…………」


「感情を昂らせればより高い温度になった。予想通りだね。けどまだまだ理論値には程遠い。生きて他にも色々試させてもらわなきゃ!」


「そうかよ」


 汗で額に張り付いた髪を横に流してやって、苦しげにうなされている優也の頭を優しく撫でる。


 優也の心の傷は俺が思った以上に、はるか想像を超えたものだった。もう腹の奥で何かが渦巻いてるなんてレベルじゃない。それも手がつけられなくなる一歩手前までもう来ている。これ以上は危険だ。目を離さないようにしないと、何が起こるかわからない。


 しなきゃやらなきゃに背を押され、いつも感じるべき感情を置いてけぼりにする。いつか心まで化け物になってしまいそうで。


 的戸はそんな俺をチラッと見た後、データに視線を戻しながら呟いた。


「龍斗はちゃんと考えた方がいいんじゃない?」


「は?何を?」


「んふふ、フレイム君がこんなに命はってでもやりたいことだよ」


「そんなの、父親を取り返すためだろ」


「あぁあぁ違う違う。ん〜もっと言うなら、フレイム君が《間違えたくない》理由?とかね」


「はぁ?まさかお前、何か知ってんのか?」


「さぁね。僕ちんは君たちの家族ごっこに興味ないよ〜」


 何の話だ。そう問い詰めようとするとガチャンバタンと部屋の扉が音を立てる。柏木先生だ。ずいぶん早かったな。


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